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ひたすら念力を鍛えるだけの話

作者:クロル
 この小説の九割はノリと勢いでできています。クオリティは期待しないで下さい
 人間、誰でも一度は超能力願望を持った事があると思う。テレポートが使えたらなー、とか、透明になれたらなー、とか。
 例えば遅刻しそうになった時に信号に引っかかり、時計を気にしながらテレポートで一気に目的地まで移動できたら楽なのに、と考えたり。健全な男子学生なら一度や二度透明になってあんな事やこんな事をデュフフフと妄想した事があるだろう。淑女ならイケメン相手にチャーム使いたいウヘヘヘと思った事があるかも知れない。そんなん淑女とは言えないけども。
 もちろん俺も中学生の頃まではよく考えた。当然二十一世紀初頭に生きる極一般的なホモサピエンスである以上、考えただけで何一つとして実現しなかったが。宇宙世紀ならワンチャンあったかも知れないのに。

 高校生になると妄想暴走も落ち着きはじめ、あまりそんな事を考える事もなくなってくる。でもまあふとしたきっかけから「超能力使えたら何する?」なんていうたわいも無い雑談に花を咲かせる事もある訳で。
 高校からの帰り道、友人とそんな雑談をしながら帰宅したせいだろうか。リビングでソファに腰かけ煎餅を咥えながら、毒にも薬にもならないバラエティ番組をぼんやり眺めていた俺は、フローリングに食べかすがこぼれているのを見つけ、なんとはなしに念力で拾った。

 拾おうとした、ではなく。
 拾った。

「……ん?」

 数拍置いて自分の手の中に煎餅の欠片が収まっているのに気付き、まじまじと見る。
 あれ、なんかおかしくね? 今すごく変な事がすごく当たり前のように起きた気がする。
 床を見ると煎餅の欠片は落ちていない。手の中には煎餅の欠片。拾う為に手を動かした覚えはない。
 という事は……どういう事だってばよ。

 いやそもそも本当にフローリングに煎餅の欠片が落ちていたのか、記憶が早くも怪しくなってきた。
 若年性の痴呆ではない。特に意識するような事でも無かったから記憶に残っていないだけだ。日常の動作一挙一動を記憶できるのは絶対記憶持ってる人ぐらいだろう。
 まさか本当にサイキックパウァ~で煎餅を手の中に呼び寄せたわけは無し。

 試しに煎餅の袋に目を向け、煎餅出てこい、と念じる。しかし何も起こらない。起きそうな気配すらない。
 ほら動かない。ハイハイ気のせい気のせい。
 ため息を吐いて煎餅の欠片を念力で放り投げ、テレビのリモコンを

「ファッ!?」

 思わずリモコンを取り落した。
 あっれえええええええええええええ!?
 気のせいじゃない! 今度は気のせいじゃない! 手を動かしてないのに煎餅の欠片が飛んでった!
 え? 気のせいじゃないよな? 気のせいか? いやいや。え?

 心臓がバックンバックン暴れている。こんなに脈拍が上がったのは朝礼の校長の長話で寝た時に教頭に名指しで寝るなと叫ばれた時だろうか。ヤツはマイクに向かって怒鳴ったもんだからハウリングが酷くて、寝起きで働かない頭で周りを見回したら集まる視線、痛々しい沈黙、噴き出す冷や汗……いや思い出すのはよそう。

 頭が混乱してしっちゃかめっちゃかだ。ラノベ的パターンで行くと覚醒イベントの後はなんか襲われて美少女が出てきて血みどろキャッキャウフフ!
 じゃない、落ち着け。血みどろはノーサンキューだ。素数だ。素数を数えるんだ。いやその前に頭冷やそう。そうしよう。KOOLになるんだ。それがいい。そうしよう。
 フラフラとキッチンに入り、シンクにヘッドを突き出して蛇口をフルパワーにする。コールドウォーターがドビチャアッと頭を叩き、飛び散って服と足元がびしょ濡れになった。

 慌てて蛇口を閉める。焦った。予想の三倍水の勢いが激しかった。
 しかし不幸中の幸いか、不意打ちで物理的にも精神的にも頭が冷える。耳を澄ませば電化製品が稼働する低い音がいつものように唸っていて、リビングからはつけっぱなしのバラエティ番組の屈託のない笑い声が聞こえてくる。じわじわ服を染みて下着を濡らし始めた水の冷たさを感じながら、俺は棒立ちのまま沈黙した。
 なんというか、冷めた。頭も心も。念力が使えたからなんだっていうね。別に世界が終わるわけでも成績が上がるわけでも小遣いが増えるわけでもない。髪からぽたぽた垂れる水が物悲しい。

 ため息を吐き、雑巾を持ってきて床を拭いた。服を脱いで絞って風呂場の洗濯機に突っ込み、パンイチで台所の食器類や出しっぱなしの調味料にかかった水を布巾で拭っていく。
 両親が出かけていて良かった。こんなアホ晒しているところを見られたら説明に困るし、何より居たたまれない。

 一通り後始末を終えて、沈んだテンションでTVを消し、煎餅の袋を持って自室に戻った。やんなっちゃったなもう。
 のろのろ柄違いのTシャツとジーパンを引っ張り出して着て、椅子に座る。煎餅をもそもそ齧りながら考えた。

