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子供のおやつを作るダンジョンマスター2

ぎゃあぎゃあと揉める四人の様子を窺いつつ、俺はテーブルの側に立った。


すると、俺の存在に気がついたウィルとテスカ、ラヴィは押し黙ってアルーを見る。


三人の視線に晒されたアルーは腕を組んで堂々と怒りを態度で表現していた。


そんな四人に苦笑し、俺は運んできた軽食類をテーブルに並べる。


大皿に盛り合わせられた塩味のポテトチップスと、少しスパイシーな細長いタイプのポテトフライ。


そして、ホイップクリームをのせたバターたっぷりのホットケーキと小さめのプリンを一皿ずつ。


飲み物は空のグラスを四つ並べ、コーラと乳酸菌飲料の入ったガラスのピッチャーを二つ用意した。


「その丸い食べ物にはこれをかけても美味しいぞ」


俺はそう言ってメープルシロップの入った陶器の入れ物を置いてテーブルから離れた。






立ち去っていく背の高い店主を横目に見て、私は下唇を噛んで顎を引いた。


何という無礼な奴か。


私を誰か知らないのだろうが、それにしても信じられないような非常識さだ。


金を持っている人間は偉い。


子供の私でも知っている事実だ。


下々の民より、騎士は金を持ち、騎士も逆らえない豪商は更に金を持つ。


地位の低い貴族よりも地位の高い貴族の方が金持ちだし、王族はもっと金持ちに違いない。


そんな誰でも知っているようなことを知らないあの男は、多分料理の腕も大したことは無いだろう。


何故なら、私のように様々な珍しい料理を食べることも出来ないからだ。


知らないなら作れるわけがない。料理を知らないなら下手に違いない。


食べて美味しくなかったら…いや、たとえ普通程度の味でも許してなるものか。


私が憤然とそんなことを考えていると、あまり何も考えていないウィルがいつもの楽天的な笑みを浮かべて口を開いた。


「見たことも無い料理ばかりだね。早速食べて見ようよ」


ウィルがそう言うと、待ち切れない様子でそわそわと身体を揺すっていたテスカとラヴィが輝くような笑顔で顔を上げた。


「しょ、しょうがねぇな」


「そうだね。食べてみたいよね」


二人は取り澄ましたような表情を顔に貼り付けて、仕方が無いとでも言うようにそう口にした。


しかし、手までは自制出来ておらず、二人はナイフとフォークを手に取って白いフワフワした料理へ向き直った。


そして、同時に動きを止める。


テスカが戦場で周りを窺うように首を竦めて低い姿勢になり、皆を見回しながら口を開いた。


「これ、どうやって食べるんだ?」


テスカは信じられないコトを平然と口にした。下級とはいえ、貴族の嫡男ならば自身の無知を晒すようなことは絶対にすべきではないというのに。


ラヴィも引き攣ったような顔でテスカと料理とを見比べている。


そんな中、ウィルが曖昧に笑いながら首を傾げた。


「下にあるのはパンみたいだから、切り分けてこの白いのを乗せて食べるんじゃない?」


ウィルはそう言ってテスカの顔を見た。


そうか、そうやって食べるのか。私は納得しながら頷き、ふと自分に三人の視線が集まるのを感じた。


顔を上げると、三人が私の顔をマジマジと見ている。


「…そう。そうやって食べる」


私がウィルの言葉を肯定すると、三人は顔を見合わせてから笑い、ナイフとフォークを白いフワフワに向けた。


下級貴族のテスカと普通の貴族のラヴィは食べたことが無いのだろう。


だが、ウィルは王都一番の大商人の三男だ。恐らく、私と同等の種類、多種多様な食事をしたことがあるだろう。


つまり、この料理を知っている可能性が最も高いのはウィルである。


私がウィルを睨んでいると、ウィルは私の視線に気が付いているのか、いないのか。無言でナイフとフォークを使い白いフワフワを口に運んだ。


未知なる物に対して一番初めに行動を起こす者の宿命かもしれないが、テスカもラヴィも固唾を飲んでウィルの食事風景を見つめていた。


そんな注目を集める中、ウィルは目を見開いて今食べたばかりの料理を見下ろし、口を開いた。


「…なんだコレ」


いつものゆったりとした口調ではなかった。ウィルの口から出たのは凡そ感情を感じさせない低い声だったのだ。


