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その名はジャスティス(1)



「ちゃららーんちゃっちゃららっちゃちゃっちゃーん・・・」

世界の全てが色を失っていた。

「ででっででれーでっで・・・ちゃっちゃらーんてれれれれー・・・・」

ありとあらゆるものがその『概念』を書き換えられている。
そこは人工的な都市でありながら、既に人の気配のない無音の空間。
どんな声も届かないそこで、一人の男が踊っていた。
黒衣に長身、風にたなびくロングコート。お気に入りのサングラスの隙間、青い瞳が覗いている。
手にしているのはやたらと長大なエレキトリック・ギター。
青空を切り取ったような美しいスカイブルーのフレーム。
そしてその周辺には奇妙なものが展開していた。
一言で言うと、それは光を集めて固めたような、半透明の青白いクリアプレート。
どんな法則に従っているのか、それは直接ギターに付属していない。
それは確かにギターの周囲に展開しているが、厳密には接着されていない。
そう、浮いていた。

「んっんー・・・あーあー・・・・ノド飴なかったっけ?」

声の調子が気に入らないのか、男は眉をひそめてそんな事を口にした。

『白黒の町』。
高層ビルも、コンクリの道路も、人工的な木々も、そして男の自慢の金髪ですら全てがまるで旧時代の映画のように白黒に染め上げられている。
彩を失った世界で男は一人踊り続ける。
人影のひとつもないそこには、男と、そして異形な形状の何かしか居なかった。
その何かは『本』だった。
白いブックカバーの、厚手の日記帳。それそのものはそう呼べた。
開かれた無数のページから飛び出している、あるものを除いては。

単刀直入に言えば、それは怪物だった。


男のダンスのお相手は人間ではない。それは白黒に彩られた怪物だった。
男同様、原理のわからない光の装甲を纏った騎士のように見える。
四本の腕と対になる首を持ち、それぞれの手に持った槍を男に繰り出している。
そもそも歌なんぞ口ずさめるような状況ではない。
槍の一撃一撃はどれも必殺と呼ぶにふさわしい威力を持っている。
客観的に見たって腕が四本ある怪物のほうがどう考えても圧倒的に有利。

の、はずだった。

男が手にした武器はエレキトリック・ギター。
そもそも武器と呼ばれるものではないそれで、男は槍の雨を弾き受けきっていた。
すさまじい轟音だった。ギターと槍が激突する度、青白い閃光が舞い散る。
その男はただのギターを期用にくるくると振り回し、踊るように打ち合っている。
誰も居ない無色の町、命がけのダンス、ギター、槍、日記帳。
そんな景色はこの世では実現されないものだ。
男は人間の限界を超えた動きで全てを叩き落す。
騎士の槍は開始から五分、いまだに男を穿つことが出来ないでいた。
このままでは埒が開かないと悟ったのか、騎士は背後に跳躍した。
それに連なって日記帳も飛んでいく。
男はそれを見てギターをくるりと宙で回転させ、片手に構えてサングラスを取った。

「すげえなおい、あいつ腕が四本あるぜ。宙に浮いてるしよ」

果たして誰に語りかけているのか。そこにいるのはその男と、騎士と・・・。

『おそらくあの日記帳が本体なのでしょう。騎士のような『吟示』はあそこから出現している言わば幻影のようなものだと思われます』

ギターしか、いない。

その声はギターから聞こえていた。澄み渡るように凛とした、女の声だった。
男はそれを聞いて口笛を吹きながら悠々と歩き出す。
風が吹く。男の金髪・・・今は白髪だが・・・が、風に棚引く。
楽しそうに頬を緩ませて、男は駆け出した。

「っせーのー・・・・せっ!!」

跳躍した。つまりジャンプ。
ホップ、ステップ、ジャンプ!といわんばかりに助走を付けて跳躍した。
空を男が舞う。その高さ実に5メートル。人間に可能な動きではなかった。
騎士もまた空を舞う男に対応し、舞い上がっていく。
色のない太陽の下、戦士は対に空を舞い、己の得物を激しく鳴り交わす。
下方からの騎士の無数の槍。一秒間に1.5発ずつ繰り出される四つの一撃。
男は特に何も構えず、頭上で回転させたギターを思いっきり振り下ろした。

じゃ〜ん!