 冷静に考えるとやっぱり気のせいだったように思える。家を潰したとか、冷蔵庫を持ち上げたとか、そのレベルのはっきりそうと分かる念力ならまだ受け入れられる。突飛過ぎて逆に納得できる。が、動いたのは煎餅の欠片だ。BB弾より小さい。重さにして1g無いんじゃないだろうか。煎餅は動かなくて欠片は動いたんだから、風でも吹いて飛んだんじゃないですかね。唐突に超能力に目覚めた、よりはずっと納得の行く答えだ。

 リビングの窓が開いていたかはよく覚えていない。試しにベッドから起き上がり、部屋のドアと窓をキッチリ閉めてみた。ベッドをバンと叩くと埃が少しだけ舞い上がり、窓から差し込む日光を受けながらゆらゆら漂う。どこかに流れていく様子はない。風はない。
 煎餅を割って小指の先ぐらいの欠片にして、机の上に置いてみる。じっと見ていても動かない。そりゃそうだ。
 次に団扇を持って煽いでみる。欠片は普通に飛んでいった。まあ、これも思った通りだ。思った通りなんだけど、何か違う気がする。リビングで欠片が飛んだ時は、もっとこう、安定していて、真っ直ぐ飛んでいった……気がする。

 ゴクリと息を飲む。やるか? やってみるか?
 これで何も起こらなかったら笑い話だ。いや恥ずかしい話か。白昼夢を体験したと思えば貴重な体験かも知れないけども。
 もう一度煎餅の欠片を作り、机に置く。今度は見逃さないようにしっかり目を開けて、しっかり記憶するように心の準備をする。万が一にも風を起こさないように息を止め、手をかざした。煎餅の欠片を掴み、引き寄せるようにイメージをして。

 欠片はまるでそれが当然であるかのように浮いて、手の中に納まった。

「え、マジで?」 

 欠片を落とす。手をかざす。欠片は手の中に飛んできた。
 もう一度欠片を落とす。手をかざす。欠片は手の中に飛んできた。
 更にもう一度欠片を落とす。手をかざす。欠片は手の中に飛んできた。
 念には念を入れてもう一度欠片を落とす。手をかざす。欠片は手の中に飛んできた。

 なにこれこわい。

 頬を抓るとか、「夢か?」と呟くとか、そんなベタな事はしない。圧倒的リアリティ。間違いなく現実だ。催眠術とか超スピードとかそんなチャチなものじゃあ断じてない。もっと非科学的なモノの片鱗を味わっている。
 えー。えー……
 こういう場合、どうすればいいんだろうか。手本にすべき経験も知識もない。ヤッター超能力ワーイ! という感情が無いでもないが、その、こういうのは、困る。

 だってアレじゃん。ライトノベルや漫画だと、劇的にこういう力を手に入れるわけじゃん。劇的じゃないにしても、頭の中に不思議な声が響いて助けを求められたり、執拗に契約を迫る獣がいたりさ。道標というか手がかりというか、そういうのがあるわけさ。校庭でノート拾った天才少年だって、ノートに書いてあったHOW TO USEを手がかりにした訳だしさ。

 それに比べて見ろ、これを。
 煎餅の欠片を落とす。浮き上がる、手のひらに収まる。落とす、浮き上がる、収まる。
 で? これは何? 考え方によっては確かにすごいっちゃすごいけど、なんなの?
 念力を使えるようになった、というか使えた原因に全く心当たりがない。平凡な少年が能力に覚醒とかありがちだけど、あれは大抵裏を探ると平凡(笑)だし。

 両親は共働きで、普通の家系だ。実はアングラな業界で働いているなんて事もない。パパンは自動車メーカーで素材の検査する人で、小学校の職業見学の時に働いている姿を見た事がある。レーザーを素材に当てて跳ね返ってきた光を云々とか言ってた。ママンは実家の花卉栽培の手伝いだ。これは夏休みに俺もちょくちょく一緒に手伝って小遣い貰ってるから、疑う余地はない。幼い頃に神隠しにあった経験なし、怪しげな転校生はいない、体に不思議な痣はない、最近不思議な事に遭遇した覚えはないし最近どころか人生全て記憶を辿っても不思議のふの字もない。
 わけわかんねぇ。十七年生きてきてこんなわけわからん事態に陥ったのは初めてだ。東大入試数学問題の方がまだ分かるわ。あれは解き方はさっぱり分からんが言ってる事はなんとなくわかる。こっちはマジで根本的にわからん。

 いや待てよ? 俺だけが特別に念力を使えると考えるのは早計じゃないだろうか。中二病にありがちな、俺は特別だからスゲェみたいな痛々しい妄想じゃないだろうか。
 実は成人まで何かの理由で巧妙に隠されているが、念力を使えるのは当たり前の事だとか。 
 全人類が同時多発的に念力に覚醒したとか。
 あるあ……ねーよwwwww
 ……ないよね? 一応調べてみるか。

 椅子に座りなおしてパソコンの電源を入れ、ネットを立ち上げる。ニュースサイトをいくつか見てみたが、特にそれらしいものはない。まあ、俺が念力を始めて使って精々三十分くらいしか経っていない。まだニュースになっていないだけかも知れない。ニュース系は後回しにして検索してみる。

