二十九幕、特級任務・ライニール王女護衛
「――へー、くしゅんっ! ぐす…」
む……いきなりくしゃみですまん。
三日前にセインランドを出発し、クレンテルまでの鉄道で俺はまず北にやってきた。そこから近くの村でビックルを一頭買い、艝に乗ってライニールに向かう雪原を進んでいたのだが……
「ブルル……」
「むぅ……やはり雪道というのは厳しいものだな……」
途中、寒村で宿をとったり食料を補給しながら、地図を頼りにひたすら白い道を進む。
これが以前のクレンテルよりも本格的な雪国なので無茶苦茶寒い。死神の甲冑を着ていても肌が震える程だ。
さらに割と強めの雪が吹いている。多分、鎧がなければ今頃凍え死んでいるところだろう。ビックルはすごいな、こんな寒い中で何時間も艝を引いていけるとは……
「ふー寒い…………お?」
そんな事を道中考えていると、白と灰の景色の向こうに陰が見え始めた。
小さな建物が点々と……そしてさらに遠く山際の高い場所に、雪に覆われた城と思しき像がうっすらと見える。
ふむ、どうやらようやくライニールにたどり着いたようだ。
「よし、もう少しだ。頑張れ!」
「ガフルル……!」
俺は艝の上から手綱を引き、目前のライニールにビックルを走らせた。
………
「…………」
……で、わかってはいたんだが。
「……(ひそひそ)」
「……(コソコソ)」
「……ハァ」
小さな城下町……といっても村のような静かな場所だが。
ライニールに入ってサクサクと雪道を歩いていくと、さっきから眉唾者を見るような視線が俺を串刺しにしている。やはり聖教の国に、悪魔のような格好をした俺は異端者に違いないらしい。
さっき入口付近でビックルを家畜小屋に預けようとした時も、そこの家主はまるで侵略者が来たかのような表情で俺を凝視していた。一応、艝とビックルは預かってくれたが。
それにしても……
「……(チラ)」
「む」
「……!(ササッ)」
……みんな俺と目が合いそうになっただけで、魔物からでも逃げるようだ。
一部には、単に珍しげに俺を眺めているだけの者もいるが……やっぱり小国の田舎だから、余計に素直な信者が多いのだろう。
これは思っていた以上に面倒臭そうだ。本当に、何故俺は任務を受注出来たのだ……?
……
とりあえず、王女の所へ行ってみるか。……手違いだったとか言われたらどうしよう……?
俺は今更浮かんできた不安を抱えつつ、国の最奥に見える城を目指して歩いて行った。
「――ふむ」
ライニール城は、山を少し登った辺りの山腹にそびえ立っていた。
やはり王城か、俺の家ほどではないが堀もあるし、結構でかい。俺は城を見上げつつ城門に近づいていった。
「!? 何だ貴様!」
すると厚い革鎧を着た門番二人が、即座に俺に槍を向けてきた。当然だが、暗黒騎士の俺をかなり警戒しているようだ。
俺は腕を上げて敵意が無いことを示し、身の上を説明した。
「セインランドから来た兵団の者だ。任務を受けて参った、確認をとってもらいたい」
「……!? 嘘をつけ! 暗黒騎士などがこの国に呼ばれるはずがない!」
「う……」
そりゃそうだろうだけども。
「証拠はある。王女護衛の任務受注書だ」
俺は件の任務要項の羊皮紙を取り出して見せた。
門番達はそれを見聞きして何か思い当たったのか、羊皮紙を勘繰るように見ると
「そこで待っていろ」とだけ言い残して、一人が城門横の小さな扉から城の中へ入ってしまった。俺は素直にそこで返事を待つ。
――しかし寒いな。ジャシンは割と南方だからあまり寒波には慣れていない……止まっているとコレがまた。ブルブル。
「……開門する。先に大臣殿に会うように」
しばらくして、さっきの門番がまた小さな扉の方から出て来てそう言った。
ホッ、どうやら手違いではなかったらしい。
門番が合図をすると、城壁の上にいた兵士が城門を開いた。俺はまだ疑わしげな目つきの門番に通され、中にいた兵士にライニール城内へと案内されていった。
『ガシャーン!』
――そして何故か。
「ここで大臣殿を待たれるよう」
「……」
案内した兵士はそう言って、俺を『牢屋』に突っ込んだ。
……何故?
