FILE.16 深夜の目覚め
コナンの病室では有希子が心配そうにウロウロと歩き回っていた。博士はコナンを探しに行ったきり、もう何時間も帰ってこない。長く、日本を、息子の元を離れていた自分は、なす術もなく、心配する事しか出来ず、もどかしさを感じていた。
「―そうだ、蘭ちゃんなら…」
不謹慎ながら病室で携帯を取り出し、以前登録しておいた番号へ掛ける。相手は、二コールで明るい声を出した。
「はい、毛利探偵事務所です」
「あら、蘭ちゃん、私、わかる?」
出来るだけ、なんでもない風を装う。ここが腐っても元女優の名演技の見せ所だ。
「新一のお母さん…今、アメリカですか? 声が近いですけど…」
「ちょっと戻ってきたのよ。息抜きがてら、コナンちゃんに会おうと思って…電話代わって貰えるかしら」
暫しの沈黙のあと、蘭は沈んだ声で答えた。
「ごめんなさい、コナンくん、博士の所に泊まりに行ってて、もう十日ぐらい帰ってきてないんです。携帯も繋がらなくて」
気の毒そうな蘭の声に、良心が痛む。
「そうなの、ありがとね、蘭ちゃん」
電話を切って、ため息をついた。
「絶対蘭ちゃんの元に帰ると思ったんだけど、な」
長いしなやかな髪を振り払い、涸れ果てる事の無い涙を拭う。長く、苦楽を共にした伴侶を、最悪とも言える形で失ったのだ。それが、三日を経た今になっても、現実となり重くのしかかっていた。そんな精神状態に加え、散々警視庁の高木刑事やFBIのジョディ捜査官らと話をし、有希子は疲れ切っていた…
一方、博士は哀が眠り続けている病室にいた。
「新一君が行きそうな所を、教えてくれんか」
哀の手を握り、囁きかける。しかし、反応はまだなく、眠り姫の如く固く目は閉じられたままだ。博士は花瓶に見舞いの花束を差し込むと、静かにその場を立ち去った。
その気配を感じ、哀は目を開けた。
ゆっくり身体を起こす。ひどく痛むのは足だけで、他は擦過傷だ。
「ジン…FBI…工藤くん…爆発があって…」
まだ靄がかかっている頭を小突いた。
爆発の瞬間、ベルモットが自分に多いかぶさった姿がフラッシュバックする。破裂音と、激しい光、そして降り注いだ破片の雨。息が出来ず、苦しみの中で気を失っていた事。
「みんな無事かしら…」
いろいろな事が起こりすぎて、頭が追い付かない。視線を窓に向けると、外は闇色に染まっていた。
ベルモットが着ていた黒いスーツを思い出させる漆黒…
哀の頭が次第にクリアになった。
「ベルモット…」
ふらふらと歩き、ナースステーションに赴く。二人の看護師が忙しそうに動き回っている。
「あの…」
気兼ねしながらも声を掛けると、世話好きそうな中年の看護師が、哀のもとへ駆け寄ってきた。
「あら、あなた三〇五号室の灰原さんね?体調はどうかしら。大変だったのよ、意識が戻らなくて…直ぐに先生を呼びましょうね、でも」
延々とお喋りが続きそうな雰囲気を遮り、哀は恐る恐るその言葉を口にした。
「あの、私と同じ頃に運び込まれた外人の女の人は…」
看護師は眉を寄せて口を手で覆うと、さも残念そうに、立ち止まってこっちを見ていた若い看護師と目を見交わした。
「言いにくいのだけれど…」
その言葉に、哀は絶句した。
心臓が激しく脈打って、締め付けられるようだった。
「まだ、|集中治療室《ICU》から出られないのよ…。容態が安定しなくてね、火傷も酷いし、それに、意識もまだ…」
「そう…でも生きているのね」
生きてると知り、ホッとしたのも束の間。まだ、楽観できる状況ではないのだ。
「集中治療室には入れるの?」
「外から見るぐらいなら出来るけど、でも、あなたは病室で安静に―」
忠告など聞く耳を持たず、哀は会釈した後足早にその場を離れた。ガラス張りの集中治療室まで行く。身体中にコード、電子機器が装着され、酸素マスクで顔の大部分を覆われたまま横たわっているベルモットが其処にいた。
今もまだ、生死を彷徨っているのだ。
哀は長椅子に腰を下ろし、じっと身じろぎもせずに叔母の姿を見守り始めた。
「生きなきゃダメよ…お母さんの分も」
―長い夜になりそうだ。
哀はガラスの向こうから絶えず耳に入る、従順な機械音を聞きながら、大きく息を吐いて壁にもたれた。 |