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気に食わないから世界征服をーー 作者:あんく
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気に食わないから世界征服を。

「おいおい、嘘だろ!?」

ノマーネが喚く。
目の前のイカれた魔術師の提案は狂っている!

「お前はこのミシャとかいう魔族のために貴族に喧嘩を売ったのだろう!? 人間を殺したのだろう!?
 頭がおかしいのか!?」

見習い魔術師に向けていた手は震え、汚い口から大量の唾が飛ぶ。
ノマーネは二人が恐ろしくて堪らなくなった。
この魔術師見習いは命を懸けている。命をかけ貴族に立ち向かい、命を懸けて私の近衛兵を殺した。全てはこのミシャと呼ばれる奴隷を助けるためのはずだ。
それをこいつは捨てるつもりでいる。
奴隷は奴隷で俯き、震えておる。
反発もせず、ただ震えているのだ。
蒼天の追撃は風来魔術としては基本魔術。対して決定打を与えない。それ故に怪我だけをさせる目的ならば有効的な魔術だ。
ノマーネは逃げるミシャに、立ち続けるコカゲに何度も何度も魔術を打ち続けている。
決して少なくない、心を折り屈服させるためには十分な数だった。
なんなんだこいつらは! 痛いはずだ! 苦しいはずだ!

「なぜそんな目で私を見るのだ!」

何度魔術を与えただろうか。血だらけのこんなガキにノマーネは恐れを抱く。

「ノマーネ殿。俺は魔術師見習いだ。魔術もまだ一度も使ったことがない」

強く足に力を入れ、再び意思を取り戻す。 
意識もはっきりとしない中、コカゲは宣戦布告を行う。
もともと決めていた目的。

「この俺がガルディアを潰す! 世界を征服する! 貴族を全員殺す! お前にはその一人目になってもらう!」

 コカゲは放つ。意思を放つ。

「この国賊が! 貴様なんぞ殺してやる!」

ノマーネは憤慨した。怒りでどうにかなりそうだった。
貴族を殺し、国を潰すなど国王に対する反逆心だ。国王なくしてこの国はあり得ない。
忠誠心なき魔術師などあってはならない。
そんな危険人物を国王が統治するこの国においてはいけない。
 ノマーネは魔術詠唱を始める。
 それは蒼天の追撃なんぞの風来基礎魔術ではなく、ノマーネが使える最大攻撃魔術。

「風来の灯! 栄えた光の絆! 王国の――」

 王国の剣。広範囲の風来系魔術。その魔術は地を裂き、空を裂き、人を裂く。あまりの範囲、威力のため市街で使うことを禁止されている特定限定魔術。
 もしこれがコカゲに放てば命はないだろう。この距離だ、逃げることすら叶わない。
 しかしノマーネの最大攻撃魔術がコカゲに当たることはなかった。
 ミシャがノマーネと一緒に崖へ足をかけたからだ。
 小さな少女の体重は崖に向き、重力に従っていく。
 ミシャはノマーネが今までの詠唱とは違い、明らかに殺意をもった魔術を施行することに気づいた。
 受け続けていた蒼天の追撃ではない、もっと殺傷性の高い何か。
 そんなものをコカゲに向けさせるわけにはいかない。
 コカゲを守りたいという思いが、彼女の震えを止め、崖へと誘う。 
 ノマーネは急な重心の変化に魔術を発動できなかった。あまりの事態に集中力が切れ、魔力の循環が遅れる。
 国王の剣は簡単に打てるものではない。詠唱を終え、発動するだけに至っても手元にいる少女のせいで谷に落ちる寸前となれば冷静は保てないだろう。
 ミシャは落ちる寸前、正直な気持ちを主人に伝えた。

「わたしの主人、コカゲ。あなたの気持ちが嬉しかった。あなたの優しさが嬉しかった。それで十分。こんな小さな気持ちであなたの幸せをつかめるのなら。わたしは貴族と心中します」

 ミシャは態勢を崩す。少しずつ浮遊感が増していき、静かに死を選ぶ。

「こんな私に、貴族を殺す手段を与えてくれてありがとう。同胞の敵を討たせてくれてありがとう。最後にエルフの誇りをもう一度持たせてくれてありがとう」

 ミシャは最後まで喜んだ。
 例え死ねと言われているとわかっていても、そこまでの彼の気持ちに嘘偽りはなかったのだから。

「私を助けてくれてありがとう」

――ノマーネとミシャは、谷へと落ちていった。


◆◆◆

「ぐああああああああああああああああ!」

 ノマーネは魔の森の谷から落ちていた。
 高さは四百メートル。落ちれば即死だ。
 地面までおよそ十秒。新たに魔術を詠唱する暇などない。
 加速し続け、落ちる彼は焦り涙する。

