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筆を折ることにしました。

作者:一之森はる
 ―――ああ、今日も疲れた。

 自分と同じスーツ姿の会社員と肩を並べ、電車に揺られながら思う。
 大学を卒業し、そのまま入社した会社は人付き合いが面倒極まりない。仕事も全く楽しさを見出せず、ただ疲れるばかりだ。

 毎日朝起きて、身支度し、会社へ向かって仕事をし、定時が過ぎたのを時計で確認しながら、仕事、仕事、仕事。
 ようやく家に帰り、一杯のビールを飲んで気分をリフレッシュ。

 そんな毎日が続くと、『俺って何の為に生まれてきたんだろう』なんて哲学じみたことを考えるようになる。

 このままでは会社に、社会という閉じ込められた檻に、自分の一度しかない人生を捧げることになる。
 そんなのは嫌だ、と思っていた矢先、俺はあるサイトと巡り逢った。

 『小説家になろう』

 それは、数多くの小説達が集った小説投稿サイトだった。
 書籍化したものもあるようだが、読んでいるとそれと同じくらい面白い作品も、中にはある。

 俺はいわゆる『読み専』という奴で、仕事の疲れや現実逃避にはもってこいの異世界トリップものを、好んで読んでいた。
 正直20代も後半の、結婚もしていない男の唯一の趣味として、あまり共感は得られなかったものの。
 それでも重苦しかっただけの日々に、どこか色がついたような気がしていた。

(今日、更新あるかなー。最近不定期更新ばっかりなんだよな)

 お気に入りの作品は5、6作。それ以外にも一応ブクマに登録しているのもあり、総数では20作くらいだっただろうか。
 異世界トリップ、俺TUEEEを中心に、あとは悪役令嬢もので『ざまあ』展開に、胸のすく思いを味わう。
 基本的にランキング上位のものしか読みはしないが、それでも時間が足りなくなるほどだ。

 無料の暇つぶし、もとい新しい趣味に、俺は没頭していた。



 家に帰り、早速パソコンの電源を入れる。
 小説家になろうのブクマから、最新話をチェックするが、更新されているのは3、4作程度だった。

(……なんだよ。また0時更新パターンか?)

 俺は不満げにビールを煽る。

 どうやら読者集めとやらで、0時に更新、もしくは7時に更新すると、PVを稼げるという話が広まっているらしい。
 そのため更新される時間帯が、俺が見る20時から23時の時間では行われなくなったことに、不貞腐れるような思いを抱いていた。

(朝早いし疲れてるだから、0時過ぎてまで見る訳ないだろ)

 仕方なしに、更新されていた作品に目を通す。

 だがその中のひとつ、お気に入りの中でもランク1位となる小説で、思わぬ展開が待ち構えていた。
 その小説は、いわゆるテンプレ目白押しの作品であり、転生してきた孤高の主人公が、チート能力で世界を根っこから変えていくファンタジーだ。格好つけたがるくせに心の中ではへたれな主人公に、なんとなく好感を抱いていた。主人公の仲間は、相棒の犬とヒロインだけ。またこのヒロインが可愛い。男の理想を詰め込んだような存在だ。作中の恋愛要素が少なくも、二人の恋路に胸掻き毟られるような、踊ってしまうような、歯痒いような気持ちをまた楽しんでいたのだが―――。

(―――ハーレムだと……!?)

 最新話で、突然ヒロインとは別に女4名が仲間に加わり、みんなが主人公の取り合いをはじめたのだ。

 突然の展開に、開いた口が閉じない。

(はあ!? ふざっけんなよ!)

 怒りに震え、思わず飲みかけのビール缶を握り締めた。

 さすがにこの展開は有り得ないだろう!
 感想欄にページを変えると、まるで俺の気持ちを代弁するような感想が、ずらりと並んでいた。

『ハーレム展開とかいらん』
『人気の傾向を詰め込みすぎると、物語が破綻しますよ。それでも人気取りたいんですか^^』
『今まで楽しかったです。ありがとうございました』

 中には急展開を受け入れる声もあったが、俺の目にはそんな感想なぞ映りはしなかった。
 俺も思わずキーボードに指をのせ、怒りの文章を叩きつける。
 俺は読者だ。
 読者の意見は、耳を傾けるべきだろう!?

『ずっとおもしろく読んできたのに、この展開は有り得ない。がっかりだ。主人公にはヒロインがいるのに、他の女を登場させる意味がわからない。すぐに撤回して、別の構想を練るべき』

 ダンッ! と強くエンターを押し、感想を投稿する。

 煙草に火をつけ吸い込むと、なんとなく鬱蒼とした気分が薄れる気がした。
 すると怒りに散らばった考えが、徐々にまとまってくる。

(……作者は人気に走りすぎたんだ)

 『人気傾向のものを詰め込みすぎると~』という感想にもあった通り、このままハーレム展開を押し通せば物語が破綻してしまうだろう。今の今まで楽しめた物語の面白みが、半減してしまう。
 この作品は、きっと作者の愛より読者の方が愛している、数少ない名作だと思う。
 そんな名作の展開に行き詰ったなら、読者に問いかけたって良かったんじゃないのか。こんな無理やりハーレム展開を広げるなんて、名作を汚す行為でしかない。

 そう思うと、ひとりの読者としていても経ってもいられなくなった。

(―――作者の目を、覚まさせてやろう)

 俺はテキストを起動させると、寝る時間を削って数時間、画面に向かい続けた。



「できた!」

 ひとりっきりの部屋に、俺の声が響き渡る。

 テキストには今後の展開、そして終わりまでの道筋が文字で表示されている。もちろん、ヒロインとの恋もハッピーエンドだ。
 俺はなんの迷いもなく、『作者マイページ』からメッセージを使って全文送った。

 返信が来たのは、次の日、同じ時間だった。

 自分のつけた感想に返信が書き込まれているのを見て、俺は文字を目で追いかける。

『撤回はしません。このままで物語を進めさせてもらえれば、と思います』
「はあ!?」

 声を荒げて、感想欄を下へスクロールした。
 他の感想にも似たようなことが書かれている。総合すると、つまりこうだ。

『今後、更に物語を広げていきたいと思っています。現在の展開を、見守って頂けたらと思います』

(なに言ってるんだ。今の展開がこんなにも不評なのに、続けるつもりなのか?)

