ダンジョンに住む奴隷達1
朝が来た。
俺は布の擦れ合うような音に目を覚まし、身動ぎをしながら体を起こす。
すると、ベッドの上には俺とエリエゼルが、ベッドの下の床には奴隷だった女達十名が雑魚寝していた。
昨日の夜は魔素があまり無いということもあり、新たな部屋は作れなかったのだ。
なので、女達は二つの寝室に振り分けられた。ちなみにフルベルドがもう一つの寝室のベッドを使って寝ている。
家主としては雑魚寝とは何とも格好悪い話だと思っていたのだが、女達はカーペットの上だというのに、驚愕して喜んで寝ていた。
その前には勿論お風呂イベントがあったが、そこは省略しよう。
そして、今の惨状がある。
女達は、特にまとめ売りになっていた子供達は傷だらけで手やら目やらが無かったが、それでも皆が美少女、美幼女であった。
そんな見目麗しい乙女達が俺の用意した色違いのワンピースを着て寝ているというのに、 床はまるでコマンドサンボのバトルロイヤル選手権のような様相を見せている。
こいつら、驚くほど寝相が悪いな。
俺はそんなことを思いながら辺りを見回し、子供の一人が他の女に乗られて呻き声を上げながら寝ているところを目撃した。
よし、狭くて良いから個室を用意しよう。せっかく従業員が手に入ったのだ。死なれては困る。
俺はそう決めると一人でベッドから降り、寝間着で寝室を出ようとした。
朝のシャワーを浴びてスッキリしたい気分である。
と、俺がドアノブに手を置いた時、後ろから声を掛けられた。
「あ、あの…」
声がした方向に顔を向けると、そこにはコマンドサンボ会場から起き上がる一人の少女の姿があった。
昨日の、俺自らの手でうどんを食べさせた少女である。
「おはよう」
「あ、あ、おはようございます!」
俺が小声で挨拶をすると、少女は慌てて元気良く挨拶を返してきた。
元気が良いのは素晴らしいが、今は周りに寝ている人が大勢いる。
「少し静かにな。それで、どうした?」
俺がそう聞くと、少女は人を踏まないようにこちらへ来て両膝を床につけた。
そして、俺を見上げて口を開く。
「何か、お手伝いをさせてください。何でもします。ご主人様のお役に立ちたいのです」
少女はそう言って、縋るような目を俺に向けた。
その目に、嘘は無さそうである。
俺は少女の顔を見て、何となく頷いた。
「付いてこい」
俺がそう言うと、少女は輝くような顔で俺を見上げたまま口を開いた。
「は、はい!」
少女は大声を張り上げて返事をし、慌てて自分の口を両手で隠した。
なんと古典的なリアクションだろうか。その仕草に、俺は自然と口の端を上げてしまった。
俺はこの少女を少し気に入ってしまったようだ。
寝室を出て、リビングの端まで移動する。
壁に手を触れる俺を見て少女は首を傾げていたが、俺は気にせずに目を瞑る。
イメージは、魔素を節約しつつ快適な空間。
あ、変なイメージになった。
そう思って目を開けたが、もう遅かった。
そこには装飾の施された木製の扉が出来ている。
「…へ?」
後ろで少女の不思議そうな声がしたが、俺はさっさと扉を開けた。
するとそこには、俺のイメージ通りの通路が続いていた。
左右に等間隔に並んだ横開きのドアと、黒い絨毯が敷かれた通路だ。
灯りは通路の天井と壁の間で光る間接照明である。
五十メートルは続くその通路を見て、少女は目と口を大きく開けて固まった。
俺が少女の呆然とする様を眺めていると、少女は俺を見上げてやっとの思いで声を発した。
「…こ、これは、いったい…」
少女の言葉に、俺は軽い調子で口を開いた。
「お前達の部屋だよ」
「………え?」
俺の台詞に少女は信じられないといった顔で通路を見た。
そして、少女は涙ぐんで俺を見上げる。
「こ、こんな広い部屋を私達のために…」
「ん?」
少女はそう口にしたが、少女の言葉に違和感を覚えた俺は首を傾げて通路に入った。
そして、横開きのドアを開けて少女を振り返る。
「一つ一つがお前達の部屋だぞ?」
俺がそう言うと、少女は不思議そうな顔で俺の所まで来ると、ドアの向こう側を見て目を見開いた。
幅は二メートル。奥行きも二メートル五十センチ程度の狭い部屋だ。だが、ベッドがあり、簡単な机と椅子もある。
この部屋は、インターネットで見たことがある女性向けの高級カプセルホテルの部屋である。
二段ベッドが個室になったようなポピュラーなものから、コインランドリーの乾燥機のような近未来的な部屋まで、カプセルホテルは様々な様式があるのだが、この高級カプセルホテルは一味違う。
まず、内装がシックな白と暗い茶色で構成されており、ベッドも薄くはなく、ソファーの座面程度の高さである。
壁にはディスプレイが埋め込んであり、映画や音楽を楽しむことも出来るし、ドリンクをペットボトルで二つくらいなら収納できる冷蔵庫も壁の中にある。
さらには、ベッドの下には使いやすい底の深い収納棚まで完備である。
その部屋を見て、少女は唖然としていた。
俺はそんな少女を眺め、口を開く。
「名前を聞いてなかったな。俺はアクメオウマだ。君は?」
俺が名を尋ねると、少女は掠れた声で返事をした。
「け、ケイティ、です」
少女の呟いた名を聞き、俺は頷いてから部屋の入り口の隣にある壁に触れた。
目を瞑り、念じる。
「…あ」
少し間の抜けた声を耳にしながら目を開くと、壁には四角い枠と、枠の中にケイティと書かれた模様が出来た。
俺はその名前を手で触れ、出来に満足してケイティを見た。
「今日から此処がお前の部屋だ、ケイティ」
俺がそう言うと、ケイティは我慢が出来なかったのか、滂沱の涙を流しながら俺の腹にしがみ付き、声を上げて泣き出してしまった。
いかんぞ。俺が苛めっ子みたいじゃないか。
泣き止んだケイティを連れてキッチンに戻ると、何人かの元奴隷の女達が掃除をしていた。
「あ、ご主人様!」
「おはようございます!」
そんな声をかけられ、俺はキッチンにいる四人の女達を見た。
狐耳の十代後半に見える茶髪の少女と、十代中頃に見える兎耳と猫耳の白い髪の少女。そして、十代前半に見える金髪の女の子だ。
「おはよう。食堂に皆を集めてくれ」
俺がそう言うと、四人は元気良く返事をして急ぎ足で皆を集めに向かった。
一足先に食堂に行くと、そこには食堂の床を拭く少女達と、椅子に腰掛けて皆を見回すエリエゼルの姿があった。
エリエゼルは俺に気がつくと、薄く微笑んで周りを指差した。
「皆、ご主人様に忠誠を誓い、お仕えしたいと申しております。大変良い心掛けでしたので、特別に私の掃除用具を貸しております」
エリエゼルはそう言ってご満悦といった嬉しそうな顔を俺に見せた。
どうやら、エリエゼル副社長にも部下が出来たようである。
俺は曖昧にエリエゼルに笑いながら頷いた。
「それは良かったな。さて、皆を食堂に呼んでくれるか? 自己紹介といこう」
俺がそう言うと、エリエゼルは頷いた。
 




