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神喰虫

作者:


 がりがりがりがり。
 がりがりがりがりがりがりがりがり。
 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
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 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。

「うるせぇよ」

 …………………。

「思うんだがよぉ、人間って生き物がこの世で一番偉いっつって食物連鎖のトップにふんぞり返ってられるのは文明的な発見、発明、功績を世界に残して他生物には決して到達することのできないような次元に跳躍することのできるただ唯一の知的種族だっつー自負から来てるのかもしれねぇけどよ、結局こういう持論っつぅの? そういうのも、単なる内輪ネタって言っちまえばそれまでなんだよなぁ」

 …………。

「なんだったかなー……この世で最も多くの感情を所持する生き物であるところの我々におきましては、代表的なものとして喜悦、快楽を笑いっつぅ外殻的変質で表現することを可能にした歴史的無二の生命体であり、その反対として怒りっつぅカテゴリにおいては細分化が施され、不快感や苛立ちなどの機微とした感覚のジャンルを構築することにも成功しているだとか」

 …………………。

「正直さぁ、いらねぇよな。その不快感? とか、苛立ち? そんなもん備わっててよぉ、何の意味があるんだよ? 何の役に立つと思う? こんなクソ蒸しかえった陽気のくせして、馬鹿の一つ覚えみてぇに連日雨続きだ。おかげ様で家の中だろうが外だろうが忌々しい気化熱が燻ぶってやがる。不快指数? んなもん計算してる暇があったら無駄に発達した脳味噌様をお使いになってこの世から湿気を抹消する方法でも考えろ、ボケ」

 ……………。

「不愉快っていやぁ、ここの連中だ。相も変わらず愛想の一つもありゃしねぇ。わざわざ出勤してやった俺に挨拶の一つもしねぇ、茶の一つも出さねぇ。一体いつ、この国から礼儀作法っつぅ文化は死んだんだ? それとも、お前なんか相手にしてる時間は無いとっととやること済ませて帰れって遠回しに言ってんのか? おいおい、ひとを馬車馬みてぇに働かせておいてその態度はねぇだろうよ。ちったぁ労えよ、汝隣人を愛せよ。人間様がお造りになられた偉大なる発明品『神様』もそうおっしゃられてるだろうに」

 ………あなたは。

「あ?」

 ……あなたは、誰ですか?

「ああ。俺か。俺は、お前みたいな奴を相手にすることを仕事にしてる人間だ」

 ……麻薬取締官?

「近いようで違う」

 ……心理カウンセラー?

「近いようで違う」

 ……幻覚?

「…………」

 ……あなたは、僕が見ている幻覚ですか?

「………くかか」

 ………。

「おもしれぇ。おもしれぇこと言うじゃねぇか、坊主。だったら俺は幻覚だ。お前が見てる幻覚さんだよ。その幻覚さんと、ちょっとおしゃべりしようじゃねぇか」

 ………はぁ。

「坊主。名前は?」

 ………。

「名前だよ、名前。わっちゃねいむ」

 ……狗首切。

「あ?」

 クズキリです。犬の首を切る、で狗首切くずきり

「下は?」

 ……それって、わざわざ僕が言わなければいけないことですか?

「………」

 あなたの目の前にある紙に、書いてあるでしょう。

「……はっ。つまらねぇガキだ」

 ………。

「ぱらぱら~、っと……ふぅん。なるほどね。容疑者名、狗首切帳くずきり とばり15歳。罪状は殺人。××日午後13時25分頃、××県××市××区××○丁目○○の自宅にて、全長225mm、刃渡り100mmのペティナイフを用い本宅の居間にいた家主であり実父の狗首切方実くずきり かたみ47歳(以下被害者A)の喉を切り付け殺害。台所で洗い物をしていた際、犯行の物音と被害者Aの悲鳴を聞き駆け付けた実母、狗首切直呼くずきり なおこ44歳(以下被害者B)を、同凶器を腹、胸に複数回突き立て殺害。容疑者は居間から移動し、続いて自室にいた祖父、狗首切陣くずきり じん71歳(以下被害者C)の顔、胸を切り付け殺害後、同室で寝たきりの状態になっていた祖母、狗首切叶得くずきり かなえ72歳(以下被害者D)の首、胸を刺し、殺害……ってか」

 ………。

「動機は?」

 さっき別の方に言いましたけど……書いてませんか?

