銀色(しろがねいろ)の魂PDFで表示縦書き表示RDF


銀色(しろがねいろ)の魂
作:針井 龍郎


 とある山中、うっそうと生い茂る林の中に、一軒の丸太造りの小屋があった。お世辞にもしっかりとした建物とは言えないその小屋の煙突から、青白い煙が一筋、天に向かってのびている。

 小屋の中からは四六時中、甲高い鋼を打つ音が聞こえてくる。その音は規則正しく、まるで時を刻むかのように山にこだまする。時折、ある程度の間隔で音は鳴り止むが、すぐにまた、同じリズムで延々と辺りに響き渡る。

 天気のよい日には、その澄んだ音色はふもとの山まで届き、村人たちの日々の生活にくたびれた心を癒す。

 小屋の主の名は時任楓ときとうかえで。さほど有名ではないが、知る人ぞ知る名刀匠で、彼の打つ刀は堅牢鋭利けんろうえいり、決して錆び付くことはないと言われる。光が当たれば、そのやいば耿々こうこう銀色しろがねいろの光を放ち、見る者を魅了する。全身全霊をかけて鍛え上げられたその刀は魂――銀色しろがねいろの魂――を持つとまで言われ、時として持ち主の命を救い、時として持ち主を栄光へと導く。悪しき者がその刀を手にすれば、刀に心を食われ、その身は滅びるとまで言われている。

 しかし、その日は珍しいことに、鋼を打つ音は聞こえてこない。代わりに、金属がこすれる小粋な音が、一定の間隔で小屋の中から響く。

 一陣の風が出入り口のすだれを巻き上げ、小屋の内側があらわになった。鉄床かなとこや金鎚、やっとこ等の鍛造道具の置かれた床にかろうじてできた空間。そこに大きな砥石といしを据え付けて、背を丸めた一人の男が一心不乱に刀の刃を研いでいる。時任楓、その人である。

 年齢は、だいたい三十代後半であろうか。刀匠の中ではかなり若い方だ。月代さかやきをそらず、伸び放題の黒い髪の毛を首筋で一つにまとめ、背中に無造作に流している。色のあせた、紺色の着物を身に着け、同色のはかまをはいている。白いたすきを掛け、同じく白い鉢巻をしめている。漆黒の瞳は鋭い光をたたえ、その意志の強さを感じさせる。

 彼は時折、手元を休めて刃の仕上がり具合を確かめる。美しく浮かび上がった乱れ刃の刃文は、光が当たると沈々しんしんと銀色の光を放つ。透き通らんばかりの刀身に、真剣な眼をして覗き込む時任の顔が映される。

 彼はかたわらにあった水桶に刀身をくぐらせると、一度振るって水気を切り、懐にしまってあった和紙で軽くぬぐった。用意してあった鍔、柄を順に差し込み、目釘で刀身を固定すると、脇に立てかけてあった黒塗りの鞘にそれを納めた。そして、時任はゆっくりと立ち上がり、仕上がったばかりの刀を左手に下げ、すだれをかき分けて小屋の外に出た。風が彼の黒髪をやんわりとなびかせる。

 自らも一流の剣客である彼は、手ごろな太さの木の前まで来ると、ゆらりと立ち止まった。そして一閃。左腰に構えた刀を、抜きざまに斬りつける。銀色の光がきらめいたかと思うと、木は音を立てて倒れた。

 細いといえど、直径約一寸の木を一刀の下に切り倒すとは、時任の剣の腕もさることながら、すばらしい刀である。そのやいばには一点の曇りもなく、刃こぼれ一つ見当たらない。

 時任はしばしの間、完成したばかりの刀の刃を無言で見つめていたが、やがて納得したのか銀色に輝く刀身を鞘に納めた。そして、それを左手に下げたまま、小屋の中に入っていった。

 日はすでに傾き、すだれのすきまから、春の夕暮れの日差しが小屋の中に差し込む。時任は刀を壁際に立てかけ、紅の炎を上げて燃えている炉の口を閉めた。少し遅いながらも、彼は夕食の支度を始める。食料には困らない。親切なふもとの村人たちが、時々差し入れとして、季節の産物を持ってきてくれるのだ。彼はその礼に、彼らの農作業に使う道具――くわすきかま等――を鍛える。それらはとても丈夫で、どれだけ硬い土地であろうと苦もなく耕せ、どんなにしぶとい雑草でもあっという間に刈り取れるのだ。刀匠の中には、そんな事をするのは刀匠としての誇りを持たない愚物のする事だ、と言って時任の行動を非難する者もいるが、彼は一向に気にしていない。