 検索:「思春期 念力 発現」
 検索結果:思春期の発言、思春期-Wikipedia、子供の心の病、etc

 一ページ目に出てきた項目を全部開いてみるが、見るからに全く関係ない。まあそうだよなぁ。思春期に念力がどうとか言い出したら心の病気を疑う。あるいは生暖かい半笑いを向けてそっと立ち去る。しかし、常識的には念力使えるよーとか言い出したらアイタタタだという事は再確認できた。おっけー、誰かに相談するのだけはやめておこう。例え事実でも、事実と証明するのが面倒臭い。そもそも自分が納得するまでにも混乱したんだから、他人に見せても手品と思われるだけだろう。それに証明した後も無駄に面倒臭そうだ。高名な物理学教授に最新科学機器を使って調べて貰えば何か分かるかも知れないけど、そんな事頼むツテはない。
 念力に関してはお口にチャックだ。うむ。方針が一つ決まっただけでも検索してみた甲斐はあった。やっぱりネットは偉大だ。

 数分置きにニュースサイトでF5を押しながら、俺は次に検証に入った。
 心の病、という言葉で不安になったのだが、この念力にリスクがあるかも知れない。使うほど寿命が縮むとか。何かの病気の副作用として使えるようになったとか。使うと毒素的なものが溜まるとか。一度部屋を出て救急箱を持ってきて、体温計を脇に挟む。心拍で検索して17歳男の平常時の脈拍数を調べ、測る。
 結果、至って平常。頭痛や眩暈などもない。とりあえずすぐにどうこうという事はなさそうだった。

 得体の知れないモノは使わずにそっとしておくに限る、と言いたいところだけど、それはそれで危ない気もするんだよな。
 逆に使わないとMP的な何かが体に溜まってパーンってなったりするかも知れない。パーンはヤだな。
 臭い物に蓋をしておくより、多少のリスクを負って調べた方が長期的には安全性は増すだろう。放置して解決するアテも無い。
 調べるだけ調べてみよう。あわよくば念力チートでモテモテルートが開拓できたりすると嬉しい。

 サイコキネシスだの念力だのテレキネシスだの超心理学だの、片っ端から検索にかけ、リンクを辿り、調べていく。
 一時間ほど調べて分かったのは、ほとんど参考になるものが無いという事だった。
 フィクションである事を前提として語るサイトや、悪魔の力とか心の力とか胡散臭い屁理屈を振り回すサイトはあったが、科学的・非科学的問わず今の俺の状況について合理的に納得できる説明をしてくれるサイトはなかった。
 ここから考えられる事は二つ。

 ①全く前例の無い現象で、念力に目覚めたのは史上俺一人。または他にもいたが、自分の力に気付かず死んでいった/能力がショボ過ぎてデマに紛れて埋もれていった。
 ②国家規模で厳重に秘匿されていて、ネットに情報が出回ると削除されている。

 どっちもありそうだ。でも②は勘弁して欲しい。巨大な秘密組織の尖兵が今にも玄関に現れて拉致られるかも知れない。怖いね、ハハッ(高音)。
 いや笑えないなこれ。人体実験ルートもあるかも知れないぞこれ。②じゃない事を祈るしかない。

 三時間経ってもニュースサイトにそれっぽいものは出てこなかったので、ネットから情報を得るのは諦め、実際に念力の検証をしてみる事にする。台所から持ってきた電子計量器、ペットボトル(水入り)、机の引き出しに入っていたメジャー。とりあえずこれだけ机に並べる。

 煎餅の欠片が動いて、煎餅が動かなかったのは重量の差だ。たぶん。どこまで動かせるのか確認する。
 まずペットボトル単体の重量を確認。約25gだ……煎餅一枚より重かった。アカン。水を足しながら限界重量を確かめようと思っていたのに、いきなり無駄になった。
 仕方ないので煎餅を割って欠片を電子計量器に乗せながら確かめていくと、念力で持ち上がる限界重量は3gだという事が判明した。2gまでは抵抗なく持ち上がり、3gだとかなり力んで意識的に「動かす」必要があった。
 アリ一匹と同じぐらいしかないしょっぱい出力が置いておくとして、早速新発見。念力には出力に切り替えがある。

 感覚的なものなので言葉にするのは難しいのだが、念力を使うには「対象を見る」「手をかざす」「力を込める」というプロセスが要る。「対象を見る」はそのままなので飛ばして。「手をかざす」は対象に向けて手のひらを突き出す必要がある。別に突き出さなくても何とかなると言えばなるが、その場合出力が大幅に落ちる。具体的には約三分の一。「力を込める」というのはこれがまた表現に困るのだが、とにかく力を込めるとしか言えない。力むとか、気合いを入れるとか、そのあたりの言葉で言い換えてもいい。どこに力を込めるんだとか、どう力むんだとか言われても困る。強いて言えば目に見えず触れない念力筋肉、ネンリキンがあって、それを動かす、ような……
 腕の筋肉は軽い物を持っていても特に感じ取れないけど、重い物を持ったり腕相撲をしたりするとピクピク震えたり疲れたりして、ああ、筋肉があるな、使ってるな、って感じがするやん? あんな感じ。強いて言えばだけど。

 3gが限界という事が分かっても、どうにかこうにか4gまでいけないものかと逆立ちしたり這いつくばったり叫んでみたりしたら、疲れた。肉体的疲労とも、精神的疲労とも違う感覚だったが、確かに「疲れて」いた。しんどくて、ダルい。そして休んでいたら回復してきた。念力を使うとMP的なものを消費するらしい。良くわからんがそういうものと考え、MPの使い過ぎには注意! と実験ノートにメモして心に刻んだ。肉体的疲労は重度になると過労死するし、精神的疲労も時にノイローゼを引き起こす。念力的疲労だって良いものは引き寄せないだろう。

