表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/122

四日目、朝の奴隷屋さん

朝が来た。


今日は待ちに待った奴隷を買いに行く日だ。


パッチリと目を覚ました俺は掛け布団を剥ぎ取って上半身を起こした。


と、今日は隣に麗しのエリエゼルが寝ていなかった。


昨日までなら防水加工のように水を弾くエリエゼルの白い肌に目と脳を焼かれる時間なのだが、今朝はどうやら真っ白いシーツを見てクールダウンする日らしい。


渋々、俺はベッドから降りて体を伸ばし、服を着た。


居住スペースを見て回ったが、エリエゼルの姿は無い。


俺は首を傾げながら食堂へと向かった。


すると、食堂ではエリエゼルが箒を片手に床掃除をしているところだった。


「おはよ。掃除か?」


俺がそう聞くと、エリエゼルは顔を上げて俺を振り向き、笑顔で頭を下げた。


「おはようございます、ご主人様。朝の掃除中です。昨日のお客様があまりに多かったので、今日はかなり時間が掛かってしまいました」


俺の質問にエリエゼルはそう答えて苦笑した。


俺はその返答に驚き、目を見開く。


「いつも朝は掃除してたのか?」


俺がそう尋ねると、エリエゼルは曖昧に笑うだけで答えなかったが、その態度を見るに間違い無さそうである。


「マジか。よし、好きなものを出してやろう。何か欲しい物はあるか?」


俺は感動してエリエゼルにそんなことを言った。しかし、エリエゼルは首を左右に振って優しく微笑む。


「私の欲しいものは既に頂いておりますので」


そう呟き、エリエゼルは俺を見上げた。


キュンとした。





エリエゼルの顔をまともに見れそうにない俺は逃げるようにダンジョンの外へと繰り出した。


前回と同じ奴隷商店へ向かうため、体や服装も前回と同じである。


ダンジョンから出ると、朝の陽が目に刺さるように鋭い光を浴びせてきた。


俺は眉根を寄せて辺りを見回し、前回の大通りへと向かった。


商人や冒険者などの様々な職業の者達だけでなく、エルフや獣人を含む多種多様な人種が闊歩する大通り。


かなりの賑わいである。


そう言えば、あの時は気になったけど買えなかった物も今なら買えるかもしれない。


奴隷を買って帰る時に金が余ったら買ってみようかな。


俺はそんなことを考え、あの奴隷の店の前まで歩いてきた。


店の外観は前来た時と何も変わっていない。まあ、一昨日きたばかりだからな。当たり前だろう。


俺は奴隷の店の外観を眺めながらそんなことを思い、とある変化に気が付いた。


一番手前にいた二人の奴隷の内、赤い髪の美女の方がいなくなっているのだ。


確か、レミーアという名前だっただろうか。


反対側には一昨日と変わらずに兎耳の美女が座っていて、檻にはシャロットという名前が書かれていた。


「ねぇ」


俺はシャロットの檻に近付いて声を掛けた。すると、シャロットは機嫌が悪そうな顔で俺を睨んだ。


「…何? ああ、この前来た坊やね。今日は私は愛想笑いも出来ないからあっちで遊んでおいで」


シャロットは溜め息混じりにそう言うと片手をヒラヒラと振って顔を背けた。


俺は檻に一歩近付くと、もう一度シャロットに話し掛ける。


「あのお姉さんは何処行ったの?」


俺がそう聞くと、やはりそれが地雷だったのか、シャロットは険しい目付きで俺を睨んだ。


「こっちに来るなって言ったのよ。ほら、向こうに行きなって」


余程機嫌が悪そうなのに、子供の姿をした俺に声を荒らげないのはシャロット本来の性格の優しさからだろうか。


そんなシャロットに、俺は更に詰め寄る。


「お姉さん、買われちゃった?」


俺がそう聞くと、シャロットは暫く無言で俺を睨んでいたが、疲れたように溜め息を吐いた。


「…そうだよ。残念だったね」


シャロットはそう言って俺から視線を外すと、足を組んで虚空を睨む。


その様子は、怒っているようでもあり、哀しそうでもあった。


「…寂しいね、お姉さんも」


俺が端的にそう呟くと、シャロットは刺すような目を俺に向けた。


「見透かすような口を叩くんじゃないよ。坊やに何が分かるっていうのさ」


シャロットはそう吐き捨てるように呟き、俺の顔を見てバツが悪そうに顔を背けた。


その姿を見て、俺は頷いて口を開く。


「うん、分かんない。でも、お姉さんが哀しそうなのは分かるよ。居なくなっちゃったから寂しいの?」


俺がそう聞くと、シャロットは肩を落として俯いた。


「…煩いよ。別に、レミーアが買われたことは良いのさ。でも、買った相手が悪いんだ」


シャロットはそう言うと、深い息を吐き、独り言のように小さな声音で訥々と語り出した。


「買った奴は大貴族の次男坊でね。金は唸るほどあるし、馬鹿みたいな敷地の中に城みたいな邸宅も持ってるのさ。だから、レミーアは頑張って自分を売り込んで、買われた時は飛び上がって喜んでたさ。でも、獣人の間ではちょっと噂に聞く相手だったからね。私は全く反応を示さずに、無気力な振りをしてたんだよ」


