シンフォニーバケーション(3)
無限音階が発動する。
河川敷周囲を飲み込んでいく領域を、すぐ傍で見ている人影があった。
何故、響もるるるも空也もその影の存在に気づかないのか。それが疑問に思うほど、それはすぐ傍で彼らを見つめていた。
「組織の所有者・・・か。教えておくれ、エミリア。彼らは私にとって必要に足る存在かい?」
白い男だった。
ジャスティスと同等の長身に真っ白のタキシード。胸元には一輪の薔薇の花が咲いている。
美しい銀髪に銀縁眼鏡。その奥に輝く翡翠の瞳が問いかけていた。
答えるのはメイド。純白のメイド服に褐色の肌。同じく銀髪で顔は黒い仮面で覆われていた。
「答えはNOです、マスター・・・・彼らは・・・・番号入ではない・・・・」
「狩るに及ばず。そう、それこそ正解だエミリア。君は優秀な従者だね。そう、あんなものは、あんな、あんな下等な力は、私が求める新世界を創り上げる創造の神々に相応しくない。所詮下の者は下の者。力もないのに私の神に触れようなどと、笑止千万」
ぶつぶつと、長い台詞だった。男は自らの言葉に酔いしれるように笑みを浮かべる。
「だが私は知らねばならない・・・新しい神子がどんなものなのか。神を試すと言う愚かな行いを、彼女は赦してくれるだろうか・・・・教えてくれエミリア。私は赦されない咎人だろうか」
「いいえマスター・・・・マスターはこの世で最も人を愛するお方・・・・神はあなたを赦すでしょう」
「そうか。そうだな。ならば」
歩き始めた。当然のように。
そこに、心理領域の壁などないかのように、一歩踏み込んだ。
「『やあ、久しぶり』。なれば当然のように闊歩しようではないか友よ。我々は、吾々は、ただそのためだけに在る、そのためだけに居る、そういうものなのだから」
心理領域を破壊していく。
人の心など意に介さないその様子は、まさに狂気による結界。
彼にはどんな言葉も意味を持たないし、理屈も理論も関係ないのだ。
だからこそ、それはジャスティスと同じ、GoingMyWay。
「踊ろうではないか友よ。我々は同じ世界に生きる罪深き存在なのだから。誰もそれを赦せはしない。誰もそれを咎められはしない。ならば友よ、ああ友よ!」
そして告げる。
指先をまっすぐに突き出し、その目に宿すのは真実でも虚構でもない、ただ己が信じる世界の姿。
だから無敵。だから最強。だから、『他人のロジックなんか関係ない』。
「Forgiveness」
男の名はベルヴェール・ロクシス。
審判の男。
正義と同等の力を持つ、最強の反理論。
⇒シンフォニーバケーション(3)
心理領域無限音階。
それは戦闘に長けた能力ではない。
空に無数に浮かぶ白黒の巨大な鍵盤たち。
ただそれだけだ。戦いや世界に干渉する能力は一切存在しない。
付け加えて言おう。それは普通だと。
世界を変えうるほどの理論を持つものなど、稀少なのだ。
それは才能と呼んでまったく差し支えのないものだ。
理論武装としての無限音階を発動したるるるはその鍵盤を指先で操り・・・否、演奏し、世界に楽曲を鳴り響かせる。
その音色は不思議なものだった。この世界に存在するどんな楽器よりも澄んでおり、空に無数に浮かぶ鍵盤同士が反響し、五感が麻痺するのではないかというほど、音色が頭の中に反響していた。
「始めまして、秋風響さん。こうしてお話しするのは始めてっすね」
「な、なに・・・・?あなたたちもこれ、使えるの?どうして私をここに?」
「それはこっちの先輩に聞いてほしいっす。るるるはただのお手伝いっすから」
視線を隣の少年に移す。
少年の手はロボットの腕に変化していた。アニメチックなデザインにオレンジと黄色のカラーリング。サイズは通常の人間の腕よりも何倍も巨大だ。
「あんたの心理領域については知ってるから、こっちが名乗らないのはフェアじゃないよな。俺の理論武装は夢ノ英雄。理論装甲の理論武装だ」
「ろ、ろぼっと・・・・?」
