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夜、何故か来るのは冒険者

夕方になり、俺は食堂のカウンター席でエリエゼルと隣り合わせで座っていた。


外に看板は出してみたが、一時間は誰も来る気配が無かった。


それで油断した俺がエリエゼルと二人でイチゴのショートケーキとチョコレートたっぷりのザッハトルテを食していると、そういうタイミングで何故か人は訪れる。


「甘いなぁ」


「はい、甘くて美味しいですね」


そんな会話をしながらケーキを食べ、それぞれブラックコーヒーとジャスミンティーを飲んでいると、食堂の中に軽やかな鈴の音が鳴り響いた。


引き戸を開けて姿を見せたのは、ゲームに出てきそうな茶色の革の鎧に身を包んだ二人の黒髪の若い男と、黒いローブを羽織り、手に杖を持った白い髪の少女。そして白い身軽そうな軽鎧に身を包んだ、緑の長髪を結った美女の四人だ。


四人は引き戸を開けた状態のまま動きを止め、食堂内の様子に唖然とした顔付きになった。


その四人を眺め、俺は口に含んだショートケーキをコーヒーで流し込んだ。


甘さ控えめだが、しっかりと味の付いたしっとりとしたスポンジと生クリーム。そして、甘さを控えさせたのに何故か上からかけられた白い粉砂糖が甘くて良い。


それを、少しだけ苦味の強い濃い目のコスタリカ産の豆を使ったブラックコーヒーが中和するように口の中をすっきりとしてくれる。


鼻を抜けるコーヒーの香りまでもが美味しい。


コーヒーは好きだが、歯が茶色になっちゃうんだよなぁ。


と、そんな場違いなことを考えながら、俺は席を立って口を開いた。


「いらっしゃいませ」


俺がそう口にすると、四人はビクリと肩を震わせて視線を彷徨わせ、壁際にいる俺とエリエゼルに気が付いた。


「あ、ああ…知り合いから、美味しいレストランがあると聞いてきたのだが…ここで間違い無いだろうか」


白い軽鎧の美女はそう言いながら居住まいを正して此方に体の正面を向けた。


他の三名も美女の動きに合わせて斜め後ろに並んで立つ。


俺はその様子に自然と微笑み、頷いた。


「そうですよ。とても美味しいので是非ご堪能ください」


俺がそう言うと、四人は何処か緊張感を滲ませた表情で頷き、ギクシャクと足を出して食堂内に入り込んできた。


「どうぞ、こちらへ」


四人が所在無さげに辺りを見回しているのを見て、エリエゼルが奥のテーブル席を手で指し示し、案内をした。


四人は何故か申し訳無さそうに案内されたテーブル席に腰を落ち着けると、エリエゼルがテーブルに並べたメニューを手に取った。


「た、高いんじゃないですか? ここ」


「メニューの料理の内容が全く分からないが…値段はそうでもないぞ…多分」


「それ、もしかしたら一品一品が凄く少ないのかも…」


「あいつら、もしかして俺達を騙した…りしないよな」


四人は不安そうにそんな会話をしてメニューを眺めていた。


暫くして、意を決したようにあの軽鎧の美女が手を挙げて俺を呼んだ。


「すまない…値段は控え目で、それなりに量があるものなどはあるだろうか。後は、酒の種類が分からないのだが…」


美女にそう言われ、俺はメニューを指差しながら答えた。


「それでしたら、こちらの定食メニューなどは一人一品頼むだけで充分な量になると思います。内容は、こちらが鳥のもも肉の素揚げがメインの定食で…」


俺はメニューに並ぶ料理を順番に指差しながら簡単な説明を口にした。


四人は食い入るようにメニューを睨み付けながら俺の話を聞き、何とか順番に注文をすることが出来た。


黒い髪の男二人は鶏モモの素揚げ定食と生ビール。


白い髪の少女はハンバーグ定食と安い白ワイン。


緑色の髪の美女はカレーライスとサラダ、スープのセット。そして、強い酒が良いということで焼酎のロックである。


さて、米は受け入れられるのか。俺は注文を受けて厨房に戻り、漠然とそんな不安を頭に浮かべていた。


「まあ、ダメならパンと選べるようにメニューを変えるか」


悩んだ俺は結局そう自己解決して料理の準備に取り掛かった。


まあ、念じたら出現するのだが。


