ダンジョン地下3階の充実を目指して
厨房から迷路の奥まで抜ける秘密の通路を通り、広大な地下3階に向かう階段を降りる。
長い、高い、怖い。
ダンジョンのガイドブックを作ったら、そんなキャッチフレーズと一緒に紹介したい階段である。
俺は崖の際を歩くような心細い気持ちで階段を下っていく。
ここに俺用のエレベーターか何かを作ろう。
俺は心の中でそう固く誓った。
ちなみに、エリエゼルは涼しい顔で平地を歩くように俺の後を付いてきている。
何かに負けたような気持ちでエリエゼルを見ると、エリエゼルは口元を微妙に緩めて笑いたいのを我慢したような顔付きになっていた。
抜け道を見つけられなかったことに対する仕返しか。
「ご主人様…これだけの地下空間を作ったのに、一晩で魔素は溜まったのですか?」
地下3階の最下層に辿り着いた時、エリエゼルは五十メートルはある高さの天井を見上げ、そう聞いてきた。
高い天井、広い地下大空洞。そして、青く透き通る水の地底湖。確かに、最初にダンジョンを作った時よりも余裕があるというか、魔素の容量自体が増えている気がする。
俺はエリエゼルの質問に唸りながら石畳の道を歩く。
「やっぱり、大きな町の下に出来たお陰で魔素に関しては大量に手に入るのかねぇ」
俺がそう言うと、エリエゼルは首を傾げながら曖昧に頷いた。
「それは確かにそうなのですが…それを計算に入れて、ご主人様がこの王都の全てを包み込むほどのエリアを支配出来るほどのダンジョンマスターだったとしても、この3日でようやく地下二階に降りる階段まで作れたら良いくらいでしょう」
そう言ったエリエゼルだったが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「いえ、よく考えたらご主人様は複製の身体を造られたので、それも入れて考えたら食堂と厨房を作るくらいしか出来ないはずです。あの居住スペースも十分おかしいですからね?」
エリエゼルは何故か怒ったよう口を尖らせて俺にそう言ってきた。
いや、知らんがな。
俺はエリエゼルの怒りに苦笑をもって返すと、地底湖の前に立った。
底まで綺麗に見えるほど澄んだ青い水が広がる湖面を眺め、俺は目を瞑った。
地底湖は思いの外深かったから、どうせならその深い湖を生かしたい。
俺はそんなことを思いながら、イメージを固める。
今回は少々時間がかかるのは仕方がない。建物が複雑だからな。
俺は目を閉じたまま、膝を曲げて地面に手をつける。
石畳のざらりとした感触とヒンヤリとした温度が伝わってくる。
イメージは出来た。後は魔素の量だ。
なんとなくだが、昨日よりも更に明確に魔素を分かるようになった気がする。
ぶっちゃけると、作るだけならば作れるだろう。
ただ、どうやら材料。素材や造りの複雑さ等でまた使う魔素の量は違うらしい。
つまり、全て木造ならば出来るが、石造りにする段階で半分以下になるはずだ。
この地下大空洞は土と水で殆ど構成されているために作れたのだろう。
コスト的に判断すると地下二階の和風迷路の方が高いということだ。
「…ご主人様?」
と、色々とイメージしながら魔素の消費量について考察していると、背後からエリエゼルの不思議そうな声が聞こえた。
「ん。ちょっと待ってて」
俺はエリエゼルにそう返事をすると、改めてイメージを固めた。
一度で作らなくて良いのだ。段階に分けて作ろう。
そう思い、念じた。
「…っ!? えぇっ!?」
直後、エリエゼルの驚愕する声が響いた。
眼を開けると、目の前には先程まで無かったはずの石造りの橋が湖面の上に出来上がっていた。
そして、二十から三十メートルほど先には、正方形の広い舞台のような空間が湖面に出現していた。
橋の左右から見える湖の中には、湖の底から巨大な柱のような立方体が湖面まで伸びているのが分かる。
橋で繋がった湖の底から伸びる立方体の頂上を見て、エリエゼルが俺を振り返る。
「い、一瞬であんな物が…」
エリエゼルの愕然とした声を聞きながら口の端を上げて立ち上がり、俺は出来たばかりの橋の上に足を乗せた。
石畳の道に合わせたデザインで、幅は二メートル程の橋だ。湖の水面からは全く浮いておらず、ギリギリ沈まないくらい水面から露出した橋にしてある。
これで、水中のモンスターとか作れたら怖そうだしな。