「ああ、自分の体をロボット化させることが出来るんだよ」
「るるるの無限音階は本来探索用の理論武装っす。音響と200を超える鍵盤の音の組み合わせで対象の能力、条件、精度、原因などあらゆる理論を調査する・・・・感情を知るための理論武装っす」
「ちょ、ちょっとまって。それはわかったけど、なんで私に向けてるの?」
響はこの状況になってもまだ何がなんだかさっぱりだった。
それもそうだ。二人のことは彼女は知らないし、自分が襲われる理由も皆目検討がつかない。
「いや、別に何もしねーよ。ただあんたの能力はるるるの無限音階で探らせてもらうけどな」
「私の能力を、探る・・・・?能力って・・・・この目のこと?」
眼帯を外すと宝石のように紅に輝く瞳が露になった。
混乱しながらも眼帯をポケットに仕舞うと、無限音階がすばやく反応した。
「すごい共鳴数っすね。それ、中身はなんなんすか?」
「え?なかみ?」
「あなたの能力は・・・・」
そういいかけた時だった。
無限音階を破って、何者かが侵入してきた。
三人は同時にそちらに視線を向ける。
仮に。仮にだが。
ここでこの男が乱入してこなければどうなっただろう。
るるるも空也も響に危害を加えるつもりなど毛頭なかった。
ただ無限音階を使って響の能力について詳しく調べてみたくなっただけ。そう、好奇心が二人をそうさせただけで、大事になるとは思ってもみなかった。
ついでに響を助けるためにジャスティスがやってきて、ちょっと手合わせして自分たちの実力がどれほどのものなのかを測って見たかった。
本当にただそれだけ。無邪気な考え。誰も傷つけることなどないと、そう考えていた。
だからそれは本当にただの運の悪い偶然。そこにベルヴェールが居なければ、ありえなかった。
「え」
三人は同時にそんな言葉を漏らした。
誰が侵入してきたのかわからない内に、るるるの無限音階は破壊されていた。
無数の巨大な純白の十字架が、無限音階に突き刺さり、打ち砕き、そしてるるるそのものの胸に深く突き刺さっていた。
一瞬の出来事だった。何が起きたのか誰が理解出来よう。
少女の体がぐらりと揺らぎ、倒れるまでの間に追加で四本、十字架が突き刺さった。それによって少女は倒れることもままならず、宙ぶらりんのまま串刺しとなってあっさり意識を失った。
「他愛ない・・・実に他愛ないな、組織の所有者・・・・」
声が聞こえた。気づけばそれは空也と響の間に立っていた。
純白のタキシード。銀色の輝く髪。翡翠の瞳、狂気の笑顔。
両手を大きく広げ、微笑を湛えて男は言う。
「詩は好きかい」
「な・・・・・んだ、あんた・・・・・っ」
「Fulfillment」
空也が鋼の拳で襲い掛かる。
それは岩を砕き雷よりも早い電光石火の一撃だった。
夢ノ英雄は文字通り、彼が理想とする英雄の力を体現する。
故に想像上無敵と思われる戦闘能力を今彼は右腕に具現化しているのだ。
かつて夢見たアニメやマンガやゲームのヒーローのような力。
それは彼のイメージが揺るがない限り、絶対の破壊力を持つ。
十分その力は番号入にも匹敵するもののはずだった。
だというのに、ベルヴェールはそれを左手で掴んで受け止めていた。
「Eyeforaneye」
そして右手に光が十字を描きながら収束していく。
「Letthere belight」
それは1メートルほどの高さの十字架だった。
先端部分はまるで杭のように鋭利な形状をしている。
それが一つではない。一瞬にして13の十字架が空に浮かんでいた。
少年の体を投げ飛ばし、そこにすかさず十字架を放つ。
「なめ・・・んなっ!!」
光の結界。いやもっとわかりやすく言えばバリア。
夢ノ英雄はその機能もアニメ的であり、本来科学的には実現不可能な機能も兼ね備えている。
そのバリアもまた彼の理論武装の一部であり、並大抵の攻撃ではそれを破ることは出来ない。
だというのに十字架はそれをまるで紙のように貫通すると、少年の両腕に突き刺さった。
