ダンジョン作りをコツコツと
「まあ、いいや。とりあえずダンジョン作ろ」
俺はそう呟くと、目を瞑って地底湖の淵に手をついた。
バシャバシャとサンダーイール達が顔を出す気配を感じるが、あんまりサンダーイール達が水の中ではしゃいでいるとダンジョンを構築し辛い。
ええい、お前ら動くんじゃない。
間違えたら出来立ての塔に打ち上げられるぞ。
俺はそんなことを思いながら、既に出来ている塔の奥に新たなる塔を作った。
前回の塔に対して二個目の塔は外観は同じだが、中身は別物である。
一個目の塔の最下層と最上階から二個目の塔に行けるように通路を作っているが、まだ二個目の塔の上半分がないため最上階からの通路は無い。
ちなみに、今回も余った魔素はそのまま貯蓄している。
感覚的には四日も貯めれば丸々一日分に匹敵するほどの余剰魔素となるだろう。
つまり、四日後には新しい部下を召喚出来るのだ。
俺が社長。エリエゼルが副社長。フルベルドが部長。平社員に元奴隷の少女達。
「…アクメ株式会社。いや、アクメコーポレーション…」
俺がそんなことをブツブツと呟いていると、レミーアが俺を見て首を傾げる気配を感じた。
「…そういえば、レミーアはどうなるんだ? フルベルドの部下だから…いや、秘書?」
社長の俺に秘書がいないのに部長のフルベルドには秘書がいる。
それは許されることではない。
しかも、半裸でぶらぶら付いてくる痴女い秘書だ。痴書という役職を与えても良い。
「ふむ…レミーアは私の眷属ではありますが、我が主の部下でもあります。どうぞ、お好きなように…」
「ほう?」
フルベルドにそう言われ、俺はレミーアを見た。
すると、レミーアはびくりと身体を硬直させて俺を見上げる。
どうでも良いが、びくりとするだけで揺れる胸はけしからんと思う。
これが下町ロケットか。
「しかし、秘書は別にいらんしな…課長か? いや、流石にそれは…よし、係長にするか」
「え、えっと…な、何の話を…?」
俺がレミーアを眺めながら独り言を呟いていると、レミーアは強張った顔で小首を傾げた。
「うん。これからはレミーアは係長だ。担当はサンダーイールの世話役」
「…え? さ、サンダーイールって…あの、そこの湖にいるドラゴンみたいな…」
俺が早速仕事を割り振ると、引き攣った顔で俺に確認をとってくるレミーア。
うむ。報告・連絡・相談だな。まだまだ責任をとれる立場ではないのだから上司にどんどん相談した方が良い。
俺は笑顔でレミーアに頷いてみせた。
「うん、そうだよ」
「む、むむ、無理です! 私が食べられちゃいますよ!?」
なんと、レミーア係長は与えられた最初の仕事を放棄した!
恐ろしい。
これがゆとりか。
まあ、俺が新入社員で入った時も最近の若い者は…と散々嘆かれたし、歳がだいぶ上の連中は毎年新人が入る度に苦言を呈するのだ。
多分、いつの時代も最近の若い者はと言ってきたのだろう。
むしろ、俺は若い者から老害と言われないように気をつけよう。
俺はそう納得すると、サンダーイールに怯えるレミーアを見た。
あんなに可愛いのに、なんで怖いのだろうか。
いや、俺は犬好きだが、ドーベルマンが怖いという大変珍しい人にもあったことはある。
人の好みはバラバラで当たり前なのだ。
俺はそう思い、レミーアを見て口を開いた。
「大丈夫。優秀な君なら出来る。ほら、よく見てごらん。あの可愛いサンダーイールちゃん達を…あんなに可愛いサンダーイールちゃん達が、君に危害を加えると思うかい?」
「…さっき、バラバラになった人の死体を貪り食ってましたが…」
俺が優しく諭してみたものの、レミーアは泣きそうな顔のまま否定的な意見を出してきた。
むぅ。可愛いから大丈夫というのは通じないのか。
俺はフルベルドを見て口を開いた。
