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私のヘアスタイルが、何か?

作者:県 裕樹
 ピシッとスーツ姿で決めた、如何にもなビジネスマンたちが勤務するオフィス。
 そこはとある商社の総務課。男女の違いはあれど、みな清潔を保った姿で業務に勤しんでいた。
 が、その中にポツンと、目立つヘアスタイルの男性が一人混じっていた。
 いや、目立つと云っても、特異なスタイルにしている訳ではない。ただ……その頭髪の量が年齢不相応に少なく、薄毛を他の部分の毛髪で隠す事を嫌って、丸刈りにしている……それだけの事であった。
 無論、彼がそのスタイルを選択するまでにはかなりの葛藤があった。何しろまだ25歳、充分若者の部類に入る年齢である。頭髪に未練がない、と言い切れば嘘になる。が、みみっちくサイドの頭髪を長く伸ばして頭頂部を隠すような真似はしたくないし、カツラを被る事も躊躇われた。理由は『取れてしまった』際の精神的ダメージが大きく、着用中も常に頭部に注意が行ってしまい、集中力を欠くというデメリットがあるからである。依って、彼は自ら頭髪を短く刈り込んだのだった。
 彼が丸刈りにして出社した当日は、勿論皆が驚いた。しかし、中年以降のベテラン社員は『潔いな』と褒める一方であるのに対し、若手社員からは口にするのも憚られるような表現で中傷される事もあった。
 そして今日も、彼――中沢健太をからかう若手営業社員が、総務課に『わざわざ』立ち寄っている姿が見受けられた。
「よぉカッパ、今日も光ってんなぁ」
「勤務中だ、私語は慎めよ」
「おぉわりぃ、あんまり眩しいもんでよ。つい目が行っちまったぜ」
 明らかに悪意の籠ったその発言に、健太が腹を立てない訳がない。しかし此処で事を荒立てれば自分が傷つくばかりか、喧嘩両成敗で双方ともに処罰される。依って、耐えるしかないのであった。

***

(……確か、社則には『染髪及びパーマは禁ず』『長髪は纏める事』とある……なら、あの髪型は禁に触れない筈だな)
 洗面所の鏡の前で、健太は一人、社員手帳を隅から隅まで熟読し、ある事を考えていた。
 それを実行に移すには、かなりの勇気が必要だった。しかし、彼の決心は固かった。
 グッと拳を固め、鏡の中の自分の目をじっと見据えて、彼は『よし』と頷いた。

 その日から数か月後。
 それまでは短く刈り揃えられていた健太の頭髪が、伸びたままになっていた。
「どうした中沢、髪を伸ばすのか?」
「ええ。坊主刈りだと目立つようなので」
 周囲の社員たちは『すだれ頭にするのかな? そっちの方がみっともなくて、余計にからかわれる事になるかも知れないのに』と、健太の事を心配し始めていた。

 更に数か月後。
 彼の髪は、肩を越えるまでの長さになっており、それを後ろで一つに纏めていた。
「似合うと思ってんのかね?」 
「自分の髪を使って、ヅラでも作るんじゃね?」
「ぎゃははは! そりゃ笑えるわ!」
 中傷はどんどん酷くなっていった。が、健太はじっと耐えていた。その姿は、それまで彼を擁護していた同僚たちから見ても気味の悪いものになっていた。

 そして更に、数か月後……お盆休みが終わり、皆が数日ぶりに顔を合わせたその朝に、『事』は起こった。
「……嘘!?」
「中沢さん……だよね?」
 彼を見て、驚かぬ者は皆無だった。
 折しも、夏の暑い盛り。髪型も暑苦しい長髪をキープする者は稀で、サッパリしたものが多くなってはいた……が、しかし。
「き、君ぃ! 何だね、その頭は!」
「何って、整髪料と紐で頭髪を整えているだけですが、何か?」
「何か? って……」
 上司が何かを言い掛けて、そしてまた言葉を引っ込める。どう注意して良いか分からなかったのだろう。
 確かに社則には触れていない。しかし……これはどうしたものか、と。

 何をそんなに騒いでいるか、と問われれば、それは。
 彼の頭部には、見事な『髷』が結われており、しっかりと鬢付け油で固めてあったのだ。頭頂部は無論、見事に剃り上げられた月代になっている。
 これに驚くな、と云う方が無理であろう。

「も、もっとビジネスマンとしての節度をだねぇ……」
「節度? それを私に注意なさるなら、先ずは私にこの髪型を選択させるに至った方々を叱ってからにして頂きたいですね」
「そっ、それは……しかしだねぇ!」
「今は勤務時間中です、業務に障りが出ます。お叱りになるならばもっと簡潔に、明確なご意見を纏めてからにして下さい」
 上司の注意をも一刀両断に切り捨てる。これは明らかに健太による、今まで彼を笑いの種にしてきた者たちに対する『抗議』であった。無論、それが悪ふざけに依るものであれば健太の側に非がある事になるが、彼は至って大真面目だったのだ。