叫び声が上がる。何が起きたのかまるで理解できない。
少年の両腕が宙を舞った。十字架は腕を両断していた。鮮血が舞い、少年は動かない。
残されたのは秋風響ただ一人。
男は相変わらず微笑を湛えたまま、ゆっくりと振り返った。
「ひっ・・・・」
恐ろしくて声も出せなかった。
吟示やあの空也やるるるの理論武装を見ても恐ろしいだなんて思わなかった。
だというのに今は単純にこの笑っているただの男がひどく恐ろしい。
「神子よ・・・・今、貴女にめぐり合えた事を天に感謝したい」
しかしあろうことか男は響に跪き、その手を取って口付けを交わした。
柔らかな微笑みだった。しかし恐怖はまったく払拭されないのは何故だろうか。
そうだ、その目だ。目が余りにも人間離れしている。
何もかもをゴミ程度にしか見ていない目。その目はなぜか響に対してだけは穏やかで慈愛に溢れたものだったが、二人の少年少女を攻撃したときの目は筆舌に尽くしがたい。
こんなものが人間なのかと。恐怖に震えながら響は思っていた。
「どうか怯えないで欲しい、新たな神の子よ・・・・私は貴女と共にあるのですから」
男は悲しそうに目を伏せ、響に歩み寄る。
腰が抜けたように、いや、その目に魅入られてしまったのだ。まったく動けない。
ただばかみたいにがたがた震えて、震えながらその男の目から視線をそらすことが出来ない。
「たすけて・・・・・」
呟いた。
それは本当にどうしようもない現状に思わず零れた言葉。
無意識の中、十五歳のまだ子供と言わざるを得ない少女が呟いた言葉。
「たすけて・・・・・・ジャスティスさん・・・・・」
脳裏に浮かんだのはあの男の姿。
しかしそんなに都合よく現れるはずもない。彼は自分が部屋から追い出してしまったのだから。
ああ、そもそもフランベルジュと喧嘩して出てくるんじゃなかった。部屋でおとなしくしていれば少なくともこんなことにはならなかったはずなのに。数分前の自分を恨みたくなる。何よりそうさせたフランベルジュに当たりたいくらいだ。しかしそれでも現状は変わらないし変えようがない。
「神子よ、美しいその唇で奴の名を呼ぶのですね・・・・まだいたいけな少女故に、貴女は世界の在り方を知らない。ああ、神よ・・・悲しいことに貴女はまだ、何も己で判断出来る存在ではないのです」
「なんなんですか・・・・・あなたは・・・・・」
「貴女を愛し、いや、人類全てを愛する者です。そして何よりも世界を愛するただの人間ですよ」
胸に手を当て美しい笑顔を浮かべる。しかしちっともそれが美しく見えない。
美形のはずの顔も、その美しい神に愛されたとしか思えないしぐさも、全てが恐ろしい。
誰か助けて。誰か助けて。誰か助けて。
ただ祈ることしか出来ない。これから自分が何をされるのか想像することも出来ない。
「・・・・っと、おや」
ベルヴェールの背後から飛んできた黒い影のようなものが命中する直前で弾けた。
背を守るようにしてメイドのエミリアが立っている。彼女はどういう理論でそうしたのかは不明だったが、主に背後から飛んできた攻撃を無力化したのだ。
振り返ったベルヴェールの視線の先には白銀のローブを纏った少女の姿がある。
「その娘から離れろ」
死神の少女。番号入。シュズヴェリイ。
その身の丈の倍近くはあるであろう巨大な鎌の理論武装を構え、男を睨み付けていた。
「死神の・・・・・やれやれ、つくづく私は番号入には嫌われていると見える」
「ふざけていられるのも今のうちだ。わたしの声が貴様の身を貫く瞬間はもうすぐだ。審判の所有者よ、貴様がいつまで笑っていられるのか楽しみだ」
少女は巨大な鎌を背に、舞うように駆け出した。
「美しい者を壊すのは、いつだって胸が痛むよ」
悲しげに、ベルヴェールが呟いた。
次の瞬間には20を超える数の十字架が、シュズヴェリイに向かって突き進んでいた。
伊佐美と伊織は息を切らせながら走っていた。