 次に射程距離。念力はどこまで届くか。
 これはメジャーで測れる距離は余裕で超えた位置まで届いた。部屋中どこでも届く、というか、どうやら目の届く場所ならどこでも射程圏内らしい。裏を返せば見えないとどんなに近くても射程外。曇りガラスの向こうだったり、離れすぎてはっきり見えなかったりすると動きの精度が落ちる。ただし出力はそのままだ。

 最後に操作性。念力でどこまで精密に物を動かせるか。
 これはかなり不自由で、「自分(手のひら)に向かってまっすぐ引き寄せる」「自分(手のひら)から真っ直ぐ引き離す」の二通りしかできなかった。大雑把に言えば対象物と自分を結んだ直線の上しか動かせない。横移動はNG。厳密にはできそうな気配はあったが、ネンリキンがねじ切れそうなぐらい気張っても、微妙に横に軌道がズレた気がしないでもないような? 程度だった。だから実質横移動は無理。

 そこまで実験ノートを取ったところでネタが尽き、同時に母の車が車庫に入ってくる音がしたので、慌てて電子計量器を台所に返しに行き、この日の実験はお開きになった。
 いや夜中にコソコソ念力を試す事はできたんだけどさ。近くに家族がいるのに暴走とかしたら怖いじゃん? 3gのくせに自意識過剰かも知れないけど。









 翌日、俺を襲ったのは念力痛だった。筋肉を使えば筋肉痛になり、頭を使えば頭痛になる(事がある)。だからといって念力を使って念力痛になるのは予想外だった。
 どんな痛みかと聞かれればこれまた説明に困る。言葉にすればフォルアァ! って感じか。わっかるっかなー。わっかんねーよなー。中二的に表現すれば内なる魂が殻を破り渾沌を溢れさせている感じ。
 まあ念力を使ったり念力を使う為に意識を集中したりしなければ特に痛くもなんともないので、この日は無理はせずに念力的に安静にしておいた。

 学校帰りに友人とマックに寄ったが、突然店員が火を吹いたり黒服と美少女が俺を巡ってドンパチを始めたりする事もなく、ふざけた友人にコーラを制服にこぼされた以外はびっくりするぐらい平穏に過ぎていった。ファブって甘ったるいが消えたから良いものを、そうじゃなきゃあクリーニング代を請求しているところだ。







 更に翌日。ニュースサイトのチェックを休止した。あまりにも変化がなかった。監視する気も失せる。二日経って何もないんだから、もう新聞をチェックしていれば十分だろう。
 念力痛もかなり良くなっていたので、念力を試してみる。すると射程操作性諸々はそうと分かる変化が無かったが、出力が変わっていた。ギリギリ4gのものを動かせるようになっていたのだ。ネンリキンの増大を感じる。
 4g! すごい! 1g! 1gも増えた! でも4gだ! 鉛筆一本動かない! ファック!

 ぬーん。念力痛で休んでいる時間も考えて、二日で1g出力が上がるとしよう。一年で182g。一年経っても500mlペットボトルは動かない。隔日で絶え間なく訓練すれば、オッサンになる頃には猫一匹をなんとか浮かせられるようになる。
 う わ あ。しょぼっ!
 馬鹿じゃねーの? 普通に筋トレすれば、というか筋トレしなくても今の時点で猫ぐらいぶん投げれるっつーの。キャッチボールならぬキャッチキャットだってできるわ。舐めんニャよ。

 念力使えない人からすれば贅沢な悩みかも知れんが、念力の訓練を積むよりも英単語の一つや二つ覚えた方が役に立つ気がする。どうせおおっぴらに使って紆余曲折を経て超常現象認定されたとしても、一時期は騒がれるだろうけど熱が冷めればブームが去った芸人の如くパッとしない人生が待っているだけだ。堅実に勉強して良い大学入って良い会社で真面目に働いて安定した生活をした方が絶対に良い。
 訓練といっても大して時間も手間もかからないから続けるつもりではあるけども。なんか釈然としない。
 小さい頃に想像してた超パワーと全然違う。怪人出ないし、宇宙からの侵略者は現れないし、組織のエージェントからは連絡無いし、異世界からの扉は開かれないし。
 例え怪人が出たとしても、4gの念力で対抗するより、花瓶を投げたり素手で殴ったりした方が絶対早いし有効だ。念力マジ無意味。

 俺は悟った。超能力が欲しかったんじゃなくて、超能力で非日常に巻き込まれたかったんだ。もっと言うと非日常は非日常でも危ないのは嫌だから、そこそこ楽できて安全を確保できそうな強いパゥア~が欲しかった。工夫の余地がある能力でもいい。直線状の操作しかできない4gの念力では画鋲を一個一個投げてマキビシにするぐらいしか思いつかない。それも手でバラ撒いた方が早い。
 ハァ。テンション下がるわ。









 人間の慣れというのは恐ろしいもので、念力が使える、という異常な状況にも十日経つ頃には馴染んでいた。考えてみれば、平安時代の人間にノートパソコン渡したら、きっと今の俺のように混乱しつつも適応しただろう。妖術だーとか言いながらね。念力も案外千年後の人類からすれば物理学的に説明できるなんでもない事なのかも知れない。
 健康面にも異常は無かった。四日目にわざと転んで頭を打って頭痛を訴え、病院で精密検査を受けさせてもらったが、健康だった。

