あいつ 〜序章
作:サー・トーマス



3 出会い


  3 出会い
    

 俺があいつに最初に出会ったときのことを話そう。それは大学の近くの「サッド・カフェ」という喫茶店だった。

 文学部評論学科3年(しかも二浪)で小説家志望の俺は、バイトで稼いだなけなしの金で買ったノートパソコンを持って、授業が無いときはそこにしけこんでいた。俺の悪友達も暇なときそこへ来て、一緒に騒いだり、そこから雀荘へ繰り出したりしていた。

 それはある秋の昼下がりのことだった。俺は図書館でコピーした資料を持って、喫茶店の隅の明るい4人掛けの席に陣取っていた。店の外が硝子越しに見える。
 そんなときにあいつはその店に入ってきた。野球帽を目深まぶかに被り、黒いウインド・ブレーカを着ていた。その下は銀色掛かった灰のバイクスーツらしい。同じ色のブーツを履いていた。腰がほどよくくびれ、均整の取れた体に、ぴったりとしたスーツの下半身は俺の目を引いた。一瞬女の子かなと思ったが、歩き方で男だと分かった。

 あいつは店内をきょろきょろと見回すと奥の俺の方に来た。俺の横を通り過ぎようとしたが立ち止まり、
「あの、ちょっとここに座っていい?迷惑?」
 俺はびっくりして、
「あ、ああ、いや別に」
 あいつはにこりとするとすぐ俺の前に腰を下ろした。胸からサングラスを取り出して掛けた。俺はあっけにとられてあいつを見ていた。一見、まだ高校生の様な幼さを持っている顔をして、背は165センチぐらいか。

 あいつは店の硝子側の右手を頭につけて顔を隠すように俯いた。
 あまり見通しの良くない硝子の外を見ると、2〜3人の柄の悪そうな学ラン姿の連中が走ってきた。応援団の連中だ。中の180センチ級のガタイ(体格)をした奴が口から泡を飛ばして他の連中に指示している。応援団長の鬼芦おによしだ。乱暴で評判が悪い奴だ。声が潰れ、苦しそうにだみ声で話すので、我が大学の「ダースベーダ」と渾名を付けられている。
 店内を硝子越しに奴はみたが、俺と目が合った。眼を飛ばすように俺を睨み付けた。こいつとは前に些細なことで喧嘩寸前まで行ったことがあるのだ。
 奴はぷいと他を向くと仲間に怒鳴りながら行ってしまった。俺だけに気を取られた様だ。

 奴らが行ってしまうと、あいつは顔を上げ、ほっとしたようだった。サングラスを外し暫く下を向いていたが、俺の方を見て、
「あなた、文学部の角南大介さんだろ?」
「・・・あ、ああ。君は?」
「俺、1年の柳生林太郎。サッカー部」
「学部は?」
「一応、電子工学だよ。でもサッカーをやるためにこの大学に入ったんだ」
「・・・頭が良いんだな。サッカーやるために電子工学に入る奴はあまりいないぜ」
「まぐれさ・・・へへっ」
「なんで俺を知ってるんだ?」
「有名だよ。小説家志望の大介さんて。この間、芸文館歴史小説大賞にノミネートされただろ?」
「・・・ああ、まぐれさ」
 あいつはくすっと笑って、
「今度は大賞だよね?」
「読んだのか?」
「いいや」
 俺はぎゃふんとなったが、気を取り直して聞いた。
「追われてたのか?」
 あいつは外を見ながら、
「あいつらしつこいんだ。あの団長が。無理に俺を応援団に入れようとするもんだから、金玉けっ飛ばしてやった」
 俺はあっけにとられた。口も悪そうだが喧嘩っぱやそうだ。

 そのときあいつは帽子をとって頭を掻いた。暗い茶で染めた髪が首まで垂れた。
 俺はあいつが俺好みの顔をしていることに気づいた。瓜実顔で気の強そうな眉と目。髭がまだ生えないのか、柔らかな曲線を湛えている頬と顎。意志の強そうな口元。体も中性的な丸みを帯びている。小太りなのかもしれない。
 肉付きのいいのが好みの俺は、こいつが女だったらアプローチしていただろう。俺はそのとき、まだ、まとも(、、、)だった。

