いでよ、ワーウルフ
初盆で忙しくて数日更新停止致します…!
本当に申し訳ありません…!
話が決まると、エリエゼルは素早く人差し指を地面に当てて小さく何か呟いた。
青白い炎がエリエゼルの人差し指の表面で揺れ、エリエゼルの指の動きに合わせてその軌跡を煌々と照らした。
青白い炎の魔方陣が出来上がっていく様子を、フルベルドも興味深そうに見ている。
「さあ、後はご主人様のお力に掛かっています! 魔素を…さあ、魔素を…!」
モンスター召喚に伴い興奮し出したエリエゼルに、その様子を初めて見たレミーアが困惑しているが、エリエゼルは気にせずに俺を見上げている。
「あいよ」
俺はそう返事をして魔方陣の前に座り込み、地面に両手を置く。
ワーウルフ…和名なら狼男か。
頭の中にあるイメージにどうも引っ張られてしまうが、流石に三角の目はコミカル過ぎる。
やはり、ここは一から考えるとしよう。
狼。ワイルドなイメージだな。
髪は長くて無造作に後ろに流すようなスタイル。
筋骨隆々で背が高い。
眼つきは鋭くて彫りが深い顔立ち。
うん、なんとなくイメージが固まってきた。
少々毛深いくらいが格好良い気がするな。
年齢は…三十から四十の間くらいか?
いや、運動能力を加味して三十歳前後だろうか。狼男は歯が命だから歯並びが良くて色も真っ白だな。
と、そんな形で出来てきたイメージに合わせ、俺は魔素を凝縮していく。
フルベルドを召喚した時よりも魔素の感覚は更に精確に掴めるようになった。
つまり、より無駄なく凝縮出来るのだ。
フルーツジュースで言うと、果汁七十パーセント入りが八十パーセント入りに変わったくらいの革命的進歩である。
うん、余計分かりにくくなった。
だが、魔素を集めて作られるワーウルフの形はどんどん出来上がっていく。
イメージは完成し、魔素の凝縮も限界まで行なって形を作り上げた。
俺が目を開けると、魔法陣を構成する青白い炎は既に目線の高さを超えて立ち昇っている。
炎は身を捻るように激しく揺れ、徐々に人の形へと姿を変えていった。
地下だというのに強い風が吹き、炎を囲うように風が俺たちの周囲を渦巻く。
青白かった炎は徐々に赤くなっていき、手や足の先から人の姿へと変化していった。
逞しい腕や足が現れ、下半身、上半身が完成し、最後に、頭部が完全な姿を現した。
「ちょ…は、裸…!」
胸毛まであるその男らしい裸体に、レミーアがそんな声を上げていた。
身長は二メートルを優に超える、赤茶けた長い髪を垂らした大男だ。髪のせいで顔はよく見えないが、こんなプロレスラーがいたら大人気だろう。
怖いほどの迫力だ。
男は、片手で自身の額を掴み、そのまま無造作に髪を後ろに流した。
露わになった男の顔は、野性味溢れるハリウッド俳優のような顔立ちだった。
むむ、フルベルドに続き、またもワイルドなイケメンが…というか、彫り深い。顔が濃い。
俺がそんなことを思っていると、男は目を細めて辺りを見渡し、最後に俺を見て視線を止めた。
男は俺を見下ろし、眉間に皺を寄せて口を開く。
「俺を喚び出したのは…」
「ああ。アクメオウマだ。宜しくな」
俺が胡座をかいて座ったままそう告げると、男はその場で片膝をついて座り込んだ。
いや、跪いたのか。
あまりにも威風堂々としていて跪いていると認識出来なかった。
男は片膝をついた状態で俺を眺め、浅く顎を引いた。
「…俺の名は、ナブ・クドゥル・ウスル…ウスルと呼んでくれ。緋髪の一族の長であり、王でもあった者だ。戦ならば誰よりも良い結果を御身に捧げよう…この身の肉、血、骨の一片までを御身の為に…」
ウスルと名乗るその男は低い声でそう口にすると、ゆっくりとした動作で頭を下げた。
俺はそれを確認し、頷く。
「おう、ウスルだな。ちょっと待ってろ。今服を用意してやる」