エリエゼルが四人のいるテーブルに水の入ったガラスのコップを持っていくのを横目に見ながら、俺はあることに気がつく。


店内が無音のために調理する音が聞こえないとかなり目立つ気がする。


俺はそう思い、目を瞑った。そっと気付かれないようにCDコンポでも置いて曲を流そうと思ったのだ。


だが、作るのを途中で止めた。


よく考えたら、音やら声が出る不思議な箱は怪し過ぎる。俺も仕組みを答えろと言われても上手く説明など出来ないだろう。


今度、楽器を設置してみるとするか。


俺はそんなことを考えながら、まずはハンバーグ定食をイメージして念じた。


出来た。


オーソドックスながら、ジューシーな肉汁たっぷりの黒胡椒の利いたハンバーグだ。定食なので、味噌汁と白ご飯、簡単なサラダまでサービスで付けている。


漆塗りの黒い食器と、スプーン、フォーク、ナイフのセット。ハンバーグだけが熱せられた鉄板の上で音を立てて存在を主張している。


そのハンバーグ定食を持って、俺は厨房を出てテーブルに向かった。


「お待たせしました、ハンバーグ定食です」


俺がそう言ってテーブルに料理を置くと、四人は一斉に料理に釘付けになった。


美味しそうな香ばしい香りと、デミグラスソースとはまた違う甘みもあるハンバーグソースの香り。


俺が隣にいるのも構わず、少女はハンバーグに釘付けになり、自然と手がフォークに伸びた。


そして、他の三人が見守る中、無言でハンバーグの一部を切り取り、フォークで口に運ぶ。


その瞬間、少女は目を見開いてハンバーグを見ると、無言で残りを食べ始めた。


間でご飯も食べてほしいなぁ。と思っていたら、早速ご飯と味噌汁にも少女は手を伸ばす。


最後の味噌汁を口の中に流し込み、少女はホッと息を吐いた。


「…何これ、信じられないくらい美味しい…」


少女がそう呟くと、黒い髪の男二人が唾を嚥下して少女の顔を見た。


「ちょ、ちょっとくれよ」


「な?」


二人がそう口にすると、少女は殺意の篭った冷徹な瞳を二人に向けた。


「何を言ってるんですか?」


丁寧だが、有無を言わさぬ少女のその声と目に、二人の男はがっくりと項垂れた。


あ、ドリンクの提供を忘れてたから皆が飢えているのかもしれない。


俺は一人でそう納得し、素早く厨房に戻ってから注文を受けた酒類を創造し、またテーブルに戻った。


「すみません。先にお酒を持ってきました」


俺はそう口にして四人の前にそれぞれの酒を置く。


「あ、ああ。いや、構わない」


美女は困ったように笑いながらそう返事をして、手前に置かれたグラスを手に取った。


そのグラスに口をつけた瞬間、美女は目を丸くしてグラスから口を離した。


「なんと華やかな香りとまろやかな味わいだ…一口で甘みと強い酒精が口の中に広がる」


美女は中々通なコメントをしてまたグラスを口につけた。


中に入っているのは九州南部の麦焼酎の一品。初心者でも飲み易くクセの少ない代物だ。冷たく冷やして呑むのに適しているタイプである。


美女のそのセリフを聞いた三人は思わず同時に目の前に置かれた酒に手をつけた。


まず、男二人が生ビールのジョッキを手に一気に喉に流し込み、目を剥いた。


「うまっ!?」


「うぉおおっ!?」


二人は口の上に泡を付けたままそう叫び、一気にまた口に金色の液体を流し込み始めた。


その二人を横目に、少女もワイングラスに入った白ワインを口に入れる。


「…うわぁ」


一口白ワインを呑んだ少女は、目を輝かせてそう呟いた。


感嘆の声を上げる四人を満足しながら眺めて、俺は三人の料理を作り出しに戻った。


出来た料理をエリエゼルと一緒に運び、四人が歓声を上げながら楽しそうに食事をする様を見て笑う。


どうやらこの世界、定食もイケるようだ。


米粒一つたりとも残さずに食した四人は、それぞれ酒を追加し、ようやく食事を終えた。


四人は大満足で料金を支払い、また必ず来ると言い残して食堂を後にした。


代金は四人で一万二千ディール。


今日の客はこれだけだった。



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