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シンフォニーバケーション(2)

円卓と呼ばれるその場所は、組織レクイレムの中枢に存在する。
暗闇に包まれた広すぎる空間に、それぞれの番号が刻み込まれた二十二の台座が存在する。
それらは中心にあるNo.21を囲むように時計回りに展開している。
台座は漆黒で、暗闇の部屋ではまるで存在しないかのように見づらい。
台座に刻まれた英数字だけが淡く金色に輝いていた。

「二十二人の番号入ナンバーズのうち、あつまったのはたったの八人とは」

隠者ハーミットの台座に立ったイゾルデが言う。
二十二の台座は空席だらけで全員集合とはお世辞にも言えない。
しかし彼らの活動範囲が世界中であり、そもそも全員が全員気まぐれな性格で集まれといったところでろくに集まらないであろうことはイゾルデも理解していたことだ。
むしろ突然の召集にかかわらずこれだけの面子がそろっただけでもマシというものだろう。

「では確認するまでもありませんが、全員番号と名前を」

イゾルデの一言にそれぞれそっぽ向いていた番号入ナンバーズたちが口を開いた。

魔術師マジシャン有栖川ありすがわアリス!じゅーごさいでーす♪」

まだ子供、少女だった。
巨大な黒のレースつきリボン美しい金髪をツインテールに結んでいる。
縞々模様が好きらしく、全身を包むゴシックロリータの服装は不自然なまでにストライプだった。
両手に持ったトランプを指先で弄りながらクマだらけの目でイゾルデに微笑む。

「アリス、久しぶりね。もう15になるの」

「そうなの!イゾルデは何歳?」

「もう数えていないけれど、そろそろ70くらいじゃないかしら」

「きゃははははっ☆やだぁ、おばあちゃんってかんじぃ〜っ♪」

一見失礼な発言だったがイゾルデは気にしない。あれはアリスの性格であり、病気のようなものだ。
思ったことは全て率直に口にしてしまう。よく言えば無邪気といったところか。
続いて口を開いたのは『趣味の悪い格好』としか表現出来ない長身の男だった。

恋愛ラヴァース折紙劉生おりがみりゅうせいよ。皆さんおハロ〜」

全身をくねらせながら投げキッス。繰り返すが男である。
無駄に胸元が露出した、しすぎたタイツのようなシャツ。下半身セパレートの女性用水着のようだった。それらは彼が自身でデザインして裁縫したものなので、世にそれを示す言葉は今のところ存在しない。
金色の竜があしらわれた羽毛つきの赤いセンスを広げ、口元で扇いでいる。

「流石どいつもこいつもまともじゃないだけあって、来ている面子は毎度にたようなもんね・・・アラッ♪ジャスティスが来てるじゃないのーん!ヒ・サ・シ・ブ・リッ☆」

ジャスティスは無言だった。何か恐ろしい過去でも思い返すように遠い目をしている。
ただ黙ってその場に座り込んで嵐が通り過ぎるのを神に祈るかのように両手を天に合わせている。

「・・・・・戦車チャリオット、ルクレツィア・ゼブンブライド・・・厳正な組織の会議中にどいつもこいつも騒ぎすぎだ。小学生の遠足ではないのだぞ、少しは落ちつけんのか愚か者」

「べーだ!ルクレツィアなんか死んじゃえー!」

「アリスそれは言いすぎよ。せめて帰れ!くらいにしておかなきゃ」

なぜかオカマとゴスロリは仲がよかった。意気投合して二人でルクレツィアに野次を飛ばしている。
ルクレツィア・セブンブライド。組織レクイエムに所属するナンバーズの一人であり、その格好は中世の騎士を彷彿とさせる。胸だけを覆う甲冑ブレストプレートと両手足に装着した銀の装甲、そして腰に差した西洋剣クレイモアが何とも物々しい。
美しい金髪は背後で編まれており、鋭い目付きで騒がしい二人をにらみつけていた。

