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流血の終焉
作:深月姫季



FILE.10 赤井の秘密、そして憎しみ


「赤井さん、無事か?」


コナンの問いに、赤井は静かに肯きしっかりした口調で告げた。


「ここから逃げろ」


「え…」


「宮野志保を捜し出して、早く地上まで戻れ」


ドアの外で成り行きを見守っていた哀はハッとした。

ここからでは後姿しか見えない男が自分の名を言った。どうして知っているの?小さな叫びを飲み込み、哀は反射的に口を押さえた。


中の話はまだ続く。


「どういうことだ?赤井さんも一緒に―」

赤井は唇の端を歪めた。


「そう虫のいいことはさせてもらえないだろう、この男にはな。俺はこいつを倒してから行く。恋敵コイビトノカタキだ。俺自身が、決着ケリを付ける」

 

赤井の声は弱々しかったが、表情には、固く決意がにじみ出ていた。


「恋人の敵って、もしかして、お姉ちゃんの…」


動悸が早くなる。コナンが頼っていたFBIの赤井という切れ者。彼がまさか、組織に入るために自分に近づいてきた諸星大だとは思わなかった。敵同士の組織の、禁断の恋。姉は、そのせいで殺されたのか。怒りと、どうしようもない切なさが哀の胸を押しつぶした。


「自分を犠牲にするつもりか!?」

コナンの声に、赤井は瞳を逸らした。コナンは頬を紅潮させた。

「さっき、あんたは言ったよな?姉を灰原から奪った仇を討ちたいと。それで、俺は罪滅ぼしと思うのなら死なないでって。あんたまで死ねば、灰原が宮野明美さんと離れた後の事を、一生知る事が出来ないんだ。あんたが生きて、伝えてやれよ!」


「彼女は俺に会いたがらないだろう。さあ、早く、彼女を連れて行け…爆発で、死にたくなければな」


赤井が低い声で言った。ジンは薄笑いを浮かべながら、左肩を押さえて壁にもたれた。


「ごめん、赤井さん。俺は行かない…助けたい人が居るんだ」


コナンはポツリと呟いた。心に描いたのは机に向かい夢を描いていた、父親の姿。


「父さんを、助けたいんだ。きっと、まだあの部屋に居る」

赤井は動きを止めた。ドア越しに聞いた会話を思い出し、コナンがどんな気持ちでその言葉を告げたのか、胸を痛めていた。

「だから」

哀は複雑な心境でそれを聞いていた。今の一言は、彼の父親が大きく組織に関わっていた事を、彼が最悪の方法で知ってしまった事を窺わせる。もっと早く、伝えていればよかった。

「だから―赤井さんは、灰原を連れて脱出してくれ」


真剣なコナンの瞳に、赤井が口を開きかけたとき、冷たい笑いが全てを引き裂いた。


「工藤優作を、助けたい、か?それは手遅れだ。この手で始末したからな…」


コートのポケットに手を突っ込み取り出したものは、見覚えのある黒縁眼鏡だった。

「な、何だと…?てめェ…」

部屋に、形容のし難い叫びとも呻きともつかぬ声が響いた。コンクリートに反響して、何重にも重なりながら、悲痛な声がガラスになってコナンに戻る。既に頭で整理できる許容範囲を超えていた。ジンの行動はコナンの心を壊し、コナンは奇声を上げて座り込んだ。

そしてそのまま大きく息をし、喘息にかかったように喘ぎ続けた。


「酷い事を―」

赤井がジンを怒りで睨みつけたそのとき、扉が開いて哀が部屋に飛び込んできた。


「工藤くん!しっかりしなさい」


焦点の合わないコナンの頬を軽くたたきながら、哀はゆっくりと呼びかける。


「工藤くん、しっかりして!」

尚も、コナンの瞳は虚ろに宙を見続ける。


「工藤くん!!」


丁度、哀がジンに背を向ける格好になっていた。ジンは奇妙な薄笑みを浮かべた。


「いい機会だ、地獄に送ってやる、シェリー」


ジンが引鉄を引く。不意を衝かれた素早い動作に、赤井はなす術も無かった。

破裂音と共に哀の身体が跳ね、哀は焼いた鉄を押し付けたような激痛に呻いた。

「灰…原…」


コナンが正気に戻ったとき、哀の右足からは、既にどくどくと血が溢れていた。恐らく血管を傷つけたのだろう。出血の多さに顔面蒼白になっている。コナンは上着を脱ぐと引きちぎり、止血して包帯代わりにぐるぐると右足に巻きつけた。


「良かった…」


哀は微笑み、その場に崩れ落ちた。

「しっかりしろ!」

「平気…私は、大丈夫だから」

駆け寄った赤井に哀を任せ、コナンは立ち上がった。もちろん、銃を両手で持ち構えて。


「ジン、お前だけは許さねェ…」



本当に、一瞬の対峙。

「調子に乗るな、餓鬼が」

ジンの瞳が鋭くなった。

瞬間、どちらからともなく二人の銃が火を噴いた。

「工藤くん、ダメ―」



哀の叫びも虚しく、最初にその場に臥したのは、工藤新一の方だった。その場が凍りついた。赤井の強張った顔が、哀の心に響く。


「大丈夫だ…








 腕ををかすっただけ」


腕ににじむ血を押さえ、顔つきは厳しいもののゆっくりと起き上がったコナンに、哀も赤井も安堵の表情を浮かべた。


ジンは、大きく目を見開いた。




「馬鹿な―…」



ジンの脇腹から、どす黒い血が流れ出していた。防弾チョッキを突き破った銃弾は、コナンの怒りとともに確かにジンに届いた。


「アハハハ…黒い大砲は、銀の銃弾に負けたわね?…ジン」


弾けるような笑い声と高飛車な口調が背中から浴びせられ、四人が振り向いた。哀の表情が固まる。


「―…ベルモット」


「あなたがどう足掻こうと、組織は崩壊。残念ね。あの方も死んでいないわ。瀕死の重傷の所を、FBIに引き渡した所よ。どれだけ口封じに人を襲っても、手遅れよ、残念ね」


ベルモットは髪を振り払うと、ジンを睨み付けた。


「ベルモット、どういうつもりだ」

ジンは眉を寄せながらも、みんなの注意が逸れたのをチャンスにコートを破って腹部を止血した。


「A secret makes a woman woman…」

ベルモットはそう呟くと、
腕を組んで、壁にもたれた。


「この科白は、姉の口癖だったわ。日本人に恋をした、愚かな姉の…ね」

今までの彼女からは想像できないほど、静かでやさしい口調だった。












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