 彼のヘアスタイルに関する問題は、部門内で済まされるレベルでは無く、瞬く間に重役会議にまで発展してしまった。
 しかし『洋装には似合わない』と云う問題があるだけでだけで、何も違反はしていないのだ。あとは健太自身が注目に耐える事ができれば、問題は一切ないのだから。
 強いて言うなら、整髪料が強すぎると云う点のみであろう。が、それだけで『その髪型をやめろ』と命令はできない。それに、整髪料の量を注意するなら、多くの壮年男性社員が髪型をキープするのに用いているポマードもNG対象になってしまう。
 つまり、会社側としては完全に『盲点を衝かれた』と云う形になった訳だ。

 やがて会社側がその問題について頭を悩ませている間に、若い社員たちの間では『髷が許されるんだ、ならこれもOKだろ』と、モヒカン刈りやアートカットなどが流行り出し、中には短く刈り込んだ頭部に漢字を剃り入れる者まで出る始末だった。
 最初は内勤者のみに広まっていたこの騒ぎは、やがて営業社員にも波及して物議を醸す事になった。つまり、ビジネスマンとしては問題のある風体を以て、他社を訪問するのである。それがどのような結果をもたらすかは、敢えて語るべくも無いだろう。
 これでは堪ったものでは無い、と会社側は遂にお触れを出した。
 曰く『丸坊主の範疇を越える短髪の禁止』『アートカットの禁止』等である。社則によって此処まで明確に指示を出されれば、流石に逆らい続ける訳にはいかない。社員間の一時的な『ヘアスタイル自由化』問題は、意外な程に早く収束した。

 ……が、事の火付け役である健太は、そう簡単に納得はしなかった。
 無論、彼の『月代』も『丸坊主の範疇を越える短髪』に抵触するとして、禁止される事となった。だが、このまま黙る彼ではない。
「後から取って付けた規約で、社員の自由を奪うのはやめて欲しいです。それは会社側の横暴です」
「たっ、確かに本規則は急遽、重役会議の席上にて社則に追加されたものだ! しかし、その原因が君にある事は、誰の目にも明らかなのだよ!?」
「では、既に頭髪が抜け落ちてしまった男性はどうなるのです? 無いものを生やせと言われたら、誰だって困るでしょう」
 健太は、飽くまでも退かぬスタンスだった。しかし、敵も然るもの。キチンと彼を説得するに足る文句を用意していた。
「その通りだ、無いものは生やせない。社則でも、それについては抵触しておらん。しかしだ、君の場合はカミソリで意図的に頭髪を剃り落としているだろう? 自然に抜け落ちた訳ではないではないか」
 なるほど、そう来たか……と、健太は笑みを浮かべる。そして『仮にこれが剃り落とした結果でなく、本当に脱毛により失われたものである場合は、この髪型は許されるのですか?』と食い下がった。

「中沢君、もう勘弁してくれ。君が若手社員からの中傷によりダメージを受けている事は良く知っている。だから……」
「……勘弁も何も、私は髪型の是非について話し合っているだけですよ? 怒ってはいません」
「だから、その髪型をやめるよう……こうして頼んでおるのだ」
 頼み、か……と、健太は暫し瞑目した後、『分かりました』と発言し、上司を安心させた。が、しかし……
「一つだけ、条件があります」
 彼はその発言の後に、本当に一つだけ、しかもごく簡単な一言を添え、翌日から丸刈りに戻すことを約束した。

***

 月代部分の跡に頭髪が生え揃うまで時間が掛かる為、特例として『頭頂部の頭髪が伸びる迄』という期間限定で、健太の頭部はスキンヘッドとなっていた。『丸坊主の範疇を越える短髪の禁止』には抵触するが、以降は故意に剃り落とす事はしないという確約の下で行っている故に許されている事であった。

 健太が出した条件は、至ってシンプルなものだった。
 しかし、その条件によって、それ以降は彼の坊主頭を蔑む者は誰も居なくなった。
 そう、彼の出した条件とは『社則に、【みだりに他者の容姿を貶す事を禁ず】という一項を追加する』というもだったのだ。

 無い物は無い、伸ばしたくとも伸ばせないなら仕方がない。
 自然の摂理に逆らわず、己が運命を受け容れている者を笑う事は許されざる事である。この点を健太は強く主張した。それは外見にコンプレックスを持つ者からの強い支持を受け、異例のスピードで重役会議を通過し、社則に加えられた。
 そんな、小学校の道徳の授業で話題になりそうな事を、わざわざ社則に掲げる会社は珍しいだろう。しかし、そこまでしなくては『尊厳』すら守れない者も居るのだ。その事を忘れ、悪意に満ちた言葉で他者を傷つける心無い者にとって、この社則変更は強力な反省材料となった。

 そして更に『禿頭は、大抵の男性が通る道だよ。恥じる事はない、それが早いか遅いかの違いだけなのだから』と云う年長者たちの言も加えられ、一連の騒動は丸く収まったのであった。

<了>

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