「下等な所有者はこれだから困る。守るべき世界を持たぬまま力を手にした挙句番号入ナンバーズなど笑止千万・・・」

「ルクレツィアなにいってんのかぜんぜんわかんなーい。アリスばかだもーん」

「アタシもわかんないわ〜バカだも〜ん」

ねーっ? っと二人が笑いあうのを見て騎士は眉間を右手で押さえた。

「で、おれか。正義ジャスティスだ」

「ジャスティスー!かっこいいわー!相変わらずのアタシ好みのイケメンなんだから☆」

「じゃすてぃす〜お、ひ、っさ〜〜〜〜っ♪」

「はいはいおひさおひさ」

ジャスティスが投げやりに手を振っていると隣の台座が揺らいだ。
揺らいだのではなく、それはそこに最初から人間が立っていたのに気づかなかっただけのこと。
ただの暗闇だと思っていたものが動き始めたので台座がゆらいだように見えたのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・吊し人ハングドマン・・・・・御堂鶴来みどうつるぎ

全身黒衣に長身、黒の長髪という格好はどこかジャスティスと似た印象を持つが、そのほかの部分が余りに違いすぎて同じには思えない。
全身を黒い布と帯で縛りつけた拘束衣。両手はご丁寧に五つの手錠で繋がれており、鼻まで覆うほどの襟と長すぎる前髪のせいでその表情はうかがい知ることが出来ない。
声も女なのか男なのかわからないようなもので、その正体はほかの番号入ナンバーズにも謎だった。
それがいきなり隣に現れたのだから流石にジャスティスは驚いた。

「おまえ、いつもどこからともなく現れるよな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

完全無視だった。目すら合わせようとしない。最初からジャスティスなど存在しないかのように。
そしてその隣にはシュズヴェリイの姿がある。

「連番だな。死神デス)シュズヴェリイだ」

おそらく番号入ナンバーズの中でも最年少だろう。少なくともこの場にそろった面子の中ではもっとも小さく見えた。

魔術師、恋愛、戦車、正義、吊し人、死神。
隠者がイゾルデであるとしても集まった八名という数字に満たない。
しかし一向は特にそんなことは気にしないままイゾルデに視線を移した。
彼女はこの場で最年長であり、かつ組織を取りまとめてきたリーダーでもある。
番号入には特に上下関係は存在しなかったが、なんとなくいつもイゾルデを中心に会話が進んできた。そもそもこの会議はイゾルデが招集したものなのだから、彼女が議長であることは当然のことなのだが。

「皆さんよく集まってくれたわ。特にジャスティスと鶴来は本当によく来てくれたわね」

鶴来は目を伏せて何も答えようとしない。となると自然一同の視線はジャスティスに集まる。

「お、おう・・・・まあ、き、気分だな」

まさか家を追い出されましたとは言えないジャスティスはえらそうにふんぞり返った。
イゾルデは特にそんな様子を気にせず続ける。

「皆さんを集めたのはほかでもないわ。新しい番号入が加わったことの報告よ」

番号入ナンバーズの初期メンバーは組織レクイエムから選定されたものであったが、現在の番号入のメンバーはいくつかの方法で勝手に選定されたものである。
まず、先代の番号入に番号を譲られること。
これには様々な規定が存在するが、早い話その素質があれば譲ってもかまわない。
その場合は番号を引き継いだことを円卓えんたくに伝える必要がある。
そしてほかの方法として、外道だがその番号入を殺すことで番号を奪うということがある。
これは違法だが、番号入としての力を持つのは確実とされ、一応番号入として認められる。
そうして様々な方法で番号は人から人へと流れていったため、現在では組織レクイエムに所属しない番号入ハグレのほうが多いほどだ。
しかしそれでも番号は組織が管理するべきものに変わりなく、変わったことが伝わらなければ意味もないことなので、誰でもまずはイゾルデに番号の引継ぎは報告せねばならない。
その場合はイゾルデからそれぞれの組織員や番号入に伝えられるのだ。
イゾルデが呼び出す用件といえばそれくらいしか全員思いつかなかった。
であれば、どんな新入りが入ったのか興味を持つものも多い。
いや、そのほとんど全員が新しい番号入に興味を持って本来集まらないはずの人間まで集まってきたと言えるだろう。