「書いてねぇから聞いてんだよ」

 ………。

「おい」

 黙秘権。

「………」

 ……それに、言ったところで、どうせわからない。

「随分な言い草じゃねぇか、おい。だったら、こっちの話について詳しく聞かせてもらおうか」

 ………。

「容疑者は被害者Dを殺害後、一旦自宅居間へと戻り、被害者A、被害者Bの遺体をそのままにして、13時58分から14時15分までの約17分間をその場で過ごす(本人の供述による)。その後、容疑者は凶器であるナイフを抜き身のまま所持して、本宅を後にすると、同日14時28分、××市××区○丁目○○前交差点にて通行人を無差別に殺傷。その場を通りがかった、美枝契市(みえ けいいち)25歳会社員(右背中刺創)、高畑庄次たかはた しょうじ55歳自営業(背部刺創)、沖陽菜子おき ひなこ27歳主婦(腹部貫通刺創)、櫛垣波歌くしがき なみか19歳専門学生(胸部刺創・失血)、を上述方法により殺害。他三名、肩や胸などを切られ負傷。事件開始より5分後、駆け付けた警察官らにより押さえ付けられ、現行犯逮捕……」

 ………。

「言ったよな。この時期は、湿気が増すんだ」

 ………。

「俺はよぉ、生ゴミにたかるハエがうるさくなることより、ケツ丸出しのホームレスが道端に転がし出すことより、一番不愉快に思うのはテメェみてぇな連中がボウフラよろしく湧いてくることなんだよ」

 ………。

「もう一度聞くぞ。動機はなんだ?」

 ………あなたは。

「………」

 ………神様って、居ると思いますか?

「………」

 いるとしたら、どんな姿をしているのか。どこから人間を見ているのか。人間の罪を……どうやって裁いているのか。気になりませんか?

「……逮捕歴無し。補導歴無し。スミ無し。根性焼きの跡無し……」

 ………。

「はっ……あるのは薬物成分の検出結果だけか」

 信じてないでしょうね。見るからにそんな感じだ。

「思うんだがよぉ、この世で一番最初に『神様』ってもんを発明したやつぁすげぇ発想力と商才の持ち主だったんだろうな。想像してみろよ。笑えるぜ? ミッキーマウスのために戦争が起こってるんだぞ。昔から、今もなお」

 その通りですね……。

「………」

 ………。

「……逆にこっちから聞くが、お前にとって神様って何だ?」

 ……どうせ、言ってもわかりませんよ。

「てめぇらのよく使う言葉だ。そいつで煙に巻いたつもりか?」

 ………。

「自分がどこにいるのかよく考えてから物を言え。そしてこれから、どこに行くのかもだ」

 ………。

「……言ってもわからねぇで許されやしねぇぞ。お前は、俺達に、自分を一ミリでも理解してもらうために必死になって言葉を捻り出せ」

 ………。

「………」

 ………。

「……はぁ……ったく」

 ………。

「………」

 ………。

「………」

 ……がり。

「………」

 がりがりがりがりがり。

「うるせぇよ」

 ………。

「そりゃなんだ、癖か? 腕が引っ掻き傷だらけじゃねぇかよ。血ぃ出てるぞ。虫にでも刺されたのか?」

 ………くふっ。

「……………何がおかしいんだよ」

 ……虫。

「あ?」

 虫がね……前から、気が付くと虫がいるんです。

「………」

 視界の隅に、部屋の天井に……そして今みたいに、僕の体中にへばりついているんです。

「……わかりやすい禁断症状だな」

 僕はね……少し興味が湧いて、この虫について調べてみたんですよ。

「………」

 カミキリムシっていうんですね、これ。この、紫色の虫。鋭い顎があって……それで、僕の体を噛むんです。

「………」

 痛くはないんです、ただ……とても、むず痒い。この痒みは、僕の体が削り落されていっている証拠なのでしょう。カミキリムシって、木とか植物の皮から栄養を摂取しているんですよね。じゃあきっと、こいつらは僕を食べて生きているんでしょうね。

「……ただの幻覚だ。クスリが切れて、イカレた頭が作り出してる脅迫観念の虚像にすぎねぇ」

 幻覚? ……だとしたら、あなたもこいつらの仲間なんですね。

「………」

 そうでしょう? 幻覚さん。人間に寄生して、牙を立てて、他者の皮を削り取って生きるカミキリムシ。あなたも、そういう仕事をされているんでしょう?