 念力の研究ノートは三ページ目に突入し、細々としたデータが貯まりつつある。
 まず、出力の向上は1gずつだと思っていたが、早とちりだったようだ。3g→4g→5g→7g→9g→11gと増えている。どうも1.3倍ずつ増えているらしい。筋肉よりも遥かに育ちやすい。電卓で計算してみたが、このペースで進めば一ヵ月で118g、一年後には746416648580237t……等比級数やべえ。フィクションのヒーロー達も真っ青だ。
 ただし上限がどこにあるか分からないので期待はし過ぎないように心に留めておく。100gで成長限界が来る事もあり得る。あと念力が突然身に付いたように突然失ったりね。

 あと動かせるのは基本的に固形物のみで、空気は見えないせいか「掴む」のがまず不可能。液体は掴みにくく、11gまとめて動かすつもりで念力を使っても落ちて零れて水しぶきが上がるだけだ。水しぶきが上がるんだから動いてはいるようだが、ボールペンで水を汲もうとしているような感がある。火を動かすのは無理で、光を曲げるのも当然のように無理だった。火と光は成功する気配すらない。









 テスト期間だろーが修学旅行中だろーが夜な夜なこそこそ訓練を続け、二ヶ月ほど経つと8kg動かせるようになっていた。はっきりと念力だと言って恥ずかしくない程度の出力だ。日常で手に持つものなら大体動かせる。
 好奇心に駆られて授業中に落とした消しゴムを念力で拾ってしまった事もあったが、バレなかった。見られなかったのか、見ても気のせいだと思われたのかは知らないが。
 調子に乗って友人に予め手品をすると言って軽く念力でトランプデモンストレーションをしたら、かなり感心されて気分が良かった。

 が、その後にしつこくタネ明かしを強請られて返事に困った。押しに負けて実は念力でしたとゲロるも、手品と宣言した手前、誤魔化しているとしか思われず。実際に念力を使って見せたらそれも手品だと思われた。ああ、これアカンやつや。
 証明しようとすればするほどドツボにハマる気がして、なんとか追求を交わしきって逃げた。
 翌日もう一度見せてくれと頼まれた時はドキリとしたが、タネを仕込んだトランプをカーチャンに捨てられてしまったと言い張る事で回避。二度と人前で念力を使わないと誓う。念力は個人的な趣味にしよう。他人に見せると疲れる……








 念力の出力が上がってくると、動かすものに困ってくる。炊飯器を動かし、本棚を動かし、冷蔵庫を動かし、乗用車を動かし。近所のバスの停留所に止まっているバスを動かした四ヶ月目、とうとう限界を感じた。

 気付いたのだ。世の中、そこまで重い物はゴロゴロしていない。
 はっきりとは分からんが、バスで6~8tってとこだろう。家はもっと重いだろうし、高層ビルは更に重いが、まさか土地に固定されているものを引っぺがすわけにもいかない。電車を動かそうと考えた事もあるが、動いている電車を念力で更に動かしたら大惨事になりかねないし、車庫に忍び込むのはハードルが高い。

 仕方ないので出力上げは中断して、持久力やら精密性、応用を鍛える事にした。基礎として約7tの出力があれば十分過ぎる。
 まず鍛えるのはベクトルだ。前後上下左右全ての方向に自在に動かせるようにしたい。元々横方向に動く気配は微妙にあったから、上手く行く公算は高い。
 試してみると、まあ上手く行った。引き寄せる・突き放す以外の全ての方向に2、3kgの出力を発揮できた。
 普段使っていないネンリキンを使ったせいか、次の日の念力痛は久しぶりに酷かった。

 やっぱり基礎を鍛えていたおかげか全ベクトル制覇は予想以上に順調に進み、三ヶ月で全方向に7tの出力を発揮できるようになった。
 しかしその代償に、夜中に乱回転するバスの怪、という噂が流れているのを知った時は冷や汗がでた。目撃されていたらしい。バスを動かすのはもうやめよう。







 全ベクトルを制覇した頃、高三に進学する。進路はくいっぱぐれが無さそうで学力に見合った国立の下の方の工業系のところを選んだ。念力を研究するなら物理系の研究職を目指すのが最善だろうが、ぶっちゃけ俺はそんなに頭が良くない。平均よりは気持ち上だろうけど、何か革新的な事ができるほど優れた脳みそは持っていない。
 ちまちま受験対策を進めつつ、念力の訓練を更に進める。もはや趣味だった。最近は勉強の息抜きに念力使ってる気がする。

 全ベクトル制覇の次に目指したのは、「動かす」のではなく「停止させる」。
 これまでは引き「寄せ」たり、突き「離し」たりと動かす事にしか念力を使わなかったが、動かさない事にも使えるはずだ。物を宙に浮いた状態で固定したり、坂道に置いたボールが転がっていかないようにしたり。

 念力を滞留させる……とでも言おうか。
 これがまた難しい。今までの念力訓練がダンベル上げだとすると、空気椅子のような地味な辛さがあった。気を抜いているとじわじわ固定力が落ちていき、最初は余裕なのに時間が経つとネンリキンがプルプル震えてリタイアしたくなってくる。しかしこれを鍛え上げれば、瞬発力と持久力を兼ね備えたピンク色(?)のネンリキンが手に入るはず。別にそんなものが手に入っても何がどうなるわけでもないが、男は特に意味がなくても筋肉を求める生き物だ。マッスルはステータス。

 机を持ち上げながら勉強をして。自分が座っている椅子を持ち上げてゆっくり動かしながらリスニングをして。父の乗用車を浮かせながら過去問を解いて。
 片手間に勉強とネンリキントレをした割には、成績もネンリキンも順調に上がって行った。まあアレだ。気分的にはスポーツしながら勉強と遊びをしているようなものだ。世の中には音楽聞いてると勉強に集中できない人も入れば、音楽を聴いていると勉強が捗る人もいる。俺には念力と勉強が上手い事フィットしたという事だろう。









