FILE.8 眠れる起爆装置
「さぁ、質問に答えてもらおうか」
赤井の口元は微笑んでいたが、その瞳は怒りに燃えていた。
「彼女を利用したのは何故だ。宮野厚司への反抗か、それとも俺への見せしめか」
必死に取り付けた約束は裏切られ、無残にも生を奪われた宮野明美。ジンは答えずに、右手に銃を持ち替えた。
「答える気はない、と言う訳か。素直じゃないと寿命を縮めることになるぞ…まぁ元々あっさり喋る事はないと踏んでいたが」
いつもの淡々とした口調に戻り、赤井は視線をコナンに滑らせた。
「データを探して来い。この階は重要機密が多数保管されている。…必要なんだろう?工藤新一にも、宮野志保にも―」
手負いの赤井を残して、ジンと二人には出来ない。コナンは頑として首を縦には振らなかった。
「行くんだ。彼女を救ってやって欲しい。姉を彼女から奪ったのは俺も同然だ。手助けをして欲しい」
必死な瞳だった。コナンにも、宮野明美を救えなかった負い目がある。今、自分が行くべきなのか。そう考え、はっきりと頷いた。
「解った。一つだけ―…罪滅ぼしと言うのなら、灰原の為にも死なないで」
それだけ残し、足早に部屋を出た。
ジンの表情は読めなかったが、強く頷いた赤井の決意を、信じることにする。
「―さて、ジン。ケリをつけさせてもらおう」
長期戦にするつもりはない、とばかりにジンはコートの中に手をいれ、あるモノを取り出した。その顔には憎々しい笑みが浮かぶ。
「話すつもりも、犬死をするつもりもない。それに、残念ながらシェリーは既に俺の手中だ」
赤井が青ざめた。ジンが手に持っていたもの―
それは、小型のリモコン。起爆装置だった。
「シェリーはこの爆弾と心中だ。もっとも、心中するのはシェリーだけじゃない。ここにいる全ての者が、死ぬ事になる。お前もな」
ジンは薄暗い照明の下で、かすかに勝ち誇った。
「早くデータを見つけて、戻らねーと…」
その頃コナンは階の一番奥の部屋まで来ていた。もう、考えられる可能性は、其処しかない。ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。他の部屋とは違い其処には鍵が掛けられていた。頑丈で、簡単には開きそうも無い。
「博士の発明品の出番、か」
複雑な心境でシューズに触れ、腰のベルトのスイッチを押す。
走馬灯のように、それを発明し自分のために改良してくれた温厚な老人の姿が心の中を流れていった。膨らんだサッカーボールを、鍵の方に狙いを定めた。
「行っけー!」
小気味のいい音とともに、ボールの空気がしぼむ音。ボールがしっかり命中した鍵は音を立てて壊れ、コナンはカーテンの引かれた真っ暗な部屋に足を踏み入れた。
「腕時計型ライト…」
思い出したように光をつけると、其処は倉庫のような狭い部屋だった。ダンボールがたくさん重ねられ、左右に散乱している。試しに手短な一つを開いてみる。科学関係の雑誌や、分厚い薬学辞典、コナンはそれらをダンボールの中に押し込めた。
「畜生!こんなにあるのか…。時間を取り過ぎちまう!」
多少の苛立ちとともに手探りで壁のスイッチを探し当て電気をつけると、ダンボール同士の間、小さなすき間から白い足が見え、コナンは狼狽した。
恐る恐る近付いていくと、見覚えのあるウェーブのかかった茶髪。
「灰原、お前が何で此処に!」
倒れている灰原に駆け寄り、直ぐに首に手を当ててみる。
「脈はある。気を失っているだけか」
それに、目立った外傷は無い。安心しつつ、上半身を起こし、軽く揺さぶると、幸いな事に灰原は直ぐに目を開けた。
「大丈夫か?」
寝惚けたように、目をこすりながら、灰原はしばらく虚ろな眼差しでコナンを見上げていた。
「…く、工藤くん?」
恐らく何らかの方法で眠らされていたのだろう。自分もそれを思ったのかすぐに頭を振り、意識をはっきりさせ、灰原は自力で立ち上がった。
「ジン!…ジンは何処?」
「今、赤井さんが足止めしてくれてる。それより、何で此処にいるんだ?いや、今は訊いてる暇はねェな、早く、薬のデータを探さねーと、この部屋に在る筈なんだ」
頭を掻き毟る。焦りながら、一つ一つダンボールを引っ掻き回す。哀はもう一度軽く頭を振ると、コナンとは離れた場所で、コナンと同じようにダンボールをひっくり返し始めた。
「大丈夫か、灰原」
「えぇ…それに、二人の方が早いでしょう?」
「それもそうだけど…」
コナンは書類を一枚一枚確認しながら、赤井の無事を祈っていた。少なくともまだ、銃声は聞こえていない。
もし、灰原が赤井の素性を知ったら、どう思うだろうか。"赤井のせいで姉が死んだ"と知ったら取り乱して、赤井を憎むこともありえる。それに、少なくとも数度はあっているから、下手に再会させたら…コナンの胸が痛む。赤井が自分を責め続けている事は、客観的に明らかでこれ以上、どちらも傷付く必要はないのに。だが、そう単純に行くのなら誰も苦労はしないだろう。
それに、灰原は両親の事をこのまま知らずに生きていくのだろうか。研究の事故で…と言う嘘を、信じていくのだろうか。それも、哀しい気がした。自分自身、父親の事をこのまま知らずにいたら、きっと、いつか、他の形で知ってしまったら、その事を悔やむに違いなかったからだ。
「なぁ、灰原―」
手を止めて口を開きかけたその時、階のどこかで爆音が轟いた。
「何だ、今の音…」
「爆発なの?」
二人の動きが止まった。
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