「………ふぅ」

 ………。

「……なるほどな。それなりに裕福な家庭だったみてぇじゃねぇか。父親は証券会社の役員。母親は専業主婦」

 ………。

「『大人しくて真面目』『毎朝、挨拶を返してくれる』『そんなことをするような子には見えなかった』……はっ、絵に描いたような近所の評判だな」

 ………。

「クスリはどっから手に入れた? まぁ、いい。ルートは漁りゃあ、すぐにわかる」

 ………。

「お前みたいなのは珍しくもなけりゃ少なくもねぇよ。仲の悪い夫婦を両親に持つ子どもは悪意と鬱憤の捌け口にされてわかりやすく堕落する。同じようなガキどもとつるんでる内に、勧められて流されて……ってなとこか」

 ………。

「愛情の無い父母。助けてくれない、無関心な祖父母。前半は殺意と動機が見込める犯行だ。だが、後半の出来事に関しちゃ理由が散見できる、だからこそ予測も立て易いがゆえに真実が遠退く」

 ………。

「もう一度聞く。通り魔殺人の実行理由は何だ。シャブが切れて、頭が沸いたか?」

 ふふ……。

「………薄気味悪ぃ笑い方しやがって。さっきから、何がおかしいんだよ」

 いえ……別に。えぇと……。

舞鷺まいさぎだ」

 舞鷺さん。確かに、僕は以前から覚醒剤を所持していました。けど、僕が摂取していた薬の量は比較的少量です。

「………」

 先刻の検査で、最新の使用量まで検出されているはずです……一気に譫妄状態に陥るようなレベルじゃない。いっても、気分が良くなるか、一時的な躁状態になるか……その程度です。禁断症状も関係ない。僕が今回起こした行動の起因に、薬物は関係ありません。ただ少しだけ、勇気をもらった程度です。

「……虫の幻覚が見え始めたのは、いつ頃だ」

 ずっと前からです、言ったでしょう? こいつらは、ずっと前から、居るんです。ずっと前から、住み着いているんです。僕の網膜の内側に。

「合計、9人」

 ………。

「被害者の人数。9人。与太話に付き合ってやるほど俺の許容心は寛大じゃねぇ。俺が聞きたいのは、お前が9人もの人間の命を奪った、その理由。それだけだ」

 8人です。

「………あ?」

 9人じゃない、8人ですよ。その調書にも書いてあるでしょう?

「………」

 間違えないでください。

「………」

 ……ふふっ……でも、まぁ、いい。面白い。あなたは本当に、面白い人だ。

「………」

 ……ねぇ、舞鷺さん。フクロウって、見たことありますか?

「あ?」

 僕、フクロウを飼っていたんですよ。多分、どこかで捨てられたんだと思います。ある日、僕の部屋のベランダに迷いこんで来たんです。羽根を怪我していました。

「………」

 フクロウって夜行性ですから、朝は大人しいんですね。ベランダの欄干に停まって、多分、寝ていたんです。僕は、そのフクロウを捕まえました。以前鳥を飼っていて、その時に買った鳥籠に入れて飼育することにしました。ちょっと小さかったですけど、ほら、フクロウってあまり動かない……穏やかな鳥って印象があるじゃないですか。籠の中を暴れ回ることもしなかったですし……それで大丈夫だろうと、思ったんです。羽根の方も治療しました。インターネットを使って、独学でしたけど。

「………」

 僕は、家族に内緒でよくペットを飼っていました。まぁ、元々僕が何をしていようが大して興味を持たない人達でしたから。学校の成績と表面的な素行と、あとは不愉快にならない程度の言葉遣いを気にかけていれば、何も言われませんでしたし。ともかく、それが僕の趣味みたいなもので、前の鳥もしかり、その時には、一緒に猫も飼っていたんです。

