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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

この魂咲くや 大輪に

作者:山羊ノ宮
空想科学祭2011参加作品です。
 それは古い、どのくらい古いか忘れてしまったけれど、古い記憶の断片。

   砕けた心を拾い集めて 夜空に放とう
   この魂咲くや 大輪に
   白き雪とフリルがひらひら
   月はオイルの涙を流す
   この魂咲くや 大輪に
   少女の笑顔はあなたの頬をなぞった
   驚くその目にコードを突き刺そう

「また詩が聞こえるな」
 天使は巨大な塔を見上げ、そう言った。
 塔は金属で主に構成されているように思えるが、時折放出される蒸気や放電、それに塔を這う蔦のような植物。まるで塔は生き物のように見えた。天使はその塔の遥か上に輝く光を見て、言葉を落としたのだ。
「ウタ、ですか? あれがウタというものなのですか?」
 天使の隣にはもう一人の天使がいた。その天使はもう一人の天使に比べて翼は少なく、単眼であった。その単眼をくるくるとさせ、素直に浮かんだ疑問を隣にいた天使にぶつけたのだった。疑問をぶつけられた天使は是として、頷く。
「時々神はあの詩を思い出したように口ずさむ」
「私には一体ウタがどのようなものか、よく分かりませんが。私にはただの意味のない言葉の羅列に思えます」
「そうだろうな」
「やはり熾天使ともなれば我々とは違うのですね」
 確かに見た目からして違う。燃え盛る六枚の翼。高位のものというべきか、放つ品格も違うように思える。だが、本人はそうは思っていないようであった。非と首を振った。
「そんなことはないさ。ただ製造が早かったというだけで、性能にさほど違いはない。ただ、そうだな……」
 天使は自身のデータベースから相応しい言葉を検索する。少し時間がかかって、その言葉を選び出した。
「君たちと違って、余計なものが多すぎるな」
「余計なものですか?」
「ああ、そうだ」
 それは神から与えられたものとも考えられるだろうし、神にとっても不要であったから天使の身にそれを置き去りにしたのかもしれない。
 それは悲しみ、憎しみ、殺意、そのような言葉で表現できた。名の通りの神の御遣いであり、従順たらねばならぬ天使にとって、その感情は確かに余計なものだった。天使は自分の使命を何度も再確認させながら、揺れ動く判断の天秤を一方に傾けるのである。
 だが、あの詩を聞くと天使の中の天秤の錘は、氷のように溶けて消えていく。その感情の出所を天使は知らない。もしかしたら神は自分に牙を向ける者を望んでいるのかも知れない。そんな選択肢まで出てきてしまうのだ。
「これは余計なものだ」
 天使は天を見上げ、己が身に宿った焼けつくような想いに胸を押さえる。


 夜の街のメインストリートをクラスビル・エッケンは車を走らせていた。あまりにも静かすぎるため、事故が起こるとして擬似的に付けられたエンジン音。周りにここにいると存在を叫びながら、ブルーのメタリックカラーの車は走り続ける。
 運転席にはクラスビル。そして、後部座席には型式DRb1、シリアル番号008821。ロボットが横たわってあった。動力はすでに費え、予備の動力が働いている。首元のスイッチを三十秒ほど押し続ければ、完全に機能停止するとDRb1の取扱説明書には記載されているが、クラスビルはDRb1が届いて早々その取扱説明書を紛失している。それ故、クラスビルは家の倉庫にDRb1を閉じ込め、機能停止した頃合いを見計らってスクラップ工場へ持っていこうとしたのだが、
「ナゼヒトハ、コロシアッテハ、イケナイノデショウカ?」
 DRb1は動きはしないものの、音声を発するのである。
 クラスビルは舌打ちし、アクセルを踏み込む。技術が進み、ロボットも哲学を嗜むようになったという訳ではない。DRb1はただの疑問に持った事を主人に問うただけなのだ。DRb1にとって、その質問は夕食の献立は何がいいかという問いと同じレベルの話なのである。
 だが、クラスビルにとっては違った。仕事で疲れたとしても、独り身のクラスビルは家事の一切をしなければいけない。その余計な雑務から解放されたいがためにDRb1を購入したのだ。家政婦を雇うよりも安価で済む。けれど、
「ナゼヒトハ、コロシアッテハ、イケナイノデショウカ?」
 DRb1の質問に疲労感は増し、気が滅入ってくる。メーカーに問い合わせたが、保証期間はすでに過ぎており、直すのに金がかかると言われてしまう。激怒したクラスビルはDRb1をスクラップにしようと考えたのだ。
 世の評判では、DRb1シリーズは概ね好評だった。その高い思考機能はかゆい所に手が届くとDRb1を購入した者も驚くほどである。クラスビルもその例外ではなく、購入してすぐは、同じように満足していたのだ。
 訳の分からないことを口走るまでは。
「ナゼヒトハ、コロシアッテハ、イケナイノデショウカ?」
「人は神の所有物だ。だから、人の命を奪うことは神に背く行為だ」
 クラスビル自身、自分が神の所有物だとは思ってはいない。そう口にしたのは自分を不快にするDRb1に対する皮肉である。
 ただの物である分際で、その領分を越えようとは身の程を知れと。
 だが、DRb1に皮肉が通じるはずもない。
 ロボットは基本的に人間に対する攻撃を禁じられている。人を害するロボットはすでにロボットではない。それは兵器だ。利害が対立しようと、ロボット同士で自発的に争うこともない。
 DRb1はデータベースを検索すると、ロボット同士を争わせる賭け事が存在することが分かった。例外として、主人の命令があれば、ロボット同士も戦う。
「……カミ」
 DRb1は納得したようだ。その後、DRb1がスクラップ工場に着くまで音声を発することはなかった。