「ねぇイゾルデ〜、どこがかわったの?」

「静粛に。話の腰を折るんじゃない、餓鬼が」

ルクレツィアはいちいち口が悪かった。不機嫌そうにアリスはほっぺたを膨らませてそっぽを向く。
そんなやりとりを見ながらため息をついたイゾルデは、ゆっくりと口を開いた。

「入れ替わった番号は審判ジャッジメントよ」

「『え?』」

全員の声が重なった。
審判ジャッジメントは、それはそれはとても強い所有者だった。
赤銅のエミリアと呼ばれる女性であり、ジャスティスは当然、アリスのような子供ですらその存在と能力は熟知していた。
エミリアは世界を旅しつつ吟示を討つという典型的な番号入の役職を遵守する仕事人であり、弟子を取っていたという話は聞いたこともない。
そもそもそれ以前に未だに現役であるはずの彼女が第一線を退くとは思えなかった。

「どういうことだ、イゾルデ」

真っ先に疑問を口にしたのはシュズヴェリイだった。

「あのエミリアが番号を継承?冗談はよせ」

「そうね、冗談だったのならよいのだけれど」

言葉を濁すイゾルデの態度から、なんとなく何が起きたのかは悟ることが出来た。
なぜなら本人エミリアの意思で番号を継承したのでないのならば、残された方法はひとつだけだからだ。
だがしかしその方が理解に苦しむ。彼女ほどの実力者の身に何が起こればそうなるのか。
その疑問を払拭するように、イゾルデは重い口を開いた。

「エミリアは殺されたわ。殺したのはベルヴェール・ロクシス。彼が新しい審判ジャッジメントよ」

「ベルが!?」

血相を変えてジャスティスは身を乗り出した。
その様子に首を傾げる。

「聞いていなかったのですか?ジャスティス。確かにシュズヴェリイに伝えたはずですが」

「こいつは話も聞かずに走り出したんだ」

「おい・・・・本当にベルがエミリアを殺ったのか!?」

「残念だけどそういうことよ。それともう一つ報告があるわ」

目を閉じ、非常に心苦しそうな様子のイゾルデに思わず全員が息を呑む。
そして次の言葉を聞いて、全員が全員別のリアクションを取ることになる。
ある者はありえないと笑い、ある者は驚きを隠せず、ある者は微動だにしなかった。
イゾルデは告げる。すでにそれは始まってしまった悪夢のように。


「世界中で番号入ナンバーズが襲われてているわ。近いうちにあなたたちも襲われるかもしれない」


ジャスティスは冷静にその言葉を受け止めていた。

それはもうとっくの昔、五年も前から知っていたことだから。






⇒シンフォニーバケーション(2)






「メイド!?」

「YES」

響の暮らすぼろアパート。そこに伊佐美と伊織の声がだぶって反響した。
遊びにやってきた二人を出迎えたのはほかならぬフランベルジュその人だ。もちろんそんなものが同居しているなどという話は伊佐美も伊織も一言も聞いていない。
伊佐美に至ってはまったく知る由もないし、伊織はジャスティスや心理領域のことは知っていてもあのギターがまさかメイドであろうとは考えもしないだろう。

「えっと、フランベルジュさんです」

「はじめまして、フランベルジュと申します。以後お見知りおきを」

「ちょっとまったあ!なんか普通に流そうとしてるけどね、このあたしはだませないよ!あのね響、猫でも犬でもなんでも拾ってきちゃうあんたのことだからどうせどっかで拾ってきちゃったんだろうけど、早く捨ててきなさい!」