そして、橋を渡っていくと、湖の中にある箱のような物がかなり大きいことに気がつく。
石造りに見える建造物だが、外側には分厚い石造りの壁で、次の層は水中コンクリートに分厚い強化ガラスやら、思い浮かぶ限りの水漏れ対策をした壁となっている。
そのため、一辺が二百メートルはありそうなその箱も、壁にかなりのスペースをとられてしまっている。
そう。つまり、この建造物は中に入れるのだ。
橋を渡りきる頃にはエリエゼルも違和感に気が付き、俺の後ろで声を上げた。
「な、なんですかこれは!?」
水面から一メートル程頭を出した建造物の上部は、断面図のように中が見えるようになっている。
分厚い壁、通路と下に降りる階段。真ん中には丸い穴が開いている。
まあ、作りかけだからな。
入り口も腰までの高さの仕切りしか無いのは仕方ない。不恰好だが、明日にはまた続きを作れるだろう。
「…これは、更に地下に降りるための…?」
エリエゼルが建造物の内部を見てそう聞いてきたが、俺は首を左右に振る。
「今回は魔素が足りなかったから、明日上の部分を作るぞ」
「上の部分、ですか?」
「ああ。これは湖の底から天井まで真っ直ぐに建つ塔だ。この塔を建てたら、目立たないように塔の後ろに通路を作って次の塔へ繋げる」
俺がそう告げると、エリエゼルは眉根を寄せて頷いた。
「なるほど…ダンジョンの攻略に時間が掛かるように立体的な迷路を作るということですね?」
「おお、良く分かったな。まさに、上下の選択を迫られる塔の迷宮だ。奥でも分岐していくように作るから、もし道を間違えたら前の塔に戻らないといけない。勿論、罠も無数に用意して防衛力を高めるぞ」
俺がそう説明するとエリエゼルは輝くような笑みを浮かべて両手を合わせた。
「素晴らしい構想です! それならば、モンスターの召喚などにあまりコストを取られずにダンジョンの運営も出来ます! やはり、ダンジョンでコストが掛かるのはモンスターですから」
モンスター?
あ、ダンジョンだからモンスターとかもいるのか。
俺はエリエゼルの言葉を聞いてようやくモンスターの存在を思い出した。
だが、気になる単語も出た。
「エリエゼル。モンスターの召喚ってのはそんなに魔素が必要になるのか?」
俺がそう尋ねると、エリエゼルは難しい顔をして顎を引いた。
「ダンジョンマスターの方々が最も苦労するのはやはり最初のダンジョンを作るところです。ご主人様は例外ですが、少ない魔素をやり繰りして少しずつ深くしていきますから。ただ、ある程度出来上がったダンジョンでは、魔素が必要になるのはモンスターの召喚が主になります。一体一体を毎日召喚するか、侵入者に見つからないように番いのモンスターを用意し、じっくりと数を増やしていくか…どちらにせよ、モンスターの補充はダンジョンマスターの悩みの種でしょう」
「毎日増やすなら大丈夫じゃないか? 人件費が高いから一体一体に毎日魔素を与えないといけない、なんてことじゃないんだろう?」
どの会社でも人件費が一番高いが、ダンジョンまで人件費のことで限られた予算に頭を悩ませるなんて考えたくない。
俺が仏頂面でそんな質問をしたのが気になったのか、エリエゼルは慌てて首を左右に振り、口を開いた。
「召喚にはかなりの魔素が必要になりますが、基本的には召喚してしまえば後はそこまでコストは掛かりません。ただ、モンスターは冒険者によく殺されます」
「…ああ、なるほど」
まさかの殉職であった。
ある意味、最初にドカッと給料を貰って働き、死んだら終了という鬼畜ブラック企業である。
そんな会社、絶対に入りたくない。
俺はモンスターの悲惨な運命に同情した。
「自己増殖をしてくれるスライムなどの種もおりますが、最弱の存在であるスライムがいくら増えても中級の冒険者には無意味でしょう」
「…強いモンスターを用意すれば冒険者を倒せるんじゃないか?」
「冒険者は強いモンスター相手でも人数を揃え、装備を整え、戦術を練り、最終的には打破してしまいます。後に魔王と呼ばれるような最上位のモンスターなどを召喚出来れば殆ど負ける可能性は無くなりますが、その代わり召喚の際のコストが高いので他のモンスターが暫く呼べなくなります」
量か質か選べということか。
強そうなボスモンスターに決まってるじゃないか。
浪漫ティズム的に。