怒られた…よし、ダンジョンを作ろう
何とかダンジョンまで戻り、俺はエリエゼルに、ただいまと挨拶をしながら手を挙げた。
だが、エリエゼルの目は絶対零度と言っても良いほどに冷たいものだった。
「そこに座ってください」
底冷えするような声でそう言われた俺に待っていたのは、一時間に渡る説教タイムだった。
社畜時代に謝るのは慣れている。
そう思いながら必死に頭を下げていたのだが、終いには泣かれてしまった。
「ご主人様は仮初めの御身体で外に出られていたので、仮初めの御身体が壊れても死ぬことはありません。ですが、死ぬという経験は明確に体験することでしょう。その時、ご主人様はどれだけの心痛を受けるか…」
エリエゼルはそう言って声を押し殺して泣いた。
俺はどうしたものかと悩み、とりあえずエリエゼルに抱き付いてみた。
が、よく考えたらまだ子供の身体のままだったので、むしろエリエゼルに抱きしめられているような格好になってしまった。
「ふふ…こういうご主人様も良いですね。可愛らしいです」
「も、戻り方を教えてください…」
エリエゼルの台詞に気恥ずかしさを感じ、俺は照れ隠しにそう口にして俯いた。
すると、エリエゼルは笑いながら俺を見下ろした。
「戻りたいと念じれば大丈夫ですよ。ただ、今回作ったその身体は無くなってしまいますが」
「すごい簡単だな」
俺はエリエゼルの教えてくれた戻り方に呆気に取られると、すぐに試してみた。
すると、一瞬で視界が暗くなり、自分が瞼を閉じているのだと気付いた。
目を開けると、寝室の天井が見えた。どうやら、俺の意識が抜けた本体を寝室のベッドまで運んでくれたらしい。
身体を起こし、少し気怠い感覚にまるで夢から覚めたような感じだなと思いながら、俺は身体を伸ばしてあくびをする。
少し眠気はあるが、頑張らないといけない。
今日はエリエゼルに言う勇気は無いが、奴隷を買う金を稼がないとならないからな。
俺はそう思い、気持ちを引き締めて食堂まで出た。
「あ、ご主人様」
食堂に出ると、エリエゼルは花が咲いたように華やかな微笑みを浮かべた。
どうやら機嫌は完全に回復したらしい。
俺はホッと胸を撫で下ろしながらエリエゼルに顔を向ける。
「今日はちょっと頑張ってみようか。外に看板とか出してさ」
俺がそう言うと、エリエゼルは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。
「そうすると目立ってしまうのではありませんか?」
思わず余計なことを言ってしまったせいで、エリエゼルから聞かれたくないことを聞かれてしまった。
俺が上手く答えられずに呻くと、エリエゼルは目を細めて俺を見据える。
だが、数秒もしない内にエリエゼルは頬を緩めて困ったように笑った。
「…分かりました。私はご主人様の決めたことに従いますので、ご主人様はやりたい事は我慢せずにおやりください」
エリエゼルにそう言われて、俺は息を吐いて浅く頷いた。
確かに、リスクは確実に上がってしまうのだ。あまり無計画には出来ない。
「うん」
俺は一人で納得すると、エリエゼルを見た。
「ちょっとダンジョンを作ってくる」
俺がそう言って踵を返すと、エリエゼルは慌てて俺の後に付いてきた。
階段を降り、和風迷路の間に出る。
うん、不思議空間。冒険者達はかなり困惑するだろう。
この迷路の奥。まずは居住スペースからの抜け道を通って出られる部屋に向かう。
襖を開ける。
襖を閉める。
襖を開ける。
襖を閉める。
襖を開け閉めする。
襖を嫌いになりそうになる。
「…誰だ、こんな面倒なダンジョンを作った奴は」
俺はまた襖を開け、そう口にした。
後ろではエリエゼルが襖を音もなく閉めながら曖昧に笑う。
そうこうしている内に、ようやく居住スペースからの抜け道の先の部屋まで来た。作った俺でも迷いそうな広さの迷路だ。
俺はその部屋の隣の部屋に移動し、襖の無い壁側の角の床に手を触れた。
目を閉じて、イメージを固める。
念じた。
出来た。
俺は確かな手応えを感じて床から手を離し、軽くノックをするように手の甲で床を叩いた。
微妙に床の向こうで反響音が響く。
「エリエゼル。手伝ってくれ」
「はい」
俺が声を掛けると、エリエゼルは頷いて俺の隣にしゃがみ込んだ。
床は板が嵌め込まれるような形状になっており、よく見ると壁側には微妙な隙間があり、指を間に入れて持ち上げると板が縦に立つように出来ている。石のためにかなり重いが。
そして、床板の無くなった下には、またも階段が姿を現した。
さあ、更に地下に行くぞ。地下何階まで作るかな。
俺はワクワクしながら階下に向けて足を踏み出した。
今回の階段は事情により相当深い。
だが、狭苦しい階段は僅か数メートル程度だ。その後は右手側の壁が急に無くなり、開けた視界が現れる。
地下に広がる大空洞と地底湖だ。
階段を降りながら下を見下ろしてみると、高さは軽く五十メートルはあるだろうか。
階段に手すりを作れば良かったかもしれない。
凄く怖いです。
俺は足の裏がふわふわとするような気持ちの悪い感覚を味わいながら、地底空間を眺めた。
階段は途中で二回折り返しながらもずっと下まで延々と続き、地下大空洞の最下層に降り立つと、無数の島があるように陸地の部分と湖の部分とが別れている。
湖は透明度が異常に高い、青い湖だ。
そして、陸地は土と岩、石畳で構成されている。
石畳は階段の下から道のように島に向けて真っ直ぐに敷かれており、陸地の切れ目から湖に浮かぶ島までは大きな石橋でつながっていた。
大空洞の天井は岩肌自体が明るく発光しており、程よく地底空間全体を照らしている。
俺が満足気に階段の途中に座り込み、地底空間を見回していると、後ろに立っていたエリエゼルが俺に勢い良く迫ってきた。
「ご、ご、ご主人様!? なんですか、この異常に広い空間は!?」
「あ、あぶっ! 危ない! 落ちるってば!」
エリエゼルに階段の上で揺さぶられた俺は慌てて壁の方へ体重を掛けた。
エリエゼルはそれでも俺の肩を両手で掴み、顔を寄せてくる。
「ご主人様…今、魔素の残量はどれほどあるのですか?」
エリエゼルは階段の外側、言うなれば崖っぷちに立っているのだが、怖くないのだろうか。
俺は険しい顔のエリエゼルに怯えながら、残存する魔素の量に意識を向けた。
正確な数値を測定出来るわけではないが、重さの違いを認識出来るというべきだろうか。
先ほどまでボウリングの球ほどの重さだったのがソフトボールほどになったような感覚に近いかもしれない。
とりあえず、体感的にはかなり少なくなってしまったと思う。
そう思い、俺はエリエゼルを見て口を開いた。
「残りは十分の一くらいかな?」
俺がそう言うと、エリエゼルは瞬きをしながら俺の顔をただ眺めていた。