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作:Mercurius



『祇園精舎』


「ヒィー ヒィー…ヒョー ヒョー」

夜の闇に響き渡る奇声。
山の侵入者に対し、警戒音なのか・・・居場所を教えるような声。
動物達の息を潜める挙動で、どの位置に居るのかおおよその見当が付く。

「キョウ様…」

「綾乃、今更気配を消しても無駄だ…余計怪しまれる。」

身構える綾乃の緊張を解きほぐす。

「平家物語で語られている『鵺』… ぬえの生態をお知りでしたらお教え願えませんか?」

退魔士たる者の基本、彼を知り己を知れば、百戦殆からず。
有能な退魔士であればあるほど、敵の情報を知りたがる。
相棒の綾乃は、工学系には滅法強いが、古典文学には疎い。
平家物語の序文が『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。』だと言うことも判っているか…疑問だ。
ヌエ…な。確か。

「抑源三位入道と申は、摂津守頼光に五代、三川守頼綱が孫、兵庫頭仲政が子也…」

最初の雰囲気だけでも、口語訳じゃなく伝えたかったのだが、綾乃の『空気読めよ』的な、釣り上がった眉と表情で『ちがうな』って事が判った。
判りやすいように噛み砕けと…そう言う事だな。
やれやれ…だ。

無茶苦茶噛み砕いてやる…。


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「早太!早太は居らぬか〜」

京の外れの庵。
俺の家の唯一の渡り廊下を、ノシノシと歩く音と辺り構わず響き渡る大声。
さすが、もうすぐ従五位まぁまぁろせんの噂が名高いお殿様。
俺の唯一の楽しみである、池の鯉への餌の時間などお構いなしだ。
昔は、もう少し武人として落ち着いた雰囲気だったのがな。
確か今日は、五条辺りの後家うれたおなごの歌人の家で『季節を愛でる歌の会』とか、いかがわしい催しで大忙しだったはず。
みなもと家の系譜の中にあって、武に優れ歌人としても名高いお殿は、招待選手のように招かれていったが。
後家の家で開かれる歌の会など、体のいい合コンみたいなもんだろうに…。

「お殿、聞こえていますよ〜。そんな大声で叫ばれると、うちの鯉が食あたりになりますよ」

お殿が来るまでに餌を池に放り込まないと、女房(家政婦)任せだと…誰が主人か忘れられる。

「早太! わしより、池の鯉が大切か! そんな上を敬えぬ家臣だとは… 前から気がついておったがな…」

庭の見える廊下で、鯉の餌をやる俺に嘆きを入れるお殿。

「奥の間に入って待っていてくださいよ。女房がお茶を煎れているはずですし、馬の早駆けで喉も乾いてごさいましょう」

「いや、お前の庭は、壷庭のように狭いが、手入れも行き届いて雅な風情ゆえ、ここで待つことにする」

家臣の鯉の餌やりに、主人が待つ。
この時代へいあんの律令制度にあって、ありえぬ行動だ。それゆえ俺も、このうだつの上がらぬ殿に仕えておるのだが。

「女房(家政婦)任せだと、手を打っても無視されますからな。餌やりは重要なのですよ」

砕けた麩を、我先に食おうと身を乗り出す鯉どもが、いとおしくてタマラン。

「して、お殿、未亡人の歌の会はいかがでしたかな」

いかず後家…未亡人の催しなどは、後家姫の見合いか、仕えている女房どもの社交の場みたいなものだ。
どうせ、枯れた女どもの好奇の目に晒されるだけ。
まことに生臭くていかん。

「そうじゃ歌の会に、兵部卿の宮がいらして… いち早く殿中の情報を聞き及んでな」

平安の頃は、情報伝達が遅くていかん。
女一人落とすのに、文を10通。気の聞いた歌でその気にさせんといかんからな。
いまの世みたいに『好きです、付き合ってください』みたいに単純ではないのだ。
歌のセンス、マメさ、筆走りで推察される学の良さ、そういうものがモテる要素なのだ。
まぁそう言うのは置いといて。
兵部卿か…腐っても宮腹の兵部卿の話となると、殿中のコアな話か。
今お殿に伝わる筈の話は、殿中で『ここだけの話だがな…誰にも言うなよ』って感じでジワジワと伝わっておるのだろ。

「宮腹の卿の話とは、殿もそろそろ殿上人の端くれに加われるのか? 部下の俺も誇らしいと言うもの」

出世の遅い殿に仕えると、俺の家臣も肩身が狭い。
俺も常々、家臣のものに言われておるのだ。

「いや、聞け早太。大事だぞ」

カラカラの喉をゴクリと鳴らし、お殿が話し始める。
そういや、お殿の話してなかったけ。
源頼政ってぇ、武人として名を轟かした武将だ。
保元の乱では、味方に先駆けての一騎がけで、敵を恐れおののかせた武人だ。
噂に名高い武人と言うのと、雅になりたくても成れずに居る不器用な人柄に惚れて、対等の付き合いをしてる。
武以外に才能があって、異常に歌が上手いのだが、ひねくった表現じゃなく剛球ストレートの表現でな、割と新鮮だと評判だ。
文武両道とか噂だけ名高いのだが、出世が遅い。
まあ、俺は仕官してこの人についてるわけでもないし、お殿も部下と言うより友として付き合ってくれている。
その間柄がある限り、俺はこの人の側にいるだろうがな。

