レミーアびっくり
地下大空洞に降り立ち、レミーアは唯々唖然とした表情を浮かべて突っ立っていた。
「こっちだぞ」
「へぁ!? は、はい!」
俺は立ち尽くすレミーアに声をかけて地底湖の前まで向かう。
すると、まるで鯉が餌を求めるように水面にサンダーイールが集まってきた。
少々大き過ぎるが、中々可愛いものである。
透明度の高い水のお陰で、深い湖の底の方まで身体が伸びており、余計に巨大さが目立つのが玉に瑕だ。
「な、なな、なななな…!?」
レミーアもサンダーイールちゃんのあまりの可愛さに目を剥いて驚いている。
フルベルドは俺の隣に歩いてくると、顎を指で撫でながらサンダーイール達を眺めた。
「ほう。ペットですかな? 中々素晴らしい趣味をお持ちで…」
サンダーイールちゃんをそう評価し、フルベルドは口の端を上げる。
「おお。分かるか、フルベルド。餌はどうしたら良いと思う?」
「そうですな…このくらいのサイズならオークなどが丁度良い餌になるでしょうが、毎回オークを餌のために捨てるのも…おや?」
俺とフルベルドがそんな心温まる会話をしていると、地下大空洞の天井部分から何かが降ってくるのが見えた。
足や半分に切れた胴体、肩と頭だけの部分など、バラバラになった人体である。
バラバラになった人体が湖面に近付くと、いつの間に移動したのか、サンダーイール達がこぞって顔を水面から出し、落ちてきた肉片に食らいついた。
サンダーイールの図体から見ると俺がチョコボールを食べるようなものだろうが、とりあえず食事にはありつけているようである。
「自動餌撒き装置、ですか? どのような仕組みなのでしょうか」
フルベルドにそう聞かれ、俺は鷹揚に頷いて薄っすら光る地下大空洞の天井部分を見上げた。
「あの向こうにはタムズ伯爵の敷地に通じる通路がある。その通路にある落とし穴は行きは作動しないが、帰ろうとすると作動する。穴の中には鋭い刃が幾つか生えていて、穴に落ちた段階で必ず死亡、もしくは重傷を負うように出来ていてな。最後は滑り台のように地底湖の中心に撒かれるように造ったんだよ」
俺がそう説明すると、フルベルドは感嘆の声を上げて楽しそうに笑った。
そして、俺たちの会話を後ろで聞いていたレミーアは顔色を悪くしたまま、地下大空洞の天井部分を見上げて口を開いた。
「…こ、これがダンジョン…? ま、待ってください。なら、アクマ様は、だ、ダンジョンマスター、ということでしょうか?」
レミーアは恐る恐る、視線を天井から俺に移し、そう尋ねた。
俺は肩を竦めて鼻を鳴らし、レミーアを見返す。
「不服だがな。仕事の説明もされずダンジョンマスターにされたよ」
俺がそう告げると、レミーアは眉根を寄せて唇を震わせた。
「…ど、どういうことですか? ダンジョンマスターは、誕生したその日からダンジョンマスターなのでは…」
レミーアは怯えの色を顔に残したまま、されどしっかりと俺を見上げてそう呟いた。
俺は首を軽く左右に振ると、溜め息混じりに口を開く。
「俺は違うな。此処で言うと、商人みたいな仕事をしていたぞ。そして、変な契約を結んだせいでダンジョンマスターになった…本当、契約はしっかり考えてしないとな」
俺が染み染みとそう口にして苦笑すると、レミーアは俺の言葉に愕然とした顔となっていた。
「だ、ダンジョンマスターは…元は普通の人間…?」
レミーアの洩らした言葉に、俺は首を傾げてレミーアを見た。
「ダンジョンマスターはどういう存在だと思っていたんだ?」
俺がそう聞くと、レミーアはびくりと肩を跳ねさせて固まった。
そして、上目遣いに俺の機嫌を窺いながら答える。
「…わ、私は、常識的なことしか知りませんが…ダンジョンマスターは今まで全て魔族であったことから、魔族の中で魔王の候補となる存在がダンジョンマスターとなっていると思われています」
「魔王の候補?」
俺はレミーアに体の正面を向けて腕を組み、そう聞き返した。
レミーアは顔を強張らせ、頷く。
「はい…昔、ダンジョンからモンスターを氾濫させて近隣の街を壊滅に追い込んだダンジョンマスターが魔王と称されました。そのダンジョンマスターのダンジョンは攻略に十年もの年月が掛かったそうです…」
「…それでも十年程度で? じゃあ、普通のダンジョンは何年で攻略されるんだ?」
俺が嫌な予感と共にそう質問すると、レミーアは言いづらそうに視線を下げ、口を開いた。
「…に、二、三年ほどで攻略は…」
「ダンジョンマスターは?」
「そ、その場で殺されて死体が王城へ運び込まれます…」
問答無用かよ。
俺は頭を抱えたくなるような気持ちになりながらレミーアの話を聞き、更にこれまでのダンジョンマスターについて尋ねる。
結果、分かったことは絶望的ということだった。
ダンジョンは魔王になるかもしれない魔族が作り、時には外にまでモンスターを溢れさせる。
しかし、ダンジョンマスターが居なくなったダンジョンは、罠はそのままだがモンスターも現れず無害になる。
ダンジョンには様々なモンスターが現れるが、外のモンスターと違い稀少なアイテムを持つものもいる。
そして、ダンジョンマスターは殆どの場合、国宝級の武器や防具などを持ち、その装備を売れば一生金に困る事は無いと言われる。
つまり、ダンジョンが近隣に出現した場合、危険は伴うが攻略さえ出来るならばむしろ良い事尽くめということだ。
何しろ、そこには稀少なアイテムや国宝が眠るのだから。
「…これまでで攻略されていないダンジョンはあるのか?」
俺が最後にそう尋ねると、レミーアは静かに首を左右に振った。
「…近年発見されたダンジョン以外では、全て攻略済みという話です」
レミーアにそう言われて俺が肩を落とすと、フルベルドが肩を揺すって笑いだした。
「ならば、我が主が最初の攻略出来ないダンジョンのマスターとなるわけですか…面白い! この地底湖は私には不利な階層となりますが、それもまた面白い! 無謀にも我が主に挑む輩は全て私が打ち砕いてみせましょう!」
そう言って、フルベルドは豪快に笑った。
まあ、そうだな。
攻略されない最初のダンジョンを作れば良いのだ。
ただ、素直で純朴な俺にそんなダンジョンを作れるのかが微妙なところだが…。
む…今誰かに驚かれた気がする。気のせいだろうか。