「………」

 拾った野良猫です。メスの猫でした。平日は、基本的に部屋の窓を開けていました。だから、その猫も自由に外と部屋を行き来していました。その内、その猫がお腹に赤ちゃんを作ってきたんです。父親の猫は知りませんが、僕は妊娠した猫というものを初めて見ました。とても神経質で、いつもは甘ったるい声を流して擦り寄ってくる僕にも牙を剥いて近寄るなって吠えるんです。正直怖かったです。僕も僕なりに考えて、彼女にとって子供を産みやすい環境を作りながら、出産のときを待ちました。

「………」

 ある日、部屋の隅に作った毛布の塊の中で、彼女は子供を産みました。全部で三匹。産まれたばかりで、体毛の湿った、灰色の肉の塊が三つ、寄り固まって震えているだけでした。その時、彼女が母親らしくその肉の塊を大事そうに舌で舐めている姿を見て……僕は初めて、それが彼女の子ども達なんだって知りました。そう思ったら、一列に並んで必死に母猫の乳房に吸いついているその赤ん坊たちが、とても愛おしく感じました。

「……で、お前のペット自慢はいつになったら終わるんだ?」

 自慢なんかじゃありませんよ……それに、終わるというのは違いますよ、舞鷺さん。これは、最初から終わっている話なんです。

「………」

 舞鷺さん。フクロウは大人しい鳥だって、僕は思っていたんです。でも、そんなの思い違いでした。あれは種族で表すなら、猛禽類なんです。血肉を食う生き物なんです。フクロウは、漢字で『母喰鳥』とも書かれるんです。成長したら、自身の母をも食らう。それほど獰猛にして、嫌忌されてきた生き物なんです。

「………」

『冷凍マウス』って知っていますか? フクロウの餌として売られている、ネズミの肉です。ペットショップとかに行けば、普通に売買してくれるところも多い。なんでも、人間でも食用として摂取が可能らしいですよ? 僕は、食べたことはなかったですけど。

「………」

 獲物を見定めた時の、禽獣の凶暴性を僕は知らなかった。あんなちっぽけな金属の籠じゃあ、閉じ込めておくことなんて無理だった。不注意でした、格子戸が緩くなっていたんです。完全に、鍵がかかっていなかった。

「………」

 フクロウがね、殺しちゃったんです、猫を。

「………」

 生後数日の赤ちゃんですからね。フクロウから見れば、ほとんどネズミと変わらない。捨てられたあと、野良だった時代が長かったからかな? 狩りの仕方は、多分本能的な部分で知っていたんだと思います。

「………」

 襲いかかってきたフクロウに、まず母猫が反応したんでしょう。戦ったんだと思います。後から見た立場ですから、詳しくは解説できないですけど、フクロウの羽根に爪を立てられた跡がくっきり残っていました。けど、フクロウの方が強かった。猫は目を潰されていました。その後、喉に爪を立てられて、同様に貫かれた。

「………」

 多分、その時点じゃ死に切れていなかったと思いますよ。動けない猫は、すぐ間近で自分の赤ちゃん達がフクロウに啄ばまれていても、何の抵抗も出来なかった。それは子猫達も同様です。嘴でつつかれ、柔らかい肉は簡単に裂けて、よくわからないうちに絶命して、引き千切られ……でも、残酷なのはここからです。フクロウは衰弱していました。フクロウは三匹の赤ちゃんを、まず完全に食用として確保するために殺して、けれど疲労と負傷から弱り切って、スグに元居た鳥籠の止まり木へと戻りました。残されたのは、餌ではなく死骸です。フクロウは、ただ猫を殺したんです。

「………」

 僕は家に帰った後、自室の惨状を見て全てを悟りました。でもね、悲しみはありませんでした。思い返してみれば、僕は子猫達の誕生に関して大した感動を抱きませんでしたし、きっと、生も死も、どうでもよかったのでしょう。僕は飼育していたその猫達に、何ら愛情のようなものを感じていなかったのかもしれません。

「……フクロウは」

 はい?

