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気に食わないから世界征服をーー 作者:あんく
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魔王とは。


軍人であるラースは丘の上に立っていた。
 短い黒髪、花の刺繍が胸に描かれた白い軍服を身に着け、いかにも軍人だという印象を周りに持たせている。唯一女の子らしいものと言えば右耳にのみ付けているマテライトのイヤリングぐらいだ。
ラースは支給された剣を腰に携え、唾を飲む。
微かに震え続けている両手を己の意思で止めることは叶わなかった。それは初めての戦争による緊張から来るのではない。恐れ――畏怖から来るものであるのは明白だった。
見晴らしがいい草原の丘いる兵士達はラースと同じ感情を抱いているだろう。
国家に仕える約五万の魔術師の軍勢。
一人一人が兵士でもあり魔術師(・・・)でもある。
彼らは軍人として毎日訓練し、非常時の際は戦地に出向き国のために戦う。
ガルディアと呼ばれる魔術国に属する兵士達。
いつでも逃げ出すことは出来た。敵に背を向け仲間を犠牲にすることも出来た。
しかし――この場から立ち去るものは誰一人としていない。
(みな)ラースと同じようにこの丘で命を賭す覚悟があった。彼らには常に守りたいかけがえのないものがあった。
――友人、恋人、夫、妻、子供、親。
愛するものを守ろうとする意志で国を支えていた。
恐怖を抱きながらも決意に満ちたラースにとって家族の他に心の支えになるもの――圧倒的な五万もの魔術隊。
――その中でも特化戦力として数えられ、軍を率いている者がいた。
『ガルディア国王女ミューリ・アストレンジ』
『宮廷魔術師であり白を冠する痛撃のノア・クシャドリア』
『総司令官ブランジ・チャミング』
三人はガルディア国における対軍兵器であり――魔術師として別次元の強さを誇るもの。
わずか三人とも言うことが出来る。だがラースを含めた魔術師達は三人も(・・・)という印象を持っている。
ラースは陣形の後ろに配置されていた。

「ねぇミューリ。私は軍人としてここに来れたことを誇りに思う」

王女の友人であり学友であるラースは正直な気持ちを伝える。
――嘘ではない。
――国王に忠誠を誓い、国のために戦える。嘘ではない。――ここに来るまでは。
しかし実際に我々が倒すべき敵を見据えたときに同じ気持ちでいれるかと言われると難しい。

「あれが……今回の敵なの?」

ラースは震え続ける両手を止めることが出来ず、不安を払拭しようとする。
恐れを抱きながらも口にすることはない――その気持ちに気付かないよう努める。
ラース、ミューリを含めた軍隊の視線の先には――。
――黒装束を身にまとい、ただ草原に立っている何かがいた。
大きさは一般的な男性と同じぐらいだろうか。
手足があるのは確認できた。しかし顔には白い仮面を被り表情を見ることは叶わない。辛うじて瞳の部分から相手の黒い目が目視できる。
ソレを見た多くの兵士は同じような疑問と恐怖を持ち続けていた。
――あれはなんだ。
――我々はあれを相手にするのか。
悲観せずにはいられなかった。初めて目にするもの。

「えぇ、あれが――魔神に仕える一人。魔王ハインケル」

魔王。魔神に仕え、世界を牛耳っている魔族の王。
――ただ立っているだけ。
――ただ一人が軍隊の先に立っているだけだ。
しかし五万もの大軍はたった一人の敵を見つけ恐れ慄いている。
ラースは正直後悔した。

「あれに……私たちは戦争を仕掛けるの……?」

戦争という表現が正しいのかは分からない。一人に対して五万という人数は明らかなオーバーキルだ。普通の相手ならば尻尾を巻いて逃げるだろう。
しかし――魔王は動かない。
距離にすると数百メートル。
しかしまるで目の間にいるかのようにラースは魔王を感じていた。
敵だ。敵だ。敵だ。
五万人という魔術師は魔王たった一人のために準備されている。
それは――ガルディアという国が魔王一人に勝利するため必要だと感じた人数、いや正確にはガルディアが出せる戦力全てを出し尽くしているという表現が正しいだろう。
つまり――ガルディアは魔王に対し本来は五万もの魔術師達でも足りない、と判断したともいえる。
しかし現状は変えられない。
――この領土の奥はガルディアだ。
魔王など通らせるわけにはいかない。もし彼が国に入ってしまえばガルディア国の崩壊へと向かっていくだろう。