 時任は、かゆ、そしていもと春野菜の煮付けと言う質素な夕食を済ませると、夕日の光が小屋に差し込む中、早々に床についた。明日は、徒歩で丸一日かかる町に住む依頼主のところまで、さっき完成した刀を届けなければならないし、連日の徹夜仕事で少々寝不足気味なのである。彼は質素な布団にもぐり込むと、すぐさま深い眠りの中に落ちていった。

 ◆

 「ふぅむ。何度見てもすばらしい刀ですね。さすがは時任先生の刀です。安心して自分の命を任せられるのは、先生の刀だけです」

 やいばに目を走らせながら、依頼主の男がつぶやく。

「身に余るお言葉、ありがとうございます」

 昨日と同じ装いの時任が、その場で座礼する。

 ここは、今回の依頼主の屋敷である。時任は今朝早くに小屋を出発し、半日かけて依頼主が住む町まで出かけてきた。すでに日は西の空にあり、畳の上に二人の男の長い影が落ちている。

 「何をおっしゃいますか。先生、私は事実を言っているまでです。それに同じ武士と言う身分ではありませんか。そこまでへりくだる理由が、どこにあると言うのです?」

 依頼主の男が、かしこまっている時任に声をかけた。なるほど、確かに時任の左側には、造りこそ不恰好だが、そのじつ立派な刀が一振り置かれている。

「いえ、私は刀こそ身に帯びてはいるものの、ただの一介の刀鍛冶です。この刀も、護身用のための物。かつてはそうでしたが、もはや私は武士と言う身分ではないのです」

「そうですか……。まぁ、私もこれ以上深くは尋ねないでおきましょう。
 確か御代は初めに払っておきましたよね。しかし、このままお帰りになると言うのもなんですし、それに日も傾いてきました。もうじき真っ暗になります。今日はこのままこの屋敷に泊まっていかれてはいかがです?」

「いや、しかし……」

 断りかける時任を目で制しながら、依頼主の男はにこりと微笑む。

「かまいません。本来ならば私がお伺いするべきところを、わざわざ届けに来て下さったのですから、これくらいのことはさせて下さい」

 時任も、ここで断ったならば相手に失礼になると判断したのだろう、ゆっくりとうなずいた。

「では、お言葉に甘えて……」

「はい、どうぞごゆっくりしていって下さい。夕食は後でお運びいたします。まずは風呂にでも入ってください」

 依頼主の男は、すっくと立ち上がると、障子しょうじを開けて廊下に出て行った。

 外に控えていたのだろうか、すぐさま入れ違いに女中が入ってきた。彼女は時任の身なりを見るなり、少し眉をひそめたが、すぐさま何事もなかったかのような顔に戻って、彼を客間へと案内した。

 一刻ほどすると、湯が沸いたからといわれて、彼は風呂場へと通された。春先といえども、まだまだ日の暮れるのは早く、すでに外には夜のとばりが落ちている。東の山の端から満月が昇り、空には満天の星が輝く。開け放たれた窓からのぞく夜空に、白い湯気が吸い込まれるように消えていく。時任は湯船の中でぐぐっと体を伸ばした。熱い湯が、くたびれた体に心地よい。

 風呂からあがると、時任は用意されていた飛白かすりの浴衣に袖を通した。先ほどまで着ていた紺色の着物はきれいに畳まれ、刀のそばに一緒に置かれていた。時任は刀を左手に下げ、着物を右手に持つと、体が冷めないうちに客間へと戻った。

 部屋に戻ると、主人――刀の依頼主が楽な格好に着替えて、座って待っていいた。彼は時任の姿を見とめると、にっこりとほほえんだ。

「お湯加減はどうでしたか?熱くはなかったですか?」

「いえ、ちょうどいい加減でした。お心づかい、ありがとうございます」

 時任は主人の前に座りながら言った。

「それはよかった。では、そろそろ夕食を持ってこさせましょうか」

 主人が手をたたくと、障子が音もなく開き、二人の女中が御膳を持って入ってきた。焼き魚、春野菜のお浸し、胡麻豆腐ごまどうふ、味噌汁、ご飯という、普段の時任の食事からすると考えられないほどの豪勢な夕食であった。感激した彼は主人に対し、丁重な礼を述べた。