「フクロウは、どうした」

 殺しました。

「………」

 フクロウって、首の稼働域が広いんですよ。頚椎の数が人間のほぼ二倍あって、最大270°まで回転が可能らしいです。だから、首をひねったとき、魔法瓶の蓋を外しているような感じがしました。限界が来たら、流石にばたついて暴れ出しましたけど、体力が弱まっていたので僕の力をふりほどくことはできませんでした。

「………」

 ………。

「………」

 ……暗くて静かで生臭い部屋の中に、僕はいました。目を潰され、喉を裂かれた雌猫。腹と頭がぐちゃぐちゃになって原形をとどめていない、三匹の子猫。首が二回点して羽根がひしゃげた、フクロウ。

「………」

 フローリングの床の上に散らばったそれらに囲まれて。僕は、自分が殺されることを考えていました。

「………自分が?」

 猫を殺したフクロウ。そのフクロウを殺した僕。だから僕は、何に殺されるんだろう? もしも神様がいるとしたら……神様は僕を、どうやって殺すつもりなんだろう?

「………」

 でも、僕は殺されませんでした。誰も、僕を殺しに現れませんでした。何も、僕を殺そうとしませんでした。何故だろう。どうしてだろう。けれど……猫とフクロウの死骸をゴミ袋に詰めている間に、僕は思ったんです。これでいいんだって。いや……これが正しいんだって。

「………」

 猫を殺したフクロウには罪の意識がないんです。けど、フクロウを殺した僕は自分が殺されることを考える。罪の意識を感じている。だから僕は殺されないんです。殺されなくても、そこには罪を背負う資格があるから。だから僕は、生きているんだって……わかったんです。

「………」

 けど……僕は、それじゃ嫌だったんです。猫を殺したフクロウ。フクロウを殺した僕。罪を意識すべき僕。でも、果たして僕は、ちゃんと罪を忘れることなく生きていけるのでしょうか? この精神に、脳に刻まれた罪悪感に常に平伏し、心を押し潰す重圧に辛苦を覚えながら生きていける資格が、本当にあるのか。だから、試しにクスリを打ってみたんです。知人の触れ込みでは、「嫌なことは全て忘れられる」とのことだったので。

「………」

 最初は変な感覚でした。けれどそれは数秒と待たぬ内に多幸感に変わり、世界が輝いて見えました。恐ろしいものは打ち消され、何も見えなくなりました。強烈な光が、僕の体内から刺して世界を照らしているようでした。覚醒剤の力が働いていた数時間の間、僕は間違いなく自身の罪を忘れていたんです。

「………」

 ……正常に戻ったとき、僕はそんな自分に絶望しました。興奮し発狂し、涙を流しながら自分で自分の首を絞め上げました。そこで、フクロウを殺した時の、手に残ったあの肉が捩じれて骨が砕ける感覚を思い出して安堵し、やっと平静に戻ったほどです。まだ自分は、あのことを忘れていなかった。よかった、と。

「………」

 やがて、カミキリムシが現れ出し、僕の体を削るようになりました。舞鷺さん。やつらは、神を喰らうんです。僕の内側にある、神の存在を削り取っていくんです。人の罪を毟り取ろうとする……恐ろしい虫です。僕は、やがて自分から罪を思う気持ちが剥ぎ取られてしまうのが、恐ろしかった。僕の全てを消されてしまうようで、嫌だった。

「………」

 だから。舞鷺さん。僕は、僕にも納得できるような罪を背負いたかったんです。父を殺し、母を殺し、祖父を殺し、祖母を殺し。四人の見知らぬ人達を殺した。誰でもよかった……と言ってしまえば、とても安く聞こえるかもしれませんが、その通りなんですよ。誰でもよかった。僕の体に刻まれる、二度と忘れられないような罪を作り出すために。こいつらにも、食われてしまわないような確固とした罪が――手に入った。僕は満足です。