「こんなところで私は死ぬのか! 奴隷との心中で私は死ぬのか!」

 いたぶっていた奴隷と死ぬなどふざけている!
 私は貴族だぞ! 国の御三家の一角に属するチャミング家のものだぞ!
 ノマーネはまだ落ち続ける中自分の死期を理解できずにいた。

「あきらめてください。私たちは死ぬのです」

 ミシャはノマーネに笑いかける。
 ノマーネの最後を見届けれる、そう思うとミシャは心躍った。
 自分が死ぬことは二の次だった。
 ノマーネの命を絶つ手伝いが出来て、コカゲの手伝いができる。
 ミシャの命と引き換えに。
 自分の命と引き換えに憎き貴族を葬れる。
 ただ、もし希望がかなうなら。
 彼のそばにいたかったとミシャは思う。
 ミシャはまだコカゲのことを名前しか知らない。
 どんな少年なのだろうか。
 よく笑うのだろうか、よく泣くのだろうか。
 好きな食べ物は? 得意な魔術は?
 魔族の血を引いている私のことを好きになるだろうか。
 もっと質問したい、もっと近くで見ていたい。
 ミシャは思う。
 でも仕方のないことだと。
 この国において、魔族はそういうものなのだと。
 生きている者の全ては自分の死を決めることはできない。
 いつか必ず死ぬ。
 それは世界の摂理であり、魔族にとっても人にとっても同じだ。
 だからこそ、ミシャは喜ばしく思う。
 死ぬことは変えられない。
だが死ぬ理由は変えられる。
もしかしたら病気で死ぬかもしれない。
憂さ晴らしの通り魔で死ぬかもしれない。
戦争に巻き込まれて死ぬかもしれない。
けど私は自分の死を決められたのだ。
私と契約してくれた彼のために死ねるのだ。
誰かのために死ねることが幸せだと感じた。
子を守る親の様に、少年を庇う英雄の様に。
コカゲを守るミシャでありたいと、ミシャは思った。





◆◆◆




「誰がお前に死ねといった?」
 崖の上でコカゲは呟いた。
 谷底に近づき続ける貴族と元奴隷にはもちろん聞こえない。
「お前は俺の使い魔だ。初めての仲間だ。そんなお前を殺すことなど俺はしない」
 蒼天の追撃によって血だらけになった右手を上げ、コカゲは詠唱する。
 初めての召喚魔術。コカゲは集中し、唱え続ける。
「契約せしもの、ここに集う。問われば答えよ!」
 コカゲは召喚魔術を唱え切る。
 召喚魔術。それはいかなる場所でもコカゲの元に呼び押せる魔術。 
「ミシャ・バルレ! 我の問に答えよ!」
 コカゲの体から魔力が消費されていく感覚を覚えた。
 今まで消費したことのない魔力。初めての魔術執行に喜びをかすかに感じる。
 魔力が巡り、放出されると魔術が発動した。


◆◆◆



 落ちていく谷の中で、チャミング家のノマーネは思う。
 あの魔術師見習いは最初からのこのつもりだったのだ。
 確かにあの学生は落ちろとは言ったが元奴隷に死ねとは言っていない。
 魔術では確実に私が勝っていただろう。
 憎くて堪らない。
 だが死ぬのだ。ノマーネはコカゲとミシャによって殺される。
 仕方のないことだった。
 必ず生き物は死ぬのだから。


◆◆◆
 コカゲの目の前に、死を覚悟していた少女が召喚される。
 泣き続けていた女の子は何が起きたのかわからずコカゲを静かに見上げていた。
 コカゲは少女の無事を確認すると、ほっと安堵の表情をした。
 傷だらけのコカゲは微笑みを感じ、ミシャは同じように微笑む。
 小さな女の子だった。
 あざだらけの少女だった。
 魔族だとか、奴隷だとか、そんなものは関係ない。

「怖かったか?」
「はい」
「今まで辛かったか」
「はい……」
「助けられて、良かったか」
「はい……!」
「そうか」

コカゲは淡泊だ。 
コカゲは誇りに思う。
少女も誇りに思う。
助けられて、力になれて。
これはコカゲが世界を征服する物語だ。
少女のために、妹のために。
コカゲが気に食わないのだ。
世界が起こす不条理を。





――気に食わないから世界征服を。
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