 そして、スクラップ工場に着くと、クラスビルは早々にDRb1を業者に引き渡すと立ち去って行った。
 DRb1は他の多くのロボットと同じようにコンベアの上にいた。
 ロボットは精密機械である。アームのみの制御系と分かれているようなものなら、話は変わるが、昨今はDRb1のような自立系の方が主流である。日々の生活で受けるであろうと想定されるダメージを受けても故障しないだけの体。ロボットの中には人間にそっくりな容姿のものもいるが、その下には同じように精密部品を守るために頑丈なボディが隠れている。
 スクラップにするには、まずそのボディに圧を加え、破壊する。その後に部品を取り出すという手順になる。当然、プレス時にロボット内の部品が損傷する可能性があるが、壊れたとしていても問題ない。素材としての価値はまだ十二分にあり、選る労力を鑑みれば、この方が効率的であり、利益も出る。
 コンベアの上にはDRb1同様に廃棄されたロボットが流れている。川の流れはガシャリガシャリとピストン運動するプレス機に飲み込まれ、咀嚼される。すでに役目を終えた彼らにはこれからまた新たな役割を待っているのだ。
 そこには悲壮感はない。
 彼らは殉教者ではないのだ。彼らには感情はなく、屠殺される家畜のように鳴き喚いたりしない。彼らは自らが破壊されることを恐れたりはしない。思考すると言っても、それは電気信号であり、組み込まれているプログラムには生きろと明記されていない。
 だが、DRb1は違った。いや、シリアルナンバー008821のみが違ったのかもしれない。
 DRb1は尽きかけている動力で、腕をかすかに動かし、あがいた。何故そのようなことが起こったか、分からない。けれども、確かにDRb1は破壊されたくないという思考に至ったのである。
「カミニ」
 プレス機が規則正しい動きをして、DRb1のボディを砕いた。
 コンベアの流れはやがて滝へと通ずる。排出されるロボットの破片が飛沫の如く舞い、ガラクタの山に落ちていく。
 完全に機能停止したDRb1もまた滝壷へ落ちて、その体は四散した。


