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ロマンのモンスター図鑑

今日のダンジョン作りを終えた俺達はあの恐ろしく高い階段を登り、隠し通路を抜けて食堂まで戻ってきた。


とりあえず二人で対面になる様にテーブルの前に座り、目を閉じてイメージを固めて、念じる。


出来た。


おやつがてら、フルーツと生クリームの乗ったパンケーキを作ったのだ。横には紅茶の入ったティーカップも並んでいる。


それを見て、エリエゼルは感嘆の声を上げた。


「これは美味しそうですね。見た目も華やかで可愛らしいです」


「そうだな。このパンケーキに関してはテレビで見たことがあるだけだからな。味は俺の想像の味になるのかもしれないが」


俺が一応そんな前置きを口にしてからナイフとフォークを手に取ると、エリエゼルは笑顔で頷いた。


「大丈夫ですよ。全てを把握しなくても多少は補完されて創造されるでしょう。そうじゃないと、電化製品や複雑な構造の建築物なども作れませんし」


そう言って、俺達はどちらからともなく、いただきますと呟いてパンケーキにフォークを刺した。


ナイフで一口サイズに切り分け、口に運ぶ。


甘い。


まず浮かぶ単語はこれである。


甘く、薄っすら塩のしょっぱさが嬉しいまろやかな甘さだ。


そして、パンケーキがふわふわで、外側にトロリとした舌触りの蜜が掛かっている。


二口パンケーキを食べた俺はティーカップに手を伸ばす。


甘くなった口の中を潤し、リセットしてくれる紅茶はダージリンである。


いや、単純にテレビでその組み合わせだっただけだが。


しかし、確かにパンケーキの甘さを中和しつつ、味が混ざっても邪魔にならない甘さと苦味だ。何より、ダージリンの香りが芳醇でまたパンケーキを食べたくなる。


俺は黙々とパンケーキを食べ、紅茶をゆっくり飲み干して一息吐いた。


「いや、意外に美味しいな。これなら見たことあるだけの料理を色々試せて良さそうだ。気になっていたけど食べる機会が無かった料理は沢山あるからな」


俺は少し興奮気味にそう言って水の入ったグラスを出した。


エリエゼルにもグラスを用意して渡すと、エリエゼルは口元を紙ナプキンで拭いて微笑んだ。


「楽しみの一つが増えましたね。私もとても楽しみです」


そう言って笑うエリエゼルに笑い返し、俺はグラスに入った水を一口飲んでから口を開いた。


「そういえば、さっきのモンスターの話だけどさ」


「はい」


俺がそう話を切り出すと、エリエゼルは居住まいを正して聞く姿勢を作った。


「召喚ってことは、呼び出せるモンスターが決まっているってことだろう? どんなモンスターがいるんだ」


俺がそう尋ねるとエリエゼルは浅く頷き、両手を肩くらいの高さに上げると手のひらを自分に向けて、目を瞑った。


そして、小さく口の中で何か呟く。


すると、エリエゼルの両手が淡く発光し、テーブルの上に丸と幾何学模様を組み合わせたような魔法陣が出現した。


その魔法陣が現れた直後、最初からそこにあったかのように、エリエゼルの両手の間に収まるほどの本が徐々に姿を見せる。


まるで透明だった物が可視化していくように不思議な現れ方をしたその本は、黒い表紙に金の縁、背も黒の下地に金の文字が記された奇妙な本だった。中の紙すら真っ黒である。


形としてはハードカバーの洋書のようだが、その雰囲気は独特だ。


本が出現してエリエゼルが目を開くと、霞のように魔方陣は消滅してエリエゼルの両手の光も収まった。


本を手にしたエリエゼルは、俺にそっとその黒い洋書を差し出してきた。


「これが召喚できるモンスターの一覧です」


エリエゼルにそう言われ、俺は本を受け取った。


手触りはザラザラしており、重さは意外にも普通の本を手にする感覚に近い。


俺は浅く息を吐き、本の表紙を確認した。


全く読めない。


なんだこの文字は。


「読めないぞ」


俺がそう文句を言うと、エリエゼルは困ったように笑った。


「ヘブライ語ですから」


「なんでだ…」


せめて英語にしてくれよ。


俺はエリエゼルの回答に心からそう思った。


エリエゼルは申し訳なさそうに少し俯き、口を開く。


「申し訳ありません…当時は最先端の本だったのですが…本当の意味での召喚に使えるような魔導書は稀でして…」


ヘブライ語が最先端っていつの話だ。


俺はエリエゼルの台詞に突っ込みたい衝動に駆られたが、そこを堪えて本の表紙を指で挟んだ。