「………」

 ……あなたの仕事は、僕の動機を調べることなんでしょう? これが僕の全てですよ。これ以上でも以下でもない。いくら漁ってももう何も出てきません。何故ならここで打ち止めだからです。ここが終点だからです。これが完全だからです。多くの人には理解できないかもしれません。常識を持った大人であるところの、あなた達のような人間には解析できないかもしれません。けれど間違いではないんです。嘘ではないんです。克明に明白に此度の事件の目的や理由、あなたが聞くことを望んでいた動機を僕の口で上手く伝えられたかはわかりませんが、この通りです。これが真実です。恥ずかしながら……僕を曝け出した、その全貌なんです。増幅した希死念慮が巻き起こしたわけでもない。歪曲した自殺願望が破裂したわけでもない。膨張した破壊衝動が発症したわけでもない。罪。罪悪感。実感できる十字架を背負うことで僕はきっと安心できるんです。安心できたんです。ああ、僕は猫じゃない。ああ、僕はフクロウじゃない。ああ、僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。僕は僕だ。ああ、よかった。父にも、母にも、祖父にも、祖母にも、四人の見知らぬ方々にも、多大なる感謝をしています。あなた達のおかげで僕は今、安心感に満ちている、充足感に座している、幸福感に溺れている。薬剤が作り出す桃源郷なんかに逃避する必要もない、神を喰らう虫たちにも食い尽くせない。僕を僕として確立してくれるための鮮烈な意識が磔刑となった聖人のように厳めしく粛かに存在を証明している。恐怖は薄れて明滅した。寂寥は崩れて死滅した。ああ、本当に、本当に、本当に僕は幸せだ。最初からこうしていればよかったのかもしれません。無闇に悩んだ時間も悔やんだ記憶も、今となっては恥ずかしい思い出です。簡単なことだったんです。とても単純なことだったんです。殺人だったんです。殺せばよかったんです。あのフクロウのように、あの鳥獣のように。行動こそが正答に辿り着く最も効率的な方法だったんです。煩わしさなんて、少し疲れる程度ですが、そんなのはゲームと変わりません。血や涎が飛んで体が汚れましたが、そんなのは料理と変わりません。些細なことなんです。本当に些細な戸惑いと躊躇だったんです。馬鹿でした。愚鈍でした。これこそが正解だったんです。導き出すまでに随分と時間がかかってしまいました。それだけが心残りというか後悔というか……。ああ、そうでした。被害者の方々の家族に、もしよろしければお伝えください。僕は本当に、本当に、彼等に感謝していますと。あなた達が居てくれたおかげで、あなた達が生きていてくれたおかげで、たとえそれが偶然だったとしても、たまたまの巡り合わせだったのだとしても、それはとても素晴らしいことだったのだと、あなた達の存在が、僕の自我を改めて歴然と構築させてくれた。僕を僕とあらしめてくれた。だから……と言っても、無理なんでしょうね。わかっています。僕の本質を如何に説明した所で、隔絶した意識の相違を埋めるのは無理だ。残念です。本当に、残念だ。被害者の方々の家族には、検察側から適当に謝罪の言葉と、僕が後悔して苦しんで、夜も眠れないほど魘されているとでも伝えておいてください。なんともつまらない物語に終決してしまいますが、それで、その方々のわだかまりが溶けるのなら軽易なことでしょう。本来なら僕の口から説明したかった。僕の口から語りたかった。怒りや悲しむに苛むというなら、僕が直接に慰めたかった。一種のアポトーシスのようなものだと言えば、悔恨の念も薄れるでしょうか。いや、やはり実感してもらいたい。真っ向から解釈してもらいたい。それがきっと、互いにとっても幸福な締め括りだと思います。

「つまらねぇガキだな」

 …………………はい?

「つまらねぇガキだ。最初から最後まで話を聞いたが、なぁおい。つまらねぇんだよ。お前はそれで、俺を騙したつもりか? お前はそれで、てめぇ自身を騙したつもりかよ」

 ………。

「恐怖の本質はどこにあるか知ってるか?」

 ………?