などと問う暇もなく鉄格子扉を閉められ、がらんとした石造りの部屋に取り残される俺。地下牢らしく、空気が冷たい。
……もしや異端者として拷問でも受けるのか? いや、聖教の国にそんなことは有り得んか。一応剣は身につけられたままだし。
――と、何だかよくわからずにしばらく状況を思案していると、階上から漏れ声が聞こえてきた。
『……いいじゃない……たいのっ!……』
「……?」
『……ません!……けんで……おまちなさい!』
なんだ? 何か騒がしいな……と思っていたら、その喧騒は段々と牢屋の方に近づいてきた。
「――どうせ後で一緒になるでしょ!」
「しかしですな、相手は邪悪の神を信仰する……」
男性と女性の二人の会話のようだ。が、足音は三人分聞こえる。
「あら、こっちには聖なる神様がついてるんじゃないの? ロベリアもいるわ」
「あぁもう! 好きになさりなさい!」
ロベリア? 確かもう一人の、聖騎士の名前だな。
俺が耳を澄ませて牢屋で待ち構えていると、地下牢への短い階段を降る音がした。
「――あら、本当に牢屋に入ったの? 素直な暗黒騎士ねぇ」
「……」
そして、声の主の二人の男女と、もう一人背の高い女性が鉄格子越しの視界に入ってきた。
高飛車な口調で俺を観察しながら近づいてくるのは、綺麗な銀髪で豪勢な白いドレス姿の女の子……というか、多分彼女がライニールの王女だろう。なんだか歩き方が高貴な雰囲気だ。
その横をしかめっ面で歩く年配の男は、察するに先程兵士に言われた大臣だろうか。随分と疲れた様子で王女を追い掛けている。
「ローゼニア様! あまり不用意に近付いてはなりませんぞ!」
「だーかーら、ロベリアがいるから大丈夫だってば」
……そして王女のすぐ傍をぴたりと添うように歩く長身の女性騎士が、静かに口を開く。
「ローゼ様、大臣殿のおっしゃる通りです。せめて私の後ろにいて下さい」
「むー。わかったわよっ」
するとローゼニア王女は彼女の言うことを素直に聞き入れ、女性騎士の影に隠れるように一歩下がった。
……あれが聖騎士ロベリアか。俺より先に既に来ていたらしい。
彼女は俺より少しだけ背丈が高く、王女の銀色の髪より一層眩しいくらいの、肩に白く流れる髪をしていた。
外見も暗黒騎士のようにゴツい装備ではなく、少しの鉄板の付いた革製の篭手と脚当以外は目立った装甲を身につけていない。あるといえば腰から巻いた白いスカートマントと、革ベルトに掛けた細身の剣だけだ。
……ま、警戒している様子は他と変わりないが。王女の前方で、監視するような目つきで俺をじっと見ている。
三人はカツカツと足音を鳴らして俺の前にやってきた。……なんか死刑囚と処刑人みたいな構図だなこれ。
「さて……あなたが、暗黒騎士のケイヴォス=ゾ=ディヴィルかな?」
「……まさしくそうだ」
大臣は眉を吊り上げながら、石床に座る俺を見下ろした。
「あー……この度は我々も不本意だが、あなたに王女の護衛人としての任を課すことにした。そなたは忠実に任務をこなし、命に代えても王女を守り抜くと誓えるか?」
「我が騎士道に賭けて誓おう」
完全に信用されてないやらこの扱いやらで、少し気に障った俺は即座に返答した。
すると大臣と王女は意表を突かれたように目を見開いた。が、ロベリアだけはまだ鋭い目で俺を見ていた。
「……真か? もし王女が傷付くことがあればあなたを“屍騎士”にするぞ」
「騎士道に賭けて誓うと言ったのだ。王女に何かあれば俺を裁いても構わん」
「ん……むう」
脅しを含んだ警告にもはっきりと返すと、大臣はやはり予想外の反応でも得たように言葉を詰まらせた。
そして俺の様子を見て、ロベリアの視線が少し和らいだ気がした。
「俺は任務を果たすために来た。……その、不本意というのはどういうことだ?」
一応まともに相手をしてもらえそうになったので、俺はさっき気になったことを尋ねた。
「む……それは」
「私がOKしちゃったのよ。暗黒騎士が護衛にくるっていうのにね」
大臣が答える前に、王女ローゼニアが簡潔に口走った。
「? それはどういう?」
「貴方が任務を受注しようとした時、偶然ローゼ様が真っ先に申請に御気づきになり、貴方の参加に肯定の返事を御出してしまったのです」
横からロベリアがぺらぺらと解説した。が……それはつまり?
「全く何を考えておられるのか……他の戦士ならまだしも、暗黒騎士が来るなどとんでもない! 何故我々に伝えて下さらなかったのですか!?」
「だってっ、暗黒騎士って一度も見たことがないんだもの」
「……」
……成る程。お転婆な姫君の好奇心が、俺を呼び出したわけか。なんだかなぁ……
「はぁ……とにかく、ケイヴォス=ゾ=ディヴィル。あなたには正式に今回の王女護衛に参加してもらう。必ず使命を全うするのだ」
「……了解した。もう出してもらえるか?」
大臣は未だ納得がいかないのか眉間にシワを寄せて俺を睨んでいたが、鍵を取り出して牢屋の扉を開けてくれた。
俺が一息ついてガシャッと立ち上がると、一瞬驚いた王女が少し身を引き、ロベリアが若干身構えた。
むぅ、流石に王女を恐がらせるわけにはいかんな。
「……改めて、ケイヴォス=ゾ=ディヴィルです。お好きな名で御呼び下さい」
「ぁ……ええ、ケイヴォス」
「……」
俺が軽く頭を下げて挨拶すると、多少緊張が解れたのか、王女もロベリアも表情を和らげた。
「さぁローゼニア様もうよいでしょう、部屋にお戻り下さい」
「わかった。じゃあ、ご機嫌よう。行きましょロベリア」
「はい」
大臣はやれやれといった様子で、先に女性二人を地下牢から帰らせた。
ふむ、ロベリアとローゼニア姫はどうも旧知のようだが……どういう関係かな。まぁいいか。
「ではついて来たまえ。王女は明日ここを出発される。抜かりのないよう準備をしておくように」
「うむ、了解した」
俺は大臣に連れられ、ようやく地下牢から出されて城内の一室へと案内された。
城の端にある粗末な一客室のようだったが、暗黒騎士の俺にはかなり寛大な歓迎と言えるだろう。少なくとも牢屋よりはマシだ。
俺は明日の任務に備えて装備の点検をし、一応死神の甲冑は着けたままでその日の残りを過ごした。
ふぅ……―時はどうなるかと思ったが、とりあえず仕事上の信用は得られたようだ。
これで、ロベリアと何かしら揉め事がなければいいが。……いや、見る限り静かな奴だったし、節度も弁えていそうだ。
よし。今回は初の特級任務であるし、王女の護衛が俺の役目だ。いつも以上に気を入れて臨むとしよう。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。