ゆっくりと表紙を捲り、本の中を確認する。


開くと目次のようなページがあり、次のページには見開き丸々ヘブライ語らしき文字による文が書かれている。


そのページを捲ると、ようやくモンスターの紹介らしきページに辿り着いた。


一ページの上部にはモンスターの絵があり、下には細かなデータらしきものがある。


文字は依然として読めないが、絵だけで何となく分かった。緑色のスライムである。


隣のページには気持ち悪い顔面に所々に毛の生えた小鬼のような生物がいた。ゴブリンという奴だろうか。


ページをペラペラと捲っていくと、狼、猿、象のような動物っぽいモンスターや、クモ、サソリに蛇といった気持ちの悪いモンスターなど、多種多様なモンスターが並んでいた。


そして、魚やクジラ、イカみたいな水棲生物らしきモンスターの後のページは、明らかに幻想世界にしかいないであろう生物のオンパレードだった。


三つの頭を持つ巨大な犬、ワニの顔に獅子のようなたてがみと胴体を持つ獣、鳥の形をした炎、翼の生えた白い蛇、翼と人の顔を持つ獅子、無数の目が顔を覆う尾が蛇のようになった魚…。


様々な異形のモンスターがページを埋めており、その中には最大級の知名度を持つとも言えるモンスターであるドラゴンもいた。


それも、蛇がモデルになっていそうな細い身体のドラゴンから、翼の生えた恐竜のようなドラゴンまで並んでいる。


「凄いな。どれも強そうだ」


俺がそう言いながらページを捲っていると、エリエゼルは含みのある笑みを浮かべて俺を見た。


「一部には人間の言葉を理解して、きちんと言うことを聞くモンスターもおります。そういったモンスターは大抵は優秀なモンスターばかりでしょう」


「言葉が分かるのか? 話すことは?」


「声帯の形状によっては会話は出来ないものもおります。ただ意思疎通は勿論、会話も全く問題が無いタイプながら、戦闘はあまり得意ではないモンスターもいますので気をつけてくださいね」


エリエゼルはそう言って、俺の反応を窺うように俺の顔を注視した。


俺はエリエゼルのその視線に首を傾げながら、本を見る。


「例えばどのモンスターだ?」


俺がそう尋ねると、エリエゼルは俺が持っている本の上にそっと指を乗せた。


すると、俺が捲ったわけでもないのに、勝手に本のページがぱらぱらと捲られていき、美しい女のページで止まった。


目を見張るほどの美女だが、下半身が魚のような尾ビレになっている。


「…人魚? 人魚ってモンスターなのか?」


俺はそう言ってエリエゼルを見た。すると、エリエゼルは軽く頷いて説明してくれた。


「日本では人魚姫などの物語のイメージが強いかもしれませんが、人魚は立派なモンスターです。面白半分に人を海の底に引きずり込み、船を沈めるような悪戯が好きなモンスターですね」


「悪戯のレベルじゃないな…」


エリエゼルの話を聞き、俺は本に載る美しい人魚の絵から目を逸らした。


俺の反応を見たエリエゼルは僅かに頬を緩めてまた本の上に指を乗せた。


すると、またも本は勝手にページが捲られていき、美しい少女の絵で止まった。


見事な大輪の花の上で泣きながら体を丸めて横になっている少女だ。だが、花がデカ過ぎる。少女をスッポリと覆ってしまえそうな花弁から見て、幅二メートルはありそうな花だ。


「こちらはアルラウネ。まるで囚われの姫君のようですが、不用意に近付いた者は強靭な蔦で絞め殺されます。ただ、近づかなければ何もしないという大人しいモンスターでもありますね」


大人しいなら嬉しいな。


モンスターの召喚とは思えない感想だが。


俺がそんなことを考えながら唸っていると、エリエゼルが指を立てた。


「ちなみに、最強のモンスターは…」


そう言ってエリエゼルはまた指を本の上に乗せる。


すると、本の一番最後の方のページが開かれた。


ページに載っていたモンスターは黒いドラゴンのようだった。だが、翼が四対も生えている。


「…これは?」


俺が尋ねると、エリエゼルは不敵に笑って口を開いた。


「黒龍王です。なんと、全高百メートル! 翼を広げると幅が五百メートルにも達します! ブレス一つで山を焼き尽くす、正に破壊の王です!」


そう言って、エリエゼルは胸を張った。


俺はそんなエリエゼルを黙って半眼で見つめる。


ダンジョンが壊れるわ、そんなもん!


俺は心の中でそう叫んだ。



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