どれだけ探し回っても響の姿が見当たらない。
そして直感的にだが、何かを感じる。それはとても嫌な予感だ。
二人ともそれに関して感じ取る才能は既に目覚めていると言っていい。二人とも心理空間と理論武装と言う怪異に遭遇した経験を持つのだから。
だがそれが、何か似たような事態であることは理解できても、何が起こっているのか、そこまではハッキリと感じ取れない。
「ねえ伊織、あんたこのカンジ、わかる?」
「近藤さんこそわかるの?これはたぶん・・・・・あれのことだと思うのだけれど」
顔を見合わせる。伊佐美のほうは、自分が響の心理領域に引きずり込まれた経緯などは記憶にない。
伊織としても響とあの空間にどんな関わりがあるのか、それはまだ本人に問いただしていない。
彼女たちはただ、毎日楽しく暮らせればそれでよかったのだ。それ以上のことは望まなかった。誰一人、誰一人として。だから伊佐美は自分が危険になると知っていても親友を信じ続け、伊織は友達になれるであろう少女を信じた。
それがこんな形で崩れていくことになろうとは、誰も思いもよらなかっただろう。
それが一般人ではなく、心理領域の所有者だとしても他人の心理領域を探知するのは難しい。
直接その現場に向かうか、心理領域が生まれた瞬間を感じ取るしかない。
二人はまだそこまで領域に踏み込めるほどの力はなかったし、その現場がどこなのかもわからない。
だからこそるるるの無限音階のような能力が必要なのだ。
対象の心理領域の位置と状況を確実に把握する力がなければ進入はままならない。
何が起きているのか、どうすればいいのか、それはわかっているのに二人は何も出来なかった。
「響のやつどこいっちゃったのよ・・・!ったく、いっつも迷子になってばっかなんだから!」
「そうだ・・・ええと・・・そう、ジャスティス・・・ジャスティスさんをご存知では?」
「なにそれ?名前?」
「ええと・・・・役柄・・・だったかな・・・とにかくそういう人が響さんと『この状況』をなんとかしてくれるに違いないんです!何か知りませんか!?」
「いやあ・・・・そんなこといわれ・・・て・・・も?」
一瞬だけ脳裏に何かのシーンが走った。
夕暮れの校庭。暑そうな格好をした男。
そこで聞いた何か不思議な話・・・・。
思い出すことはさっぱりできなかったが、ジャスティスという言葉に該当するものがある。
「探そう・・・・あの人ならきっとなんとかしてくれる」
「ええ」
二人は手分けして町を走り回ることにした。
一刻も早くこの不安をどうにかしたい。その一心で。
二人は何が起きているのかも理解していなかった。だというのに危機感を覚えるのはどこかで響と繋がるものがあったのかもしれない。
何はともあれ少女二人は友の危機を察知し、町へ繰り出したのだった。
死神と審判の戦い。それは見るものにとって理解の範疇を超える。
速すぎる。何もかも疾風怒濤の勢いで通り過ぎていく。そのやり取りはまず、一般人には理解できない。迸る閃光と轟音、金属と金属がぶつかり合う高い音だけが空間を支配している。
響がその二人の戦いを理解することが出来たのは、ひとえに左目のおかげであろう。
右目ではまったく理解できないものが、左目で見ればなんなのかわかる。
無数に、かつ無限に繰り出される十字架の剣。降り注ぐ雨よりも多く、尚且つ早い。
それを大鎌一振りで薙ぎ払い、叩き折り、ねじ伏せる。
遠距離攻撃によって戦闘するベルヴェールと違い、シュズヴェリイの理論武装は大鎌。
それは力で敵をねじ伏せ、叩き斬り、破壊するためのイメージ。
死神という言葉にとって、鎌はセットのようなものだ。
余りにスタンダートすぎるイメージ。しかしそれは誰にとっても死という言葉に直結する理屈。
だからこそ死神の鎌、黒月は強力だ。
理論武装の性能は自身に対する暗示、想いの強さによって決定されるもの。
