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ダンジョン調査

王国第八騎士団ベルギウス団長第十従士クラーヴェルの視点




変死したタムズ伯爵の邸宅がある敷地内にダンジョンらしき地下への入り口が発見された。


この事件は、昼間の見回りをしていた伯爵家に仕える警護の者から漏れた噂で発覚したという。


タムズ伯爵の変死は、謎の儀式の跡や、行方どころか犯人の姿形さえ定かではないということも含め、王都では大変な騒ぎになっていた。


同じ貴族が事件に巻き込まれたとして、タムズ伯爵家縁の者達以外でも警戒心を強める貴族が現れる中、一般市民や他の地から流れてきた行商人、冒険者達の間では一種のお祭り騒ぎといった様子で噂が拡がっていった。


温厚で知られるタムズ伯爵の謎の死。


恨みを買っていたのか。謎の儀式によって殺されたのか。


それとも、裏ではタムズ伯爵自ら謎の儀式を行なっていたのか。


そして、犯人は誰で、いったい何処へ消えたのか。


夜間の僅かな時間。警備の厳重な貴族の邸宅内での凶行。


どんな凄腕の魔術士ならばそんなことが可能か?


いや、誰であっても目撃者一人現れないのはおかしい。


Sランクの冒険者ならば可能か?


何故、富と名声を得たはずのSランク冒険者がそんなことをするというのか。


それに、現在王都にいるSランク冒険者は依頼で全員が街の外へ出ているではないか。


様々な噂が巻き起こる中、降って湧いた新たなる情報。


それがタムズ伯爵の敷地内に突然現れたダンジョンの話だ。


これほど衝撃的な話は中々無いだろう。


世間では、タムズ伯爵が謎の儀式を用いてダンジョンを生み出したとさえ言われている始末である。


国王陛下も、それまで犯人探しのために王都内を隈なく調べ回っていた衛兵の半数をタムズ伯爵の敷地内に向けて動かした。


調査の結果は黒。


タムズ伯爵の敷地内にある木々が生い茂る庭の中には、まるで洞穴のような入り口が忽然と姿を現していたのだ。


これは、大半のダンジョンに見られる形と一致する。


ただ、人一人か二人分程度しか同時に入れないほどの入り口の狭さからすると、ダンジョンの深度は浅いものと推測される。


伯爵家の兵に聞けど、ダンジョンがいつ現れたのかは不明。


そのため、ダンジョン内部を知る者も居ない。


現在はまだモンスターの姿は無く、もしもタムズ伯爵の変死に関わる犯人がモンスターなのだとしたら、今はこのダンジョンの奥深くに逃げ込んでいるものと思われる。






次の日。


ダンジョン内部の調査が決定した。


最初に向かうのはなんと我が第八騎士団である。


ダンジョン攻略経験のある冒険者数人を雇い、騎士三名と従士二十名にてダンジョンの攻略に向かうという指令が下った。


自分はダンジョンの内部に足を踏み入れた経験が無いことと、団長付きの従士であることを理由に外された。


心の底から嬉しかった。


なにせ、そのダンジョンの入り口を見た時から、ずっと背筋が寒くなるような悪寒がしていたのだ。


自分としては、自らの直感は当たる方だと思っている。


朝、空を見てなんとなく不安に思ったから外に出なかったら、天変地異なのか、氷の塊が雨のように降ったことがある。


夜、騎士団に入団し、王都内の巡回をしている時、なんとなく嫌な予感がする方向は避けて巡回を終えると、同僚は通り魔にやられて半死半生の姿で見つかった。


自らに危険が迫る時に閃く直感に関しては自分でも驚くほどよく当たるのだ。


それ故に、自分はダンジョン探索から外されてホッと胸を撫で下ろしていた。


だが、ベルギウス団長から恐ろしい一言を貰って全て台無しになった。


「クラーヴェル。お前はダンジョン探索隊の最後尾に付いていけ。そしてダンジョン内の様子を事細かに記して帰還しろ。分かったな」


こうして、背筋を寒さとは違う理由で震わせながら、ダンジョンの入り口と向き合う羽目になった。


順番にダンジョン内に入っていく仲間の姿を見ていると、地面に開いた怪物の口に自ら呑み込まれていくように見えて気味が悪くなってきた。


