FILE.15 明暗
着いた時は既に日が傾き始めていた。ジョディは運良く帰宅していたようで、直ぐに応答してくれた。
「―ジョディ先生。江戸川コナンだけど、開けてくれる?」
インターホン越しにコナンがそう伝えると、彼女は即座にロックを外してくれた。
「―意識が戻らないって聞いてたけど…」
松葉杖に、そこら中包帯だらけ、そして入院着のままのコナンを眺め回した後、ジョディはダイニングの椅子にコナンを座らせた。
「さっき、気がついたんだ…」
差し出された麦茶を啜りながら、コナンは静かに答えた。その態度で、大筋はジョディに伝わったようだった。
「抜け出してきたんでしょう?」
「まぁね」
苦笑いする。
悪戯っぽく微笑んで、仕方ないわね、という風に肩をすくめて見せたジョディに、コナンも曖昧な笑みを返す。
「けれど、丁度良かったわ。あなたに尋ねなきゃいけないことがあったの。―…これを、どうやって手に入れたのか」
ジョディは立ち上がり、仕事机の引き出しの中から回転式拳銃を取り出し、コナンの目の前に置いた。彼女の瞳からは、既にひょうきんな色は消えている。これはあの日、ベルモットに貰った物だ。
「―その前に聞きたいんだけど、灰原と、ベルモットは…」
ジョディはコナンと同じ目線になるように膝立ちになった。
「二人とも、何とか一命は取り留めたわ。君が意識を失ったあとのことを教えてあげるわね」
コナンが意識を失った時の爆発―
その後、建物は本格的に瓦礫と化していた。彼女達がいるのは、地下二階。生存は、誰の目から見ても絶望的だった。
「…各隊、遺体収容作業に移りなさい」
無理やり紡ぎ出す様なジェイムズの言葉に、その場にいた皆が上司の言葉を神妙に受け止めていた。
「…生きている可能性は零じゃない。 早く、瓦礫を退ける作業を…頼みます」
出血が多く、ふら付く赤井を横で支えながら、ジョディも頭を下げた。一縷の望みでもあるならば、それに賭けたい。
「私からもお願いします、ボス」
キャメルも深々と頭を下げた。二人に両脇を支えられながら赤井は祈るように作業を見ている。
「―…よし、今すぐ掛かってくれ」
ジェイムズが表情を和らげると、赤井は安堵の表情を見せ、ゆっくりとその場に座り込んだ。
「シュウ、あなた出血が酷いわよ!」
ジョディの手に、べっとりとした感触があった。赤井は蒼ざめた顔で、電柱に凭れる。
「止血、したんだがな…子供たちを抱えて走ったときに、傷口が開いたらしい」
ジョディは、すぐさま救急車で病院に行くよう説得したが、赤井は頑として首を縦に振らなかった。
「どうしても、彼女の無事を確認したい」
強い口調に、ジョディは苦笑しながら止血だけして、その場を離れた。自ら瓦礫を一つ一つ動かし、赤井の望むとおり、彼女達の生存を確かめる為に。
周りの協力もあり、半刻ほどで地下が露わになるほど、片付けは進んだ。そして、更に三十分後…
「生存者、二人発見しました。直ぐに救出に移ります」
奇跡にところどころから歓声が上がる。ジョディの視線を感じながらその声に安心し、赤井はゆっくりと瞳を閉じた。
「ベルモットが女の子に被さるように気を失っていて、防火扉の下敷きになっていたわ。少しでも救出が遅れていたら、命が危なかったでしょうね…。ベルモットは背中に大火傷。それに、二人とも長い間燃え盛る酸素の少ない地下にいたから、脳に酸素が行かなかった時間が多すぎて、なかなか意識が戻らないのよ」
「そんなに…?」
「生還できた事が奇跡なのよ…その後の処置が早かったから後遺症も残らない。安心して」
ジョディは慰めるようにコナンの肩を叩いた。愕然とするコナンをよそに、ジョディは再び例の拳銃を手に、コナンを問い詰める。
「質問を変えるわね。誰にもらったの?」
妥協を許さないと言うように、真剣な面持ちのジョディに、コナンは隠せないと直感した。
「…ベルモットに」
ジョディは大きく息を吐いた。
「そう、やっぱりね。…本当なら、銃刀法違反。あなたも補導されるところよ?」
軽くコナンを睨んだ瞳は、笑いを含んでいた。
「シュウから口うるさいぐらいに頼まれたから、今回は目を瞑る事にするけど、二度とこんな事はごめんよ」
コナンもジョディに目を合わせ、肯いた。練習の時とはワケが違う、命を懸けた一発。自分の右手を見る幾ら、悪人と言えども。自分が何の躊躇いもなく、ジンを撃てたこと。それは、心に大きな傷を残していた。
「―…ようよ。」
考え事をしていて、少し、ぼんやりとしていた。だから、次にジョディが話した言葉は、コナンの頭に届く事なく、耳をすり抜けた。
「へ?」
間の抜けた声でコナンが顔を上げると、ジョディは少し苛々したように、刺刺しい声で繰り返す。
「ベルモットが私達の元へ運んできた、組織のボス。直ぐに救急搬送したんだけど、手遅れだったようなの」
コナンの視界から、全ての色が消え失せた。
「…死んだ、の?」
「ええ、これで組織の真相は闇に包まれたままだわ―…黒幕がこの世から去ってしまったんだから」
顎に手を当てて残念がるジョディをよそに、コナンは呼吸を乱していた。
赤井は、自分の正体を同僚であるジョディにも話さずに居てくれたのだ。それは、感謝すべき事なのだろうが、こんな形で、父親の死を知ったのは、かなりのインパクトだ。
自分でも気付かないうちに、コナンは立ち上がっていた。
「…コナンくん?待って、まだ話が―」
「ご、ごめんね、先生。病院に戻るよ。まだ…体調も万全じゃないし、またね」
コナンは逃げ出すように夜の街へ飛び出した。ジョディが何かを言いかけたことにも気が回らないほど、動転し腐っていた。ネオンが入り乱れる街。行き交う人は、松葉杖の少年を同情的な目で見たり、夜の都会で訝しがったり。
そんな人の目に気付くことなく、一心にコナンは足を進めた。
工藤という表札の下がった、主をなくした洋館へと。
|