「とりあえず、サンダーイールはたまに餌を用意するから、二人で餌を与えて仲良くなってみてくれ」
「分かりました」
俺の曖昧な指示にもフルベルドは即答で了承した。まさに部下の鑑。
そして曖昧な指示しか出せない俺はダメ上司。
いや、違う。恐らく敢えて曖昧な指示だけをして部下のスキルアップを目論んでいるに違いない。
なんて恐ろしいまでの遠謀深慮か。流石はアクメ社長。
と、そんなノリで塔を作り続けて四日。
気がつけば地底湖には巨大な塔が三つ。
塔と塔の間には連絡通路が最上階か最下層、そして水面の上の三箇所に作ってみた。
この中のどれか一つのルートが正解である。
このまま塔を増やしていけば、一ヶ月もするとこの地下大空洞は一応の完成となるだろう。
だが、今日はそれよりも先に一つ、貯まった魔素を使ってやりたいことがあった。
モンスター召喚である。
俺はエリエゼルとフルベルド、レミーアと一緒に地下大空洞の地底湖前に集まっていた。
ここ最近はダンジョンへの侵入者が急に減少したせいで、サンダーイール達の餌を俺が生み出していたのだが、案外魔素は貯まっている。
これならば強いモンスターを召喚することも出来るだろう。
俺がワクワクしながらエリエゼルを見ると、俺よりも興奮状態になっているエリエゼルが鼻息も荒く俺に迫ってきた。
「さあ、ご主人様…どんな巨大怪獣を…」
「なんで巨大怪獣限定なんだよ」
俺が文句を言うと、熱くなった頬を冷ますように自らの掌を頬に当て、エリエゼルは身を捻った。
「そ、そんな…破壊光線を放てる強大な巨大怪獣こそがご主人様の望むモンスターのはず…」
「嫌だよ。ほら、モンスター図鑑出して。普通の選ぶから」
俺がそう言うと、エリエゼルは不満顔ながら目を瞑り、両手を自分に向けてから小さく何か呟き始めた。
すると、エリエゼルの両手が淡く発光し、エリエゼルの足元に魔法陣が出現する。
気が付けば、エリエゼルの両手にはあの黒い魔導書が抱えられていた。
それを見て、レミーアは眼を見開く。
「…物体移動とも、アイテムボックスとも違う…?」
驚くレミーアをそのままに、エリエゼルは眼を開けて魔導書を俺に向けてから開いた。
「黒龍王。最強のモンスターの一角で…」
「はいはい、違う奴ね。大体魔素が足りないでしょうが」
「むぅ」
エリエゼルの台詞に被せるようにして俺が苦情を述べると、エリエゼルは口を尖らせて不満であるとアピールしてきた。
だが、ここは俺も引いてはならない時である。
「人型だ。身長も二メートル以内な。巨人族とかダメだぞ」
俺がそう告げると、エリエゼルは眼を見開いて俺を見上げた。
何故衝撃を受けたような顔をしているのか、むしろ俺が理由を教えてほしいものだ。
「それだと…そうですね…」
エリエゼルは渋々魔導書を自分に向けて開き、悩み始めた。
俺はそんなエリエゼルを見て、次にフルベルドとレミーアを見た。
その瞬間、頭の中で閃いた。
「狼男…ワーウルフだ」
俺がそう告げると、エリエゼルは本から俺に視線を移して眼を瞬かせ、本のページを捲って俺に見せた。
「ワーウルフ。ライカンスロープとも呼びますね。普段は人の姿をしていますが、任意、もしくは正体がバレた際には狼と人間の半人半獣の姿となります。その身体能力は驚異的で、鋭い爪や噛み付きによる攻撃を得意とします。尚、ヴァンパイアのように様々な能力を持つモンスターと違って基本的に肉弾戦しか攻撃手段がありませんが、その分近接戦闘能力は圧倒的です。他にも異常な再生力も特徴の一つですね」
ふむ。色々出来ない代わりに特化型か。
中々面白い。
俺はそんな感想を抱き、エリエゼルを見て口の端を上げた。
エリエゼルは俺の顔を見て苦笑し、本を地面に置いた。
「それでは、召喚しましょう」