 いよいよ俺は、顔も知らぬ作者に殺意すら芽生えてきた。

(そうだ、俺の送った構想は……)

 思い至り、メッセージボックスをのぞく。そこには作者の名前が書かれた、返信を知らせるメールが届いていた。
 ごくり、と唾を飲みこみ、俺はそのメールをクリックする。
 そこにはたった一行。
 冷たい印象の文字が、綴られていた。

『これは、貴方の物語ではありません』

 目を見開き、その文字を何度も読む。
 何言ってるんだ、何言ってるんだよ、この作者。

 俺は読者だろ!? お前が大切にすべき読者のひとりだろ! なのにこの態度ってどうなんだよ。わざわざ構想練ってやったっていうのに、なんだよこの言い方!

 馬鹿にされ、軽視されたようで、俺は怒りのままに感想欄を暴言で埋め尽くした。
 だが俺の感想は無視され、返事がつくことはなかった。

(何様だよ、こいつ!)

 俺は次の日も、更に次の日も、感想欄に暴言罵倒を書き続けた。

 やがて、久しく更新の無かった作品に、最新話が表示される。
 正直見ることさえ憚れたが、一体どんな展開になったか気にはなったので、開いて見てやった。

 そこには、『打ち切り』という文字がサブタイトルとして表示されていた。俺は言葉を失い、ページをスクロールさせていく。

『あまりに不評であったため、打ち切りにしたいと思います。エタるのは嫌だったので、この後の展開を書いて、締めくくりたいと思います』

 そんな一文から始まる文章の羅列には、俺の考えた構想とは全く違ったものが綴られていた。

 主人公とヒロイン、他ハーレム要素の奴らは大きな陰謀に巻き込まれていく。敵の力は強く、ハーレム要素の奴らがひとり、またひとりと主人公とヒロインのために囮となり、仲間から外れていく。
 そして最後は主人公とヒロインだけになり、ふたりは力を合わせて陰謀を覆すのだ。ハーレム要素達は、そのおかげで弱体化した敵に打ち勝ち、世界を支える柱として力を出し切り、普通の女の子へと戻る。
 主人公とヒロインはようやく互いの気持ちを確かめ合い、ふたりの住んでいた小さな村で、ささやかな幸せを噛み締めながら暮らしていく。

 それは、俺が考えたものよりも遥かに凌駕した構想だった。

 呆然とする俺の目に、作者の最後の言葉が目に映る。

『私はプロではありません。趣味で書いている者です。心無い暴言罵倒は、とても傷つきます。この作品は多くの方に応援頂きましたが、あまりに暴言罵倒がひどいので筆を折ることに致しました。ここまで応援頂きました皆様に対して、深くお詫びすると共に、またいずれ別の作品でお会いできたらと思います』

 ―――……俺はただ、呆然と眺めていた。

 ひとつの名作を、
 プロではない、俺と同じ一般人の作者が書いた小説を、
 どれだけ踏み躙り、どれだけ傷つけたのか、
 画面の向こうで、どんな気持ちで俺の構想を見てたのか、

 想像した俺は、魂が抜けてしまったように、ただひたすら作者の言葉を、繰り返し読むことしかできなかった。
お目汚し、失礼いたします。
新作を投稿しようと、久しぶりに「小説家になろう」を開いたら多くのご感想やレビューがついていて驚きました。
多くの方に目を通して頂き、ファンであったプロの方にも読んで頂いて、感無量です。
粗末な構成と稚拙な文章ではありますが、様々なご意見、ご感想を頂けたこと、ありがたく思います。

さてこの度、あとがきを追加したのは作品が多くの方の目に触れたことがきっかけです。
なにぶん未熟な書き手でありますので、構成が滅茶苦茶だったことや疑問視する点など、多々あることと存じます。
この場で伏して、お詫び申し上げます。

また当初「エッセイ」というジャンルに登録しておりましたが、これは私の体験談をもとに執筆したものではありません。
全て架空の出来事です。
エッセイとその他を選択ミスしてしまい、しばらく気づかずにおりました。誤解を与えてしまいまして、申し訳ありません。
重ねてお詫び申し上げます。

私はこの作品を通して「読者が悪い」「作者が悪い」等と議論するつもりも、ご感想に関する意見のつもりも、全くございません。

様々な場所で、様々なご意見を目に致しましたが、決して作者優遇や読者批難など私は考えておりません。
思いつくままにつらつらと綴って出来上がったのが、この小説です。
この作品をお読み頂いた上で、どのような感想を抱こうともそれは自由です。
ですが作者がなにかを意図して書き上げた訳ではありませんので、そこだけはどうかご了承ください。

末筆ながら、今後も「小説家になろう」でご活躍する全ての作家がた、読者がたに一層のご多幸をお祈りいたします。

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