あながちはずれでもないので響は何とも言えない笑顔を浮かべる。
笑うしかない。笑うしかないのだ。

「それにしてもこの方の国籍はどちらで・・・・蒼い髪なんて、見たことがないわ」

「突然変異です」

「突然変異!?」

フランベルジュが口を開くたびに状況が悪化している気がする。
メイドを引き寄せて響はこっそり耳打ちする。

「なんでフランさんまだここにいるんですか・・・?」

「お客様はもてなすものですから」

「そのせいで混乱してるのわかりますか・・・?」

「さて、なんのことでしょう」

あ、確信犯だ。間違いないな。
こうしてとにかく理由は説明できないので二人に頭を下げ続けること三十分。

「・・・・・まあとにかく、ここが響の部屋なのね」

ここにきてようやく落ち着いたのか、伊織と伊佐美は部屋をぐるりと見回した。
ハッキリ言ってろくでもない部屋だ。伊織にしてみれば牢獄と大差なく感じる。庶民である伊佐美からしたってこれはひどい有様だ。少なくとも十五歳の乙女が暮らす部屋だとは思えない。いいところで貧乏大学生の一人暮らしのようだ。

「あんたもうちょっとなんかこう、ないの?」

「なにがー?」

満面の笑みだった。思わず脱力する。
かわいらしい部屋など期待していたわけではないが、これは余りにもあんまりだ。
フランベルジュがお茶を淹れると四人はちゃぶ台を囲んで座った。
真夏の六畳一間。エアコンも扇風機も当然存在しない。フランベルジュと響はこの劣悪な環境に慣れているので涼しい顔だったが異界に迷い込んだような心境の女子二人は汗だくになって苦笑していた。
これで暑いお茶を飲めというのだからこのメイドもすごいことを言う。

「秋風さん・・・・失礼ですがもう少しまともな場所に転居しては?」

「うーん、お金ないし、すめばみやこってかんじで、ここも平和だよー」

だめだこいつわかってない。ここがどれだけダメな環境なのか。
そもそも路上で寝泊りしていたりするジャスティスやフランベルジュはそれを気にしないが、一般人にしてみればここは狭すぎるし汚いしボロいしかわいくないし暑いしなによりそう暑いしとにかく最悪だった。
何故目の前でお気楽に微笑んでいられるのか、響の人格を疑うほとに。
しかしまあこればかりは天然ボケの少女に言ったところで通じないだろうと、二人は妙なシンクロをしながら話題を変えることにした。
三人は夏休みの間どう過ごすかについて談笑していた。フランベルジュは黙ってお茶を飲んでいる。
夏休みは海に行こうとか、山に行こうとか、宿題をどうするかとか、そんな子供らしい会話。
子供らしくない部分があるとすれば、伊織の経済力のせいで結果海も山も夢ではなく実現しかねないということだが。

「は〜、あんたって本当にお嬢だったのね。父親がムーンドロップタワー勤務じゃ頷けるわ。しかもポートアイランド計画の初期立案者の一人なのね」

「でも、パパはいっつも仕事で忙しくて家に居ないの。だから結局お金があってもないものもあるわ」

「えーあたしは親父なんかいらないけどー。酒のんでゴロゴロしてばっかだし、給料安いし、母さんに頭があがらないし、あんなの居なくていいからあたしは金がほしいね」

なんだかんだ言いつつ二人は仲良くなってしまっていた。
またきっかけがあれば対決の炎が燃え上がりそうな気もするが、とにかく響はほっと胸を撫で下ろす。

「つーかさ響。あんたもこの島に暮らしているんだからそれなりにお金持ちなんじゃないの?」

「そんなことないよ。結構無理してこの島に来たんだ。だからお金はいっつもないの」

「秋風さんはどうして東京ポートアイランドに?」

何気ない質問だった。
しかし響はその言葉に複雑な表情を浮かべ、それから苦笑しながら答えた。

「笑わないでね?」

二人は顔を見合わせ、それからコクコク同時に頷いた。

「私には五歳年上のお姉ちゃんがいたの。お姉ちゃんは六年前、十五歳の時この島に引っ越して、共同学園に編入されたの」

二人は黙って話を聞いていた。なぜなら一つ引っかかることがあったから。
響は苦笑したまま続ける。

「お姉ちゃんはそれっきり行方不明なんだ。だから私、無理言ってお姉ちゃんの後を追いかけて田舎から飛び出してきたの。共同学園に入れば何かわかるんじゃないかって思ってね」

