FILE.3 漆黒の烏の正体
振り向いたのは―
「な、ん、で…」
唇を、強く噛んだ。震えるほど強く握った手は、爪が皮膚に食い込み、紫色に変色するほどだった。回転椅子に腰をかけ振り向いた、中年で黒ぶち眼鏡をかけた髭の男は見覚えのある様相。然し、それも当然のこと。
自分の推理好きのきっかけを作り、自分に探偵術を教えた人物。自分を教え、導いてきた父、工藤優作だったのだ。
「お前にしては、遅かったじゃないか」
机に肘を突き、手を組んで平然と話す男。まるで、ゲームを素早くクリアした息子を誉めるようなニュアンスを含み、微笑を浮かべた男を、コナンは凝視した。もはやどんな言葉も、言葉にならなかった。
「何で…父さんがここにいるんだよ。今頃アメリカに」
いるはずじゃ…答えが返ってくるのが怖くて、最後まで言えない。乾いてしわがれた声は、大きな動揺を相手に伝えていた。
「答えろよ、父さん!!」
喚き散らす息子に、優作は困惑の表情を浮かべた。
「何だ、何も聞いていないのか。"彼"から―てっきり、この場所を"彼"から聞き出したのかと思っていたが」
腑に落ちないと言わんばかりに呟いた一言に、コナンは妙な引っ掛かりを覚えた。
「"彼"?」
「お前の事をいつも見ていた。"彼"はずっとお前の一挙手一動作を報告してくれていたよ。おかげでこちらも先手を打って、真実に辿り着かせないようにすることが出来た。しかし、今度ばかりは出し抜かれたようだな」
優作は深く身を沈めた椅子から腰を上げ、大きな窓のシャッターを降ろし、大きく肩を上下させている息子に対面した。動揺と失望で、普段の落ち着き払った態度を覆している息子とは対照的に、男の態度は、冷静、且つ沈着だった。男が淡々と抑揚の無い口調で話すのを聞きながら、コナンは一生懸命頭を回転させようと努力する。
「FBIがまさか此処まで早く嗅ぎ付けて来るとは予想外だった。少し、彼らを甘く見ていたかもしれない。…まったく、スパイにも気が付かないとは、情けない話だ」
恐らく、潜入捜査をしていたCIAの諜報員、水無怜奈のことだろう。彼女が知らせてくれた情報は、確かに、FBIをはじめ、警察関係者が組織の内情を知る事に大いに役立っていた。
ほとんど上の空で、"彼"の存在について思考を巡らす。
―常に俺の傍にいた人物、性別は男。
「こちらも、"彼"を通じて、お前から流れるFBIの情報などを入手していたからフェアと言えばフェアか」
男は髭に手を遣って、独り言のように呟く。
「俺から、流れる情報…」
その言葉を聞いて、何人かいた可能性が、全て消えた。ある一人を除いては。
「は、か、せ、が?」
咄嗟に口をついて出てきた平坦な言葉。最初の時点では、傍に居た男として、三人の顔を思い出していた。居候させてもらっている、毛利探偵。よく関わっている事件で、世話になっている高木刑事。工藤新一の隣人であり、様々な秘密を共有していた阿笠博士。FBIとコナンのつながりを知っている時点で、先の二人は可能性から除外しなければならない。残るのは、灰原の正体も、コナンの正体も、一連の出来事に精通している人物―阿笠博士しかいないじゃないか。
コナンの表情から、僅かに残っていた怒りも消えた。
残されたのは、絶望でもない、悲しみでもない、ただの虚無感。
全幅の信頼を寄せていた、と言っても過言ではない。そんな二人に自分は裏切られた。
コナンの心が、ひび割れた。まるで、感情が欠落したように。
奈落の底を、手探りで歩いていくように。
突如、光が消失してしまった月のように。
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