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流血の終焉
作:深月姫季



FILE.22 激情の果て


 その日の夜、哀はコナンの元を訪れた。ここ数日やけに無口で、暗い表情のコナンが気になったのだ。

「工藤くん、何故彼女に会わないの?あの態度、彼女絶対に傷付いたわよ」

 哀の言葉にもコナンは何の表情も見せない。哀は少し苛々しながら、語調を強めた。

「聞いてるの?彼女の元に、ジンが行くかもしれないのよ?ちゃんと傍に居てあげないと」

「ジンは、確実に俺を狙ってる。さっき赤井さんから米花町に向かう駅で奴が目撃されたと連絡があった、…傍に居たら、蘭がもっと危ねぇだろ!それに、危険な理由をどう説明する!?」

 そう、コナンは先の事まで考えていたのだ。もし、すんなりと毛利探偵事務所に帰れば、ジンは毛利探偵と自分の関係を疑うだろう。そして、自分が事務所に戻らないことを自然にする為には、蘭と距離を取っておく必要がある。

 これは、コナンにとっても苦渋の決断だったのだ。

「それより、灰原。ベルモットの所に行くのか?」

 ベルモットは峠を脱して一般病棟に戻っていた。小さく肯いた後、哀は黙って目を伏せた。

「本当にごめんなさい」

 何度も、口にした言葉。燃えてしまった書類はもう戻らない。ここしばらくの塞ぎこみ、苛々しているコナンの様子に、哀はすっかりと自分を責める癖をつけてしまっていた。

「今更んなこと言ったって始まらねーだろ?気にすんなって」

 口調を和らげたコナンに、哀は躊躇いながらも頷き、踵を返して出て行った。

 一人残された部屋で、じっくりと今後の事を考えるつもりだった。しかし、そんな考えは直ぐに打ち砕かれた。無常にも呼び鈴がコナンの全身に響き渡り、コナンは顔を歪めた。
 そしてそのまま、来客を無視し、革張りの椅子の上でじっとしていた。二階には人の気配、そちらは予め招いておいた賓客だ。

「コナンくん、いるんでしょう?」


 声の主に驚きつつも、来るべき時が来たのだと、コナンは二階にいる客の携帯に着信を鳴らして切る。合図だ。

「博士から聞いて来たんだからね!わかってるのよ」

「騒がないでよ、蘭ねえちゃん」

 二度目の呼びかけで急いで扉を開いた。そして手早く蘭を玄関に引っ張りあげると、一人で外へ走り、一瞬だけある一点を見つめ、直ぐに玄関へ戻る。蘭はそんなコナンを怪訝な表情で見ていた。

 コナンは無表情で蘭を書斎に入れると、元の場所に戻った。

「―コナンくん、どうして新一の家に居るの?」

 直球すぎる蘭の言葉にも、コナンは表情を崩さなかった。

「ボク、新一兄ちゃんの遠い親戚だし、この前に新一兄ちゃんのお母さんに会った時にもらったんだよ。合鍵を。一人になりたい時に使いなさい、って」

 蘭はほとほと困り果てたようだった。直ぐに江戸川コナンがボロを出すとでも思ったのだろうか。コナンは蘭の考えを見抜きながら、巧妙にすり抜けてみせる。そんな決意を滲ませながら、コナンはゆっくりと深呼吸した。

「コナンくん、本当は新一なんでしょう?」

静かな哀しみを漂わせて、蘭が放った掠れた声にコナンは一瞬心の均衡を崩した。

「蘭ねえちゃん…そんな事ある訳無いじゃない。ボクは江戸川コナンだよ」

しっかりした声と隙の無い笑顔で返したコナンに、尚蘭は自分の考えを打ち明ける。

「わかってるの、非科学的だってことは…。でもね、そう考えたら辻褄が合うし―」

あなたの癖は新一に似すぎている。その言葉を叫ぶ前に、コナンが静かに遮った。

「辻褄? 科学で証明できないのにそんなもの合う筈無いよ。蘭ねえちゃんが一人で誤解してるだけだ」

今までの静かさとは何処か違う冷たく、鋭い響きに、蘭は開きかけた口をキュッと結んだ。

「さぁ、帰りなよ蘭ねえちゃん」

 小学生が出すとは思えない、低い声。そして決定的に違っていたのはその少年が見せる表情だった。無表情でもない、当たり障りの無い笑顔を浮かべているわけでもない。その顔には、確かな皮肉めいた苛立ちの色さえ浮かんでいた。

「誤解?…あなたは新一よ!だって、私は小さいときから見てきた。細かな癖も、瞳の奥に映った苦しみも!!」

 届かない想いに、蘭の視界は目まぐるしく回る。心に溜めた秘密が、どんどん膨らんで留まる事を知らずに流れ出した。胸のうちを吐き出した蘭に、コナンは笑いで肩を震わせた。