 あいつは俺の手元の機械を興味深そうに見ながら聞いた。
「パソコンで小説書いてんの?」
 俺は平静を装っていたが、心が騒いでいた。
「・・・ああ・・・」
「見せてよ」
 俺は気の強い女に言われたやうな気がして、慌てて上書きの処理をするとあいつにパソコンを回した。

 あいつが頬杖をついて矢印キーを叩いて居る間、資料を見るふりをして、あいつの表情を伺っていた。確かに読んでいるようだ。時々、考えるような様子をしたりちらと俺を見た。
 しばらくして、
「ふーん。まだ始まりってとこだね。戦国時代ってこんな男同士の契りって普通だったんだ。この主人公の少年ってゲイなの?」
「・・・心に女の部分があるんだよ。今で言う性同一障害かな」
 あいつは俺を明らかに軽蔑したようだった。
「まさか、あんた、ホモじゃないよね?」
 俺はさっきの礼も言わず、ずけずけ物言うこいつの態度に腹が立ったが、怒ってもしょうがないと考え、
「・・・そうだったらどうする?」
「あはは、やばい!俺、どうも女みたいに見えるようだから、狙われたりして」
 鬼芦に狙われてるんだろう、と言おうとしたが、俺は苦々しく言葉を飲み込んだ。
 あいつはいたずらっぽそうに笑って、
「・・・でも男同士でくっついてどうするの?この主人公の中年武士と少年は?子供も作れないんじゃない。いつかお互いに飽きるんじゃない?」

 明らかに人の小説を批判する奴と同じ口調だ。
「結末は一緒に死ぬことさ」
「えっ?」
「この頃は現世は一時の仮住まいという思想があったんだ。彼らは共に戦いそして死ぬ。それが彼らの今生の恋の成就なんだ」
「・・・」
 あいつは目を大きく見開いて俺を見た。
 俺はびっくりした。俺の言葉を目を丸くして聞いていたあいつの目から涙が一筋流れたのだ。
 俺の心臓がずきんと痛んだ。

「へ・・え。そんな恋があるんだ」
 あいつは指で涙を拭うと、
「へへ、俺、涙もろいんだ。筆が進んだらまた見せてくれる?」
「ああ、興味があるなら」
 あいつは店を出て行った。あいつの涙を流した顔が俺の脳裏に焼き付いた。

 あいつはサッカー部で結構注目され始めた。サッカーをやりたいために進学した、と言うだけあって試合の時の動きは群を抜いていた。その中性的な容姿と可愛いマスクはすぐキャンパスの女学生の人気の的になった。
 女の子の様な天才サッカー少年、ということで大学のマスコット的な存在になった。本性はじゃじゃ馬だということを知っている俺は苦笑した。
 鬼芦達も迂闊に手が出せなくなった。

 「サッド・カフェ」に集まる悪友達の間でもあいつの噂は良く出た。このご時世にはもう性のタブーはなくなったらしい。少なくとも、俺の悪友達の話の中では。あいつなら恋人にして一緒に歩いても恥ずかしくはない、ということのようだ。やれやれ。
 俺は、俺の小説の主題である「今生の契り」と恋の解説を聞いて涙を流した、あいつの顔を思い出した。
 俺が書いているのは、戦国時代の話だ。戦闘場面を多く入れたので登場人物は殆ど男にしたが、恋物語も挿入したいがため、美しい少年を創出した。姿は少年だが、感性的には女性なのだ。
 俺は頬杖を突いて夢想した。あいつが、女ならなあ・・・でも俺なぞに手が届くとも思えない。


 寒さが本格的になったある日の夕方、俺は授業が終わった校舎の三階の部屋の窓からサッカー部の練習を見ていた。練習が終わった後も、あいつはPKの練習を一人でし始めたので俺も見続けていた。
 あれから一回も面と向かったことはないが、同級生と話しながら歩くあいつを見つけるとしばらく眺めていたりした。
 俺はグランドを見ながら、あいつの息づかいが間近に聞こえてくるような錯覚を感じていた。あいつの汗の匂いを嗅いでみたい、と下腹に疼きを感じた。俺もヤキがまわったか、と苦笑いした。
 もう薄暗くなってきた。冬のグランドにはあいつ一人しかいなかった。そのとき、あいつの後ろからばらばらと駆け寄っていく連中がいる。まだボールを蹴っているあいつは気づかない。俺は反射的に立った。
 あいつは近づいてくる奴らにはっと気づいたが、遅かった。あいつは羽交い締めにされ、口に何か巻かれたみたいだ。前にいた一人があいつの強烈な蹴りにうずくまった。体の大きな男があいつを殴った。ぐったりしたあいつを取り囲んで、黒い学ランの連中はあいつを部室の方に引きずっていった。