木々が無造作に生えた妙に暗い森の中で、人が一人二人は入れる穴が、ぬぅっと口を広げているのだ。


こんな穴に入ろうと思う人間の気が知れない。


だが、無情にも自分が最後の一人になってしまった。


後ろを振り返ってみるが、腕を組んだ団長が顎をしゃくって早く入れと指示を送ってくるだけである。


あの後ろに流した金髪を刈り取ってやりたい。


この内心はメモに取ること無く、足をダンジョンの入り口に向けた。


ダンジョンの入り口の穴に手を置くと、自分の身体が自分のモノではないかのように感じられた。


意図していないのに、足の裏がふわふわと浮かび上がるような気持ち悪さを感じるし、背中は首の下を押さえつけられているように重い。


下手をすると胎児のように丸まりそうになる身体に力を込め、何とかダンジョンの中に足を踏み入れる。


ぬめっとした嫌な空気が皮膚の上を這うように流れる。


ダンジョンの中から風が流れてきているのか。それとも、恐ろしい怪物の息なのか。


歯の根が合わずにカチカチと耳障りな音を立てる。


自分の口から発されている音に苛立ちながらダンジョンの奥に入ると、意外なことにダンジョンの通路は広くなり、床や壁も石造りの頑丈そうなものに変化した。


このまま狭い洞穴のようなダンジョンが続いたらどうしようかと思っていたので、そこはかなり安心した。


だが、これで此処がダンジョンであることが確定してしまった。


古びた石造りの通路の壁に点々とある、中の火が揺らめかないランプのような灯り。あんなものは王都のどの店にも売ってないだろう。


そんなものがある段階で、此処は異界なのだ。


一歩間違えれば、簡単に死んでしまうことだろう。


そう思って奥歯を噛み締めた矢先、先の方を歩く同僚の悲鳴がダンジョン内に響き渡った。


「槍だ!」


誰かがそう叫ぶ。


慌てて身構える皆を見ていると、更に前方から恐ろしい激突音と共にかなり離れている自分の足にまで大きな震動が伝わってきた。


「な、何が起きた!?」


「て、天井だ! 天井が落ちてきたんだ!」


「お、おいおい! 崩落か!? 早く逃げないと!」


「違う! 吊り天井のトラップだ! 冒険者の一人が巻き込まれたぞ!」


いつに無い、取り乱した従士達の声が聞こえた。


騎士の従士たる自分達であっても、混乱は伝播する。


誰かが取り乱し、それが原因で別の誰かが不必要な行動を起こし、発動していなかった罠まで発動する。


皆同じダンジョンの中に居るのだ。他人の行動で自分まで死ぬかもしれない状況に極度の緊張と精神的負荷を受けるだろう。


斯く言う自分もそうだ。


「冒険者がトラップに掛かってどうする!?」


「違う! 冒険者の人は此処は触るなって言ったんだ! なのに、あの馬鹿…!?」


真っ青な顔で何かを叫びながらこちらへ後ずさっていた一人の従士が忽然と姿を消した。


見れば、床には真っ暗な穴が開いていた。


従士を呑み込んだ穴は、穴の内部から音も無くゆっくりと板状の床が現れて、何事も無かったかのようにその姿を消した。


「お、おい!? フィールズが居ないぞ!?」


「まさか逃げたんじゃないだろうな!?」


落とし穴に落ちて消えた従士を探す声が、随分と遠くに聞こえる。


嫌だ。


こんな死に方は嫌だ。


誰にも気付いてもらえず、ただ居なくなるなんて…!


そう思いながら、自分でも気付かずに後方へ、今きたダンジョンの入り口の方向へ足は動いていた。


その時、目の前の同僚と目が合った。


「おい、クラーヴェル!」


自分の名を呼ばれた瞬間、足の裏にあった硬い石畳の感覚が失われた。


「ヒ…」


自らの息を呑む声を置き去りに、視界は一瞬で暗闇に呑み込まれた。


「クラーヴェルが落ちた! 落とし穴だ!」


「さ、下がったら落ちるんだ! 下がるな! 下がると罠が…!」


遠くで微かにそんな声が聞こえた気がした。


直後、自分の身体が鋭い刃で引き裂かれるような衝撃と痛みに、自分は意識を失った。



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