FILE.17 主を失くした洋館で
ポケットに鍵を入れていたのは幸運だった。
コナンは慣れた手つきで鍵を回しながらそう思った。怪我のせいで体力はじわじわと削り取られ、今やコナンの呼吸は大きく乱れていた。
電気スタンドに明かりを灯し、皮張りの椅子に座る。昔から新一が大好きだった書斎の、特等席。床に足が届かないくらい幼い時から、よじ登っては父親に叱られたものだ。
組織の詳細は闇に葬られた。父親の真意さえも。
何故こんな事になったのだろう。
自分が探偵になると言う前に、拳銃の扱いを教えた父親。その心中を悟る術は、もう無い。探偵になりたいという気持ちさえ、コントロールされていたのかもしれない。
「父さん…」
机に立てかけてある家族写真で、口元を綻ばせている父親の姿を撫でた。
笑顔で腕を組んでいる両親、そして真新しいサッカーボールを、小さな腕で抱えて満面の笑みを浮かべている自分。ちょうど、十年前の今頃だったか。コナンの姿とほぼ同じ自分。
様々な想い出がフラッシュバックし、コナンはいつの間にか机の上に突っ伏し、眠り込んでいた。
そして、その数分後、息を切らして工藤家の前に佇んでいる少女がいた。
「コナンくん…」
幼馴染である新一の母から電話をもらった時、蘭は有希子の言葉の中に違和感を覚えたのだ。蘭の知る限り、神経質な部分を持つ自分の母と違い、新一の母は、少しの異変では騒ぎだてるような事はしない。それに数日前からコナンの携帯が通じない事を、蘭は既に気付いていたのだ。
阿笠邸には一筋の明りも灯らず、人の動く気配は無い。蘭は無意識にコナンが新一の家に居る事を感じ取っていた。どうやって入ったのか、理論的な事は判らないけれども。蘭の中の女の勘が閃いたのだ。
そして、その考えが正しい事は、薄らと見え隠れする光、そして半開きになっている扉によって証明されていた。
「コナンくーん?…」
乱雑に脱ぎ捨てられていた靴を揃え、蘭は控えめな態度で上がり込む。
コナンの居場所は、容易に知る事が出来た。それは、書斎から小さな明りが漏れていたから…。
書斎を覗くと、本に囲まれながら寝ているコナンがいる。蘭は微笑んだ。
「こんな所で眠っちゃうなんて、大人びててもやっぱり子供だね」
小さく呟いて、コナンが眠っている回転椅子の横に落ちている松葉杖を拾い上げた。
「松葉杖…まさか怪我…?」
確かに、足には包帯が巻かれて、真新しい血が染みている。蘭は眉を寄せ、思わずコナンの肩を揺すった。
「…ん」
小さく伸びをしてコナンが目を開け、小さく欠伸をしてふと蘭に気付く。
「…あ」
悪戯を見つかった子供のようにうろたえ、コナンは作り笑いを浮かべた。
「あ、じゃないでしょ? コナンくん、新一の家で何してたの?こんな夜遅くに。新一のお母さんがご用があるって探してたわよ」
コナンの顔が曇ったのを、蘭は見逃さなかった。
「…それに、その怪我。また無茶したんでしょう…?阿笠博士もいないみたいだし」
「ごめんね、蘭ねーちゃん。今は、何も話したくないんだ。それに…ボク、戻らないと」
おもむろに蘭から視線を外したコナンに、蘭は眉を寄せた。こんな余裕の無いコナンを見るのは初めての事で、何かを断ち切るようないつになく強い拒絶に戸惑ったのだ。
「コナン…くん?」
「蘭ねえちゃんは家に帰ってて。危ないかもしれないから…」
そう、ジンがまだ生きているとすれば、逆恨みして蘭をも襲いかねない。奴もかなりの深手を負ったはずだ。コナンの心配を他所に、蘭は仁王立ちしてコナンを叱りつけた。
「何を言ってるの!大怪我してる人を放って置けるわけないでしょ!?送っていってあげるから。何処に行くの」
優しい、しかし強い口調に、コナンは口を噤んだ。
かくして、コナンは、蘭と共に米花中央病院へと戻る事になったのだった…。
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