 林太郎は応援団の部室の真ん中に敷いてあるマットに投げ出された。サッカーシューズを脱がされ、両腕は後ろで革バンドで縛られていた。半袖のホーム・ユニホームは引き裂かれ、下の長袖のトレーニング・シャツが捲られて腹が見えていた。下半身には長めのサッカーパンツにカーキ色のソックスを履いていた。
「なにをしやがる!」
 林太郎は半分身を起こして怒鳴った。口からは血を流している。奴らが何をしようとしているのか見当がついているので、さすがに普段の威勢よ良さはない。目に脅えの色が映っていた。
 三人の学ランの手下の前に鬼芦が出てきた。この三人は鬼芦と同じ性向を持った奴らだ。他の応援団員はもちろんこんなことが起こっているなどとは知らないだろう。全員が悪者という分けではない。
 「ダースベーダ」が骨張った顔をにやにやさせながら、優しい口調で言った。林太郎の顔は嫌悪と恐怖で引きつった。
「・・・りんちゃんよ。この間はよくも俺に恥をかかしてくれたなあ。団に入ってくれれば、優しくしてやろうと思ってたのにい」
 林太郎は肩で息をしながら、マットの上で仰向けに後ずさりしようとした。ソックスがマットに滑って殆ど動けない。
 はあはあと息づく胸が後ろで縛られた腕のために押し出され、首筋が汗で濡れ、前髪が目に掛かっている。普段は不敵で小生意気な顔をしているが、一変して怯えた可愛い顔の表情は男達の征服欲を煽っていた。
 男の姿をしているが、男とは違う「異性」を感じさせていた。いつも女のことばかりを考えている悪団員どもの股間が疼いた。アダルトビデオなどの影響で妄想の中で堕落し尽くした連中が、後腐れのない性欲の現実の捌け口を見つけたのだ!彼らは股をさすったり舌なめずりした。
「お礼にこれから朝まで、俺たちがお前に男の良さをたっぷり教えてやるぜ。ここは寒いから、俺たちのあったかいもの(、、)を一杯にお前の腹の中に入れて暖めてあげるからな。ひひひ」
 口の中にもだ、と手下の一人が言った時、笑いが起こった。
「明日、俺たちの子種を入れたまま授業に出してやるよ。せっかくナカダシするんだから、ちゃんと吸収してくれないと勿体ないからなあ。それまで俺たちが周りに付いていてあげるね」
「ナプキンをしなきゃ汚れちゃうしね!俺たちが替えてやるからさ、女の子なんだから」
「毎日、授業が終わる毎に俺たちにまた入れられるんだから、お尻の口が閉まる暇はないぜ。アナル栓と下腹バンドを買ってやるよ」
 男達から卑猥な台詞が飛び出るたびに、下卑た笑いの渦が何度も起こった。

 四人の男達は、既に林太郎の人格など一顧だにしていなかった。鬼芦がしつこく林太郎をキャンバスで応援団に入れようと誘ったとき、手下どもは後ろ手に腕を組んで直立して並んでいた。鬼芦が股間を蹴られて蹲ってたとき、彼らはそれに動ぜず苦笑して見ていた。そのときはまだ一線を越えてなかったのだ。林太郎が彼らを侮蔑の表情で見ながらこう言うまでは。
「お前等ホモ同士で仲良くしてりゃいいじゃねえか!」