ギターの音が世界中に響いた。
それだけで騎士の腕ごと槍は粉々になって消滅した。
粉々どころか光の粒になって空に消えていく。
騎士の四つの目は真ん丸く見開かれていた。さすがにいくらなんでも、この騎士とてただの一撃で自慢の槍を四本まとめて叩き壊されるとは思ってもみなかっただろう。
しかも、相手はただのギター。

「必殺!!超アルティメットセイバーーーー!!!」

男の長身が空中を縦に回転する。
ぐるぐるぐるぐるぐる。
回転の勢いもそのままに、騎士の二つの頭の丁度付け根の部分に、それが直撃した。

じゃ〜〜〜〜ん!

再びばかばかしい効果音と振動が世界に奔った。
騎士は目にも留まらぬ勢いでコンクリの地面に向かって落下していく。
大地全てを揺るがすような衝撃と、舞い上がった砕かれたコンクリの破片。
騎士は完全に戦うすべを奪われているように見えた。
だというのに、その男、まさに外道。

「フフフフ・・・・・おい、おれの名前を教えといてやるよ」

空から舞い降りてくる。
スカイブルーのギターを振り上げながら、楽しそうに笑いながら。

空が落ちてくる音がする。墜落する飛行機のように、真っ直ぐに。


「おれの名は・・・・ッ!!!」




じゃ〜〜〜ん。


そんなこんなで、まずは彼が何故あんなところに行く羽目になったのか。

そこから語るとしよう。







⇒その名はジャスティス(1)









「はあはあ・・・・・や、やっとついた・・・・・」

少女だった。
年齢は十五歳。中学三年生。
野暮ったく伸びた黒髪と実に気弱そうな顔があいまって実にいじめてほしそうに見える。
実際彼女は学校でよくなじられたりするいじめられっこだ。
名前は秋風響あきかぜひびきという。
いじめられっこにはふさわしくないほど豪華な名前だといえた。
それは本人も自覚している。
つけ加えると響はいじめられっこなだけではなく、超がつく方向オンチだった。
この町で一人暮らしをはじめて早三年。だというのに、未だに迷子になったりする。

「はあああ・・・・・・」

ぼろくてもそこは彼女の我が家だった。
とりあえず家に無事に帰ってこられたことを涙ながらに喜んだ。

事の発端は三時間前。

響が住む『島』・・・・東京海上ポートアイランドは、都心から電車で一時間ほど向かった場所にある新都市だった。
実際に地図を見ると東京かどうか怪しい位置にあったが、そこはこう、某大型アミューズメントパークと似たような理由で東京と言う名を冠していた。
何はともあれ海上に浮かぶ小さな離島であるその町は、巨大な海洋プラントを中心に構成された最新鋭の島であり、完成してからまだ十年と経っていない。
島の中心にある海洋プラントから延びる無数の水路が張り巡らされた迷路のような町だった。
その町並みは近未来というよりはどちらかというとノスタルジックな雰囲気な部分が多い。
もちろんオフィス街などは最新鋭の高層ビルが立ち並ぶし、ショッピングモールやスクールエリアなどはまさに日本の未来バンザイといった様子で、しかし響にとってはちょっとばかし馴染みづらい空間ではあった。
響が住むぼろぼろのアパートは、そういう意味では彼女にとって安らぎの場所だった。
響は何せ機械オンチなのだ。ちょとした機械でも触ればたちまち爆発させる魔法の使い手である。
そんな理由から彼女の部屋にはテレビもパソコンも、携帯電話もない。
国民の百人の内九十九人どころか全員が携帯電話を所持するこのご時勢、親や教師やクラスメイトから持っていないことをバカにされたり叱られたり心配されたりしながらも響はそれを持つことをしなかった。
彼女の部屋には電話線が通っていない。これもまたこの近代都市では誰もが口をあんぐりとあけてしまうような恐ろしい異常事態だったが、彼女は特に気にしていなかった。
ここまで書けばわかると思うが、響にはろくに友達もいなかった。