シャロットはそう呟き、言葉を切った。


俺はその後に続くであろう言葉を思い至り、顔を上げる。


「…それで、お姉さんは買われずに、レミーアさんが買われたんだね」


俺がそう言うと、シャロットは薄っすらと涙を湛えたが、すぐに片手で拭った。


「…私は何も言わなかったんだよ。レミーアがさようならと私に言う時も、何も言わずに片手を振って別れたんだ」


シャロットはそう言うと、もう何も言わずに黙り込んでしまった。


俺は檻の中で俯くシャロットを眺め、鼻で息を吐く。


めっちゃ重いんですけど。


奴隷の話で明るく楽しいサクセスストーリーを期待したら駄目なんだろうか。


駄目なんだろうね。


そう思い、俺は腕を組んでシャロットを眺め、口を開く。


「優しいウサギのお姉さん。お姉さんは良い人に買われる可能性はある? もしくは値段が半額くらいになったりしない?」


俺がそう尋ねると、シャロットは呆れたような顔をして俺を見た。


「まさか、私に同情して私を助けるつもり?」


俺の台詞に、シャロットは嘲笑うような笑みを浮かべてそう呟く。


「同情はあんまりしてないよ。お姉さん美人さんだからね」


俺が冗談っぽくそう言って肩を竦めると、シャロットは一転、射抜くような真剣な目を俺に向けた。


「…まさか、あんたのような坊やが私を? 坊や…もしも、お父さんが凄い人なら、私じゃなくてレミーアをなんとかしてくれない? いくら大貴族だろうと、モノはただの奴隷だもの。ある程度の権力がある人がどうしてもと言えば奴隷くらい手放すはずだわ。大貴族がケチだなんて噂されたら沽券に関わるからね」


シャロットはどうやら本気でそう言って、俺の返事を待った。


あれ? なんか、面倒な話になってるぞ。


俺はそう考えながら、一応シャロットの話を聞いておいた。


「お父さんは忙しくてこの街にいない事も多いから、期待はしないでね? それで、その貴族って誰のこと?」


俺がそう尋ねると、シャロットは眉根を寄せて頷いた。


「いいよ! その話をしてくれるだけでもいい! 買った相手はタムズ伯爵の次男、ボルフライって奴だよ。昨日の夜買っていったからね」


シャロットはそう言って拝むように俺を見た。


俺はシャロットに向けて頷くと、奴隷の店の奥に向かって足を向けた。


「期待はしないでよね?」


俺はそう言い残し、シャロットに片手を振って店の中へ入っていく。


檻ばかり続く長い通路を進む内に、また微妙な違和感を感じ取った。


誰も居ない檻が幾つかあるのだ。


一昨日も一つか二つは空の檻があった気がしたが、今日はもう幾つも空の檻を見た。


奴隷というのはよく売れるものなのか。


俺はそんなことを考えながら奥まで進み、思わずそこで声を出した。


「あれ?」


一番奥の檻。左右の特売まとめ売りのお買い得な大きな檻が、空っぽになっていたのだ。


まだ期日まで三日あるはずだ。


なのに、檻には誰もいない。


俺が首を傾げながら店の入り口の方を振り返ると、こちらに向けて抜き足差し足で向かってくる男の姿を発見した。


小柄な四角い顔の男。奴隷商人のブエルだ。


何故こいつは音を立てないように俺に近付いてこようとしてたのか。


俺がそんなことを考えながらブエルを睨んでいると、ブエルは愛想笑いを浮かべて頭を下げた。


「いやぁ、お客様。気配に敏感ですね。ところで、そちらの檻のことでしょうか?」


ブエルは不躾にそう言うと、俺の顔を見て首を傾げた。俺は憤然とブエルを見据えて頷き答える。


「そうだよ。なんで誰もいないの? まだ三日あるはずでしょ?」


俺がそう聞くと、ブエルは困ったように笑いながら肩を竦めた。


「いや、それが…とあるお偉い方が昨日来店されまして…大量の奴隷達をまとめ買いしてお帰りになられましてね? いや、流石は大貴族という買いっぷりで…」


「はぁ? 貴族って、伯爵のとこのか?」


俺はブエルの台詞に思わず素を出してそう聞き返した。


ブエルもまさか、小さな子供の姿の俺から低いドスの利いた声が聞こえてくるとは思わなかったのだろう。


一瞬肩を跳ねさせて驚いていた。


「も、申し訳ありません…いや、本当に…御偉方には逆らえないような小っぽけな商人でしてね」


そう言って、ブエルはぎこちない愛想笑いを浮かべたまま頭を下げている。


俺はなんとも言えない苛立ちを覚えながらブエルを睨み、口を開いた。


「退け。伯爵のとこに行ってくる」


俺がそう口にすると、ブエルは顔を青ざめさせて背筋を伸ばし、檻の方へ移動した。


声も出せずに俺の横顔を見るブエルの頭の中では、恐らく俺は王族並みの権力者に見えていることだろう。


実際はしがないダンジョンマスターだが。


とりあえず、ただのダンジョンマスターといえど俺の物に手を出す奴は許さん。


貴族だろうが許さん。


何か良い手は無いか、エリエゼルに聞いてみよう。


俺は肩を怒らせて奴隷屋を後にしたのだった。



主人公は悪魔に良心を奪われた設定の筈でしたが、何故かただの短気に…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