 夏休みをクソ真面目に一日十二時間勉強とネンリキントレに費やした甲斐があり、志望大学は余裕のA判定を貰い、ネンリキンの持久力と固定力も起きている間ずっと使っていても疲れないほどになった。流石に徹夜するとしんどいが。
 先生や親は大学をワンランク上げる事を勧めてきたが、なんのかんの理屈をこねてお断りした。ワンランク上の大学は近くに海ないし。とにかくこれで大学受験はポカをしなければ安泰だ。
 夏休みを優雅に過ごした友人達が優雅じゃない顔で勉強を始めたのを優雅に見守りつつ、しばらく趣味に邁進する事にする。

 次なる課題は念力の形態操作。念力で物に干渉するのではなく、念力を念力として操作する。
 夏の間にミッチリと念力を滞留させる持久力トレーニングを積んだおかげか、念力という力そのものをより鋭敏に感じ取れるようになった。
 今までは念力を使うためには物を媒介にする必要があったため、見えない物、つまり空気や、物体の境界がはっきりしない物、つまり水などは操作するのが難しかった。しかし今なら念力そのものを操作できるので、例えば念力で内輪を作って空気を扇いだり、コップを作って水を汲んだりできる……ようになりそうな手ごたえがある。
 なんというかね。今までの念力はカーソルでクリックして物を指定。これからの念力はドラッグして範囲を指定、というイメージだろうか。もちろんドラッグできるようになったからといってクリックできなくなるわけではない。

 まずは念力で板を作った。点でしか使ってこなかった念力の基点を引き伸ばし、一円玉ぐらいの面積まで広げるまでにかかった時間は一時間。
 キツい、というよりも、むしろ神経を使う作業だった。
 毎度筋肉な例えだアレだが、ネジ締めや釘打ちのような感覚だ。筋肉をただ漠然と使い、鍛えるのではなく、筋肉を手段として駆使して何かを成す、という感じがした。ネンリキン自体はまだまだ余裕があっても、念力的疲労が酷く、一時間で疲労困憊。断念した。力場は点がデフォなので、明日はまた点の状態から引き伸ばさなければいけない。しかしそれでこそ遣り甲斐があるってなものだ。

 五百円玉程度まで広げるのに一週間かかり。千円札程度まで広げるのに一ヵ月。段々と力場の広げ方のコツを掴んできて、二ヶ月経つ頃にはたった十五分で八畳間の床いっぱいに引き伸ばせるほどになった。これからも訓練すればどんどん広がっていくだろう。ここからはより複雑で瞬間的な形態操作訓練に入る。
 点を引き伸ばし、広げて「板」を作るのはできるようになった。これからはいきなりドンと板を出せるようにしたい。

 念力の射程範囲は視界と同じ。それは視界内なら自在に念力を発生させられるという事だ。現に二、三個程度なら同時に念力で動かす事ができる。つまりわざわざ一つの点(基準となる力場)から引き伸ばして板を作らなくても、最初から板の状態になっている念力力場を出現させる事もできるはず。点から引き伸ばしたほうがやりやすいからそうしていたが、板状の念力、という感覚も覚えてきたし、そろそろ応用を効かせても良いだろう。

 そう思って訓練を開始。初日は二時間かけてティッシュ並に薄くて脆い板しか作れなかった。しかし一週間で藁半紙になり、そこからコツが掴めてくる。二週間もすると三分で木の板並に頑丈でテニスコートぐらいの面積がある念力の板を作る事ができるようになった。こんなに早く上達するとは自分でも驚きだ。
 これまで毎日散々基礎訓練を積んできたおかげか、最近念力の熟練度上昇速度が目に見えて上がっているのが分かる。俺って天才かも知れない。
 これは我流で鍛えた超能力で俺TSUEEEあるか? 始まっちゃう? 非日常始まっちゃう?
 ……でもこれまで何の音沙汰も無かったしなぁ。

 イチローだってジョブズだってある日唐突に大成功を納めたわけではない。成功したり失敗したりしながら自ら進んでいき、一般人からすると非日常とも言っていい世界に身を置く事になった。そう考えると受身的に何か非日常な事が起きないかなと期待しても何もないのは当然と言える。外部へ向けて何かしらのアクションを起こし、なんでも良いから「やってみる」事が必要だ。
 これだけ念力の熟練度が上がっていれば、相応の騒動は起こせるだろう。後先考えずに派手さだけを求めるなら、東京のTV局の前にでも行って路上で大型トラックを持ち上げて振り回すとか。衆人環視の中で堂々と大がかりな事をやれば、手品だと切って捨てられる事もない。
 しかしそういう騒動的な非日常は俺の求めている物とはちょっと違う。TVの取材が押し寄せてきたり、新聞の一面を飾ったり、ゴシップ誌で好き勝手に自称専門家に批評されたり、そんなものは求めていない。もっとこう、同じサイキッカー同士でバトルしてみたりさ。ジャンパーとかサイコメトラーと一緒にロマンスがあったりしてさ。日常に組み込まれた非日常ではなく、非日常と非日常が衝突する非日常が好みだ。