「…っははは!!蘭ねえちゃんに新一兄ちゃんの何がわかるの?」

 感情の昂りを上手く押さえられないような、奇妙な声。今までに見たことの無いコナンに、蘭は動揺を隠せなかった。嘲り、と言うよりは本当に無邪気な笑いだ。

「コナンくーん、おそなってスマンな、すこーし工藤とうとったさかいな」

 突然の乱入者に、蘭は身体を震わせ、入り口を凝視した。関西弁で色黒の少年は、もちろん服部平次だ。コナンは腕組みをして、深い息を吐く。落ち着け、と自分に言い聞かせながら。

「服部くん!どうしてここに…ううん、それより、今新一に会ったって」

 酸素不足の金魚のように口を何度も動かした蘭に、平次は余裕たっぷりで話しかけた。

「会ったで。今取り掛かってる事件で何やら面倒なことになっとるらしくてな、知恵貸せって言われたんや」

蘭は冷静さを取り戻し、顔をしかめた。

「そんなはずはないわ、頼まれたんでしょう?そういう風に言ってくれ、って。ねぇコナンくん。いいえ、新一!」

また矛先を自分に向けられ、コナンは指を結んで椅子に腰を掛けなおした。

「平次兄ちゃん、来てくれてありがとう。ちょっとボク、今大変で…。色々しなきゃいけないことがあるんだけど、とりあえず今は蘭ねえちゃんにボクと新一兄ちゃんが別人、って証明してあげてよ」

 打って変わって思いっきり子供らしい声で無邪気に言い放ったコナンに、蘭は茫然とする。そんな筈は無いのだ。新一の幼馴染として、今まで共に居た日々を、偽りと言う黒い色で染められたくは無かった。
 
「服部くん、お願い。正直に言って」

蘭の瞳に浮かぶ涙に平次は目を瞑り、静かな、しかし説得力ある口調で告げた。

「正真正銘の、別人や。つい先刻まで俺は確かに工藤とうとったし、よく考えてみぃ、人間、そんな簡単に伸びたり縮んだりしたらえらい事やで?―工藤となかなか会えんから言うて、小学生相手に突っかかっても仕方ないやろ?…きつい事言うたかもしれんけど、堪忍な」

 蘭の変化は、誰の目にも明らかだった。必死に言葉を探しても頭の切れる二人組に直ぐに紐解かれ、納得させられてしまう。蘭の瞳に浮かんだ絶望と悔し涙に、コナンは思わず目を背けた。

「―ごめんね、コナンくん。ちょっと頭冷やしてから来るね」

 蘭が半ば駆け出すようにして工藤家から立ち去ると、平次は大きなため息と共にソファに腰を降ろした。コナンは、蘭の出て行った玄関を虚ろな目で見つめると、壁に拳骨を叩き付けた。

「工藤、あれで良かったんか」

ため息混じりに問いかけた平次に、コナンは心ここにあらず、という様子で答えた。

「あぁ、仕方ねぇさ。それより服部、今からここにもう一人の招かれざる客を迎え入れる必要がある。隣の博士の家に行っててくれねーか?」

「招かれざる客て…まさか」

 平次は慌てて閉め切られたカーテンの隅から顔を覗かせた。電柱の影に隠れるようにして煙草を燻らしている金髪に黒いコートの男。それはまさしく聞きしに勝るジンだった。

「真打ちのご登場だ」

 白く曇った俯き気味の呟きに、平次は我に返る。まるで知っていたかのように悠々と構えるコナンに、平次は違和感を覚えた。

「何や、工藤、知っとったんか?あいつがおる事」

「蘭が来た時に見つけたさ。ずっと張り付いてたらしいな。―これは俺と奴の問題だ。服部は巻き込みたくねーんだ。頼むから、博士の家に行っててくれないか」

脂汗を浮かべたコナンの言い分に、平次の表情が一変した。荒々しく拳を机に叩きつける。

「一人であいつに会うんか?相手は武器持っとんやろ!俺じゃ頼りないゆうんか。一人で善人ぶって…自殺行為や」

明らかに怒気を含んだ乱暴な態度。コナンは柔らかい口調で諭した。

「バーロー、俺はオメーまで危険な目に遭う必要はない、って言ってんだ」

「それが余計はお世話や!水臭い事言うな。俺たちはライバルなんやろ?決着もつかんと先に死なれたら迷惑や!」

直ぐに切り返され、コナンは言葉に詰まる。言いくるめる術が無い事に渋々ながら肯き、ただ一言だけ、平次に言うに止めた。

「サンキュ、服部」

太陽が、沈もうとしていた。


















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