己を死神だと思い込ませる、死神が死神たるための証がこの大きすぎる鎌であるのだから、それは何よりもシュズヴェリイにとって絶対的な死を与えるためのイメージだ。
そして何より鎌と死神という言葉の組み合わせは相手にも死を連想させる。
まがりなりにも死の神だ。そのイメージの最たる鎌は、己に無意識の内に死をイメージさせる。
はっきり言ってしまえば武器として鎌は三流だ。生き物を殺すということに、その武装は特化していない。
ただ切断するだけならば剣で十分。叩き折るならハンマーでいい。大きすぎる理由もその異様な形状も、武装としては意味をもたない。
だというのにそれが最強クラスの武器で在り得るのは、それが紛れもない死そのものだから。
それをシュズヴェリイは理解している。それを知っているからこそ、彼女は己を奮い立たせる。
「我は死神。一切合切の理屈は我の前では灰燼に帰す」
「死神・・・・・面倒なものだ。嫌われ者のカードだというのに、よくやる」
大地は無数の十字架で埋め尽くされていた。放たれた十字架の数はとうに100を超え、500を超え、1000を超える。
数え切れぬ墓標の上に降り立った死神は鎌を掲げて男を見下ろす。
「手をひいてはくれないかい?私としても、無益な戦いは好まないんだ。確かに番号入には消えてもらいたいのだけれど、新しい秩序を構成するためには私が君を殺すのはうまみがない」
「知ったことか。手を引くつもりなど毛頭ない。貴様はここで死ぬし、貴様の言う危ない妄想なんぞわたしはかまうつもりもない。貴様はここで死ぬ。それが運命だ」
「死神が運命を語るものではないよ」
所有者同士の戦いはイメージの戦いだ。
それは自己陶酔と破壊願望と言う言葉に代替できる。
特に番号入ともなればその自己暗示は美しさすら感じるほどで、それは自らにかける魔法のようなものだ。
己に必要な『始動キー』を口ずさみ、己の存在を言い聞かせる。
ある者はその演技がかった一連の会話を、詩のようだと言った。
理論武装とは詩のようだ。心理領域とは舞台のようだ。
舞い踊れ二十一役者。そこは観客の居ない己のためだけのステージ。
ベルヴェールが空中に並べた100を超える十字架がホーミングミサイルのように少女に降り注ぐ。
それを十字架から十字架へ飛び移りながら、時に大鎌で叩き落し、少女は奔る。
「ベルヴェール・ロクシスッ!!!」
投擲だった。三日月のような形状をしたそれは十字架を次々に弾き飛ばし粉砕しながら満月のような軌跡を描いてまっすぐに、ただベルヴェール・ロクシスという男の息の根を止めるためだけに突き進んでいく。
空中に同時に並べた無数の十字架による防壁も意味を成さない。
投擲された鎌は既に放たれた死の概念そのものだ。触れれば断たれ、防御は無意味。
大地をも引き裂き激しい轟音で突き進み、ベルヴェールをも切り裂いた。
「すごい・・・・・・」
るるると空也が手も足も出なかったベルヴェールと互角。いや、わずかに押している。
死神の少女、シュズヴェリイ。その実力は響にも嫌と言うほど見て取れた。
だからこそ十二歳という年齢にして最強を名乗ることが赦される番号入。
だからこそ他人に死を与え忌み嫌われるカードである死神。
「・・・・・・・・どうしたベルヴェール。その程度なのか」
回転しながら飛んできた鎌を受け止め、地に降り立ったシュズヴェリイ。
ベルヴェールは左肩をざっくりと引き裂かれていた。本来真っ二つになっていて当然と言える一撃をあれだけそらし、とっさに回避したのは賞賛に値するが、酷い怪我であることに変わりはない。
勝てる。自分は審判に勝てる。そうシュズヴェリイも思った。
「ふ・・・・・ふははははははは!!ははははははーーーーっはっはっはっはっは!!」
だが忘れてはならない。
「死神の力・・・・・・・・・・本当にこんなものなのかい?」
彼もまた、最強を名乗ることを赦された一人であることを。
番号入に上下関係は存在しない。