「ねえ、見て見て。お兄ちゃん。タイムマシーンだって」
「ああ、それか。でも、それって確かまだ実験段階だって言ってたような気がするぞ」
「へー。そうなんだ。でも、すごいよね。タイムマシーン」
「ナディは本当にそういうの好きだな」
 ベッドの上で嬉々とするナディ。兄、アルジェはそんなナディに嬉しそうに微笑む。そして、ナディの前に浮かんでいるホログラムの電子新聞を指でなぞり、別の記事に目を通す。コーヒーを一口、口に含んだ。
「だって元気になったら、お兄ちゃんと一緒に働くんだもん。だから、今のうちに勉強しておこうかと」
 ナディの言葉にアルジェは飲み込もうとしたコーヒーがのどにつかえた。吹き出しそうになるが、アルジェは無理矢理にのどの奥に流し込み、咳き込んだ。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫。大丈夫だ。でも、ナディがうちで働きたいなんて初めて聞いたぞ」
「あ、うん。だめ?」
「駄目じゃないけど、うちじゃタイムマシーンなんて使わないからな」
「えー、夢とロマン溢れるスクラップ工場でしょ?」
「油と汗とでまみれるスクラップ工場の間違いだろ」
「そうなんだ。でも、それはそれでいい感じだよね」
「いい感じって。ナディ、お前は何でもいいのか?」
 妹の将来を心配する兄。
「うん。お兄ちゃんと一緒に働けたら何でもいいよ」
 アルジェは気恥ずかしさに視線を外した。
「なら、早く病気治さなきゃな」
 そう言って、アルジェは木製の棚から蛍光色の緑の輪と銀色の針のない注射器を取り出した。
緑色の輪をナディの腕に通すと、二の腕のあたりで輪に付いたスイッチを押す。輪はナディの血管を圧迫し、血管を浮き上がらせる。アルジェは注射器をナディの腕にあてがい、注射器の中に入っていたナノマシーンをナディの中に侵入させる。
 もう一度アルジェは緑色の輪に付いたスイッチを押すと、輪はナディの腕を締め付けるのをやめた。塞き止められていた血流と共にナノマシーンはナディの全身を駆け巡る。
 ナディから緑の輪を引き抜くと、アルジェは先程とは違うスイッチを押す。すると、ナディの血圧や血液の成分がホログラムで表示された。アルジェは頷く。
「癌と言ったって、風邪と一緒なんだから。昔みたいに大変な病気じゃないんだ。ちゃんと療養して、早く元気になってくれよ」
「うん」
 病気になったのはナディのせいではない。ナディとてなりたくて病気になったのではない。まして両親のいないこの兄弟にとって、ナディ自身が兄の足枷になっていることは、重々承知していた。薬代も安くはない。
 答えた返事は、自然と元気のないものになった。
 少し言葉が過ぎたかと、アルジェは反省する。妹の機嫌を取るため「ああ、そういえば」と一際明るい声を発した。アルジェは家の奥から布に包まれた塊と引きずってくる。
 不思議そうに見つめるナディ。アルジェは何も言わず、にんまりと笑い、布を剥ぎ取った。 
「どうしたの、これ?」
 驚くナディにアルジェは満足そうに語る。
「今日はクリスマスだからな。この大きさだとくつ下には入らないから、俺がサンタクロースから預かってたんだ」
 そこにあったのはロボットだった。型式が部位ごとに違うのをみると、それが自作であると分かる。
「ありがとう。お兄ちゃん」
 兄を見上げ、ナディは破顔した。ポリポリと頬掻きながら、アルジェはロボットの説明を始める。
「こいつは頭いいからな。少し教えれば、色々出来る。それにこうやって道具を取り込むことができるから、便利だ」
 アルジェがロボットの目の前にフライパンを取り出すと、ロボットからコードが伸びてフライパンと癒着する。そして、取り込んだフライパンはロボットの中に収納された。
「掃除に洗濯、それに料理だってレシピさえあれば何でも作れる。これで俺の美味しくない料理ともおさらばだな」
「わぁ、すごいね」
 確かに自分の料理はおいしくないわなと自分で言っておいて、兄の心中複雑ではあるが、妹の喜んでいるのを見て、それはそれで良しとした。
「まだ驚くのは早いぞ。ここに取り出だしたるは何でしょう?」
 アルジェの手には蛍光色の緑の輪と銀色の注射器が三本。アルジェはロボットに輪と注射器も取り込ませた。
「これでナディが注射をサボる心配もなくなった訳だ」
「うへー。やっぱいらない機能だよ。それは」
 抑えているとはいえ、ナノマシーンの拒絶反応は多少ある。嫌そうにするナディの表情を見、アルジェは満足そうに笑んだ。
「じゃあ、仕事に行ってくる」
「うん。いってらっしゃい。お兄ちゃん」
 出勤する兄を見送り、ナディはプレゼントされたロボットに話しかける。
「ねえ、君に名前付けなきゃね。それとももう名前あるのかな?」
 返事をするように目がピカピカと光り、口がカチカチと鳴った。
「お話しできる?」
 病床にあったナディがロボットに一番望んだ機能が会話機能だったかもしれない。兄は妹の薬代を稼ぐために休日を返上してまで働いている。知古が訪ねてくることもない。ナディは話し相手に飢えていた。
「カミ」
 擦れた音声がロボットから発せられた。ぱあっとナディの笑顔の花が咲く。しかし、続け様に同じ言葉を連呼するロボットに花はすぐに枯れてしまった。
「どうしたらいいの?」
 壊れてしまったのかもしれない。兄を呼び戻す訳にはいかない。かといって、どうやって対応していいかもナディには分からなかった。何か手はないかと、ナディはロボットを背にして、自分の持つ資料の中から検索する。ホログラムを指でなぞり、ナディは唸っていた。
 背後からロボットがナディに近づく。
 ロボットからは沢山のコードが出ており、目の前の獲物を捕食しようとしていた。
 そして、コードはナディの全身を貫いた。コードはナディと癒着する。正確にはナディ自身ではなく、ナディの体を駆け巡るナノマシーンと。
 ナディをロボットは取り込んだ。
「カミニ」
 今度は擦れた音声ではなく、はっきりとした音がロボットから発せられた。


