二幕、任務のこととか
巨大な建造物の中。
その中のさらに端の方にある宿舎。
質素とも豪華ともつかない部屋の中に、窓から朝の日が差し込む。
「……む……」
それに起こされ、俺は赤い目を開ける。
赤いというのは目の色だ。充血してるわけではない。
「うむ……朝だな」
うんと、伸びをする。俺はなかなか早起きな方だ。朝日はいつも心地よく俺を起こす。
……ここで不思議に思った奴もいるだろう。
なにせ暗黒騎士って光が苦手なイメージがある。いや、俺はれっきとした暗黒騎士だぞ?
でも仕方ない。別に光が苦手ってわけじゃない。まぁ本質的に力が弱くなる時ではあるがな。
「さて…顔を洗うか」
俺は独り言を言って、兵団の各部屋にある洗面台に向かう。
さっと水を被って黒い髪からは水滴が垂れる。顔を拭いて身支度へ……
……気付いたかもしれないが、洗面台に鏡はない。いや俺が取り外したのだ。
鏡を見ると俺は……まぁそれは今言わなくていいだろう。
「さぁ死神よ。今日も張り切っていこう」
目の前には死神の鎧。白と黒の混じった下地の上から、俺は凶々しい姿に変貌をとげる。
下外向きに曲がった角の生えた、目以外を覆う黒光りの兜。
近付くものに刺を向ける肩鎧。
強靭な鬼を思わせる分厚い具足。
そして死を予感させる闇のマント。あ、昨日縫い直したからな。こう見えても裁縫は……うん、縫い直した。
とにかくその甲冑は暗黒騎士という姿を正しくあらわす、恐怖と畏敬の象徴でもあるのだ。
神をも恐れぬ暗黒騎士の姿を見たものは、あまりの恐ろしさに逃げ出すのだ。そう、それが暗黒騎士。
「おす」
いつものように本拠地中心の集会所へ向かう。そこで毎朝相棒ジンと落ち合うのだ。
「うむ、おはよう」
「うわ、暗黒騎士がそんな挨拶返すか」
……心外だ。暗黒騎士が挨拶をしてはいけないのか。
この武闘家ジンはどうにも暗黒騎士のイメージを偏ったものとして捉えているらしい。
「よいか、暗黒騎士道というのは」
「はい任務の受注証明書。署名してこぃ」
が、聞く耳は持たない。強引に羊皮紙を押し付けられると俺もそれ以上言う気をなくし、さっさと任務受注の手続きにむかった。
…あ、忘れてた。一度この国と兵団について、そして兵団を構成する俺達の存在について説明しなければな。
………少し長くなるがまぁ、聞いてくれ。
まずこの世界についてだ。
あ、その前に………大低は俺の語りでそれを伝えるが、いきなり俺が死んだりしてしまった時には別の奴……まぁ適当に誰か語ってくれるだろう。俺は死にたくないが。
つまり、この世界の物語が誰の視点で語られるかはわからないということだ。後々わかるだろう。
話を戻す。
この世界、いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界だ。
当然魔物もいるし、魔王はいるか知らんがとりあえず人間はそいつらを警戒したりしている。時々人間に害なすことがあるからだ。
まぁそいつらを倒したりするのも俺達の任務なのだが……
ここで俺達…兵団について説明する。
今俺がいるこの国は、ゴーザン大陸と呼ばれる世界の中心を占める巨大な大陸を支配している。つまり、世界大国である。
共和国であるこの国に俗称は無く、一般的にこの国自体を指す時は単に『共和国』と呼ぶ。
そこには百の小国が並び、互いに独立しつつ共存する全てを総称して共和国と呼ぶのだ。
その中でも最も規模の大きな国、中心となる小国がここ、セインランドである。
建国の歴史とかは、長いのではしょる。また後で語るかもしれない。
共和国といえど、魔物にそんなものは通用しないし、小国内のちょっとしたトラブルなんかはあるものだ。
まぁ、簡単に言えばそういう問題を解決するための組織が、共和国立兵団だ。
通常は兵団と呼ばれるこの組織は、悪く言えば傭兵集団、良く言えば国の万能警察だ。
個人の水回りから魔物退治、小国の後継ぎ問題まで、どんなことでも任務になる。…昨日の保育園も、例外ではない。
これだけ聞くと、なんでも屋、という風に聞こえるかもしれないがこれが重要なのだ。
共和国全土から兵は募集され、国境のない助っ人としてどこにでも派遣される。つまり、共和国全土が協力しあう形となるわけだ。これは全国家の共和を維持するための重要な柱となっている。
兵団の本拠地はセインランドにある。
共和国全土からの依頼はここに寄せられ、兵団はそれをこなしていく、というシステムなのだ。
では、次に俺達兵員について…
「おい早くしろよ」
「む…す、すまん」
……少ししゃべり過ぎたか。ちょっと一息入れることにしよう。
「お、Kか。それじゃここに職業と名前書け」
見慣れた兵員受付。と受付のオヤジ。そして何十とある窓口…いや窓はないが、そこで任務受注の手続きをする。
まず自分の兵員証明書を出し、差し出された羊皮紙に書かれた任務内容を確認した後、自分のステータスを書き込む。
この用紙は依頼主の下へ届き、その任務の構成兵が不満な場合(悪評の多い兵とか、弱い奴とか)にはメンバーの変更を要請されることもあるのだ。
俺はそんな心配もないので、自分のステータスをさらさらと書き込む。
【ケイヴォス=ゾ=ディヴィル】
【暗黒騎士】
【達成任務数五十七】
………
…ちなみに言っておくが、このステータスはかなり重要だ。