「得体の知れなさだよ。暗闇や底無し沼、もしくは洞穴や海に通ずるそれだ。だが、てめぇの場合は、あまりにも意識がそっちに傾斜しすぎた。全てを理解したつもりだったのかよ、青二才。世紀の大発見をした学者の気分だったか? おざなりなんだよ。本質を知ろうが、外形があまりにも不細工すぎんだ」

 なにを……。

「13時58分から14時15分までの約17分間」

 ………。

「この時間、お前はどこで何をしてた?」

 …………その調書に書いてあるでしょう。居間で――。

「本当は、自室にいたんじゃねぇのか?」

 ………。

「いや、別にてめぇの部屋じゃなくてもいい。そうだな……端末機器、パソコンがある場所。予測だがな」

 …。

「どうやらお前は、独学で知識を集積する際にはネットの情報に依存している嫌いが見えた。だから、そいつを使って、いつも通り調べものでもしたんだろう」

 調べる……。

「過去の犯罪だ」

 。

「キャッシュでも引っ張り出しゃぁ形跡は見られるだろう。まぁ、わざわざ調べるまでもねぇだろうが」

 。

「言ったよな、お前みたいな奴は何人も見て来た」

 。

「つぎはぎだらけなんだよ。お前の理屈、信念、価値観、奇形性、全てが、今までどこかで聞いたような話の寄せ集めだ。急拵えの粗悪品。いや……テスト前夜の詰め込み勉強って感じか? くかかっ」

 なにを

「………」

 なにを、わけの、わからない、こと……。

「………」

 ………。

「……どうした? そんなに慌てて。図星かよ?」

 ………。

「クスリの力に頼ったのも、やはり恐怖からだろ。お前は何故フクロウを殺した?」

 ……。

「お前は、母猫と子猫を殺したフクロウにただ憎しみを覚えただけだ」

 ……意味が、

「子どもだからだよ」

 、

「お前は、子猫の誕生が本当は嬉しかったんだろ? 虐待経験のある人間は、自分が親になった時我が子にも同様の虐待を行う傾向があるっつぅ話を知ってるか? まぁ、知ってるよな。それに、感覚的には理解できるだろ。お前は、そういうものを嫌悪してんだ。関心を寄せない父親と母親のように、てめぇ自身の冷徹な無慈悲を子猫に向けようだなんて……そんな概念に逆らいたかったんだろう」

 ………。

「そういやぁ、さっき、思わずこぼしちまってたな」

 え……。

「子猫が愛おしく思えたって……呟いてやがったな」

 特に意識した台詞じゃありません。

「意識してねぇからこそ出ちまったんだよ。偽りの情緒に本心を混ぜて、真実と虚妄の境界線を曖昧にしようとしたんだろ。てめぇ自身でさえ、わからないように。いや、てめぇ自身を煙に巻くために」

 そんなもの。

「くかか。随分と必死に否定するじゃねぇか」

 …っ、

「笑って流せよ、蔑んで無視しろよ。そいつは、正答からは程遠い反応だ」

 ………。

「愛情の無い両親。無関心な家族。発生したのは、腹の底で暴れる悲哀、寂愁、自分を自分として認められない感覚。ペットの飼育は、お前にとって自分自身を反映させるための写し鏡。倒錯的なアイデンティティーの確認作業。自分の力で、自分の手で、他の命を生かすことによって、お前は客観的に自分の存在を認めることができた。一見すりゃあ、ガキの生まれた父親が仕事に奮起するそれと同様だ。生命の誕生に歓喜し、出産された子猫の存在に愛着し、より一層の存在理由をその愛玩動物達に見出したお前は、その生命の死によって完全に粉砕された。クスリを食って、脳味噌を溶かして、一時凌ぎの逃避に走ったが……結局、夢から醒めた時お前が見るのはお前自身の姿だった。自分と言う存在が、矮小で下劣で弱々しくて、望んでいたものとは程遠い、忌避して軽蔑していたはずの人間性に堕落していくのが、わかった。そしてお前は、わかりやすく壊れた」

 ………。

「甘いな、ツメが甘い。ゲラゲラ笑いながらナイフを振り回してれば、それだけで狂った人間になれるとでも思ったのか? てめぇは所詮、マガイモノなんだよ」



「真実を語って自分を偽り、虚偽を騙って他人を偽り、てめぇはそうやって自分自身を、自分自身でも解読不可能な『わけのわからないもの』に仕立て上げたかっただけだ」



「結局、その付け焼刃の薄皮1枚1枚剥がしていけば、中心にあるのは自分で自分を見詰めることを拒絶した人殺しのガキが一人いるだけ」



「舐めるなよ、小僧。てめぇは、何者にもなれやしねぇよ」



「……とりあえず後の事は、さっきお前の取り調べ担当した奴がまた来るだろ。そいつにでも任せろ」

 ……。

「俺の仕事はここまで。俺がてめぇに関わるのは、ここまでだ」

 ………。

「…………ああ、あと最後に一つ」

 ………。

「8人じゃなくて、9人だ」

 ……。

「お前の殺した人間の中に、妊婦がいた」

 ………ぇ?