その番号の力に相応しい人間の頂点に立つ二十一人が選抜されるだけであり、そこに上下は存在しないし、誰が優れているなんてことを試したことは一度もなかったから。
だから、ベルヴェール・ロクシスの実力を正しく理解できなくても、
少女がこの男に勝てるなどと一瞬でも思ってしまったのも、
決して、責められるほどの過ちではない。
男は宙ぶらりに浮かんだ左腕を自ら引きちぎった。
噴出す鮮血を意にも介さず、血に染まった笑顔でシュズヴェリイを見つめている。
ゆっくりと右手を正面に差し出した。まるで片腕だけあれば十分であるとでも言うように。
「いいだろう、こっちも手加減はしな・・・・・・っ」
駆け出した少女がいきなり転んだ。
何が起きたのか、本人は勿論、かろうじてそれを目で追っていた響も、空也も理解出来なかった。
転んだ少女の目の前に、『何もなかったはずの場所』に、次の瞬間十字架が出現し、少女の目を貫いた。
「な・・・・にを・・・・・・・?」
響は思わず言葉を漏らした。何が起きたのかわからなかったのではない。それが余りに現実離れした、反則的に無敵な行為であったため信じることが出来なかっただけだ。
何もなかった場所に、唐突に何の前触れも空間の振動もなく、十字架が出現したのだ。
後はもう一瞬の出来事だった。コンマ一秒の時間も要らない。ベルヴェールが望めば、そこには最初からそうあったかのように、十字架が出現するのだ。
右手で鍵盤を弾くかのように指先を揺らめかせ、男は鼻歌を口ずさんでいた。
まるで最初からそういうオブジェであったかのように、シュズヴェリイの全身は十字架で貫かれていた。
本人は本当に何が起きたのか理解出来ないまま、気を失った。
「うそだろ・・・・・こんなにも・・・同じ番号入なのにこんなに違うのかよ・・・」
空也の呟き。少なくとも今までの戦闘ではベルヴェールは空中に十字架を出現させる⇒指で対象を示して飛ばす⇒突き刺すという当たり前のプロセスを踏んでいた。
なのにいきなり前段階を二つ吹き飛ばし、かつ100%の命中精度で敵に突き刺したのだ。
それが反則でなくてなんだというのか。そんなものは既に理論武装なんてものですらない。
「威力はさほどでもなくなるのだけれどね。だから首を落とそうと思うと、やはり手順を踏んだほうがいい」
男がひときわ巨大な十字架を構える。
手順省略。力を使えるのであれば誰もが無意識に行っていることだ。
たとえば炎を巻き起こす能力があったとする。しかし炎が燃え上がるという結果を得るためには様々な手順が必要になるのは当然のことだ。
まず火種、燃え上がる触媒、炎が燃え上がるのに必要な大気条件。
水中では炎は燃え上がらないし、酸素がなくても駄目だ。火種がなければもっと駄目、そもそも燃えるものがなければ論外だ。
だが炎を起こす能力は実在する。それは水中だろうが何もなかろうが対象を燃やすことが出来るだろう。
それが理論武装により手順省略。理論を己の好きなように書き換える彼らだから可能な世界の法則を書き換える力。
だがここまで指向性を持った手順省略などめったにお目にかかれるものではない。
何故なら理論武装はどんな異能を実現するにしろ、ある程度理屈が通っているほうが強力だからだ。
ただ炎を起こすのではなく、火種を燃やすという行為のほうが威力は高くなる。
理屈がめちゃくちゃになればその分威力も低下するもの。
それが、仮にも死神である少女の纏っている理論を貫通し突き刺すほどの威力を維持したまま、絶対命中の指向性を持った手順省略など、ありえてはならないものだ。
奇跡、という言葉が相応しいほどに。
放たれた十字架は、あっけないほど一瞬でシュズヴェリイの首を刎ね飛ばした。
その場に居る誰もがその事実に息を呑んだ次の瞬間。
首を失った少女の腕が、飛んでいく首をキャッチしたではないか。
「残念だったな」
胴体と繋がらない首が、口を利く。
「死神は死なない」
首と胴体が一瞬でくっつき、ばらばらになった全身が一つに集っていく。