「最近、近衛院が…夜な夜な清涼殿付近に響き渡る奇声を聞き、失神しておられてな」

また、殿中に控える女房のアノ声でも聞こえてきたか?
近衛院と言えば、年の頃一桁で天皇に成られたという帝だが。かなり病弱と来ている。
帝の重責を理解出来る年頃で、子供で病弱とくれば失神もするだろうに。

鵺鳥ぬえとりの鳴き声を発する魔物が、帝に災いをなしていると言う噂だ」

おやまぁ、俺におあつらえの仕事だな。お殿が飛んでくるはずだ。

「何ゆえ、お殿があわてていらっしゃるのだ?、殿上人でもあるまいに」

お殿は、宮廷を警護する長のサブリーダクラスの中間管理職。
宮廷警護としては大忙しだろうが、結局検非違使(警察)と滝口(SP)に命令するだけだろうに。
かといって、殿上で政に携わる身分でもなく気楽な身分なはずだ。

「先の帝の代でも同様の失神事件があったのだが、源氏の武人が警護しておる言うて安心なされ、失神癖がなくなったのよ。今回は俺に白羽の矢が立ちそうなのだ」

お殿…貧乏くじ決定。
成功して当たり前、失敗すれば失脚間違いなしだ。
名の覚えもよくても、近衛院だとそう長くは持ちますまい。
そりゃ、慌てもするな。

「鵺鳥なら、猟師を呼べば良いし、魔物であるなら法師、陰陽師の仕事でしょうに…」

そういう、仕様の決まっていない仕事が、一番厄介なんだよな。
途中で仕様変更なんて、アリアリだし。殿中だけに、誰も命令も勅命みたいなものだ。
馬鹿みたいに、右へ左へと無駄に動かされるだけで、討伐どころの話じゃないしな。
ぶっちゃけ、法師、陰陽師も出張った後だろうから、魔物であるなら本物の奴。
胡散臭い祈祷で、祓えないんだから強敵だろう。

「俺、パスしたいんだが」

俺の命は一個しかない。無駄に安売りはしたくない。

「それは、聞けぬ話だな。そちがトンズラこいたら、わしがしんどいではないか」

あくまでも、目線はフラット。
断りにくいな…

「ぬしが気に入っておったわしの脇差。『骨食』 じゃか、出世の暁にはくれてやってもよいぞ?」

!、なんと。
大江山の鬼を討伐した剣とか、鬼の剣とか言われている骨食か。
それは…聞き捨て成らんな。

「お殿、マジか?」

「大マジ」

物に釣られる俺も俺だが、現存する神剣の類。コレクター魂が疼くというものだ。

「魔剣骨食なしで、お殿はどうやって戦う?」

魑魅魍魎。魔物の類は神剣の類でないと祓う事はできない。

「いや俺、矢の名人だから。遠距離で撃っとくわ。トドメは任した」

この時代だと、剣は武士の命じゃなくって、弓が武士の命なのだよな。弓>剣。ガチで。
しっかしあくまでも、生き汚いというか…このお殿はなかなか死なんな。


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「そういう訳で、平安の頃の魔物 『鵺』を、『源頼政』と家臣『井野早太』が討伐するのだよ」

噛み砕きまくった平家物語『鵺』を話して聞かせた。

「さっすが、キョウ様。要らん知識だけは豊富ですね〜」

目を輝かしながら、俺を扱き下ろす綾乃…誉められていないのは確かだな。

「でもでも? 鳴いているだけで、害獣扱いはひどいんじゃない?」

だよな。俺もそう思う。
『鵺』が魂を食うとか言い出したのは、滝沢馬琴あたりじゃないか?
勉強不足だ、即答できん。

「まぁ、俺たちは殺戮機械じゃないから。金が掛かっていても善悪見境なしに魔物は討伐しない…それで良いじゃないか」

武士は、食わねど高楊枝。ポリシー捨てて生きるくらいなら、鳩の餌拾い食いするか、実家に帰ったほうがマシだ。

「ですね…最近じゃ、神獣の類も手にかけてしまう馬鹿どもが、横行してるらしいですからね〜」

腕を組み現代の退魔士を憂う綾乃。

「と言うことで、もし『鵺』がお金に成らなくても我慢だ。チキンラーメンで暮らそう」

「作るの楽ですからね〜」

お湯沸かすだけだからな…。たまには卵を入れたいけどね。

着実に、鵺の声の位置に近づきつつある俺たちだが、鵺は静かに俺たちを待ち構えているようだ。

「ヒィー ヒィー…ヒョー ヒョー」

…そうでもないみたい。
舐められているのか、気にしていないのか…あくまでもマイペースな鵺だった。


本文中の意訳『鵺』、100%フィクションです。
名前以外全部私の脳内補完した話ですので、苦情は受け付けません。
誤字脱字はドンドン送ってね。

猪(井)早太(剣)、源頼政(矢)、骨食と言う名前だけは史実に基づいています。











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