ウスル紹介
葉巻を一本吸い切ったウスルを連れて、俺達は食堂へと戻った。
食堂では何人かの少女がテーブルを磨いたりしており、俺達に気がついて顔を上げた。
「あ、ご主人さ…っ!」
一番に俺に気がついたケイティが笑顔で声を上げ、言葉途中で固まった。
視線は俺の頭の上に向いている。
「…ご、ご主人様…は、背後に巨大な男の人が…」
ケイティが辛うじてそれだけ言えたが、他の少女達はカタカタと震えて身体を縮こまらせていた。
よく見れば特に怯えているのは獣人の子達ばかりである。野生の勘みたいなものがあるなら、本能的に恐怖心を抱いたりするのかもしれない。
俺は横に退いてウスルの全体が見えるようにして、口を開いた。
「こいつはウスル。ちょっと訳あって今日から俺の部下になった。良い奴だから安心してくれ。な?」
俺がそう言って振り返ると、俺の言葉の意味を察したウスルが頷いて皆を順番に見た。
「…ウスルだ。皆、宜しく頼む」
ウスルがそんな挨拶をすると、少女達は顔を見合わせてからウスルに向き直った。
「よ、宜しくお願いします!」
一番にケイティが挨拶を返すと、それに続く形で他の少女達も挨拶を返した。
「よし。折角だから夜食にしよう。他の子らも呼んできてくれ」
俺がそう言うと小さい子らが歓声を上げて居住スペースへ走り出した。
「あ、あの…またお食事を頂けるのですか…?」
と、ケイティがそんなことを言いつつ、驚愕に目を見開いて俺を見上げていた。
奴隷の待遇が分からない俺はケイティに首を傾げながら口を開いた。
「とりあえず、うちでは食事は一日に三回だ。食堂の関係で時間がズレることはあるがな。だから従業員のお前達も三回だぞ」
俺がそう告げると、ケイティは目を輝かせて感嘆の声をあげた。
「ゆ、夢のようです…! いいえ、夢の中でもこんな生活は…!」
ケイティが感動する中、居住スペースからワラワラと少女達が集まってくる。
多くがウスルの図体と鋭い目つきに萎縮する中、クーヘだけは自然体でウスルに向かって挨拶をしていた。
目が見えないからか、それとも元から度胸があるのか。
「まあ、いいか。とりあえず夜食にするぞ。遅くなったけど、ウスルは多分肉が良いよな?」
俺がそう聞くと、ウスルは浅く頷いた。
「…以前は、よく羊や鳥を狩って食べていた」
おお、自給自足。元国王様とか言ってなかったか?
俺はウスルの台詞にそんなことを思いながら頷き、周りを見渡した。
「皆も肉で良いか?」
俺がそう尋ねると、一瞬の間をあけて、一斉に歓声が上がった。
どうやら、ベジタリアンはいないようである。
「よし。じゃあ皆は椅子に座って待ってろ」
そう言い残し、俺は厨房の方へと移動した。
さてさて、肉か。ウスルは羊とか言ってたな。
俺は食べたことのある羊肉の料理の中からボリュームのある料理を思い出そうと頭を捻る。
「あ、思い出した」
案外すぐにとある料理を思い出した俺は、自然と口の端を上げて目を瞑った。
イタリア、ローマの子羊肉料理、アバッキオである。
煮込みと炭火焼きを食べたが、炭火焼きが美味しかった。
俺は古い記憶を頼りにイメージを固めていき、念じる。
出来た。
眼を開けると、そこには分厚い骨付きの肉があった。
記憶にあったのは確か拳ほどの大きさだった気がするが、イメージなので手のひらより大きくしてみた。厚さも三センチはある。
炭火焼きの旨そうな匂いが食欲をそそる。
あとは普通に丸いパンとコーンスープを横に並べた。
パンも何か名前があった気がしたが忘れてしまった。外側が堅めの食感のパンである。
「出来たぞー。順番に取りに来い」
俺がそう言うと、小さな子達から順番にキャアキャア言いながらカウンターに少女達が並んでいくが、一番歳上の三人の一人、狐獣人のアリシアが制止するよう声を発した。
「こら。先にエリエゼル様達からでしょう?」
アリシアがそう言うと、皆は見事にピタリと動きを止めてエリエゼル達の方を窺う。
確かに、幹部を優先しないと示しがつかないだろうか。
俺はそう思ってこちらを見ているエリエゼル達に声をかけた。
「エリエゼル。お前らから取りに来い」
俺がそう言ってようやくエリエゼル、フルベルド、ウスルは俺の方へ歩いてきた。
だが、何故かレミーアはその場から動かずにフルベルドの背中を目で追っている。
「レミーア、お前もだ」
「え? あ、は、はい!」
俺が名を呼ぶと、レミーアは慌ててウスルの後に並んだ。
それを見て、他の少女達は安心して順番に料理を受け取りに来る。
全員が料理を受け取り、テーブルの前に座ると、待ちきれない様子の少女達が俺を見てきた。
俺は苦笑しながら頷き、口を開く。
「飲み物が欲しい時は呼んでくれ。とりあえず、此処にお茶だけ置いとくからな。ほら、食べて良いぞ」
俺がそう言うと、皆はすぐに肉に噛り付いた。
そして、一様に感嘆の声を上げる。
俺も自分の分の肉を切り分けて口に入れたが、なかなかの旨さだった。
外側がパリッとしていて中は柔らかい。味付けは塩コショウベースのはずだが、それだけでも妙に美味い。
仔羊肉故の味なのか、それともやはり他の調味料が使われているのか。ちなみに煮た方の料理は好みではなかった。
俺がそんなことを思いながら食堂に目を向けると、ちょうどウスルが肉を食べ終わる頃だった。
随分と早いなと思いながら見ていると、骨の部分を指で摘むように持ったウスルが、骨ごと肉を頬張るシーンを目撃してしまった。
案外太い骨のはずなのに、スナック菓子を食べるような雰囲気でバリバリと肉を食べている。
なんだ、あのライオンみたいな奴は…あ、狼か。
俺がそんな感想を抱いていると、ウスルは険しい顔つきになって肉が消えた皿を睨んだ。
そして、俺の方を見て口を開く。
「…旨かった。まだ、あるだろうか」
旨かったのかよ。それなら旨そうな顔をしろよ。
俺はそんなことを思いながら笑い、肉を用意した。
「ほら、取りに来い」
俺がそう言うと、ウスルは無言で立ち上がった。
用意したのはTボーンステーキである。小洒落た店ならば、Tの形をしたゴッツイ骨と肉を切り離して盛り付けてくれたりもするが、これは違う。
巨大さを売りにしている店のTボーンステーキで、味は勿論美味いが、かなり肉厚だ。
故に、骨も太くて大きい。
さあ、この物凄い骨をたべれるなら食べてみよ!
俺がそう思って料理を持ち帰るウスルの背中を見ていると、ウスルは空いた席にすぐ座り、手掴みで骨の部分を掴んだ。
そして、肉の部分から齧り取り、次に骨の部分も一緒に肉を噛み千切った。
くぐもった低い骨の折れる音が吃驚するような音量で響き、料理に集中していた少女達ですらギョッとしてウスルの方を振り返っている。
そんな中、ウスルは無表情に肉を骨ごと喰らっていき、一分もかからずに食べ終わってしまった。
何故か勝負に負けたような気がする。
俺がそんな事を思って視線をフルベルドに向けると、フルベルドは優雅な動作でフォークとナイフを扱い、音も無く肉と骨を切り分けていた。
元貴族のフルベルドと、元国王のウスル…いや、俺は突っ込まんぞ。