それには流石にベルヴェールも驚いた。『死なない』なんて、そんなのはもっと反則だ。
人間の思考である以上首を飛ばされれば死んだことになる。いや、体が、心が、自分は死んだものだと判断してしまう。だから死ぬ。
逆に言えば『死んだということを理解しなければ』、この空間では死ぬことはない。
だがそんなのは不可能だ。痛みもその感触も本物であるここで、死ぬということを理解しないでいられるはずがないのだ。
だからそれは響がかつて槍によって心臓を穿たれた時のように、一瞬の出来事で理解できなかった、などといった不測の状況に限定される。
シュズヴェリイはそうではなく、自分は死神だから死なない、という死を跳ね飛ばす強い概念によってそれを成し遂げたのだ。
こうなってくると既に生き死にだの正常だの異常だのは無関係になってくる。
それがナンバーズ同士の戦いなのだが、傍から見ている響は唖然とするしかない。
「死神だから死なない・・・・まあそうなのでしょうが、それはいくらなんでも反則では?」
「貴様が言うな・・・・・ぐっ・・・・・」
シュズヴェリイが苦しそうに首を押さえ、十字架に寄りかかった。
首元からだらだらと血があふれ出し、呼吸するのもままならない。
「どうやら完全に元通り、とは行かなかったようだね。ダメージを受けすぎたんだ、君は」
「そうらしい・・・・な・・・・・くそ・・・・」
黒月に向かって手を伸ばす。
その手がそれに届くことはなく、今度は再生不可能なほどに全身に万遍なく突き刺された十字架に埋もれ、少女の腕はだらりと力を失った。
「ひどい・・・・・どうしてそこまで・・・・・相手は子供なのに・・・・・」
「あれは立派な死神です。あれでも死なないでしょうが、如何せん限がありませんね・・・・」
ベルヴェールが響の手を取る。
「では参りましょう神々の姫君よ。我々は貴女を歓迎します」
「われ・・・・・・われ・・・・?」
「ええ、救世示は」
ベルヴェールの指先が響の額に触れる。
それが、彼女が最後に見た世界の映像だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅かったか」
全てが終わった河川敷にジャスティスの姿があった。
そこにはるるる、空也、そしてシュズヴェリイが倒れている。
「おいロリっ子!!しっかりしろ!」
シュズヴェリイはぴくりとも動かない。
心理領域内でのダメージは確かに現実化すればなかったことになる。
しかし精神に受けた痛み、傷はそのまま残ることになる。
一度殺され、全身を貫く激痛によって少女の心は完全に砕かれていた。
歯軋りをしながら土を掴んで動かないシュズヴェリイの体を抱き寄せる。
「・・・・・・・・ベル・・・ヴェェエル・・・・」
シュズヴェリイは強い。それはジャスティスも理解していたことだ。
そのシュズヴェリイがここまでやられるということがどういうことなのか。
そしてここに秋風響の姿がないと言うことがどういうことなのか。
戦いはほんの数分で決着してしまった。ジャスティスは急いでやってきたと言うのに、まったく間に合わなかった。
「お前の言うとおりにしときゃよかったな・・・・シュズヴェリイ」
自分ではなく間に合ったのが死神の少女であったということ。
それが自分が犯してしまった痛恨のミスであることを認識し、悔やんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・フランベルジュ・・・相手はベルだったのか」
ジャスティスの背後にはフランベルジュの姿があった。
メイドが黙って頷くと主は「そうか」とだけ呟いて立ち上がった。
「響のことは・・・・ちゃんとしなきゃって思ってた。でも、こんなに早くこんなことになるなんて思ってなかった・・・・・それがおれの甘さだった」
楽しい日々が永遠に続くはずなどないとジャスティスは知っていた。