「く、来ると殺してやる!」
 絶体絶命の林太郎の目には涙が貯まっていた。この連中が冗談めいて言ったことが、本当に自分に起こることは明らかだった。怒りに任せ、獣になった彼らに理性などありえようはずはない。ただ、性欲の命ずるまま行動するのだ。
 男なのにずたずたになるまで犯され、奴らの精液にまみれて引きずり回される自分を想像した。
 小さいときから、一部の大人達にそういう目で見られていると言うことは意識していた。同性の級友の幾人からも慕われていたということも知っていた。だから出来る限り男っぽく振る舞い、持ち合わせた運動神経で大立ち回りをすることもあった。鬼芦の勧誘に過剰反応してしまったのも、大学に入っても自分がそういう目で見られたという怒りからだった。
(いやだ!助けて・・・!)
 林太郎の脳裏に何故かあの(、、)男の笑い顔がよぎった。
 鬼芦の手下達が林太郎の周りに動き、その腿を両側から踏みつけ、動けなくしてから林太郎の腕を取り、俯せに押さえつけた。林太郎はもう蹴ることも出来なくなった。
 林太郎は、観念したように首を上げて懇願した。
「・・・わかった!何でもするよ。言うこときく。だから乱暴しないで!」
 林太郎の前にしゃがんだ鬼芦が右手の人差し指を動かした。
「ちっちっち。俺たちが二,三回廻ったらそうしてやるぜ。お前は可愛い顔して結構、危険だからな。徹底的に俺たちの所有物だってことを分からせてからだ。・・・これからずっとな。おい、デジタルビデオの用意は良いか!」
「準備OK!『アイドルりん(、、)ちゃん、調教中』!アクション!」
 一人がカメラを載せた三脚を固定して、戯けるように言った。スイッチを入れた。
 林太郎のサッカーパンツが脛まで下ろされた。厚いソックスに引っ掛かり、足の自由は完全に無くなった。黒いナイロン製のビキニパンツが見えた。男なのに骨盤が大きく、女のようなふっくらした尻だ。筋肉と皮下脂肪のため腿もむっちりとしている。
「ひえ〜色っぽいぜ。やっぱりお前は女として俺たちに奉仕しなきゃ」
 汗で濡れた下着に男の手が掛かった。


 その男が悲鳴を上げた。肩に手を当て体が硬直していた。俺がそいつの肩を鎖骨から掴んでいたのだ。俺は渾身の力を込めてそいつを後ろに投げ飛ばした。そいつはカメラと三脚をすったおして動かなくなった。
 驚く連中は体を起こしたが、隣の奴の腹を俺は横に蹴飛ばしていた。こいつはあいつを襲ったとき、あいつから一発喰らっていた。蹲ったまま嘔吐して気を失った。
「貴様は!」
 鬼芦と残った手下は退いて身構えた。だが、あっという間に二人の戦力を俺は奪っていたのだ。
 あいつが信じられないと言う顔で俺を仰いだ。涙が頬に筋となっていた。
 鬼芦は獣のような声を上げて俺に襲いかかると俺の首を締めだした。背の高さと臂力に任せ、親指を俺の喉にかけ、喉笛を潰そうとしてきた。喧嘩でも禁じ手の一つだ。俺は鬼芦の指と手を握り、奴の力を中和していた。奴が唸り声を上げて指を締める。俺は奴が俺を殺そうとしていることを確認した。奴の狂った目を凝視した。
 鈍い音がした。ぎゃーという絶叫が闇となった部室の廊下に響き渡った。
 俺の林檎を握りつぶせるほどの握力は、鬼芦の両親指を外側に折ってしまったのだ。
 俺は泣き叫びながら崩れる鬼芦を座らせると、戦意を無くして膝を突いている男に怒鳴った。
「これから先、りん(、、)に近づけばお前等全員の首をへし折ってやるぞ!水泳部と陸上部が相手になると思え!約束すれば今夜のことは黙っててやる」
 俺の悪友の内の二人は、それらの部の顔(、)として知られている。勿論、でまかせだったが。
 俺はそいつに後始末を命じると、りんの戒めを解いて身なりを整え、俺の古着のジャンパーコートの上から肩を抱いて部屋を出た。

 そのとき俺はちょっと気が大きくなっていた。思い切ってあいつの頭を撫でた。髪を触りながらあいつに言った。
「りん、茶髪はやめろ。日本男児は黒(、)だ」
 あいつはよろよろと歩きながら茫然とした顔で俺を見上げた。








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