ダンジョンに住む奴隷達3
「とりあえず、朝飯だな」
俺は改めてそう言うと、皆を見回した。
俺が朝飯という言葉を発すると、皆の背筋が少し伸びた気がした。
だが、ふと傷のある少女達の姿が目にとまり、俺はエリエゼルに顔を向ける。
「傷とか治せるか?」
俺がそう聞くと、エリエゼルはあっさりと頷く。
「出来ますよ。しかし、それにはご主人様が彼女達の本当の主人にならねばなりません」
エリエゼルにそう言われ、俺は首を傾げた。
「どういう意味だ? あいつらの主人はまだ貴族の次男坊になってるってことか?」
奴隷契約の魔法とかあるのか。
俺がそう思って聞き返すと、エリエゼルは首を左右に振った。
「この世界に奴隷を縛る魔術はありません。あるのは、声に反応して何かしらの罰を与える魔術具とかでしょうか」
「電気が流れる首輪とかか?」
俺がそう口にすると、エリエゼルは頷いた。
「その通りです。そこはご主人様の知る歴史の方ともあまり差異は無いでしょう。罰による服従の強制と教育ですね。勿論、借金か何かで奴隷になったばかりの者は教育を受けておりませんが、反抗的な奴隷を躾けることを楽しみにする者も多いようなので、基本的に罰を与える方が主になりますが」
エリエゼルの解説を聞くうちに、少女達の中には表情を変える者も現れた。
震える者や、中には目に涙を溜める者もいる。
その少女達を横目に見て、エリエゼルはそっと口元を緩めた。
「まあ、彼女達にはそのような罰は必要無いでしょう。その代わり、きちんとルールを決めた契約が必要になります」
そう言って、エリエゼルは少女達に顔を向けた。
「ルールは簡単です。ご主人様、アクメオウマを裏切らないこと。ご主人様に忠誠を誓うこと。後は、ご主人様に危害を加えないこと…たった三つだけです。簡単でしょう?」
エリエゼルがそう言うと、殆どの者達がホッとしたように頷き、笑い合った。
しかし、背中まである流れるような黒い髪を揺らした黒い瞳の美少女が顔を上げてエリエゼルを見た。
確か、ナナという名だったか。
「エリエゼル様…もしも、それらのルールを破った場合、私達はどうなるのでしょうか」
ナナがそう言うと、周りの少女達が騒めく。
ふむ。きちんと契約内容を確認する慎重さは好ましい。この子がもしも部下になったら経理を任せよう。
ぼんやりと俺がそんなことを考えていると、エリエゼルは表情を無くし、無表情にナナを見返した。
「裏切りの程度によります。ただ、もしもご主人様を殺害しようとするなどの重大な裏切りならば、死をもって償っていただきます」
エリエゼルがそう告げると、一部の少女は息を呑んだ。
ナナはエリエゼルの目を暫く見つめていたが、やがて口を開いた。
「…分かりました」
そう呟き、ナナはその場で片膝をついて頭を下げる。
「私は、アクマ様を主とし、忠誠を誓います」
「誰が悪魔や」
俺が思わずナナの宣誓に突っ込んでしまったが、エリエゼルは気にせずに他の少女達の顔を見た。
「あなた達は、どうしますか?」
エリエゼルがそう尋ねると、ナナの行動に吃驚していた少女達も慌てて頭を下げた。
「忠誠を誓います!」
少女達がそう口にした瞬間、少女達は皆顔を下に向けているために見えないだろうが、エリエゼルの口が大きく左右に割けるように開かれた。
斜め横から見ているため、見間違いなのだろうが、まるでエリエゼルが蛇か何かが笑っているように見えたのだ。
俺がギョッとしていると、エリエゼルは口を片手で隠し、小さく何かを呟く。
すると、少女達の足元に黒い魔法陣が浮かび上がった。丸い円の中に無数の四角が重なり、隙間に見たことの無い文字が浮かぶ不思議な魔法陣だ。
まるで墨汁を紙に染み込ませるように滲みながら広がる黒い魔法陣は、少女達の足元にあった少女達の影の中に収まっていった。
不思議なことに、誰も自分の足元に魔法陣が現れたことに気がついていないようだった。
俺がその光景に唖然としていると、エリエゼルが普段のような苦笑を浮かべ、俺の足元を指差していた。
見れば、俺の足元にも似たような魔法陣が浮かんでいた。ただ、こちらは白い魔法陣だったが。
「ご主人様。それでは、彼女達をご主人様の配下と認めますか?」
「あ、はい」
魔法陣に目を奪われていた俺はエリエゼルの問い掛けに思わず生返事を返した。
すると、俺の足元で薄っすらと光っていた魔法陣が明滅し、俺の足の中に溶け込むように消えた。
俺の方の魔法陣は影にはならないのか。
「これで、従属の契約は成りました。さあ、後は傷の治療といきましょう」
エリエゼルはご機嫌な様子でそう言うと、顔を上げた少女達の方を見て口を動かした。
何を言っているのか分からなかったが、何かしらの呪文らしき文言をブツブツと言っているようだった。
それを見て、金髪金眼の美少女、ピッパが首を傾げる。
「…魔術の詠唱じゃない?」
ピッパが口の中で呟くような小さな声に、何人かの少女が反応していた。
と、エリエゼルは謎の呪文を終えたのか。俺の方に視線を向けて口を開く。
「さあ、ご主人様。今ならどんなパーツでも付けられますよ? ブレンダにロケットパンチを…」
「付けねぇよ!」