「腹を突き刺されて死んだ女だ」

 ……。

「お前は、その胎の中にいた子どもも殺した」

 ……。

「………」

 ……。

「………」

 ……………………………………胎児は……。

「あ?」

 出産前の、胎児は……法律上は……人間として……扱われない……。

「だからなんだ」

 ………。

「サービスでもう一度言ってやる。舐めるなよ、小僧」

 ………。

「罪の意識だ? 笑わせるな。てめぇが何をしたのか、今からもう一度よく考えろ」

 ………。

「じゃあな」

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………がり。

 がりがりがりがり。
がりがりがりがりがりがりがりがり。
 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
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 ぶちっ

























































 ………………………………………………。

「よう」

 …………………ぅ、あっ!

「んだよ、人のこと化け物みてぇに」

 い、いえ……その、お、お疲れ様です。

「おーう。銀城ぎんじょうのおっさんは」

 あ、先ほど外に……。

「はっ、人にこんなクソみてぇな仕事押し付けて自分はゆうゆう外勤かよ……おい、あんなおっさんの言葉鵜呑みにするんじゃねぇぞ。どうせ今頃、女の尻でも追いかけ回してんだろ」

 はぁ……。

「しっかし、日々酷くなってくな」

 ……?

「レプリカだ」

 ……レプリ、カ?

「贋作ばっかが跋扈してやがる。報道規制、情報統制、関係ねぇ。時代だ。人間が、簡単に狂気に触れられる時代になりやがった」

 ………。

「さながら蟲だ。瞬く間に伝染してふざけた数に増殖しやがる。蠢きやがって、這い回りやがって、気味が悪ぃ。気味が悪ぃ。この粘ついた、無数の舌に舐め回されてるような、六月の腹の中みてぇに気味が悪ぃ」

 ………。

「……くかか、しかしよう、おい。聞いたかよ、お前」

 ……はい?

「あのガキの話だよ。あいつの調書取ったの、お前だろ?」

 はぁ……ええと、何の話、ですか? 自分には、その……何と言うか、耳心地の良い記憶は、無く……。

「カミキリムシなんだとよ」

 ………?

「シャブの幻覚だ。あいつには、禁断症状で虫が見える。それが、カミキリムシなんだそうだ」

 ………はぁ。

「こいつはおもしれぇ。今日、唯一、あいつの話でウケたネタだ。中々の着眼点じゃねぇか。大抵の連中だったらウジ虫だとかそのあたり、不快感の象徴が主流だ」

 ………

「もしかしたら、クスリを使った人間によって見える虫が変わるんじゃねぇか? だったら、おもしれぇ。現出する虫の種類で、その人間の性格や人格がわかったりしてな。動物占いならぬ虫占いだ。くかか」

 ……あなたは。

「あ?」

 では、あなたには、どんな虫が見えていたんですか?

「………」

 ………。

「………」

 ……ぁ……す、すいません。

「………」

 ………。

「………くくっ」

 ………あ。

「なぁ、おい。そいつがよぉ、聞いてくれよ」

 ………は、はい。

「俺にも、わからなかったんだ。わからなかったんだよ。どんな虫なのか。名前が、種別が、何科の昆虫なのか、気にはなってたけどな、知らなかったんだ。けどな、今日、わかったんだよ」

 ………。










「カミキリムシっていうらしいぜ、こいつら」



















カミキリムシ……①甲虫目カミキリムシ科の昆虫の総称。体は細く、長い触角をもち、大あごが頑丈で鋭い。②結髪を元結の際から切る魔力があるという想像上の虫。

神……①人間を超越した威力を持つ、隠れた存在。畏怖、信仰の対象。②キリスト教で、宇宙を想像して支配する、全知全能の絶対者。③人間の精神。こころ。たましい。心神。


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