その声を聞き、私は鼻を鳴らしてテスカとラヴィを見た。


「やはりそう。これは田舎の見た目ばかり気にして中身が伴わないスカスカの料理ね。私が食べるまでも…」


私が笑いながらテスカとラヴィにそう言って、最後にウィルを振り返ろうとした矢先、ウィルが怒鳴るような声を出して目だけで私を見た。


「違う!」


普段聞かないウィルの真剣な声。


その叩きつけるような厳しい声に、私達は身体が跳ねる程驚いてウィルを見た。


ウィルは皆の視線を受けて一瞬だけハッとしたような顔になったが、それもすぐに消えた。


そして、何処か残念そうに笑いながら、ウィルは私を見た。


「…一口で分かったよ。もしも、アルーの基準で話すなら、田舎者は僕達の方だった」


「な、何を馬鹿なことを言って…」


ウィルの台詞に、私は乾いた笑い声を上げて反論しようとし、ウィルの憐憫を込めたような眼を見て飲み込んだ。


いや、それ以上一言も喋れなかった。


言い知れぬ敗北感に怒りを覚え、私は乱暴に目の前に置かれた白いフワフワにナイフとフォークを突き立てる。


ウィルはそこらの貴族よりも物を知っていると思っていたが、買い被りだったようだ。


まるでこの私を下に見るような憐れみの目、言葉、態度!


信じられない。


こんな白いフワフワしただけの食べ物がいったいなんだと言うのか。


そう思いながら、私は口に白いフワフワを付けたパンみたいなものを口に入れた。


柔らかく、湿ったようなパンの生地が舌の上に乗り、甘い香りが鼻を抜ける。


その瞬間、私は衝撃を受けた。


噛んだ瞬間にパンから溢れるトロリとした蜜。甘い、甘い、甘い。


もうそれだけで何も言えなくなってしまった。


「…っ」


気が付いたら、私は夢中で白いフワフワをパンに絡め、口に放り込んでいた。


呼吸も忘れそうなくらいに夢中で食べていたせいで、私が浅ましくパンを貪る様をウィル達に見られていることに気がつかなかった。


三人の呆気に取られたような視線を受けて、私は壊れた玩具のようにぎこちなく、ナイフとフォークを置いて水の入ったコップを手にとった。


口の中を水で潤し、甘い後味が薄れることに失望を覚えながら、ウィルに顔を向けた。


「…ま、まあまあね」


「嘘だろ!? 俺ん家の犬より必死に食べてたじゃん!」


私が一言感想を口にすると、ウィルよりも先にテスカが椅子から立ち上がってそんなことを言い出した。


「犬!? そこに直れ、テスカ! 無礼者!」


私はカッと頭に血が上るのを自覚しながらそう叫び、テーブルを叩いた。


すると、テスカはそれこそ犬のように唸りながら椅子に座り直す。


「い、いただきます!」


私とテスカが睨み合う中、全く空気を読まずにラヴィが食事の宣言をして白いフワフワを口に運び始めた。


ああ、白いフワフワがあんなに沢山ある。私の白いフワフワはもう無いのに…!


「…っ! 美味しい! 甘い!」


ラヴィは私の無念など気付きもせずにそんな感想を叫ぶと、脇目も振らずに白いフワフワと戦い始めた。


その様子に、今まで私を睨んでいた無礼なテスカも白いフワフワを食べ始める。


「うわぁっ!? なんだコレ!? なんだコレ!?」


テスカもラヴィも下手したら涙さえ流しそうなほど感動し、あっという間に白いフワフワを食べ切ってしまった。


隣を見れば、ウィルももう食べてしまっている。


悲しいことに、テーブルの上にあった四つの白いフワフワはもう存在しないのだ。


私が沈痛な気持ちで空になった白い皿を見下ろしていると、急にテスカが感嘆の声を上げた。


「うわぁ! これも美味いぞ!?」


顔を上げると、真ん中に置かれた大皿の上にあった料理をフォークで刺して食べるテスカの姿があった。


そのテスカを見て、ラヴィとウィルもフォークを手にして笑顔で大皿に顔を向ける。


「わ、私の分も残しなさいよ!」


私は慌てて三人に奪われないようにフォークを持ち、すぐに大皿戦争に参戦した。


フォークに刺した細長い物を手前に引き寄せ、口に運ぶ。


私の口にまた衝撃が走った。



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