「行方不明って・・・・・」

「死んだ、とかじゃないと思うんだ。でも、実際連絡も何もないし。だからお姉ちゃんを探すなら、同じようにやるのが一番だな、と思ったの。だから同じ学園に入って、同じアパートに住んだの」

「それが、ここなの?」

「うん」

二人はなんだか申し訳ない気分になってしまった。
姉を追いかけてやってきたという響。この部屋は姉妹にとっての繋がりの一つなのだ。
それをぼろいだの人が住む環境ではないなど・・・そこまでは言っていなかったような気もするがとにかくそんなことをいってしまうとは。

「秋風さんのお姉さんは、共同学園アイランドスクールの生徒だったの?」

「うん。秋風なぎさ。丁度今、お姉ちゃんが失踪した時と同い年だね、私」

「あんた・・・・あんたさあ、そういうことはもっと早く言うんだよ!そしたらあたしだって探すの手伝ってやったのに!」

「う?あ、うん・・・・ごめんね?」

「じゃあ・・・こうしない?」

響に詰め寄る伊佐美を遮って伊織が提案する。

「今年の夏休みは、秋風さんのお姉さんを探すというのはどう?」

「え!?そんな、悪いよう」

「あんたホント脳みそゆるいわね。決定決定はい決定!今年は充実した夏になりそうだわ!」

「いたい!いたいよう!伊佐美ちゃんいたいよう!!」

響の頭を握りこぶしでぐりぐりしながら伊佐美は笑った。
気づけば伊佐美も伊織も、響の事を思えば仲良くなれる。繋がっていられた。


「探したところで無駄ですよ」


だというのに。
今まで石造のようにただずんで黙り込んでいたはずのメイドがそんなことを口にした。
それには流石に三人ともあっけにとられ固まったが、伊佐美がすばやく食いかかった。

「なによそれ、どういう意味?」

「冷静に考えてもみてください。五年も前に失踪した人間をあなたたち程度の子供が見つけ出せるとでも思っているのですか」

「それは・・・・・・・」

それは確かにそうだ。けれどやってみなければわからない。そう三人は思っていた。
実際響はそう考えて今まで地道に努力してきたのだ。だというのに自分と同居している人間、しかも姉のように慕っていた女性にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
それが無性に悲しくて、悔しくて、そんなに大げさになることではないかもしれないと考えながらもフランベルジュに食ってかかった。

「見つけます!見付かるって信じてるから、私はここに来たんです!何にも知らないくせにそんなこと言わないでください!やってみなきゃわからないでしょう!?」

先ほどまで和やかだった空気は一変して凍りついたようになっていた。
降り注ぐ厳しい視線もなんのその、メイドは湯飲みを傾けて鋭い目付きで睨み返す。

「失踪など常人にはめったに起こり得ない事態です。そうなった時点であなたの姉はそういう運命にあったか、あるいはそうなるようなことをしでかしてしまったのでしょう。そうでなければ自ら連絡を絶って姿をくらましたとか、その程度の話です。いちいち探すことでもありませんし、そんなのは無駄でしょう」

息を呑んだ。
伊織も伊佐美もそれには流石に口を出そうと思っていた。
しかし、響を見てのどから飛び出そうになっていた言葉を飲み込んだ。
響の目は信じられないものを見たようにまるく見開かれていた。それからひどく悲しそうに眉をひそめ、それから二人とも一度も見たことがないような、厳しい目付きでフランベルジュをにらみつけた。
ちゃぶ台を両手で強く叩く音と、こぼれたお茶が畳に注ぐ音が部屋に響く。

「・・・・・・どうしてそんなこと言うんですか」

フランベルジュは答えない。
それを見て響はさらに表情を強張らせる。

「・・・・・・・・・・・・無駄なことなんて、」

「貴女が一番それをわかっているのでしょう?だから苛立つし、やりきれない気持ちになる」

「私の何がわかるんですか!?」

「わかりますよ。子供の考えることなんて単純ですから、」

ばしん!

