挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
位置が高いほど魔力の濃い世界で、空の彼方に生まれました~航空機チートによる物流革命~ 作者:八針来夏

第一章『地上編』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

32/114

第二十話『汚れ仕事』

 視界の悪い夜の森は、馬を走らせることは向いていない。
 本来おとなしい馬に、戦いでも用いることが出来るように調教した軍馬だって夜の森は危険で嫌がるものだ。
 だがそれでも、主人の意向に忠実であるその馬は……荒々しく繰り返される呼吸と、急き立てるように繰り返される鞭の痛みに駆られて懸命に走っていた。

「くそっ、くそっ! 『継承体』、やったぞ、間違いない、『継承体』だ!」

 帝国の陸軍指揮官であるザンクトは、恐怖しながら歓喜するという矛盾した心理状態のまま馬を走らせる。
 ……仕事をしくじった。
 帝国の軍部から命じられた『連合』との戦争に敗れた事ではない。『帝国』にも『連合』にも隠然とした影響力を持つ『結社』より与えられた仕事を失敗した。
 彼らから与えられた『魔兵』を目的地で放ち、奴らが獲物である連合の士気の柱、エクエス=バルアミー公爵令嬢を殺害し、『地図』を得る。その後で彼女の死を喧伝すれば――今度こそ勝てると判断した『帝国』は軍を送り、そして敬愛するエクエス嬢を、遺体も残さずに食い殺されたと報じられれば『連合』も憎悪に駆られ、再び泥沼の戦争が起こったはずだ。
 その際には彼、ザンクトも『結社』での地位と……あの乳と態度のでかい小生意気なクラウディア皇女を好きにしてよいという言葉を貰っていたのだ。

「そうだっ! 仕方ない、仕方ないのだっ! 髪の色全てが銀色だぞっ?! 『継承体』だぞっ?! 初代皇帝と同等の性能を持つ男だぞっ?! か、勝てるはずがないっ! ついに見つけたぞっ、<ムーンボウ>への鍵だ!」

 ザンクトはげらげらと精神の箍が外れたかのような哄笑をあげた。
 魔兵を放った後は、エクエス嬢をはじめとする一行を殺害する様を見届けようとしていた。……しかし、空中から綿毛のようにふわふわと落下してくる妙な布と、そこから空中を飛び回り始めた妖しげな凧の親戚を見てザンクトはすぐさま逃げ出すことを決めたのだ。
 普通の指揮官ならば、もう少し現場に残り、ソレが何であるのか情報を確かめてから逃げるものだが……彼には全てに優先して持ち帰らなければならない情報があったのだ。本当は初めて見る奇怪な装置を見て臆病風に吹かれ、逃げ出したのであるが。

 頭髪の全てが銀色に彩られた帝国初代皇帝と同じ『継承体』が再びこの地上に降臨したのである。
 なんとしてでも『結社』のかたがたにお伝えせねばならない――そう考えた次の瞬間だった。突如として後ろから放たれた凄まじい突風がザンクトの体を宙に跳ね飛ばしたのだ。
 一瞬彼の体を包み込む浮遊感と――次の瞬間、全身を打ち砕くような激しい衝撃が骨と身に叩きつけられる。

「ぐっ……そぉ! なん、だ!」
「追っ手さ。当たり前だろう?」

 苦痛と怒りを泡のように飛ばしながら叫んだ声に……意外にも回答があった。
 馬に乗り、ザンクトを追いかけてきた二人の女性……骸骨を取り扱うもの(スカルブローカーズ)の隊長であるザーナ=ルクシエルと、その配下であるラメルの二人は、馬からひらりと飛び降りるとザンクトを見落とした。
 本来ならばクラウディア直属の配下である彼女は主を守るべき位置に付くべきだった。
 しかしクラウディアはエクエスと、あの銀色の髪の少年と接触する際に、命のやり取りをした骸骨を取り扱うもの(スカルブローカーズ)の隊員がいては少し支障が出るかも知れないと判断して、ザンクトの動向を監視するように命令したのである。
 ザンクトは、その秀麗な美貌を憎悪と侮蔑で醜悪に歪めると、喚き散らす餓鬼のように声を荒げた。