話が脱線したので修正する。
とにかくそのポートアイランドは外周を主とした第一モノレール線ラインワンと、市街地やオフィス街を結ぶ第二モノレール線ラインツーという二つのモノレールが走っている。
響が通うアイランドスクールはスクールエリアにあるため、まず第一モノレールから第二モノレールに乗り換え、そこからスクールエリアに向かわなくてはならない。
まあごちゃごちゃ説明するのを端折ると、彼女は電車を乗り間違えてしまったのだ。
まず、登校でそれをやらかした響は大遅刻し、教師に叱られクラスメイトにはからかわれた。
そして落ち込んで考え込んでいると、今度は帰りで同じことをやらかしてしまった。
しかも、二度。

こうして恐ろしく帰宅に時間がかかってしまった響は、涙目でふらふら自室へ向かったのだった。

「どうしてこう、私はダメなんだろう・・・・・」

と、落ち込んでいても人間おなかはすくもので。
響はぶつぶつ愚痴を一人で言いながらも、料理を作り始めていた。
今夜の献立はごはんと味噌汁とさばの味噌煮だった。
あまりいらない情報だが彼女は味噌好きである。
そして自分のためだけに食事の用意をすると、一人でしくしく泣きながらそれを食べた。

「おいしいよう・・・・」

故郷の両親が懐かしくなって思わず窓際に座って星空を見上げた。

彼女の故郷は田舎も田舎。そしてごく普通の一般家庭で育った。
気前のいい両親と姉が一人。彼女は幸せな・・・まあ、当時からいじめられっこではあったのだが・・・・人生を送っていた。
近代文明に全く縁がないとすら言える彼女がこんな最新鋭の町に住むのには理由があった。
まあそんな理由はどうでもよいので、端折る。

「はあ・・・・」

そして響は貧乏だった。一日につくため息の数だったらギネスにも迫れると思われる。
桶とタオルとシャンプーだけもって歩き始める。
近代文明の結晶とも言えるポートアイランドだったが、銭湯なんてものもあるのだった。
響の住む部屋にはシャワーもついていない。これもまたこの世界では驚嘆に値する出来事だったが、響は広い浴槽が大好きだったので特に気にならなかった。
むしろこうして一日の最後に大浴場に来ることによって気分を落ち着かせるのである。

「今日も色々あったなあ」

髪をタオルで束ねながら一日の出来事を思い返す。

「電車乗り間違えて・・・・そもそも寝坊して慌ててたんだっけ・・・・」

一人ぼんやりと虚空を眺めていた。
しばらくするとぷるぷる震えだし、
そして涙を隠すためにぶくぶくとお湯に沈んでいった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

明日も学校がある。というか、毎日ある。あたりまえだ、土日以外はあるものだ。
それが何よりも憂鬱だった。けれど明日こそがんばろうと思う。
この少女の最も不幸な部分を挙げるとしたら、それは諦めない心だろう。
どんなに不幸でも、どんなにだめでも、絶対に諦めたりはしなかった。
誰かに愚痴をいうことも・・・まあ部屋のぬいぐるみには言うが人ではないので・・・・ふてくされて引きこもることも・・・・時々部屋から出たくなくなるが・・・・めげずにがんばっていた。
そもそも少女はぼけぼけているというか、基本的に不幸になりきれない性格だった。
既に広い浴場を一人で占領できていることに満足になり、上機嫌に歌まで歌いだしている。
さっきまで泣いていたというのに切り替わりの早いやつである。

「ふーん・・・・ふふ〜ん・・・ふ・・・・ん?」

誰も入ってこなかった扉が開いた。
入ってきたのは二十歳前後くらいに見える蒼髪の美女だった。

「蒼髪?」

女の風貌は妙だった。
滑らかな脚線美や肌の透き通るような白さ、蒼い目などはともかく、その髪色は異常にしか見えなかった。
響がそれに見とれていると、女はそのまま響の隣に浸かった。