けれどそれを夢見てしまったこと、それが彼の最大のミスだったのかもしれない。
「ベルヴェールを倒すぞ。ついてこい」
「はい、マスター」
倒れている三人・・・まあ見覚えないのが二人いるが・・・は、組織がなんとかしてくれるだろう。
だったら今は自分がやるべきことをやるだけだ。
「ちょっとまちなさいよ!!」
振り返ると息を切らせて立っている伊織と伊佐美の姿があった。
伊佐美はジャスティスににじり寄ると、胸倉を掴んで・・・身長差がありすぎるので胸倉とはいかなかったが・・・それからにらみつけて叫んだ。
「あんたらなんなのよ!?響に何をしたの!?」
「きみ・・・・・・記憶があるのか?」
「記憶?なんだか知らないけどね、あの子はあたしの親友なのよ!!」
「・・・・・・・ジャスティスさん、教えてくれませんか・・・?秋風さんに何が起きているのかを」
二人の少女の真摯な瞳に、ジャスティスは思わず眉を顰めた。
「・・・・・それは言えない。知らないほうがいいこともある。そこでぶっ倒れてるやつらみたいになりたくなかったら、おとなしく家に帰ってこのことは忘れろ」
「・・・・っざけんなあ!!」
殴りかかろうとした伊佐美の手をフランベルジュが止めていた。
歯軋りして伊佐美はフランベルジュに視線を向ける。
「あんたが余計なことを言わなければこうはならなかったんだろ!?なんであんなこと言ったのよ!」
「それは・・・・・・・」
「おれが殺したからだ」
全員の視線がジャスティスに集中する。
男は悲しそうに、しかしまったく弁解するつもりはない決意に溢れた瞳で言う。
「あいつの姉である秋風渚を殺したのは、おれだからだ」
風が吹く。
これまでの日常を吹き飛ばしていくように。
そしてそれが、秋風響にとって、確かに最愛の日常であったことを、
彼女自身が、後に知ることになるのだった。
シュズヴェリイ
年齢:12? 性別:女 身長:130 髪:銀 目:金
心理領域:??? 理論武装:黒月
No.13『死神』の少女。
ジャスティス同様、組織に身をおきながらもその指示に従わず単独行動している。
かなり小さい。外見は完全に子供そのもの。
自らの身長を超える大鎌の理論武装を振り回す。
ジャスティスに特別な好意を抱いており、彼の行く先々で現れる。
実年齢は12をとっくに超えているが、ある理由から外見は変化していない。
強気でえらそうな発言が多いが、実際はかなりの照れ屋である。
好きなものはジャスティス。嫌いなものは人間。
工藤 空也
年齢:14 性別:男 身長:165 髪:茶 目:黒
心理領域:??? 理論武装:夢ノ英雄
組織に所属する少年。
学校には通っておらず、ある理由から組織に引き取られ暮らしている。
軽いノリと後先考えない行動がかなり子供っぽく、組織内でもいつまでも子ども扱い。
勝手に舎弟のようなものだと考えている年下のるるるをいじめている。
組織の中ではかなり若い方であり、戦闘能力もまだ未熟である。
るるるとは古くからの馴染みのようだが・・・。
趣味はダンスといたずら。
子供っぽいといわれると怒る。
るるる
年齢:12 性別:女 身長:135 髪:銀 目:赤
心理領域:無限音階 理論武装:無限音階
ヘッドフォン少女。
空也同様学校には通っていないが、勉強は空也よりできる。
『〜っす』というのが口癖でだまされやすい純粋な少女だが空也だけは不必要に疑っている。
組織にも貴重な探知系能力の持ち主であり、その才能はすでに高く評価されている。
任務忠実なまじめちゃんだが、結局不真面目な空也に付き合わされてしまう。
自分より年上の人物は基本的に無条件で先輩扱いする。
ミドルネームを含め、名前がすべて『る』で始まることからるるると呼ばれているが本名は不明。
なにせ作者が考えていないので。
+注意+
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