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モンスターは保留

強いモンスターの紹介はエリエゼルの何かのスイッチを入れてしまったのか。


エリエゼルは更にモンスターの名前を口にし続ける。


「海皇リバイアサンに、焔の鳥、怪げっ歯類ビーバキング、獣王クロコ…」


「分かった分かった! もう十分理解したから、とりあえず現実的な話をするぞ」


俺がモンスターマニア・エリエゼルの暴走を止めてそう言うと、エリエゼルはキョトンとした顔になって椅子の背もたれに背中をくっ付けた。


その様子を眺めてから、俺は咳払いを一つして本を閉じた。


「モンスターの召喚はとりあえず先送りにしよう」


俺がそう言うと、エリエゼルは不服そうに口を尖らせた。いや、どんだけモンスターを召喚したかったんだよ。


下手をするとブーイングすらしそうなエリエゼルに苦笑しつつ、俺は口を開いた。


「ここは大きな国の王都なんだろ? ちょっと強い程度のモンスターが出ても殺られるだろうし、もしかしたらボス級のモンスターを召喚しても殺されるかもしれない。だから、冒険者を刺激しないようにダンジョンの拡張を優先する。モンスターが出ない上に、ダンジョンらしくないダンジョンの形のままダンジョンを成長させる方が俺達の生存率は高くなると思うんだ」


俺がそう言うと、エリエゼルは小さく溜め息を吐き、破顔した。


「仕方ありません。黒龍王はまた次回にしましょう」


「…そうしてくれ」


エリエゼルの台詞に俺がそう返すと、エリエゼルは息を漏らすように笑い、口を開いた。


「しかし、ご主人様のダンジョンの構築ペースを考えると、黒龍王を召喚するのに一か月程度魔素を溜めれば召喚可能になるやもしれません。普通ならば何年と溜めることもあるモンスターですから、凄いことなんですよ?」


「さて、じゃあそろそろ店を開けるとするか。やっぱり昼も人は来るだろうからな」


俺はそう言ってエリエゼルの口撃を躱し、食堂入り口の戸に向かうことにした。


すると、エリエゼルが背後で疑問符混じりに唸るような声が聞こえてきた。


だが、エリエゼルは結局何も言ってこなかった。


恐らく、俺が開店時間を早めたことに対する疑問を口に仕掛けたのだろう。


目立つのは得策ではないからな。


しかし、俺の行動に口を出さないと宣言した以上、エリエゼルは何も言わないまま手伝ってくれるだろう。


果たして、命を共にするパートナーとして、この関係はどうなのだろうか。


俺は腕を組んで俯き、悩んだ。


理由が、何となく奴隷を買おうと思って、である。


犬猫を拾ってくるのとは違うのだ。


食堂の、ひいてはダンジョンの入り口で悩むダンジョンマスター。


何とも言えない間の抜けた光景だ。冒険者がダンジョンと承知で入ってきたら秒殺である。


と、俺がアホなことを考えていると、後ろの方でエリエゼルが軽やかな笑い声を上げた。


「ふふ…ご主人様はご主人様のしたいようになさってください。私に一々告げずとも良いのですよ?」


エリエゼルはそう言って、また笑ってくれた。


俺はそれを聞いて心を決める。


ダンジョンの入り口に背を向けて、エリエゼルの方へ足先を向けた。


微笑みながら小首を傾げるエリエゼルに、俺は緊張しながらもしっかりと報告する。


「…街を見て回った時、奴隷が売られているのを見た」


俺がそう言うと、エリエゼルは僅かに細めていた目を開き、俺の頭の中を探るようにジッと俺の眼を見つめてきた。


「…良心、ですか? そんなはずは…」


エリエゼルが小さな声で何か呟いたが、よく聞こえなかった俺は気にせず話し続ける。


「それが、安かったんだ。傷だらけだが、何人も合わせての値段なのに五万ディールだったんだ…思わず欲しくなって…」


俺がそう言うと、エリエゼルはまた目を細めた。


そして、慈愛の篭った目で俺を見つめ、口を開く。


「それは大変良い買い物ですね。奴隷がいるととても便利でしょう。そういうことでしたら、及ばずながら私もサポート致します」


エリエゼルは嬉しそうにそう言って頷いた。


良かった。


怒られるかと思ってヒヤヒヤしていた俺は一息吐いて胸を撫で下ろした。


「じゃ、店を開けておこうか」


気掛かりが無くなった俺はそう言ってダンジョンの入り口を開き、店が開いたことを知らせる看板を外に出した。


何か、ほんの小さなトゲのような何かが、頭の片隅に引っ掛かった気がした。


だが、看板を置いて食堂の中に向き直り、微笑むエリエゼルを見た時には気にならなくなっていた。






「来ないなぁ」


「来ませんねぇ」


昼から店を開けてみたのに、誰も来る気配が無かった。


あまり動いてないせいか、先程食べたパンケーキのお陰で腹も減らない。


やる事も無いので、二人でダラダラ話しながら時間が過ぎるのをただ待つだけになってしまっている。


もう三杯目のコーヒーを片手に、俺はテーブルに肘をついた。


マグカップに入っているのはウィンナーコーヒーである。


ウィンナーが入っているわけではなく、ウィーン風のコーヒーという意味だが、最初は冒険心に後押しされて注文した記憶がある。


濃いめのエスプレッソにたっぷりの真白い生クリームが乗っており、アクセントにココアパウダーが生クリームの上に少しだけ振りかけられている。


飲んでみると、苦味の強いエスプレッソに生クリームが加わり、丁度良い味わいになるのだ。


エスプレッソの底にはまた砂糖かザラメが沈んでおり、混ぜずにスプーンですくい、生クリームと絡めて口に入れるのも美味しい。


まあ、通は混ぜずに飲むと言うが、ぶっちゃけると混ぜながら飲むのも美味しいから好みの問題と思っている。


と、そんなことをしていると、誰かが階段を降りる足音が聞こえてきた。


俺とエリエゼルがコーヒーをテーブルに置いて食堂の入り口を眺めていると、姿を現したのは以前此処に顔を出した少年だった。


栗色の髪をした少年は店内の様子にかなり驚いているようだったが、俺の顔を見つけて笑顔を見せた。


「あ、お兄さん!」


その少年は俺を見るや、嬉しそうにそう口にした。


久しぶりにおじさんやオッさん以外の呼び方である。この少年は良い子に違いない。


俺は上機嫌に片手を上げると、少年に声を掛けた。


「やあ、また来てくれたのか」


俺がそう声をかけると、少年は頷いて口を開く。


「お店のことを友達に話したんだ。そしたら見に行きたいって言うから…」


少年はそう言って俺の様子を窺うように上目遣いに俺を見上げた。


友達。


まあ、子供のネットワークで広がるくらいならば大丈夫だろうか?


金にはならないだろうが。


俺はそんなことを考えながら、少年に笑顔を向けて頷いた。


「いいよ。今度来るのかな?」


俺がそう聞くと、少年は首を左右に振った。


そして、少年の背後から三人の子供の顔がニュッと生えてきた。


もう来てるのかよ。



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