危険が危ないぞデンジャー食堂
その集団が入ってきた瞬間、空気が変わった気がした。
食堂に足を踏み入れたのは、赤い盾を持った鎧騎士や革の服を着た盗賊みたいな女、ローブを着込んだ女エルフなど、どこか風格のある八人の冒険者達だ。
今日は他に兵士二人組と、冒険者四人組が来ている。どちらも二回目か三回目の来店だったか。
その計六人全員が一様に新たに来た八人を驚いたように見つめ、その動向を探るように目で追い続ける。
明らかに、一定の知名度を持つ集団だろう。冒険者ならば高ランクの集団か悪名高い集団といったところか。
さて、どうやって帰ってもらうか。どう考えても満席という言い訳は無理だ。
よし、他の席は予約されてるとかどうだろう。
などと俺が頭を捻っていると、冒険者達の方へ手の空いた少女達が向かっていった。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
俺の葛藤を他所に、ケイティが冒険者達をテーブル席へ案内してしまう。
まあ、偶然にも食堂の端にあるテーブル席へ案内してくれたのは素晴らしい選択だったが。
仕方無い。どちらにせよ、ダンジョンのタムズ出入り口が出来たからといって食堂出入り口を封鎖すると間違いなく調査が入るだろう。
なんとか食堂として怪しまれないようにやっていくしか無い。
もしも、ダンジョンの気配とか空気を探れるような能力やスキルなんてものがあるならと思い、正規の入り口を食堂に作ったが、これなら厨房と居住スペースの二箇所だけにした方が良いかもしれない。
ダンジョンマスターとバレなければ、食堂からの入り口に意識が向いている内に厨房と居住スペースからダンジョン内に避難出来るとして入り口を分散させていたが、今になってみると食堂が無くなるのはかなり悲しい。
しかも、その後上手く引き篭もる自信も無いという体たらく。
とりあえず、今日の内は料理と音楽で誤魔化そう。
俺はそう決めると、近くにいた黒髪の少女、ナナに声をかけた。
「ナナ。ちょっとエリエゼルにピアノの演奏を頼んできてくれ。後、ソニアとクーヘはピアノの正面で聴くように伝えておくように。そうするとピアノを弾くエリエゼルの見栄えが良いからな」
俺がそうナナに指示を出すと、ナナは何故か眉根を寄せながら唾を嚥下させた。
何処か覚悟を決めたように歯を食い縛り、深く頷いて俺を見上げる。
「…分かりました。ご主人様のお望みとあれば…私にお任せください!」
ナナはそう宣言すると、肩に力を込めて大股開きに厨房を出ていった。
その背を見送り、俺は首を傾げる。
「…なんだ、いったい?」
俺はそう独り言を呟き、厨房から食堂の様子を窺ってみた。
すると、ナナは肩を怒らせてピアノの方へ向かい、エリエゼル達に俺の言葉を伝えると、すぐ様こちらへ帰ってくる。
と、そのナナを見て、くだんの冒険者達の一人が反応を示した。
「…ん? もしかしてナナか?」
そう言って椅子に座ったまま顔をナナに向けたのは、長い紺色の髪をした二十代後半ほどの女だった。
黒いローブを着ており、首元には蛇の模様の丸いペンダントがかかっている。そして、耳ははっきりと分かるほど長く尖っている。あれがエルフなのだろう。
エルフの女はナナを見つめ、不思議そうに首を傾げていた。
ナナはそれに平然とした顔で振り向き口を開く。
「ああ、ヴィネア姉。久しぶりだな」
ナナがそう言うと、ヴィネアと呼ばれたエルフの女は口の端を上げて頷いた。
「やはりナナか。どうした? 冒険者は廃業か?」
ヴィネアがそう聞くと、ナナは眉間に皺を作って顎を引いた。
「今の私は奴隷だ。まあ、主人は人格者で以前よりずっと良い生活をさせていただいているが」
ナナはそう答えて曖昧に笑った。その答えに、ヴィネアは目を剥いて驚愕する。
「な、何故お前が奴隷に…? いずれAランクにも届くと思っていたが…貴族の依頼でも失敗したか?」