恍惚とした表情でとんでも無いことを口走るエリエゼルにそう突っ込むと、俺は身体の一部を欠損した少女達の方に歩み寄った。
パーツを付けるということは、つまり魔素を使って創造しろということか。
まあ、エリエゼルがそう言うなら大丈夫なんだろう。
…シェリルに邪眼を付けようかな。
俺はそんなことを思いながら、まずは片方の腕が無いブレンダの前で目を瞑った。
騒めく少女達の声を耳にしながら、俺はブレンダの腕を想像する。
宇宙合金で作られたブレンダの腕はマッハ五で射出され、あらゆるモノを…いや、違う違う。
危なく変なものを生み出し掛けたが、俺はなんとかブレンダの腕のイメージを固めた。
そして、念じる。
「…え?」
そんな声が聞こえて目を開けると、ブレンダの喪われていた腕がそこにあった。
いや、取り付けてないのにブレンダに生えてますやん。
俺はそう思ってエリエゼルを振り返るが、何故か不満そうなエリエゼルに逆に睨まれた。
マジで言ってたのか、ロケットパンチ。
俺がそんなことを思っていると、少女達の方から歓声が響き渡った。
皆から声を掛けられる中、ブレンダは水色の髪を揺らして項垂れ、両手を見て泣き出した。
声を上げて泣くブレンダを眺めた俺は、指が無い虎獣人のドーラの前に立った。
要領は覚えたからな。
後は、さっさと治療していくだけだ。
俺はそう思い、皆のパーツを作った。
ただ、火傷や顔、背中の傷に関しては肉盛り補修後に表面をコーティングという工業的な流れとなってしまったが。
最後に、両目が無いクーヘである。
暗い茶色の髪の隙間から見える閉じられた瞼の中に、俺はきちんとクーヘに似合う目を想像する。
茶色の透き通った瞳だ。
イメージを固め、念じる。
すると、クーヘが驚き声を上げた。
「…あ、明るい。光だ…」
クーヘがそう呟くと、周囲の少女達から割れんばかりの歓声が上がった。
「良かった…目が見えるようになったんだね…」
すでに両目で見えるようになったシェリルが涙を流しながらクーヘの手を持ち、そう言った。
しかし、クーヘは曖昧に笑うと、周囲を見るように首を回す。
その目は確かに開かれているが、何も捉えること無く皆の顔を通り過ぎていった。
「…クーヘ?」
シェリルがクーヘの名を呼ぶと、クーヘは困ったように笑い、首を傾げた。
「…明るいだけみたい。上にある灯りは分かるよ。でも皆の顔は見えないな」
クーヘがそう呟くと、皆は絶句して俺を見た。
俺は腕を組んで唸り、シェリルを見る。
「俺はちゃんと作ったぞ? シェリルの目と同じように」
俺がそう答えると、後ろからエリエゼルが声を発した。
「…クーヘ。あなたは昔は目が見えていましたか?」
エリエゼルがそう尋ねると、クーヘは目を閉じて首を左右に振った。
「いいえ。私は生まれた時から目が見えず、小さい頃に奴隷商人に売られました。その時に、私の目が見えないことは内緒にして売られたので、後から騙されたことを知った奴隷商人に眼を抉られて…」
クーヘはそう言って困ったように笑った。クーヘの壮絶な過去に、他の少女達が短く悲鳴のような悲しみの声を発する。
エリエゼルはクーヘの言葉を聞き、浅い息を吐いて首を左右に振った。
「クーヘ。申し訳有りませんが、あなたの眼は治らないかもしれません。光が見えるのならば、いずれ見えるようになるかもしれませんが…」
そう口にして、エリエゼルは言葉を切った。
聞かずとも、誰もがその先の言葉を予想しただろう。
可能性は低いのだ。
皆が暗い気分になり落ち込む中で、何故かクーヘが明るい笑い声を上げた。
「大丈夫です。私は最初から見えなかったんだから、今まで通りです。殺されると思っていたのに、美味しい御飯を食べられて、皆で一緒に寝ることも出来るこんな良い場所に置いていただけるだけで、私は十分幸せですから」
クーヘはそう言って、自分の手を握るシェリルの手を握り返した。
「何とか、私でも出来る仕事を覚えてみせるから、協力してくれる?」
クーヘがそう言って優しい微笑みを浮かべると、シェリルは涙と鼻水を流しながら何度も頷いた。
声を出さないと分からんだろうに。
俺はシェリルの嗚咽に苦笑するクーヘを眺めながら、一つ思い付いたことを提案する。
「クーヘ。そこにある楽器は目が見えない者でも一流になれる楽器だ。やってみるか?」
俺がそう言うと、クーヘは驚いて顔を上げた。
「目が見えなくても?」
「ああ。俺が知るだけでも目が見えない一流の奏者を三人は知っている。さっきのエリエゼルみたいに弾けるようになるぞ」
俺がそう言うと、クーヘは輝くような笑顔を見せて頷いた。
「やります! やらせてください!」
そう叫び、クーヘは飛び上がって喜んだ。
初めて誰かの役に立てる。
そうクーヘが両手を上げて口にすると、シェリルは滝のような涙を流しながらクーヘに体当たりし、二人で地面を転がりながら笑い、泣いた。
うむ。我ながら素晴らしい案だった。
天から舞い降りたような名案に俺は一人満足して頷く。
これで、奏者候補はソニアとクーヘの二人になった。
「よし。そろそろ飯だ。本当に腹が減った」
俺がそう言うと、食堂に笑い声が響いた。