 フーム。大学生は時間があるっていうし、大学受かったら暇を見つけてひっそりと同類探しに動いてみるか。








 センター試験を終えた頃になると、念力板の形成も様になってきた。形成時間は十秒を切り、形も板、コップ、楕円と自在。更には縫いぐるみや花束といった複雑な形のものにも板を被せる事ができるようになった。ピッチリと張り付くように被せるのはまだ無理で、隙間や無駄が多くずんぐりした感じではあるが、できる事はできる。板というよりもバリアだなこれは。風呂のついでに水をバリアで汲んで持ち上げたり、水をいれたバリアを水をこぼさないようにしつつ更に変形させたり、念力の熟練度は右肩上がりに上がっている。
 念力で折り紙を折ったり、彫刻刀で木を削って彫り物をしたり、という事も始めてみた。目指すは精密かつ力強い念力使い。スタ○プラチナだな。

 元々判定Aで学力が良い意味でちょっと釣り合っていない大学だったので、二次試験も余裕で突破。晴れて大学生になった。
 一人暮らしを始めるための引っ越しも終わり、入学式まで三日の空きができた。ではその時間を使って何をするか? もちろん念力の訓練だ。え、講義の準備? 知らんなあ。単位とって卒業できればいいんだよ。

 夜、良い子達が寝静まった頃にアパートを出た俺は海に向かった。徒歩十分。大した距離じゃない。
 波の音を聞きながら砂浜まで降り、懐中電灯で足元を照らして波打ち際まで移動する。そして念力を使い、大量の海水を持ち上げた。

 お分かりだろうか。
 そう、今の俺なら水を持ち上げる事ができるのだ。
 水は一立方メートルで1tの重量がある。海の水は果てしなく多いから、重量の上限は無いに等しい。これからは7tと言わずいくらでもネンリキンの出力を上げる事ができる。海が近い大学に進学したのは半分ぐらいこれが理由だ。
 出力上げるぜー。ガンガン上げるぜー。特に目標もないけど上げれるだけ上げるぜー。

 と、調子に乗って徹夜で海水と戯れていたら、風邪をひいて入学式にフラフラしながら出席することになった。いくらサイキッカーでも病気には勝てない。独り暮らしで浮かれてハイになってたみたいだ。反省('・ω・)。









 大学は単位をとれば基本何をしても自由らしい。サークルにのめり込んでもいいし、友達と遊び回ってもいいし、研究室に入り浸ってもいいし、バイトで荒稼ぎしてもいい。
 想像の三倍自由な気風だったので、遠慮なく趣味に没頭する事にした。要するに念力だ。

 念力の訓練をして、オカルト雑誌を買い集め、書籍を読み漁った。自称専門家達の講演を聞きに行ったり、時には直接会って話してみた事もあった。
 バイトで金を貯め、あちこち飛び回った。阿蘇山。富士の樹海。ギアナ高地。ロンドン塔。国内海外問わず、有名な自殺の名所やパワースポットは両手で数えきれないほど回った。
 が、どれも全くピンと来なかった。オカルトサークルはそもそも無かった。

 自称超能力者にこちらの素性を隠して会いに行った事もあるが、拍子抜けも良いところだった。薄暗い部屋で散々ぺちゃくちゃ喋って、長時間ぶつぶつ呪文を唱えた挙句、水の色が変わっただけ。
 どう見ても手品です、本当にありがとうございました。よしんば超能力だったとしても俺は認めない。ショボ過ぎる。努力が足りない。余りのショボさに怒りを抑えきれず、念力で部屋、というか家を滅茶苦茶にぶっ壊してしまったが後悔はしていない。ふざけやがって……!

 そうして大学一年生は空回りで過ぎた。虚しさもあったが、超能力者は少なくとも一般人が探し回って見つかるような存在ではないという事がはっきりしただけマシだと自分を慰めた。
 お仲間探しがスカで終わった一方で、訓練の方は順調過ぎるほど順調に進んだ。

 海水の持ち上げは、水を漏らさない緻密さ、重量を支える出力、支え続ける持久力、バリアを維持する形成など、これまで培ってきた様々な念力が求められる。
 50mのメジャーを買って測った立方体の水は余裕で持ち上がったから、出力は重量にして125,000tはカタい。調べてみたところ、これは中型のタンカーなら十分持ち上がる数値だ。ヤバい。ネンリキンを普通の筋肉にしたら化け物みたいなマッチョになっている事間違いなしだ。戦車どころか戦艦と戦っても勝てるんじゃないだろうか。







 念力にかまけ過ぎて危うく留年しそうになったが、なんとか進級して、大学二年目。今年は活動範囲を世界から市内に縮小しようと考えた。
 既に手持ちの道具では計測不能な出力と、茶碗に盛った米粒一粒一粒を全て極薄のバリアで覆いその状態を一時間保つ精密さ・持久力を獲得している。これからは即応力の時代だ。いつでも、即座に、使いたいと思った瞬間に完璧に念力を使えるようにならなければならない。
 現状、バリアを張るのには二秒ほどかかる。これを人間の平均的な反射速度である0.2秒まで縮めたい。
 更に自然な形で運動の補助もできるようにしたい。例えば、足を挫いて歩けない! そんな時。念力で動作を補助して、まるで挫いていないかのように跳んだり跳ねたりできるようになれば役立つ事もあるだろう。もっと言えば同じように動作を補助して超人の如く何十メートルもジャンプしたり、拳でコンクリートを粉砕したりできるようになればさぞ爽快だろう。拳でコンクリートを粉砕する機会が人生で一度でも訪れるかどうかは置いておくとして。

 即応性の訓練は日常に織り込む事にした。
 朝目が覚めたら、寝転んだまま枕元に置いてある小石を上に投げる。落ちてきた小石を体に当たる寸前に最小限のバリアで弾く。これを五分続ける。
 この時、手は使わない。念力は手を翳さないと出力や精度が落ちるが、日常に組み込む以上いちいち手を動かしていたら怪し過ぎる。
 HBの鉛筆をベキッ! とへし折ることと同じようにッ! 出来て当然と思うことが大切なんですよねエンヤ婆!