「きさまぁっ! あのクラウディア子飼いの愛人騎士団の人間が、このわたしに剣を向けるとは、無礼とは思わないのか!」

 ザーナの返答は言葉ではない。指先にマナを込めて放つ、マナバレットで男の足を打ち抜いただけだった。
 ただそれだけで……肉を抉る激痛に男は顔を歪めて懇願する。

「ひいぃっ! や、やめろ、やめてくれ! わかった降参する、何でも話すぅっ!」
「……一発殴りつければ素直に従う、か。クラウディア様の言葉通りだな」

 ザーナはその硬質の美貌に僅かに軽侮の色を浮かべたが、気を取り直し、言う。

「おまえ、此処から逃げてどこを頼るつもりだった。和平交渉を妨害しようとする勢力があることは知っていたがな」
「け、『結社』だ! 結社に連絡を取るつもりだった!」
「どこの結社だ」

 ザンクトは、一瞬沈黙した。
 保身に長けた彼は……その情報を漏らすことが命の危険を招くものだと知っていたからこそ迷い、そしてザーナの指先に閃く魔力の光に、そこから想像できる痛みにあっさりと膝を屈する。

「け、『結社』は『結社』だ! それ以外に呼び名はない!」
「……ああ。やはり仲間だったか」
「は……?」

 ザンクトは其の言葉を理解できず……一瞬呆けたような表情を見せたが――ザーナが懐から取り出した徽章を見て安堵の声をあげた。
 見るものが見れば――その意味を理解すれば驚愕するだろう。その徽章に刻まれた図案は、かつて大陸全土を支配した古代王国のものと同一のデザインだったのだから。

「……これは……失礼をした。……すまないな。『継承体』の事はなんとしてでも知らせておかねばならない話だったんだ。しかし……なるほど」

 くくく、とくぐもった笑い声をあげるザンクトは、口元に侮蔑を浮かべる。己を下に見てあざ笑うクラウディア皇女の身中に潜む裏切り者であるザーナとラメル。その存在に気づかずに重用する彼女の愚かさを嘲りながら叫んだ。

「これは傑作だっ! クラウディア、あの頭の良い痴女めっ! 何でも見透かすような目をしているくせに、信じた部下に裏切られているなんてなっ!」
「……一つ、聞かせてくれ。なぜ『継承体』の存在がそこまで重視される?」

 ザーナの言葉に、ザンクトは優越感を滲ませて笑った。相手よりも自分が上であると確信するがゆえの傲慢な気配を蘇らせる。

「おまえのような『結社』の中でも階位の低いものが知らぬのは無理もない。
 ……お前達は伝説の船、<ムーンボウ>を知ってるか?」

 その言葉に、ザーナの傍に影のように控えていたラメルが答えた。

「御伽噺としてなら聞いた事があります。当時の『古代王国』が滅亡の前に作りだした船。人が死後魂となって昇っていく天蓋領域の高みに飛び上がるために作られたとか……」
「そいつは本当の話らしいのだ」

 ザーナとラメルの二人は顔を見合わせた。御伽噺として幼い頃から慣れ親しんだ滑稽無等な話が、実は真実であると言われても容易には信じられない。そんな反応を当然と、優越感を滲ませながらザンクトは言う。

「そして帝国初代皇帝のデュナンナータめは、その<ムーンボウ>から地上へと送り込まれたのだ。
 貴様らにも分かるだろう。我々古代王国の系譜に連なる『結社』が、下僕として生み出されたはずの人造人間を皇帝と仰ぎ、従う帝国の滑稽さが! 我々古く正しき血筋のもの達が立ち上がり、支配体制を覆さねばならないのだっ!」

 ザーナ=ルクシエルはザンクトの言葉を最後まで聞き終えると、冷徹な眼差しのまま、唇から力ある言葉を発する。

「回れ殺戮の大鎌、唸れ斬鉄竜巻。螺旋を描き、人も鋼も等しく八つ裂き、斬断すべし」
「な、何をするっ!? やめろぉ! お前達は『結社』の人間ではないのか?! 裏切るのかっ!」