「へ?」

まあそれは当然なのだが。
美女は何も言わず、蒼い瞳を閉じて湯に浸かっている。
肩口で切りそろえられたその淡く光るような髪に思わず視線が言ってしまう。
あまりじろじろ見るのは失礼だと思ったが、自分自身の髪、肌の色、そして・・・あー、まあ乙女のそういうのを表現するのはちょっとアレだがまあ主に体重だとか。
そういうものを比べて、相手のレベルの異常な高さに軽く落ち込んだ。
ぶくぶくと、再び浴槽に沈んでいく。
妖精というものが居るのなら、おそらくこんな風貌なのだろう。
なんともない動作一つ一つが洗礼されていて指の動きひとつすら美しく思える。
ので、目をそらすことにした。
あまり見ていると失礼だと思うし、見ていると自分に失礼な気持ちになってくる。
響は彼女から逃げ出すようにして浴室から去った。
最後。一度だけ振り返ったとき、二人の視線が交錯した。
蒼く透き通った宝石のような目が響を見つめていた。
慌ててたてつけのもろいいまどき古すぎる木製の扉をぴしゃりと閉め切ったのだった。




「それがなんでメイド?」

「え?うーん・・・あのね、慌てて服を着ようと思ったら、その隣の籠にこう・・・よく出来たメイド服がきれーに折りたたまれて入ってたの。あそこに居たのってあの人だけだし、どう考えてもあの人の服なんだけど、おかしいよね?」

「おかしい・・・・自分からメイド服着てるって・・・ていうかそれ着て、銭湯まで行ったんでしょ?おかしい・・・それはどう考えてもおか・・・きゃはははは!うっそお!ありえないって!!」

「だよね・・・・そうだよね・・・・うん」

翌日。
アイランドスクールの屋上に制服姿で響は座っていた。
隣にはフェンスに背を預けて携帯電話を弄っている少女がいる。
短い茶髪に気の強そうな顔、響と並ぶとかなり垢抜けて見える。
手にしたオレンジの携帯電話を閉じると、響の隣に座って微笑んだ。

「なんかの見間違いとかじゃないの?でもさ、蒼い髪なんて人いるんだねえ〜」

「染めたんじゃなくて、なんか最初からそういう生き物みたいっていうか・・・・きれいだったなあ」

「ふうん?あたしも一回くらいお目にかかりたいもんだわ・・・・あ、そうだ!今日一緒にその銭湯行く?あたしもたまには広いお風呂ってのも、悪くないと思うんだよね」

「だだだだ、だめだよう!は、裸・・・恥ずかしいもん」

「エ?あんた毎日行ってるんでしょ?」

「うん・・・・・・その・・・・人が居ないような深夜とかに・・・・」

「・・・・・・・あのねえ、その超引っ込み思案なんとかしなさいよね」

「ごめんね・・・・・」

「せい!」

「ぷぎゃ!なんでぶつの・・・・!?」

「そのすぐ謝るクセも、なんとかしなさいよね」

少女はあきれたように肩を竦めて牛乳パックにストローを刺した。
彼女の名前は近藤伊佐美こんどういさみ。色々と突っ込みたくなるような名前であることは間違いない。
たぶん悪即斬、的な性格であろうことはそこから既にうかがえる。
事実、彼女は響にとって唯一の親友といえる人物だった。

響がこのポートアイランド唯一の巨大学園、アイランドスクールに入学して三年。
一年生の時からずっと付き合いのある友人だった。
まあもちろん、こんな性格の響が友達を作れるはずもなく、しかもいじめられないはずもなく、当然のようにいじめられているところ、彼女が声を掛けてきたのだ。
いわゆる姉御肌というか、困っている人をほうっておけないタイプの伊佐美と響はすぐに打ち解けあった。
それからの学園生活で楽しいといえるのはこの近藤伊佐美の存在があったからだといえる。