少女二人は既に唖然とするしかない。
自分たちの知っている秋風響は、いつでもおっとりしていてぼんやりしていて、お人よしで笑ってばかりで、だからつまり、少なくとも・・・・泣きながら思いっきり他人にビンタを食らわせるような少女ではなかったはずだ。
言葉を遮られたフランベルジュは叩かれた頬に手を当て、無表情に響を見上げた。
その視線から目をそらし、響はそのまま部屋から飛び出していってしまった。

「あ、ちょっと響!?」

伊佐美はすぐさま響の後を追う。
残された伊織も立ち上がって後を追う姿勢を見せたが、振り返ってフランベルジュを見つめる。

「どうしてあんなことを?」

「事実を口にしたまでです」

「・・・・・・秋風さんは、あなたを家族のように感じていたのではないのですか?それをわざわざあんな言い方をして裏切るなんて、どういうつもりなんです?」

「家族になった覚えはありませんから」

冷たい物言いだった。これ以上何か言っても無駄だと判断したのか伊織は部屋を後にした。
残されたフランベルジュは叩かれた頬を何度も摩りながら、俯いて動かない。
あんな言い方はもちろん彼女にとっても不本意なものだった。
だがその理由を響に告げるわけにはいかないし、響がそのまま姉の後を追うということがどういうことなのか、フランベルジュは理解しているから。
秋風渚という少女が何故失踪したのか。
その最期はどうだったのか。
一部始終を知っているからこそ、そうするしかなかった。
だからそれは正しい選択だと思う。そう思うのに、叩かれた頬は妙に熱い。
知らぬ間に痛み出していた胸をきつく抑えて、フランベルジュは畳に寝転がった。

「少し関わりすぎてしまったのではないですか・・・・マスター・・・・」

答えはない。
主はそこには、いないのだから。


ジャスティス組織レクイエムの通路を歩いていた。
後ろにくっついて歩いているのはシュズヴェリイで、らしくないほど神妙な面持ちのジャスティスに声をかける。

「どうするつもりだ、貴様は?いよいよ怠けてきたツケが回ってきたのだぞ」

ベルヴェール・ロクシス。
その名を聞くたびにジャスティスは過ぎ去った過去を思い出し、胸が痛む。
それは親友の名前であり、兄弟の名前であり、自分自身の名前でもある。

「ベルをほっといたわけじゃねえ。あいつを追っかけておれはこの数年旅をしてきたんだ。あいつの手がかりを探してな。でも結局見付からなかった。だからあいつが行動を起こすとすればきっとこの町に戻ってくると思って、おれたちもここに来た」

「正解だったではないか。喜ぶところか?」

「まさか」

嘲笑しながら首を横に振る。ポケットに手を突っ込み、煙草を取り出して火をつけた。

秋風渚あいつの妹なんてもんに会っちまった。おかげですっかり色々思い出してしまった。嫌な事も、楽しかったことも・・・どっちかっていうと、たぶん良かったことを思い出したんだと思う」

「渚とベルヴェールと貴様、三人でチームを組んでいた頃の事か」

「ぶっちゃけあいつの妹と関わることになるとは思わなかった。あいつが吟示に目覚めて、左目を書換オルタナティブされて、あいつの部屋に行って、あいつが大事に抱えてた日記を見るまではこんな事になるとは思ってもみなかったさ」

心理領域灰ノ王城ヴァレンシア。それに関わったのが始まりだった。
秋風響。その名前を聞いた事で様々なものが動き出してしまった。
ジャスティスの中で停止していた時間がゆっくりと溶け出すように動きはじめた。
その心理領域は、かの秋風渚と同じものだったから。
ジャスティスは二度、響の灰ノ王城に立ち入っている。
しかしそれに立ち入った経験は三度。三度あるのだ。
それはつまり、そう、一度別の誰かが持っていたその心理領域に侵入したということ。