職業なら、各騎士、剣士、武闘家、魔導士、召喚士、魔獣使い、料理人、鑑定士、鍛冶屋、学者、時には商人、アサシンから盗賊等……特に騎士には様々な階級や強さが別存する。
一般的な上流騎士、護衛騎士、竜騎士、魔導騎士……暗黒騎士や聖騎士といったのはこれに属するが、魔導騎士より遥かに高い戦闘力を持つ特別な存在とされる。
…ていうか、ややこしいから言ってしまうが、実は誰でも兵団に入ることは出来るのだ。
さっきも言ったがありとあらゆる任務があるため、必然ありとあらゆる職も必要とされる。
さらに、達成した任務の数でその兵の経験値がわかる。もちろん証明書で更新されるのでそれは虚偽出来ない。
それをきちんと明記することは任務の構成兵を考慮する上でとても重要というわけだ。
「ん?まだお前これだけしか任務こなしてないのか」
「………」
……さらにちなみに、俺は実はまだまだ新米だ。
俺の経緯についてはまた後に語るが………偉大な兵となれば千の任務をこなしていることもざらではないらしい。
俺は黙って羊皮紙に必要事項を書き終え、オヤジに手渡す。
「……ん。じゃあお前とジン、ルーファスとロメオのチームだな。ちょっと待ってろ」
オヤジは任務参加兵の名前を確認し、奥の事務室へ引っ込んでいった。
外からは見えないが、あそこでは転送の魔法が使える。書類を迅速に送り、手続きを早く済ませるためだ。
一応触れるが、転送の魔法というのは人間には使役できない。空間を捩曲げるという荒作業は人間自身の力だけでは不可能なのだ。
転移魔法には特殊な装置を使い、人工的に強大な魔導波を作り上げることで……
…また長くなるので、魔法と魔導については後日説明する。後回しばかりで申し訳ない。
とりあえず俺はオヤジをしばらく待つ。
「…よし、じゃ任務開始だ。二人にも連絡を入れたからな。いってらっしゃい」
数分後、奥からオヤジがでてきて何とも軽い遂行許可を下した。
ルーファスとロメオには、兵団からの任務開始シグナルが届いているはずだ。
「うむ。では行ってくる」
さぁ任務開始だ。俺は意気込んでオヤジに挨拶する。
「…おぅ。期待してるぜ暗黒騎士よ!」
オヤジは何故か失笑気味に俺に手を振った。……何かまずかったか?まぁいい。
とにかくこれが任務というものだ。
後は任務を達成し、依頼主から報酬を受け取り、その任務は解決する、というシステムである。
「お、いけた?」
「うむ。後はルーファスとロメオを待つだけだ」
ジンのところへ戻ると、俺達は共に任務をこなす仲間の兵を待つ。
先程のシグナルというのは、言わば召集の合図だ。兵団員には、ある特殊な機械が手渡されており、どこにいても任務開始の折が知らせられるようになっている。
「ところでジンよ」
「なん?」
二人を待つ間、俺はあることをジンに尋ねる。
「昨日のあの任務は何故俺がやらねばならなかったのだ?」
もちろん、例の保育園の任務だ。誇り高き暗黒騎士である俺にとってはあるまじき任務だったのだが……
「だってお前新米だし」
……ということらしい。
「…もうあんな任務の斡旋はよしてくれ」
「結構楽しかったんじゃないの?」
「そういう問題ではない」
どうもこいつは俺を余程青くみているようだ。
が、言い返せないのには理由がある。
「まぁ始めはあんなんで任務数稼ぐのもアリよ。損はないさ」
この男、武闘家ラ・ジンはベテランである。
こなした任務数は既に三百余り、武闘家ながらこの性格も影響して割と知る者は多い。
楽天的な言動からはそのようには見えないが、実力は相当だ。たまに任務を一緒にこなす時には実に頼もしい。外見も武闘家そのもので、強靭な体つきだ。
何の因果かわからないが、兵団に入ったときから俺はいつのまにかこいつと腐れ縁になっていた。まぁ、助かっているし実際嫌な気はしないが。
「てか、Kにはあっちが合ってると思うんよね」
……時々、素直に俺のことをそういって評価する。それが皮肉でもないので、俺はいつも不思議になるのだ。
俺は、暗黒騎士なのに…
「ふっ…待たせたな」
「こんにちは」
程なくして、ルーファスとロメオがこちらを見つけた。基本的にチームは一度、この場所に集合するのだ。
「おう。俺がジンな」
「ルーファス・グレンツだ」
「ど、どうも。ロメオ=リーンです」
一応二人共初顔合わせなので、俺達は互いに自己紹介をする。
うむ、自己紹介は必要だな。俺は新米らしく、頭を下げた。
「俺は暗黒騎士ケイヴォスだ。まだ新米だが、よろしく頼む」
すると、俺が挨拶した途端に二人の表情が変わった。
「…………」
「…む?どうした?」
目を見開いて固まっている。まさか………
あれか。暗黒騎士の姿に恐れ入ったか。
仕方あるまい…この甲冑を見たものは誰もが
「貴様、本当に暗黒騎士か?」
……疑う?
「僕、暗黒騎士ってもっと怖いって噂聞いてたんですけど…」
……気の小さそうなロメオが苦笑している。
「ホラ、だからオーラないんだって」
……つまり。
俺を暗黒騎士として見ているものは皆無。
「(何故なんだ……)」
納得のいかない心持ちのまま、俺達は任務にむかう。
俺は暗黒騎士。
きっと、影の存在なのだろう。
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