現在昼休み。
購買で買ったパンと牛乳で昼食をとりながら伊佐美は響の弁当箱を覗き込む。

「いつもながら滅茶苦茶凝ってんね・・・・」

「うん、これしかやることなくて」

そりゃそうである。朝起きても、テレビもないのだから料理に没頭するしかない。
勉強の出来ない受験生がペン回しを上達させるようなものである。
伊佐美はしょっちゅう響の弁当箱をつつく。
つまみ食いするくらいなら最初から作ってくるよ、という響に対し、

『いや、そこまで世話になるのは友達じゃない!あたしは友達のバランスは守るべきだと思う!』

と、突っぱねた伊佐美。
まあどちらにせよこうして食べるわけだから、バランスもなにもあったものではなかったが。
そうして二人は楽しく昼食を終え、教室に向かって歩いていった。






一方その頃、メインストリートに露天を開いてアクセサリを売っている男がいた。
黒衣に長身、ド派手な金髪。まあ、彼はそもそも日本人ですらなかった。
この東京ポートアイランドは世界でも最新鋭の人工島だ。ゆえに外国人からの興味関心も高く、観光名所としてだけではなく国外とのビジネスの中心としても栄え、ついでに言えば仕事を探してやってくる外国人などが多く住まっていた。
ゆえに彼が露天を開いて道端で売れないからってしょぼくれているのは特に珍しい光景ではない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで売れないんだろうか」

男は考える。腕を組んで考える。
まず男のその風貌が近寄りがたいものであることに彼は気づくべきなのだが、本人は相当イカしたファッションだと思い込んでいるのでそこには全く気づかない。
最近よくいる自分のファッションに謎の自信を持つ人間、彼もその中の一人だった。
サングラスを外して簡易組み立ての折りたたみ椅子に深く寄りかかる。
ヒマだった。まったく客はやってこない。
正直に言えば売っているものはそれなりに上質だ。彼は手先だけは器用である。
だがその風貌がそういった魅力を全て破壊していた。かなり声をかけづらいのである。
たまにお客が、

「あの、これ見てもいいですか?」

とやってくると、男はその場でイスを吹っ飛ばして立ち上がり、それからサングラスを投げ捨てて女性の手を取ってぶんぶん振り回し、

「見ていってくれるんですねっ!!!」

大声で叫んだ。
女性はそれで引いたのか、そのまま逃げるように去っていった。

「何故だああああああああーーーーーーーーーーーッ!!!!」

男の慟哭が世界に響き渡る。
いちいちセリフの音量が必要以上に大きい。
男は崩れ落ちるとコンクリの地面を叩いて悔しそうに涙を流した。

「おれの、何が悪いっていうんだ・・・・・・!」

主に外見と性格だったが、それはみんな思っても突っ込まなかった。
そんなことを言えば何かやらかしそうな雰囲気がしているからである。
触らぬ神に祟りなし、といったところか。
指先で「の」の字をコンクリに描きながらうずくまっていると、背後から声がかかった。

「マスター、如何なさいましたか」

両手に紙袋を持ったメイドだった。
蒼い髪と目、美しく洗礼された容姿、神に愛されたとしか言いようのない美女。
それがうずくまっていてもやたらでかい男の肩を叩いて隣に座り込む。

「フランベルジュか・・・・・・・フッ、だめなおれを笑ってくれ・・・・・おれは朝から六時間、ここで店番しているというのにひとっつも、ひとっつも!!売ることが出来ない馬鹿野郎さ・・・・」

「いいえ、マスター。それは違います。それはあなたが悪いのではないのです」

「本当かフランベルジュ・・・・だが、おまえが店番すると売れるじゃないか」

「それは庶民がマスターの気高さと逞しさに気づいていないからです」

「なんだ?つまりおれは時代先取りすぎてやばいってことか」

オフコースもちのろんです、マスター」

ぐっ!っとメイドが親指を立てて無表情に男の顔を見つめる。
男はそれですっかり調子をよくしたのか、立ち上がってサングラスをつけた。

「フッ、いや、そうだろうとはおれも思っていたんだが・・・・流石はフラン、おれの魅力を語らせたらおまえ以上の女はいないだろうな」

「当然ですマスター、わたくしの心は既にあなたのものなのですから」

「フランベルジュ・・・・」

「マスター・・・・」

「フランベルジュ!!!」

「マスター!!!」

突如二人は道端で抱き合った。
周りで見ていた人々は既に呆気に取られている。

「よし、では店番はおまえに任せる!信じているぞ、フラン!!」

「承りました、マスター。わたくしの本気をご覧に入れましょう」

「よっしゃああああああ!!!おれはパトロールに行ってくる!」

男は雄たけびを上げながら走り去っていった。
一人残されたメイド、名をフランベルジュという彼女はその場で立ち上がると、集まっていた野次馬たちを見回し、それからメイド服に手をかけた。