「いえいえ、すばらしい仕事に対する、私なりの感謝のしるしです。そんなにお気になさらないで下さい。さぁ、せっかくの夕食が冷めてしまうといけないので、早速いただくとしましょう」

 食事はどれも大変おいしいものだった。久しぶりの食事らしい食事に、時任は深く感謝し、ゆっくりと味わった。

 夕食が終ると、主人は酒を持ってこさせた。二人は何度もさかずきをかわし、色々なことについて語り合った。

「先生はどうして刀匠として生きてゆくことを選んだのですか?」

 主人が時任に酒をつぎながらたずねた。時任は一息ついてからゆっくりと語りだした。

「私の家は、代々貧しい御家人の一族でして、私はその五人兄弟の末っ子として生まれたのです。当然、五人の子供を養っていけるほど我が家は豊かではなく、五歳の時に子供のいなかった刀鍛冶の家に養子に出されたのです」

「そうでしたか。すみません、やぼったいことを聞いてしまって」

「いえいえ、すでにはるか昔のことです。お気になさらないで下さい」

 二人の間に沈黙が流れる。時任は深く物思いをしているようだ。と、主人がぐいっと酒をあおり、おもむろに口を開いた。

「そういえば、先生はご存知ですか?」

「何をです?」

 急に現実に引き戻された時任は、慌てて返答する。

「最近この近辺に辻斬りが現れるのです。たいへん腕のよい者のようで、斬られた者は誰もが一刀の下に斬り伏せられているという話なのです」

「ほぉ、それは物騒な話ですね」

 時任は酒をさかずきみながら返事をする。主人はすっと声をひそめて続けた。

「それが奇妙な話なのです。たまたま現場を見かけて逃げ切れた者の話によれば……」

 声がいっそう小さくなる。

「その者は不思議な刀を振るっていたそうなのです」

 時任の肩が、ピクリと反応する。主人はさらに続ける。

「その夜は新月で、どこにも明かりはなく……。ただ、その男の持つ刀の刀身だけが、青白い不気味な光を放っていたと言うのです。さらに、その者の話では、その刀がまるで泣いているような――せ、先生。いったいどうなさったのですか?」

 突然、時任が傍らの刀を持って立ち上がる。そして飛白かすりの浴衣を脱ぎ、部屋の隅にたたんで置いてあった紺の着物を手早く身に着ける。

「外はもう真っ暗ですよ?それに辻斬りも出ると言うのに……」

 主人は慌てた口調で言う。

「すみません。ご親切にしていただいてありがとうございました。しかし、はずせない用事が出来ました。もはや、一刻も無駄には出来ません。あわただしくて恐縮きょうしゅくですが、これでおいとまさせていただきます」

 左腰に刀を差し、障子しょうじに手をかける。

「自らの不始末は、自らの手でつけなければなりません」

「先生、まさか……」

「失礼します」

 音もなく障子しょうじが閉められる。部屋には呆然ぼうぜんと座り込む主人が一人、残されたままであった。

 ◆

 闇夜の空に浮かぶ満月の光だけを頼りに、時任は町の中を駆け抜ける。遠くに聞こえる何者かの悲鳴。彼はいっそう足を速めて、声の聞こえた方向に向かって走った。

 長屋を通り過ぎたあたりで、突如として彼の眼前に広がった光景。満月の薄明かりに照らされて浮かび上がる、一振りの刀を持った男と、血を流して倒れている男の体。狂気の光を目に宿した男の握るその刀は鮮血で真紅にそまり、不気味な青白い光を放っている。主人の話に聞いた通りである。

「月影か……」

 時任は、悲しげな目つきでその刀を見つめる。それは三ヶ月前、ある一人の武士に打った刀であった。しかし、今それを持つ者とは別人である。おそらく、刀とともに命をも奪われたのであろう。