「例え命に代えても! 死なせてはいけない命が我々の後ろにはいる! 心を震わせろ! 守れ! そして勝ってみせろ!」
総司令であるブランチ・チャミングは恐れを抱く仲間たちの奮起を促す。
――勝てるかどうかではない、勝たねばならなかった。
ガルディアの境界線において、敗北は愛する者の死を意味する。
恐怖に支配されていようが関係ない。
――この場所こそが(いくさ)の最前線であり国の境界線でもある。
ブランチ・チャミングは全軍突撃の合図をかけた。
魔王に小細工など通じない。
全戦力をもって戦う。
魔王になど、通らせるわけにはいかない。
――全兵士が意思の炎を瞳に灯した。
――ガルディア軍はかつてないほどの精度で統率された。
全ての兵士、全ての魔術師がたった一つの目的のために命を懸ける。
ブランチ総司令は今が攻めるタイミングだと肌で感じた。
――意思が、熱意が、怒りが。
――全て魔王に対し注がれる。
――ブランチは総司令として五万もの兵力を最大限に引き出していた。

「突撃!!」

腹から喉を突き刺す声は兵士の心を震わせ目の前の敵に突き刺さる。
――いける。
ブランチは確信した。
勝利するのは我々であり、魔王を討伐したとしてブランチの名前は歴史に刻まれる。
五万もの兵士たちはただひたすらに魔王へと駆けていく。
それは決意の表れだった。各々が出来る最大限の魔術を唱えていく。
身体強化魔術で筋力を強化し大剣を構えるもの、風来魔術で浮かび先陣を切るもの、焔熱魔術を直接叩き込むもの、百人単位で詠唱を行う超広範囲魔術を行うもの。
一人一人が命がけで行う魔王への攻撃は、どれも普通の亜人に打てば一瞬で倒すことが容易ものばかりだ。
数万人の命を削るような魔術を受けて、生きていられるものなどいない。
大きな都市などが丸ごと破壊してしまうような大規模魔術。
――たとえ魔王と言えど、とガルディア軍は全員思っていた。
あまりにもの火力に、やりすぎてしまったのではないかと感じるほど。


◆◆◆
「活気があることはいいことだ。人間はこうでなくてはならない」

魔王ハインケルは見えない仮面の下で微笑んだ。
「だがダメだな。良くないぞ。国に近づいただけじゃないか」
 全く、と魔王は呟く。
「相手にするのも鬱陶しい。道を譲っていただければそれでよかったのに」
 ――魔王は軍隊の丘を歩く。
 ――軍隊でできた道を歩く。
 ――右には屍が、左には屍が。
 人は泣き、傷つく。

「俺はただ散歩がしたかっただけなのだ。今日はいい天気だからな。ちょっと回り道をしただけだ」

 ――歩き続ける。

「いやはや、これほどいい天気は珍しい」
 ただなんとなく行こうと思った先に軍隊が待っていた。
 ガルディアが今送れる最大限の軍隊が待っていただけだった。

「全く。散歩しているだけなのに軍隊で待つとはガルディアも礼儀がなっておらんな」

 ――散歩がてら魔王は挨拶をする。

「やあ兵士君、ごきげんよう」

 魔王の近くで死にかけている兵士にあいさつをした。
 しかし兵士はなにも答えない。
 恐れているのか、死に絶えているのか。
 全く、と魔王はため息をつく。

「お隣さんと道で出会ったら挨拶をするものだろう」

 魔王は歩く。気の向くままに歩く。
 ――この辺は変わらないな。魔王ハインケルは思い出に馳せながら気ままに散歩を続けた。


――世界有数の軍事魔術国ガルディアはこの日二万人もの戦死者を出し撤退した。

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