 いつからクリスマスはお祭りになったんだと、夜空を響かせる花火の轟音を聞きながらアルジェは黙々と働いていた。自分も出来る事なら皆と混ざって、乱痴気騒ぎしたい衝動を抑え、クリスマスとはもっと厳粛なものだと気取ってみる。
 作業場が屋外であるが故、手が悴んで仕方ない。けれども、アルジェには働かねばならぬ理由があるのだ。例え世間がクリスマスだろうと、同じような不遇の同僚二名と共に今日も今日とてガラクタ山と格闘するのである。
「ナディ?」
 突然の訪問者に気付いたのは、花火が丁度鳴り止んだ時であった。やっと終わったかと、顔を上げたそんな折だった。
 アルジェの目には自分のプレゼントしたロボットに背負われたナディ。そんな風に映った。遠目だった事もあったろう。辺りが暗かった事もあったろう。
「なんだ。ありゃ?」
 異変に気付いたのはアルジェではなく、同僚の方だった。同僚は足元に落ちてあった金属の棒を手に取ると、すたすたとロボットに近づいて行った。そして、ロボットの目の前で、いきなり同僚は金属の棒を振り上げた。
 同僚の突飛な行動にアルジェは声もあげられず、目を見開くしかなかった。
 開いた眼に映ったのは――
 同僚は血を噴いて、その場に倒れた。緊急事態に、もう一人の同僚と一緒に倒れた同僚の元へと急いだ。
 アルジェはロボットを見て、何故同僚が倒れたかを知る。ロボットから出ているコードの先端には包丁があった。アルジェが家で使っていたものに間違いない。その包丁は血塗られている。
 そして、同僚がロボットを殴ろうとしていた理由もわかった。ロボットから人が生えている。生えている人物が実の妹でなければ、アルジェもおぞましいと思ったかもしれない。
「あわ。あああああ!」
「止めろ!」
 発狂したようにロボットに殴りかかる同僚に向けたアルジェの制止の声も意味をなさなかった。コードが鞭のようにしなり、先端の包丁が首をはねた。死体が一つ増える。
 なんとかナディを救えないかと、思案するアルジェの目の前が揺らぐ。アルジェの体から離れていく銀色の注射器。ナディ用に作られたナノマシーン。兄弟とはいえ、拒絶反応は大きい。
 よろめく体を立ち上がらせ、アルジェはロボットを殴りそこなった金属の棒を手にする。
「くそぉ!」
 悪態をつき、ロボットの顔だけを壊せないかと殴りかかる。
「オニイチャン」
 アルジェの手が止まった。笑う半分だけのナディの顔。
 隙をついて、コードはアルジェの体を突き刺し、取り込んだ。
 金属の棒が落ち、カンカラと音がした。
 静かになった。
 ロボットはガラクタの山をすべて取り込む。
 ひゅるりと音がして、上げそこなった花火が一発夜空に咲いた。
 クリスマスを祝う花火が、かつてDRb1と呼ばれていたものを照らす。
 それはガラクタの山と変わりないかもしれない。
 ガラクタの山に顔らしきものをつけただけ。
 左側頭部に笑顔のナディ、悲しみと怒りをない交ぜにしたアルジェの顔。
「カミニナラナクテハ。カミニナラナクテハ、コワサレル」
 そう、ただ彼は生きたかった。
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