あいつ・・・・ちっとも姉貴に似てないんだ。ドジだしダメだしヘタレだし・・・でも真っ直ぐできれーな目をしてんだ・・・・そういうとこは似てるかな」

「これからどうするつもりだ?同じ心理領域を持つのであれば、ベルヴェールはあの時と同じ事を繰り返すのではないのか」

「だろうな。だから、おれが居るんだ」

かつて救えなかったものを救うために。
秋風響という少女を守るために。
窓の向こうに見える海中を眺めながらジャスティスはつぶやいた。
それは誰に言うものでもなく、ただ己に向かって問いかけるように。


「おれが渚を殺したって知ったら、あいつ、きっと許してくれないだろうな」


シュズヴェリイは答えない。
苦悩して生きてきたジャスティスのことを少女はずっと見つめてきた。
だからこそ、答えられない。答えられるようなものではないと知っているから。

「ベルは倒すよ。おれが倒す。そして取り戻すんだ、あいつを」

煙を吐き出して笑った。そして歩き始める。
親友ベルヴェールがこの町にいると言うのなら、話は早い。
早々に決着をつける。それだけが彼の積年の願いだったから。





「はあ・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・っ」

響はかつて自分が心理領域を開いてしまったとき、ジャスティスと共に歩いた河川敷にやってきていた。
何故ここに来たのかはさっぱりわからない。意味などないと思う。
フランベルジュがあんなことを言うなんて、信じたくなかった。
姉のような存在だと慕っていた。彼女のことが好きだった。そう、家族のように思っていた。
だというのにあんな言い方はあんまりだ。信じていた。好きだった。だからこそ胸を締め付ける。

「・・・・・・・・・どうしてあんな言い方・・・・」

ぽたぽたと、地面に零れる汗を目で追いながら呆然と考える。
立ち止まりたくなくて、立ち止まったら不安になりそうで、歩き続けた。
姉を探すためだけに今まで生きてきたのだ。もう一度姉に会いたいと、その一心で耐えてきたのだ。その思いがあったからこそ、家族と離れる寂しさも、誰とも関われない悲しみも、耐えてこられた。
なのにそれを否定されてしまったら、もうほんとうにどうにもならないじゃないか。

「ばか・・・・・ばかっ!!フランさんのばかあ!!」

響の叫びに呼応するように、プラントから噴水のように水が立ち上った。
自分でも理解出来ない感情の揺らぎに泣きたくなった。
それでも涙することだけはしない。そういう風に生きてきた。
自分は立派なんかじゃないし強くもない。それでも「そうあろう」と、「強く生きよう」という気持ちだけは絶対に負けたくないと思っていた。
だから泣かない。泣いたりしない。
でもそれではこの寂しさはどうすればいいのだろうか。

「いたいた。丁度いいや、一人みたいだしな」

噴水が消えると、対岸に少年の姿があった。
組織の制服を纏った少年、工藤空也。
そしてその傍らには、手を天に向かって突き出した少女の姿があった。
少女は告げる。己の心理領域の・・・・理論武装の名を。

無限音階シンフォニーバケーション


大気に浮かぶ無数の鍵盤。
少女の周りに展開された理論武装ロジックキーボード
それは、360度展開する光のキーボードだった。
背後に聳え立つ塔のようなパーツのせいでパイプオルガンのようにも見える。

何はともあれ、響は彼女の心理領域に飲み込まれてしまったということ。

「あんたを捕まえれば、ジャスティスは絶対助けに来るよな?

そして少年は水路の上を歩いて渡ってくると言うこと。

「理論武装・・・・・・・・・ジャスティスさんと同じ・・・・・?」

「そ。同じ所有者セイヴァー。でも俺たちって番号入ナンバーズじゃないんだよね。だから、ちょっと手伝ってよ、お姉さん」

少年の手に光が集まっていく。

「番号入と俺たちと、どっちが強いか確かめるのをさ」


光が炸裂する。

まるで響の世界を壊すかのように。

それが、この楽しかった日々の終わりを告げるある意味きっかけだったのかもしれない。



戦いが始まった。

やっとプロローグおわりそうです。しぬ。俺が。


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