 月影を右手に下げたその男は、狂気の目を時任に向けた。

「オ前ハダレダ……。コノ姿ヲ見タ者ハ、誰デアロウト、斬ル」

 抑揚のない、うつろな声で話す。完全に狂ってしまっているようだ。時任は深いため息をつく。

「心を刀に食いつくされてしまったか。心ただしき者が持つ刀。お前のようなくだらない男には、ちと重すぎたようだな」

 静かな声でつぶやくが、その声には悲しみの響きがある。目尻に涙が光る。

「何ヲ、ブツブツ言ッテイル。コナイナラ、コチラカラ行クゾ」

 恐るべき速さで、男は突きを繰り出す。並みの剣士なら、一瞬で串刺しだろう。しかし、時任はひらりと身をかわし、瞬時に男の背後に回る。

「グ……、イツノ間ニ……」

 男は慌てて身をひるがえし、間合いをきりながら時任に向き直る。そして月影を正眼に構えなおし、驚くべき瞬発力で時任に再び斬りかかってゆく。時任も瞬時に抜刀し、応戦する。刀身に満月の光が照り、銀色にきらめく。鏘然そうぜんとしてお互いの刃が触れ合い、赤い火花があたりに飛び散る。

 男は何度も斬撃を繰り返す。上から下へ、右から左へ。だが、いくら鋭い攻撃を繰り出そうと、時任の守りを崩すことはできず、刃の切っ先でさえ届かせることはできない。男は絶え間ない激しい斬撃に次第に息を切らせ始め、攻めの手を止めて間合いの外へ離れる。

「オノレ……。俺ノ技ヲ全テ防ギキルトハ、貴様イッタイ何者ダ?」

 男が一言つぶやいた。

「私の名は時任楓。その刀を打った、一介いっかいのしがない刀鍛冶だよ。もはやお前のその狂気、元には戻るまい。ならば、私が責任を持って終わらせよう。それがせめてもの救いと言うもの」

 時任は、鍔鳴りの音を高らかに響かせて、刀の柄を握りなおす。まぶしいほどの銀色の光が、刀身から放たれる。時任の体は、激しい剣気をまとう。目は鋭く、険しくなり、男はその目線に射すくめられ、たじろぐ。完全に位負けしている。

「グヌヌ……。グアァッ!!」

 時任の放つ重圧に耐え切れず、男は狂気そのままに時任に向かって闇雲に斬りかかる。気の勝負で負けた男のその剣筋には、先ほどのような正確さも、スピードもまったく感じられない。

 時任は、突き出された月影を上にはねあげ、返す刀で袈裟斬りに斬って落とす。血しぶきが上がり、反り返った男の体は地面に仰向けに倒れる。

 男の手を離れ、宙を舞った月影は弧を描いて舞い戻り、男の左胸に切っ先を下に向けて突き刺さる。月影は一瞬、目もくらまんばかりの銀色の光を放ち、そのまま普通の刀に戻った。時任はそれを見届けると、身をひるがえし、闇の中へ消えていった。

 ◆

 次の日の朝。男の死体は、辻斬りの被害者と共に発見された。風の噂によれば、男の心の臓に突き刺さっていた刀の刀身は、鮮血の真紅の色に染まっていたと言う。そして役人がその刀の柄に触れると、一瞬だけ刀身が銀色の光を放ち、そのまま音もなく崩れ去ったと言う。

 その刀に何があったのか、そして本当にその刀には魂――銀色しろがねいろの魂――が宿っていたのかを知る人は、誰一人としていなかった。ただ一つ明らかなのは、男の死体には血液が一滴たりとも、残されてはいなかったと言うことだ。


 はじめまして、針井龍郎です。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 
 さて、今回の小説『銀色しろがねいろの魂』はあらすじにもあるように、グループ小説・時任楓の銀色です。この企画の発案者は次深先生(W8156B)です。このような機会を設けてくださった先生に、簡単ではありますが、厚く御礼申し上げます。
 
 この作品の主人公は一介の刀匠という設定だったのですが、ストーリーが進につれて、次第にとんでもないヤツに化けてしまいました(笑)。ムチャクチャな剣達者!白状すると、はじめは例の男が刀に裏切られるという設定だったのですが、それだと刀に心を食われるという部分が弱くなると思い、ああいった流れになりました。
 
 このような拙作に目を通していただき、ありがとうございました。何はともあれ、ご感想、ご評価等お待ちしております。酷評でも大歓迎です。
 
 これからもよろしくお願いします。以上、針井龍郎でした!













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう