奴隷の価値
店に入ったが、不思議と店員や警備員のような人は見かけなかった。
奴隷などを扱うような店ならば、屈強なガードマンが複数立っていそうなものだが、今のところ檻の中にしか人影は無い。
「まあ、素敵なお召し物ですね!」
「坊ちゃん、こっちへ来てみない?」
「お買い得よ、私!」
そんなに俺の服は金持ちに見えるのか、奴隷の女も男も皆が猫撫で声で俺に声をかける。
奇妙な光景だ。
俺に声を掛けない奴隷は大概が死んだような目をしているか、もしくは恨みの篭った目をした者達だ。
やはり、借金や犯罪によって奴隷になった者達なのだろうか。
それとも、戦争で負けた敗戦国の捕虜か。
俺はそんなことを考えながら、奥の方まで歩いてきた。
店内は思ったより広かった。
100メートルはゆっくりあるだろう。
店の正面や入り口から考えると違和感を覚えるほどに奥に長い作りだ。
ようやく一番奥に辿り着き、左右の檻を見ると、何故か一際大きな檻が二つあった。
幅も他の檻が一メートル程しか無いのに対して、三メートルはある。
高さも少し高いようで、二メートル近くありそうだ。
檻の中を見ると、服装こそ同じだが何処か汚い印象の女の子が5、6人で固まっていた。
左右両方の檻が似たような様子である。
見ると、獣の耳を生やした女の子は耳が千切れていたり、普通の人間に見える女の子は片方の目、もしくは両方の目が潰れていたりした。
腕が無い女の子もいる。
歳は皆10歳から12歳くらいだろうか。
檻には値引きの文字があった。
「こんにちは」
俺が声を掛けてみると、女の子達はびくりと身体を震わせたり、敵意の篭った目を俺に向けてきたりした。
だが、大半は怯えた表情と目だった。
「君達は、なんで一緒の檻に入ってるの?」
俺がそう聞くと、女の子達は顔を見合わせ、一番背が高い女の子が口を開いた。
「…私達は、一人じゃ大した価値にならないから、まとめて売られています」
女の子は綺麗な声でそう言って、悲しそうに目を伏せた。黒い髪の、綺麗な顔立ちの女の子だ。だが、片方の目が無かった。
「そうか。それで、いくらなの?」
俺が試しにそう聞いてみると、女の子は不安そうな顔で俺を見上げ、足下を指差した。そして、対面にある檻を指差す。
「…こちらの檻が二万ディールで、あちらの檻が三万ディールです」
え、安っ!
買えないけど安い!
えっと…合計11人で五万五千円から六万円くらいということだろうか。
つまり、一人五千円。
衝撃の大特価である。
俺がそんなことを考えながら驚いていると、背の高い女の子は不安そうな顔で俺の様子を窺い、口を開いた。
「買って、くれるんですか?」
女の子の口から出たのはそんな言葉だった。
声も震えているし、よく見れば左手の肘を抱き抱えるように掴んだ右手も小刻みに震えていた。
可哀想に。
何処か他人事のような感覚でそう思った時、背後に人の気配を感じた。
「お気に召しましたでしょうか?」
しゃがれた男の声でそう言われ、俺は吃驚しながら背後を振り返った。
すると、そこには今の俺よりも少し高い程度の身長の、四角い顔の男がいた。老人のようにも見えるし、三十代くらいにも見える不思議な、そして気持ちの悪い雰囲気の男だった。
俺が黙っていると、男は思い出したように頷いて自分の胸に手を当てた。
「いやあ、申し訳ありません。初めてのお客様に大変失礼致しました。私、この店の主のブエルと申します」
ブエルと名乗った男は、挨拶をしながら丁寧にお辞儀をした。
そして、俺を見定めるようにゆっくりと顔を上げながら、俺の足元から顔まで舐めるように眺める。
「…いやいや、私もお得意様だけでなく、上客になってくれそうな貴族様方や大商人の皆様は頑張って覚えたつもりだったのですが…重ね重ね申し訳ありません。お客様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
ブエルはへりくだりながらそう言うと、俺の反応を待った。
俺はどうしたものかと頭を悩ませ、咄嗟に思いついた名前を口にした。
「ジョンだよ。ジョン・スミス」
俺がそう名乗ると、ブエルは目を丸くして俺をまじまじと見た。
「さて…本当にすみません。お名前までお聞きしたのに分からないとは。お父様は何をなさっておられるのです?」
ブエルはさも申し訳なさそうに頭を何度も下げながら、しかし眼光鋭く俺を見据えて質問を繰り返した。
それに対して、俺はブエルを見上げながら肩を竦める。
「別に父様のことは良いから、ちょっと質問して良い?」
俺がそう聞くと、ブエルは一瞬キョトンとしたが、慌てて卑屈な態度に戻った。
「は、はい。失礼しました。それで、何を…?」
ブエルが頭を下げながら俺にそう聞き返し、俺は口の端を上げて左右の檻を指差した。
「安いみたいだし、この二つを買いたいんだけど、今はお金持ってないんだ。だから、何日か待っててくれない?」
俺がそう言うと、ブエルは愛想笑いを浮かべながら頷き、俺を見た。
「それはありがとうございます。しかし、こいつらは見ての通り欠損した部分がある者達でして…他にもおすすめはありますが如何でしょう?」
ブエルはそう言って快活に笑った。
おお、クズです。クズがおりますぞ。
俺は何とか顔には出さずにそんなことを思った。
何故だろう。昔ならばもう少しは感情が動いた気がするのだが、今あるのはこの男への嫌悪感くらいだ。
ああ、後はまるで遠い国の事故を見る程度に少女達に同情するくらいだろうか。
自分はこんなに冷たい人間だったのか。そう不安になるほどである。
俺は内心でそんな葛藤をしつつ、男へ困ったように笑った。
「お小遣いじゃ沢山買えないからね。もしも父様が此処に来れたらお願いしてみるよ」
俺が金持ちの息子を装ってそう言うと、ブエルは嬉しそうに目を細めて頷いた。
「えぇ、えぇ! ありがとうございます! それで、何日ほどになるのでしょう?」
「分かんない。とりあえず、待っていてくれたら絶対買うと思うよ」
俺がそう言うと、ブエルは頭を下げながら俺に謝った。
「分かりませんか。いやぁ、すみません。うちは余程の常連でないと数日以上も間をおく予約は受け付けておりません。ですので、後5日ほどすると、この檻は二つとも売れてしまうと思います」
「5日?」
俺がブエルの言葉に片眉を上げて疑問符を浮かべると、ブエルは軽く笑いながら返答する。
「ははは。いや、毎月こういうまとめ売りをお求めのお客様がおりましてね。こちらもそろそろそのお客様が来られると思ってこの檻を用意したもので…ああ、一応取り急ぎまとめ売り出来そうな商品は仕入れますが、この人数は揃えられないかもしれませんね」
ブエルはそう言うと俺の表情を確認するように見た。
焚きつけようとしているのか、それとも本当に買う気があるか見定めようとしているのか。
どちらにせよ、俺にとって面白い話でもない。
「ふぅん。じゃあ、間に合えばでいいかな。また来るね」
俺はブエルにそう言って肩を竦めると、檻の中の少女達を一瞥し、踵を返した。
「またのお越しをお待ちしておりますよー!」
店の外まで聞こえるような声でブエルに見送られながら、俺は外の通りまで出た。
「よし。試しに稼いでみるか」
俺はそう呟き、口の端を上げて来た道を引き返したのだった。