「・・・・・・・・・全部買ってくれたら・・・・脱ぎます」

『『な、なんだってーーー!?』』

道端の男性が振り返り、集まってくる。

「ほ、本当か!?」

「本気と書いてマジと読むのです、お客様」

「じゃあ僕、買おうかな・・・・」




数分後。

そこには失意に埋もれ、立ち上がることの出来ない男性たちと、
万札を手馴れた様子で数えるフランベルジュの姿があった。

「それではごきげんよう」

「・・・・・・・・・・サギだ・・・・メイド服、二枚着てるなんて・・・・」

店をあっさり畳んだフランベルジュはそのまま紙袋と台と折りたたみイスを持って帰っていった。

「・・・・・あれどうやって持ってるんだ?」

「さあ・・・・・」

残された男性たちはそれを見て首をかしげた。
酷い目にあった彼らだったが。

「(また来ようかな・・・・)」

と、その大半がなんとなく思っていたのは言うまでもない。





放課後。

響はグラウンドの端に座っていた。
視線の先には何度もグラウンドを走る伊佐美の姿があった。
伊佐美は陸上部に所属する短距離走の選手だった。
彼女の陸上競技に対する情熱はかなりのもので、練習が終了した今も一人練習を続けていた。
声を掛けることもできず響はそれを見つめている。
自分には何も打ち込む事がない。けれど伊佐美にはある。
元々伊佐美と自分とでは明らかに自分の方が劣っていた。
運動神経は言うまでもないが、勉強の成績も性格も。響は、容姿もそうだと思っている。
ひざを抱えて、一人努力する伊佐美を見ながら小さな声で応援する。

「・・・・・・・・・・・」

そろそろ帰ろうと思い、立ち上がった。

「え?」

そして気づいた。
学校を取り囲む高いフェンスの向こう側、すぐ後ろに長身の男が立っていたことに。
男は何も言わず、サングラスの向こうに隠れた目に伊佐美を移していた。
男と伊佐美、二人の間を何度もきょろきょろと視線を行き来させる。

「あの・・・・・彼女に何か用ですか?」

はっきり言って男の風貌は怪しかった。それ以外に表現の方法がなかった。
だから不安になった。もしかして、いや、ありえないこともない、ストーカーなんて、いまどきこの町では別段珍しいことでもないのだから。
そういった悪漢の類であれば、自分の友達を守るために何とかしなければ。
具体的に何をするとかどうすればいいとかは何も考えず声をかけていた。
男はやっと今、響の存在に気づいたかのように視線を向けると、穏やかに微笑んだ。

「いや、がんばってるなと思ってな。おれは頑張ってるやつは好きだぜ」

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

「おまえ、あいつの友達か?」

「・・・・・え?あ、そうですけど」

「そうか・・・じゃ、今の内に仲良くしときな」

「え?」

サングラスを外すと、男の端整な顔立ちが明らかになった。
年齢は二十歳前後、その顔立ちは日本のそれではない。
その美しさに一瞬だけ響は見とれていた。
それは響が今まで見たどんな男のイメージともかけ離れていたから。

風が吹いて、二人の髪を靡かせる。
それがこの二人の最初の邂逅であったわけだが・・・。

「あいつ、その内おまえのこと、忘れちまうだろうからよ」

その邂逅は最高に不吉なものだった。
男はそれだけ伝えると、あっさりと去っていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

男が口にした言葉の意味がわからない。



その意味を理解したとき、伊佐美は確かに響のことを忘れていた。





だからそれが、彼女の始まりだった。





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