FILE.1 昼下がりの告白
「なぁ、お前はそれで満足か」
強張った顔を更に引きつらせ、色黒の少年は目の前でコーヒーカップに口付けているライバルを睨み付けた。
「あぁ」
さも当然の事であるかのように、彼は短い返答を告げる。しかし、目を伏せたその態度から、平次には彼の“迷い”を束の間窺い知ることが出来た。出会って半年足らずの関係だが、共通点の多いこの少年に、かなりの親しみを感じている事も事実だ。
平日の喫茶店。高校生と小学生がコーヒーを啜りながら、対等に会話をしている。はたから見れば、どう映るんやろか。親戚、兄弟?でもどう推理しても、探偵やとは思わんやろな。そんな事を頭の片隅で感じつつ、少年は乱暴にコーヒーカップを取り上げた。
一度、口を付け、冷めかけたブラックのあまりの不味さに顔をしかめる。母親が入れるものとは比べものにならない。まさにこういうものを月とスッポンというのだろう。
チラリと向かい側に座った好敵手を見る。見た目は違うが、同い年の少年とって、途轍もなく大きな事件があった事を知ったのは、事件の翌日のマスメディア。それにより、大きな犠牲を払った事を知ったのは、ほんのニ、三日前、彼から電話をもらったときだった。苦々しい思いを胸に、少年―西の名探偵服部平次は暫し沈黙していた。
互いが、相手の出方を伺うように。
「……俺は、間違ってるか? 服部」
思いつめた様に、コナンが言う。平次は言葉に窮して、姿勢を正して目を閉じた。
正しいにしろ、間違っているにしろ、キレイ事なら言うのは容易い。しかし、キレイ事を言う事で、この悲運の好敵手とに関係を、薄っぺらいものにしてしまいたくはなかった。
「悪い。 こんな事、答えようが無いよな。自分だってこの選択が正しいのかどうかわかんねーんだ」
自嘲気味に唇を歪め、力なく俯いたその小学生に、平次は言葉を選びながら話した。
「正直お前の選択は間違っとる、と思うで」
平次の一言に、コナンは肩を震わせる。平次は少し間をおいた後、唇の端を緩めた。
「ただ、俺がお前の立場やったら、やっぱり今の工藤と同じ選択したやろな。彼女を一番傷つけんようにするには、それしかなかったんや。たとえ他の人を傷つけてでも、男には選ばなアカン道があるんとちゃうか。ねえちゃんはどっちに転んでも傷つくかもしれん、でも、それは俺らにはどうしようもないこっちゃ」
話しながら、ガラス張りの窓の外を見る近くの高校の制服を着た少女達が笑いながら歩いているのを見て、平次の胸が痛んだ。
「全く傷つけずにすむなんて都合のいい選択はない。まだ俺はあいつの元へは戻れない。それがわかった時点で、この姿のままあの探偵事務所の世話になるのは反則さ。あいつは如何しても江戸川コナンに工藤新一の影を重ね続ける。だから俺は」
「お前の気持ちの行き場はどうなるんや。なぁ、工藤。お前も被害者なんやで」
そう、誰が見たって解ることだ。全ての苦しみを一人で被る必要は無い筈だ。
「どうしようもねーさ。俺が蘭の傍に居れば、蘭はこれからもコナンと新一をダブらせて、一喜一憂するんだ。蘭の苦しむ顔、見てるこっちも辛いんだぜ。だから、今はこれが最良の選択なんだ。俺にとっても」
まるで自分に言い聞かせるような、弱々しい声。
平次は心の中でため息をついた。探偵として、いくつもの難しい事件を解き明かす事は出来ても、人間としてはまだまだ未熟だと思い知らされる。
「俺には力になれることはないんやな」
ただ、一言だけ、念を押すようにコナンの瞳を覗き込みながら言う。コナンはゆっくりと顔を上げ、しっかりと頷いた。
「…あぁ」
「まぁ、いつでも俺には会いにこいや。お前の秘密を知っとる、数少ない一人なんやしな、工藤」
重苦しい雰囲気をどこかへ追いやるように、平次はちょっと明るく言った。
しかし、コナンの顔が曇る。少しの間を置いて、コナンは手に持っていたカップを降ろした。床と擦れ合って小さく音を立てる。
「服部。もし、しばらくこっちに滞在できるなら蘭を護る為に、俺の力になってくれねーか?今オレがあいつに近づくのは危ねぇから」
その顔と、トーンの低い声に平次は眉をひそめた。何か、頭の奥の方で嫌な予感がする。
「何や、言うてみ」
かなりの勇気を必要とすると見える。コナンの顔は、冷房が効いている喫茶室の中でも汗が伝っていた。
「まずはあの日の事を知って欲しいから、お前には話しておく。……最初の事件で、俺はジンを捕まえることは出来なかった」
平次にその意図はわからなかったが、数日前に起きた、大惨事を、ゆっくりとコナンは語り始めた。
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