 ザーナは詠唱を続けながら、軽く笑った。

「確かにわたしは『結社』の人間だがな。『結社』とクラウディア様のどちらに付くか値踏みしている最中なのさ」

 そのまま、魔力を解き放つ。 

「おまえに乱刀分屍の無惨なる最後を与えよう! 螺子(ねじ)れろ、八つ裂く刃(グラインドブレード)!!」

 大気属性、最高位の攻撃魔術の一つ、八つ裂く刃(グラインドブレード)
 ザンクトは自分より下等と信じた存在が、自分を殺そうとする光景が信じられずに呆けたような声を上げ、次の瞬間には凄まじい真空波の竜巻に巻き込まれ、赤い血煙と化して痛みを感じる暇もなく絶命した。
 ザーナは目に氷の如く冷酷な怒りを滲ませ、はき捨てる。

「……我がルクシエル公爵家は、権力も領土も爵位も全て失ったが、まだ失っていないものがある。
 初代皇帝陛下、神君デュナンナータ公に対する忠誠心だ。そんな私の前で、仕える主として不足なしと思った、あの方の子孫であるクラウディア様を、そして神君その人を罵倒した。なるほど、神君は人造人間であったかも知れぬが――それがなんだという。あの方はかつての動乱を沈めた偉大なる英雄だ。その功績を評価せず、ただ生まれだけで差別するなら……殺すに十分すぎる理由だ」
「お嬢様……クラウディア様へは『ザンクトは歯向かったため処断した』と答えるとして。『結社』には……あの『継承体』の事を伝えるのですか?」

 ザーナは首を振った。

「やめておこう。
 最初は神君の威光を穢す痴れ犬と思ったが、本当に<ムーンボウ>で生まれたというなら……わたしの怒りは見当違いだった訳だ]

 まったく、と忌々しげに溜息をこぼす。

「かつての私は家の再興を目指し、忌み嫌われる非合法作戦(ウェットワーク)もこなした。その中で『結社』から組織に入るように誘われたが。……その後クラウディア様からお声掛けを頂くと知っていれば、あんな後ろ暗い連中のスパイなど行わなかったろうにな」

 はぁ、と嘆息を漏らす。公爵家が滅亡した後も、自分につき従ってくれる陪臣の娘、ラメルに目を向けた。

「いざという時は、わたしが『結社』……『帝国』と『連合』の戦争継続を望む秘密結社の走狗である事をクラウディア様に明かせ。そうすれば少しは取り計らってくださるだろう」

 ラメルは首を振って拒絶する。ザーナは忠実な陪臣の振る舞いに、ほんの少し嬉しげに笑った。

「今頃、殿下はあの銀の髪の少年と話している頃だろう」

 目を閉じれば未だに脳裏に刻み込まれた少年の姿がある。
 圧倒的な飛翔甲冑(メイル)の戦闘力もさることながら……自分の部下であるモニカを、敵であったにも関わらず助けた少年。

「命のやり取りをしたにも関わらず好感が持てる敵というのも不思議な気分だな。感謝の言葉を述べる機会があればよいが」
「モニカはお礼を言うでしょうけど、ミラーザあたりなら、再戦を申し込みそうですね」

 違いない。ザーナは小さく笑い……空を見上げた。

「天蓋領域……か」

 あんな高いところから地上に降りてきたのか。 
 ふるさとから追放されて地上に降りて来たのか。そう思うと、ザーナは胸が締め付けられるような寂しさを覚えた。
 あの光り輝く星空から落ちた少年は……地上を満たす人々に交じり合い、人々の営みの光の一つになれるだろうか。

 だが、それを考えるのは自分ではないな、ザーナはそう思う。
 和平交渉は成功するだろう。平和を嫌い『帝国』と『連合』の戦争継続を目論む『結社』の策謀は今、砕かれた。
 それでも……平和な時代でも自分達のような非合法作戦(ウェットワーク)の専門家は必要とされるだろう。
 また別の、栄光とは程遠く歴史には記されない暗黒の戦場へ向かうのだ。
 踵を返し、彼女は陣地へと帰還した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