俺はそう言うと、また目を閉じた。
ワーウルフならば、変身すると体も大きくなりそうだ。
普段の動きを制限しないようにしつつ、尚且つ、変身しても破れないほどの大きさに…。
俺はそんなことを意識しつつ、服と靴をイメージし、念じた。
出来た。
「これを着てみろ。服と靴だ」
俺がそう言って黒い革のジャケットをウスルに手渡した。
肌着は破れることを想定して布面積の少ない黒いタンクトップ。ズボンは少し大きめの革のズボン。
靴は革靴である。
パンツだけはなんとなく赤いボクサートランクスにしてみた。勝負パンツである。
程無くして、全ての服を装着したウスルがその姿を披露した。
ロックバンドのメンバーみたいだ。
俺はなんとなくそんな感想を抱きながらウスルを見ていたが、ウスルは案外気に入ったのか、服の細部を確認するように眺めていた。
「それじゃ、仲間を紹介しようか。こっちがふくしゃちょ…いや、なんでもない。こっちから順番に、エリエゼル、フルベルド、レミーアだ。フルベルドは真祖のヴァンパイアだぞ」
俺が簡単にそう説明すると、ウスルは皆を順番に眺めて頷いた。
「ウスルだ。宜しく頼む」
ウスルは自然な様子でそんな挨拶をした。何の気負いも無く、悠然と構えるその立ち居振る舞いに、確かな自信を感じさせる。
うむ。頼りになりそうだ。
俺がそんなことを思いながら一人頷いていると、ウスルはこちらを向いて深刻そうな顔をした。
「…ご主人。タバコはあるだろうか」
「…ん? タバコ? タバコを知ってるのか?」
ウスルのセリフに俺は驚いて声を上げた。すると、エリエゼルが俺を見て頷く。
「はい。地球においてもタバコは紀元前からありますから。ビールよりはかなり新しいですが、三千年以上前には葉巻という形で存在していますね」
「ふぅん。まあ、構わないが…それなら日本的なタバコではなく葉巻のほうが良いのか」
俺はエリエゼルの解説にそんな返事をして、葉巻を出した。
以前、イタリアのフィレンツェに行った際に友人に買って帰った葉巻だ。
友人が吸ってみたいと言うからお土産に購入したのだが、意外と店がお洒落で面白かった。
葉巻自体は一本ずつ販売しており、それぞれ商品ごとの特色を出した紙に梱包されている。
ちなみに、友人は葉巻を吸って咽せた挙句に不味いという感想を寄越した。
恐ろしい奴である。
俺はそんな過去の記憶を思い返しながら、葉巻をウスルに手渡した。
ウスルは葉巻を興味深そうに眺めてから、物言いたげに俺を見た。
「紙を取って…その端の部分を切って、切った方の反対側に火を付ける」
俺の説明を聞きながらウスルは葉巻の準備を終え、俺はライターを創り出して火を用意する。
葉巻の先端を火で炙るように焼く。
何故か皆が無言で見つめる中、ウスルは葉巻を口に咥え、そっと煙を吸い込んだ。
長く長く吸い込んでいくウスルを見て、俺は葉巻の煙を肺まで入れると死ぬという都市伝説を思い出した。
が、暫くしてウスルは大量の煙を吐き出すと、葉巻を口にしたまま笑みを浮かべた。
「…タバコではないが、良い煙だ。匂いが良い…」
ウスルはそう呟くと、またゆったりと煙を味わい始めた。
「タバコじゃないのか?」
俺が首を傾げながらそう聞くと、エリエゼルが何かを思い出したように顔を上げた。
「あ…もしかして、彼が言っているのはケシの実を使った葉巻なのかもしれません」
エリエゼルがそう言うと、フルベルドが何処か嬉しそうに頷いた。
「おお、ケシの実の…それは良い。あの癖になるような…」
フルベルドがそう言うと、何故かレミーアまで話に加わっていった。
俺はそんなメンバーを遠目に眺め、溜め息を吐く。
我がダンジョンは危険なお薬は禁止です。
ダメ、絶対というキャッチフレーズのポスターを貼るべきか。