 小石訓練が終わる頃には目が冴えているので、起きて朝食を作る。ただし全部念力で。念力でフライパンを持ち、念力でコンロに火を入れ、念力で野菜を切って、念力で炒める。フライパンや食器類は汚れないようにバリアで覆っておく。オール電化ならぬオール念化だ。火は使ってるけど。

 登校中は地面の上数ミリの高さに足型のバリアを張る。それもただ張るだけではなく、踏み出した足が地面に触れる寸前に張り、地面から離れた直後に解除する。二年生の講義開始初日からそんな事をやっていたら危うく遅刻しそうになった。初日は時速300mぐらいだっただろう。これは流石に難度が高く、普通に歩くのと同じ速さで歩けるようになるまで三ヶ月もかかった。大学の構内でもそんな事をやっていたので友人に足を怪我しているのかと心配されてしまった。悪いとは思いつつ言葉に乗って足の調子が悪いフリをさせてもらったのは少しやりすぎだったかも知れない。別に急ぎの訓練でもないから。

 講義が終わり、夕食もオール念化で済ませたら、筋トレをしながら念力でパソコンやシャーペンを動かして勉強する。日常動作を念力で補助するのは良いが、筋肉が鈍るのも困る。適度な筋トレが欠かせない。
 夜中の零時になったら勉強を終了し、一年の時海外旅行でバリ島に行った際に買ってきた仮面を被って外に出る。人外の時間だ。
 念力で動作を補助して家々の屋根を飛び回り、空中を歩いて(走って)海に向かう。海に着いたら海水を持ち上げて海上アスレチックを作り、またその上を飛び回る。人に見られてもどうという事はない。噂になっても正体がバレなければ良いのだ。そのための仮面である。怪しさ倍増だが。

 しかしそんな「お前は一体何と戦うつもりなんだ?」と自問したくなる生活も、半年を過ぎると単なるルーチンワークと化す。もっと言うと夜中に仮面装備で飛び回っていたせいで中二病が再発して快感を覚えるようになった。いや、リアルに念力使えるし、中二病と言えるかは分からんけども。専ら最近のバイト代は鋼鉄製の手甲や2tの重量にも耐えられるのがウリのブーツなどに消えている。いや、ほら、実力つけてきたサイキッカーを狙う組織が現れるかも知れないし。それの対策をね?
 ……そんな組織現れる気配はないけど。というかスカイツリーをへし折れる今の俺と同等に戦闘ができるような組織が現れたら大怪獣決戦だよ。

 とにかく見えない敵と戦う我ながら正気を疑う訓練が日常の一部と化してしまったので、またお仲間探しについて考える時間が増えた。
 自分一人で探しても、同じ超能力者は見つからないという事はよく分かった。かといってアングラな調査を頼める知り合いはいないので、順当な所でマスメディアの利用が最適だろうか。
 しかし、「本物」が出演して在野の超能力者に呼びかけても、有効だとはとても思えなかった。

 今まで様々なTV局が様々な番組を組んで本物の能力者を探してきたが、一度として間違いなく本物だと誰もが納得する人間は見つかっていない。
 そのテの番組のビデオやDVDも集めてみたが、95%がどう見てもヤラセで、残り5%も「本物かどうか判断できない」というレベルに留まっていた。
 休暇を利用してまた全国・海外に飛び、その5%の人物に面会を試みたが、一人は面会予約五年待ちで、一人はあやふやな態度で超能力を見せてくれず最後は逆ギレで追い出され、二人は予言者だったが金までとったクセにどうとでもとれるフワッとした予言しかせず、残りは連絡先が公開されていなかった。

 そこで悟った。悟らざるを得なかった。この世に超能力者は俺しかいない。
 が、不思議と失望感はなかった。ああやっぱりな、という気持ちだ。薄々勘付いてはいたし、念力があまりにも日常になっていたという事も大きかった。
 小学生の頃、初めてゲームを買い与えられた時の事を思い出す。あの時は伝説の武器を手に入れたような気分で、ひたすら嬉しかった。友達に自慢して、一緒に対戦ゲームにのめり込んだ。一番の娯楽が漫画だった当時、ゲームというものは退屈な日常に現れた彗星のような、小さな非日常だった。
 念力も同じだ。使えるようになって三年も経つと、完全に慣れる。確かに面白いし、遣り甲斐はあるが、それは精々好きなゲームの続編を味わうような楽しさで、未知に対するワクワクや期待感というものはない。なんとなく先が予想できるのだ。

 たぶんこの先も他の超能力者は現れない。
 命を狙う秘密組織も出てこない。
 美少女とイチャイチャする事もない。
 念力の副作用でどうのこうのもない。
 なぜ超能力を身に着けたのかが分かる事もない。

 平凡に念力を鍛えて、何事もなく鍛えるだけで終わる。そんな自分が簡単に想像できて、それで良いと思えた。
 しかしまあ、極限まで鍛えたら、念力で大騒動を起こすのも悪くない。もしかしたら目も覚めるようなファンタジーが幕を開ける事とも無い事もないかも知れない可能性が微粒子レベルで存在する気がする。
 それまでは念力を鍛える事にしよう。
 ただひたすらに。

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