FILE.18 重なる想い
静けさを取り戻した深夜の病院に二つ、戻る影があった。あれから黙りこくったままのコナンを支えながら、蘭はこの理解しがたい状況に首を捻っていた。工藤家から出るとき、コナンがしっかりと鍵を取り出し、施錠したのを見てから。新一にたまに見てくれと合鍵を託された蘭。では何故、コナンがそれを持っているのか。何故?と訊ねようにも、今のコナンの周囲には人を寄せ付けないオーラが醸し出され、蘭は今は何も言わない方がいいかもしれないと思った。
「足、痛くない?」
「…うん、平気だよ」
血は止まったらしく、包帯の上から痛々しくどす黒い乾いた血が染みている。平気な筈が無いのに、笑ってみせるコナンに蘭は弱みを見せてもらえない事に少し悲しみを覚えた。じっと覗き込んだコナンの瞳の奥には、深い苦しみを背負っているように見えた。その姿に、蘭はかつての新一を重ね合わせていた。
中学のサッカーの大会で、新一が相手の反則で転ばされた時。タオルを持って駆け寄った蘭に、新一はまるで何事も無かったかのように笑いかけた。
「バーロー、んな顔してんじゃねーよ。俺は平気だぜ?」
「でも、新一…腫れてるじゃない」
「諦めてたまるかよ!」
痛いはずなのに、ニカッと笑った。その後、顧問の忠告も聞かず、無理をして試合で30分以上も走り続け、決勝点となる一点を入れた新一。ハラハラしながら見守る蘭の肩に手を置いて、新一のお父さんが言った言葉を、蘭はまだ覚えている。
「もしここであいつが棄権すれば、一番悔やむのはあいつ自身だ。あいつは幼い時から新一はどんな弱さも人に見せないで、一番後悔しない方法を選ぶ事を知っているんだ。…とても羨ましい生き方だ。見ている方は気が気じゃないがね」
それでも息子を幾らか誇らしげに眺める姿に、蘭もつられて背筋を伸ばしたものだ。そして、その試合に幕が引かれた後に蘭は気が付いたのだ。新一の瞳の奥に、苦痛の色が色濃く映っている事に。有り得ない、そう言われれば口を噤むしかないが、蘭はその時から、確かに新一の様子が変なときは、瞳を覗き込むことにしていた。
今のコナンは、その時の新一と同じ瞳をしている。
夜間出入り口から、蘭とコナンはひっそりとコナンの病室へと戻った。
「阿笠博士も一緒なの?さっき博士の家の電気が消えてたけど…」
黙りこくるコナンに途方に暮れた時、足音に気付いたのか病室から一人の女性が飛び出した。
「新ちゃ」
有希子が怒りの形相で、コナンの前で止まる。だがコナンの横にいる蘭に視線を向け、慌てて言い換えた。
「コ、コナンちゃん…どこにいたの? 心配してたのよ」
「蘭ちゃん、送ってきてくれたのね。ありがとう。悪いけれど、この階の談話室で待っててもらえる?すぐに、車を回してもらうから」
静かな口調のなかに有無を言わせぬ意志を感じ、蘭は神妙に頷いた。
「じゃあ…コナンくん、安静にするのよ」
「うん、ごめんね。蘭ねーちゃん」
蘭の足音が遠ざかると、有希子はドアを閉めた。
「心配したでしょ、新一!」
コナンは足の痛みに耐えかねてベッドに腰を降ろした。
「ごめん…母さん」
赤く泣き腫らした瞳で、有希子がどれほど心配していたかは解っていた。
「博士も、ずっと新ちゃんを探してくれてるのよ。あとで、お礼を言わなきゃ駄目よ」
「あぁ、わかってる。明日でいいか」
「いいけど…」
コナンは、蘭と会った事で大分落ち着きを取り戻していた。冷静に考えてみれば、阿笠博士は何も悪くない。
父親と対峙したときの言葉を思い出す。コナンが博士を恨むことを予期して、ああ言ったのか。やはり、一枚も二枚も上手だった。
「それと…証人保護プログラムを受け入れないか、ってFBIのジェイムズって云う人から話があったの。真剣に考えておいて」
「証人…保護プログラム」
「適用すれば、もう私たちにも、蘭ちゃんや周りの人たちにも害が及ぶ事は無いわ」
重大犯罪に関する証言能力を持っていて、それ故犯罪者に命を狙われる危険性のある者を保護する制度。これを受け入れれば、生命の無事が保証される。しかし、今まで関わってきた全ての友人、家族とさえ引き裂かれる。
コナンはじっと有希子の目を見返した。真実味を帯びた瞳が、じっとこちらを見つめている。自分は動揺している。それは、手の震えから明らかだった。
「私は蘭ちゃんを送って来るから、もう寝なさい。安静にしてないと退院できないわよ。そして、ゆっくり考えなさい。新ちゃんのしたいようにすればいいから…」
下を向いたコナンの頭を有希子は優しく撫でると、席を立った。
「ごめん、母さん」
後に残されたのは、静寂、そして言い表しようのない虚脱感。証人保護プログラム。それらを振り切るように、明日は、灰原達の様子を見に行こう。そう決意して、その日コナンはあっという間に眠りに落ちた。
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