FILE,14 煩雑な思い
次にコナンが目覚めた時、周りは静寂に包まれていた。
殺風景な部屋。固いシーツの上に寝かされている自分に見えるのは少し灰色がかった白の天井。そして、窓から差し込む眩しい光だけ。全身が自分の物ではないように、重く、言うことを聞かない。コナンはゆっくりと右手を起こし、拳を握った。一応力は入るようだ。
「生きてるみてぇだな…」
自分は、地獄から生還したのだ。しかし、沸き上がってくる喜びはほんのかすかで、コナンの心に影を落とす。灰原やベルモットを救えなかった。自分は、あまりにも無力すぎた。それに、父や他の傷ついたFBI隊員も気掛かりだ。思い切り踏ん張って、身体を起こす。
「痛っ…」
何とかベッドから降りると、全身が悲鳴をあげた。筋肉痛、そして自覚してなかったが、左足を強く捻っていたらしく、そのまま激痛に耐え切れず床に倒れる。弾みで、握っていたベッドの柵が外れ、凄まじい音が響き渡った。。
「やべっ…誰か来ちまうかな」
しかし、周囲は静寂そのもので、誰かが姿を現す気配は無い。
コナンは壁に手をつきながらゆるりと立ち上がると、ベッドに立てかけられてあった松葉杖を手に、再び立ち上がった。
「早く、博士にでも事情を聞かねーと…博士?」
この期に及んで、何故自分の口から真っ先に出る言葉が、阿笠博士なのか。彼は、確かに自分を裏切り、結果的に組織に情報を与えていたのに。それに信頼していたからこそ、裏切りの衝撃は深く大きい。それがまた落ち着きかけた心に歯止めをかける。そんな暗い気持ちを取り払う為、久しく会っていない幼馴染に思いを馳せた。
FBI達と行動を共にする為、阿笠邸に泊まると嘘をついて蘭の元を離れてから二週間。彼女の姿を見たい、声を聞きたい。心から溢れだして来る想いが、少し、憎悪の感情を消した。
「ジョディ先生に連絡して、あれからどうなったのか聞き出さねーとな…」
どんなに酷い結末だったとしても引鉄は自分が引き、原因を作ったも同然だ。全ての責めは自分にある。ぎこちない動作で廊下に出て、公衆電話を探す。見つからないように屈んでナースステーションをやり過ごし、給湯室に差し掛かったとき、中から聞き慣れた二つの声がした。
「有希子さん、すまんのう…わしのせいで、こんな事に」
「違うわよ、博士。誰のせいでもないわ。優作の弱さが、こんな事を引き起こしたの」
コナンは片隅からじっと中を覗き込んだ。頭を垂れている博士と、一睡もしていないのだろうか、少しやつれた印象で博士を慰める母、有希子。
コナンは出て行くことも出来ず、複雑な思いでその場に隠れていた。
「新ちゃん、一生目が覚めなかったらどうしよう。医師の話だと、これだけ目が覚めないのは、精神が拒絶反応を起こしているかもしれないって。やっぱり優作の事、あんな形で知るなんてショックだったわよね。もう、三日も眠ったままなのよ」
震える声の有希子の言葉に、ようやく自分がどれだけ眠っていたのかを知った。三日も眠っていたのか、
「わしが、それとなく伝えていれば、きっとこんな事には…きっと彼はわしを恨んでいるじゃろう」
博士が深々と有希子に頭を下げた。
胸が詰まる。目の前に居るのは、やはり、お人よしで、自分を昔から支えてくれた人に変わりは無いのに。自分の意識の中、仄かに残る不信感が、彼の方へ行きたいと言う気持ちを遮ってしまう。
「博士、やめてったら。さ、病室に行きましょ。今日こそ新ちゃんが目を覚ますかも、ね?」
「わしは―」
「いいから!」
コナンはそっとその場を離れた。
ポケットを確かめると、黒く煤け、液晶画面が割れた携帯電話と、家の鍵が入っている。コナンは公衆電話へ行くのをやめ、エレベーターに向い、階下へ進んだ。今はまだ、心の準備が出来ていない。蘭の元へ帰るのも、病室で彼らに会う事も。自然とコナンの足はジョディの住むマンションへと向かっていた。
有希子は渋る博士を引っ張り、個室の病室へ戻っていた。
「新…ちゃん?」
無造作に転がったベッドの柵、そして、皺の寄った空いたベッドを目にし、その場に立ち尽くす。
「あんな酷い怪我をしてるのに、一体何処へ…?」
そう、三日眠り続けたからといって、簡単に回復するような生易しい怪我ではないのだ。
「行き場所が見当もつかん…。こんな時哀くんがおってくれたら…」
博士は暗く沈んだ声で呟いた。その言葉に悲痛な面持ちで有希子は俯いた。
「無茶しおって…早く連れ戻さんと。有希子くんは医師に連絡を。わしがその辺を探してこよう、まだ遠くへは行っとらんはずじゃ」
そういい残すと、阿笠は足早に病室を出て行った。
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