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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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食堂オープン!?

 ダンジョンマスターなる奇怪な職に転職したのに、俺は食堂を始めようとしている。


 あまつさえ、今悩んでいるのはその食堂で出すメニューである。


「シェフの気紛れコースとかどうですか?」


 俺が悩んでいると、エリエゼルは簡単にそんなことを提案してきた。


 馬鹿を言ってはいけない。気紛れだの何だのというのはオシャレに見せているだけで、単純に余り物料理になるだけだ。


 むしろ、内容や味について細かく書いたメニューの方が好感が持てる。


 ワインの名前だけ羅列したドリンクメニューも論外である。


 すっきり辛口の赤! とか、フルーティーな口当たり! とか、分かりやすく書いていただきたい。


 …いかん。どうも居酒屋テイストに考えてしまう。


 俺は意識をオシャレなフレンチ的な店にシフトし、メニューをイメージする。


 出来た。


 赤い厚みのある表紙と裏表紙付きの豪華なメニューだ。まさにフレンチだろう、多分。


 ただ、中にあるメニューはカレーライスだったりハンバーグ定食だったりするのだが。


 強いて及第点のものを挙げるならパスタとピザは良いのではないだろうか。イタリアンだが。


「…中々、斬新なメニューですね」


 出来たメニューを眺め、エリエゼルが辛うじて悪口にならない感想をくれた。ありがとう。


「…安いファミレスみたいなメニューになったな」


 俺はそう言って、メニューをテーブルに置いた。とりあえず俺達の住居を作らねばならない。


 流石に食堂のテーブルで寝たくはないからな。


「俺達が寝泊まりする部屋を作ろうと思うんだけど、どんなのがいい?」


 俺がちょっとだけ期待を込めてそう聞いたのだが、エリエゼルは純粋無垢な笑顔とともに頷いた。


「お任せ致します」


 はい、終了です。


 理想としては、一緒の部屋が良いです、の一言が欲しかった。


 だが、こう言われたらそんな下世話な話に出来る筈が無い。


 俺は涙を飲んで口を開いた。


「はい、任せてください」


 俺はそう言うとヤケクソ気味にキッチンと反対側の壁に向かい両手をついて目を閉じる。


 居住スペース。


 つまり、マンションの間取りのようなものだ。


 そんなもの、既に決めている。いつか欲しいと夢見てきた駅近のマンションだ。


 動線を意識して、水周りを集中し、部屋は廊下を挟んで三部屋。廊下の奥にトイレ。部屋にはウォークインクローゼット。エリエゼルと一緒に住むのだから、三部屋の真ん中は壁一面の本棚と大きなテレビ、カウチソファーを置いた書斎兼シアタールーム。


 俺は溢れ出る夢のマイホーム計画を存分に妄想し、念じた。


 直後、俺が触れていた部分の壁が横にスライドした。


「うぉっと!?」


 急に体が横に流れてバランスを崩した俺の後ろで、エリエゼルが壁の向こうを覗き込んだ。


「え? あの、長い道が…あ、あの奥の扉の向こう側でしょうか?」


 エリエゼルはそう言って俺が作った居住スペースの中へ足を踏み入れた。


「奥はトイレだぞ。左側が各部屋で、右側がキッチンや風呂、洗濯場だ」


 俺がそう言うと、廊下を進んでいたエリエゼルがピクリと肩を動かして左右を見た。


「へ、部屋とキッチン? トイレ? え?」


 エリエゼルは困惑したようにそう呟くと一つ一つのドアを開け閉めして居住スペースの探索を始めた。


 そして、廊下にまでエリエゼルの絶叫が響き渡ったのだった。


「…またやり過ぎたか?」


 俺はエリエゼルの悲鳴を聞いて苦笑いと共にそう呟くと、夢のマイホームへ向かった。


 やはり気になるのは書斎兼シアタールームだ。


 開くと、14畳か15畳ほどの広い部屋が広がり、まるでリビングの窓を横にしたような巨大なテレビが壁に掛かっていた。


「いいね、いいね!」


 六人くらいはゆっくり座れるソファーに座り、その柔らかな感触を楽しみつつ本棚を見る。


 イメージが詳細過ぎたのか、本棚のなかには本がギッシリと並び、ガラス扉が閉められていた。


 テレビの掛かっている壁を確認すると、テレビの下の部分には両開き扉がついており、開けてみたら中には今までに見てきた無数の映画のパッケージがあった。


 趣味が映画鑑賞と言っても過言ではない俺としては最高の誤算である。


 俺が映画のパッケージを手に思わず笑顔になっていると、背後からエリエゼルの声がした。


「ご主人様!? あ、あの、全ての部屋に家具や道具類がもう揃えられています!」


「想像したら出来たね。やったね」


 俺がそう答えると、廊下からこちらを覗き込んでいたエリエゼルが首を激しく左右に振って口を開いた。


「普通は出来ませんよ! 魔素は足りてるんですか!?」


 エリエゼルにそう聞かれ、俺は何となく感じ出した魔素らしきモノを意識する。


 店の厨房にあたるキッチンを作った時に比べると、およそ半分くらいに減った気がする。


 逆に言えば、もう一つ同じ居住スペースを作れるのだが。


「今日はもうこれくらいにしようか。ちょうど昼過ぎになったし、御飯食べよう」


 俺はそう言って壁に掛かった時計を指差した。エリエゼルはそれを見て頷く。


「あ、そうですね。御飯に…って、もう駄目です…私の常識が崩れていきます…ダンジョンマスターの補佐のために知識を与えられたはずなのに…なんで知識が全く役に立たないのでしょう…」