ヴィネアは怪訝な表情を見せてそう聞いた。ヴィネアの疑問に、ナナはムスッとした顔で肩を竦める。
「単に私が馬鹿だっただけだ。面白い話ではないし、また機会があれば話そう。それよりも、業火の斧の面々がどうしてこの店に?」
ナナはヴィネアの疑問を軽く躱して逆に質問をぶつけた。
良くやったぞ、ナナ。というか、お前も冒険者だったのかよ。
いや待て。それよりも、すぐにAランクなんて単語が出るような冒険者と知り合いならば先に教えろよ。知ってたら食堂に出さずに奥の仕事をさせていたのに。
タムズ伯爵とその次男坊のボルフライとやらは奴隷を買っていることを内緒にしていたようだが、調べる者が調べればすぐに露見することだろう。
ナナの足取りを追われたらヤバイ。
俺は複雑な気持ちで二人のやり取りを聞いていたのだが、ヴィネアは俺よりも複雑な表情でナナを見つめて溜め息を吐いた。
「面白いかどうかではないと思うが…いや、お前が話したくないのならば聞くまい」
ヴィネアはそう言うと、食堂の中を軽く見回して口を開いた。
「…知り合いのハーフエルフに聞いてな。少し探すのに手間取ったが、確かに面白い店だ。味も素晴らしいと聞いている。その知り合いは美食家だからな。正直かなり期待しているんだ」
ヴィネアはそう答えて口の端を上げた。
と、その時、また新たに食堂に客が来店した。
軽やかな鈴の音が鳴り、食堂の入り口に二人の男が姿を見せる。
大柄な赤い髪の男と、更にデカい黒髪の男だ。鎧の見事さもあるかもしれないが、その二人も並ではない雰囲気を感じさせる威容だった。
二人の男を見たヴィネアの近くに座る盗賊風の女が片手を上げて口を開く。
「こっちだよ、グシオン。サヴノックはデカいからそっちにね」
女がそう言うと、二人は食堂内を見回しながら業火の斧とやらの方へ近付いていった。
また上位ランクの冒険者か…。
俺は引き攣る頬を片手で掴み、揉み解しながらそんなことを思っていた。
「なんだ、まだ何も食べてないのか?」
「買い出しと宿も探してから来たんだぞ。丁度一緒に夕食にありつけるんだから問題無いだろう?」
「…迷っただけだよ」
「うるさいよ」
「なんだよ、迷ったのか? 俺達はすぐ分かったけどな」
「おい、グシオン達も来たんだ。とりあえず注文しようぜ」
「そだな。メニューはここにあるぞ」
グシオンとサヴノックとかいう二人が椅子に座った瞬間、それまで比較的静かだった八人も一斉に喋り出す。
どうやら、グシオンとかいう赤い髪の男がリーダー格らしい。登場しただけであの八人の冒険者達の空気が変わったのが分かった。
グシオンはメニューを受け取りながら、それぞれに返事を返し、口を開く。
「今日は派手に飲み食い出来るぞ。なにせ、国から援助が出ることが決まったからな」
グシオンがなんでもないことのようにそう告げると、八人の冒険者はギョッとした表情を浮かべてグシオンを見た。
「…緊急依頼か」
「最悪やん。Sランクも全員出払ってるやん」
「おい、それはどっちだよ? 良い依頼か? 悪い依頼か?」
八人はそれぞれ反応を示した。グシオンは最後の質問を聞いて顔を上げる。
「…この街に出来たダンジョン攻略、だとよ」
グシオンがそう答えると、一瞬の間が空いた後、感嘆の声が上がった。
「マジかよ。最高に美味しい話じゃないか」
誰かがそう呟き、皆が同意するように頷く。それを見て、グシオンは楽しそうに笑った。
「ああ、何せ発見されて一週間も経たないようなダンジョンらしいからな。怪我しないようにゆっくり攻略して、魔族の野郎をぶっ殺して終わりだ。楽勝だな」
「…これで私もSランク入りか。へへ、運が向いてきたな」
そんなやり取りをしながら、合計十人になった冒険者達は明るい笑みを浮かべて盛り上がっている。
凄いな。俺を殺す話で盛り上がってんのか、こいつら。
俺は現実感が感じられない、他人事のような心地で冒険者達を眺めていた。
美味しい話か。
さて、それはどうだろうな?