FILE.20 絆、そして依頼
地下に降りると、空気がガラリと変わり、灰色にくすんだ壁と、無表情な鉄の扉が二人を待ち構えていた。一瞬コナンは、それを組織のアジトと重ね合わせ、身震いする。
「霊安室に行ってくれないか」
コナンの穏やかな口調に、阿笠は静かに肯きながら一言も口を開かずにコナンの横を歩いた。鉄の扉はずっしりと手に振動を残し、今のコナンの気持ちと同じくらい重かった。
少し歪なのか、何かと擦れる音が響く。冷たい部屋の中央に至って台が置かれ、皺のほとんど無い、白いシーツが敷かれていた。そして、その上に横たわる、一人の男。顔には純白の正方形をした布がかけられ、一見して絶命している事がわかる。惨い姿に、二人は身震いを堪えることが出来なかった。
コナンは入り口で立ち止まり、一歩も動こうとしなかった。阿笠はそんな少年を気遣い、優しく肩に触れ、声を掛けた。
「新一くん」
コナンは拳を強く握り、震わせながら、一歩、足を前に踏み出した。外から入ってきた冷気が背中を撫で、瞬間、目を閉じる。
死が、間近で止まって、自分を見ている気がした。ゆっくりした足取りで、簡単な死後処置を施してある"それ"に歩み寄り、躊躇いながらもその手に触れてみる。冷気よりも冷たい、既に人間を逸脱している手。様々な残酷な事件で見慣れている筈の死体も、自分と親しい人物だとこんなに見え方が違うのか。コナンはそう思い、一瞬固く目を瞑った
「…父さん」
息を吐きながら目を開く。そのもう動かない身体に小さく呟いて揺り動かす。一枚も二枚も自分より上手だった、父。探偵としての手本であり、生き方の手本でもあった。改めて、存在の大きさを知らされる。最後まで、どんな人物にしろ、自分にとっての父に代わりは無いのだ。
「…どうせ、ジンたちを騙す為に死んだ振りしてんだろ?」
あるわけがない。そう思いたかった。大きく見開いた目を痙攣させながら、コナンは小刻みに震えていた。自然に口を突いて出た。頭では死を理解しているつもりでも、心は、信じたくないと拒絶している。
「博士からも、言ってやってくれよ…父さんは本当に人を騙すのが好きなんだ。ほら、博士と母さんもグルになって俺を攫った事があったろ?あの時も俺、父さんの手法にまんまと引っ掛かって―」
阿笠はコナンを自分と向かい合わせ、残念そうに首を横に振る事しか出来なかった。コナンの両肩に手を置いて、強く力を込めた。コナンは言葉を途切らせ、強く唇を噛む。薄く開いたドアから風が入り込んだのか、不意に優作の顔にのせられていた布が舞い落ちる。
苦痛に歪んだ顔を思い描いていたコナンは、その表情を見て小さく息を漏らした。
「どうして…そんな顔してんだよ、父さん…怒れねぇよ」
阿笠もじっと優作を見つめていた。彼が浮かべていたのは、仄かな笑顔。強いて言えば、安堵とも呼ぶべき柔らかい表情で、ただ眠っているようにすら見える。
「嬉しかったんじゃよ…君が自分に辿り着いた。偶然にしても、君にちゃんと正体を明かした事で、彼はきっと満足した…。罪を赦された気がしたんじゃろう、たとえ、それが束の間だったとしても、君に事情を話す事が出来てよかったと…」
涙声で必死に言葉を紡ぐ阿笠に、コナンは初めて感謝の意を表した。
「ありがとう、博士…。父さんも、きっとそう思ってる。ジンは俺をいつ殺しに来てもおかしくなかったんだな、父さんを恨んでいたみたいだったし…博士や父さんに、俺は護られていたんだ、知らない所で」
大惨事を経て、初めて晴れやかな顔つきで笑いかけたコナンに、阿笠は心配しながらも、自らも穏やかな笑みを作る。
「父さん、母さんの事見守ってやってくれよ…」
コナンは阿笠にも届かない小さな声で呟き、阿笠を従え霊安室を後にした。
「あらかたは解ったで…とりあえずじいさんとは仲直りしたっちゅうわけやな?」
平次はグラスの中で完全に融けきった氷を飲み干した。コナンは小さく頷く。
「ねえちゃんを護るのに手を貸せ、ゆうても、ジンがいつ何時現れるかもわからんのやろ?」
「ああ。だから、こっちからきっかけを作るつもりだ。それより、今のままじゃ蘭まで巻き込んじまう」
その言葉に、平次が眉をよせた。
「どういうこっちゃ?ちゃんと説明しいや」
「蘭が、俺の正体に気付いちまったかもしれねーんだ。一応俺から距離を取ってみるつもりだけど、きっと蘭は離れたがらない。ジンが俺を狙うと解っている今、あいつを近づけるわけにはいかねー。頼む、もし蘭が家にきたら何とか誤魔化してくれ。きっと、近いうちに蘭は俺に感情をぶちまけるだろう、解るんだ。あいつは俺を工藤新一だと疑ってるからな」
普段は筋道立ててしっかり話すこの親友が取り乱すのをみて、平次はテーブルに肘をついてからかうような笑みを浮かべた。
「よっしゃ、任しとけや。そんならしばらくお前んち泊まりこんだるわ」
平次は何か企んだ顔で満面の笑みを湛え、真剣な顔から一変したその表情に、コナンは少し顔を引きつらせた。
「―頼む」
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