 エリエゼルは何かぶつぶつ呟きながらカウチソファーの出っ張った所に顔を埋めて悶え出した。


 これは、かなりの疲労から来る症状に違いない。ウナギとか生姜焼きとかどうだろう。いや、スッポンか?


「とりあえず、食堂に移動しよう」


「はい…」


 俺の言葉にエリエゼルが意気消沈した様子で返事を返してきた。


 項垂れたまま後から付いてくるエリエゼルと一緒に、食堂に戻る。


 途端、エリエゼルが勢い良く顔を上げた。


「誰か来ました」


 エリエゼルは厳しい目付きで出入り口の方を見据えてそう口にした。


「エリエゼル。表情を柔らかくしろ。お客様だ」


 俺がそう言うと、エリエゼルはハッとした顔になって顔を上げた。


 俺とエリエゼルが注視する中、王都と我がダンジョンを繋ぐ出入り口の扉がそっと開かれた。


 チリンチリンチリン…。


 軽やかな鈴の音が鳴り、扉を開けた若い男が驚いて辺りを見回す。


「いらっしゃいませ!」


 俺が間髪容れずにそう挨拶を口にすると、男はびくりと体を震わせてこちらに顔を向けた。


「え、あ、み、店…?」


 男は困惑した様子でそう口にした。明るい茶色の髪をした男だ。よく見ると、頭の上に小さな三角の耳が見えた。


 アクセサリーかと思ったが、男がまるでゲームの中で見るような鈍色のパーツが目立つ鎧を着込んでいるのを見ると本物のような気もしてくる。


 もし本物なら獣人と呼ばれる存在だろうか。


 俺は戸惑う男に笑いかけ、口を開いた。


「どうぞどうぞ! まだオープンしていませんが、貴方が最初のお客様です!」


 俺がそう言うと、エリエゼルが静かにお辞儀をして男の入店を待つ。


 男は遠慮がちに店内に入ると、感嘆の声を上げた。


「うわぁ…凄いお店ですね…」


 よし、掴みはバッチリだ。


 と、そこへ高い女の声が響いた。


「レッチ! 一人でそんな…」


 そう言って入ってきた若い女は、店内を見て明らかに狼狽えていた。


「いらっしゃいませ!」


「ひゃあっ!?」


 俺が元気良く挨拶すると、女は飛び上がって驚いた。こちらは灰色の長い髪をした、ローブ姿の女だった。なんと、頭に長い耳が生えていて、レーダーのように忙しなく揺れている。


「セリーヌ。此処はめし屋みたいだぞ。食べてみようぜ」


 レッチと呼ばれた男は、そう言ってセリーヌという女を眺めた。


 セリーヌはおっかなびっくりとした様子でレッチの側に行くと、レッチの腕の皮膚をつねり上げながら口を開いた。


「ど、何処が盗賊の隠れ家よ…! 立派なお店だったじゃない! しかも高そう…!」


 セリーヌがそう言うと、レッチは涙目で首を振った。


「痛いって! だ、大丈夫だよ! た、多分!」


 二人はそんなやり取りをしてテーブルの前に座った。俺はそれを確認して、メニューをテーブルの上に置き、エリエゼルに顔を向ける。


「厨房をお願いね。俺はメニューを」


「わ、私が料理を…!?」


 俺の言葉にエリエゼルが驚愕した様子を見せた。


「いや、形だけだよ…もしかして、料理出来ないのか?」


「…も、申し訳ありません」


 俺が意外に思って尋ねると、エリエゼルは深く項垂れた。


「いや、俺が創るから良いんだけどね。ほら、厨房に行って」


 俺がそう言うと、エリエゼルは肩を落として厨房へと消えた。


 さて、最初の客だ。


 気合いを入れよう。


「お客様。この店の料理は少々変わっております。良ければお聞かせ願いたいのですが、お食事はどのようなものが良いでしょうか」


 俺がそう聞くと、レッチはメニューを見て唸った。


「た、確かに…聞いたことも無い料理ばっかり…」


「れ、レッチ…値段書いてないよ…」


 二人はボソボソと何か呟くと、引き攣った顔で俺を振り向いた。


「に、二千ディールで…二人分…で、出来たらお酒も!」


「こ、こら! 無理に決まってるでしょ!」


 レッチの台詞にセリーヌが慌てて怒鳴った。


 俺は二人に見えないように水の入ったグラスを創り出してそっとテーブルに置いた。


 そして、レッチの方を見て笑顔で頷く。


 通貨の価値が分かりません。



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