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君といた日
作:高村恵美


「君といた夏は遠い夢の中 空に消えてった打ち上げ花火」

「ねぇねぇ、クラスどこだった?」
「今年同じクラスだよ!」
 桜吹雪が舞う中学校の入学式。校庭に貼り出されたクラス分けの表の前で、そんな会話が行われる。ほとんどが顔なじみのように見える。僕はその表によれば、1年1組らしい。
 表に従って、校舎の1階にある教室に入る。
中には既に何人か入っていて、真新しい制服を着ておしゃべりをしている。
 出席番号順に席に着くように黒板に書かれ、ご丁寧に座席表まで黒板に書かれている。どうやら、僕の席は窓際の一番後ろらしい。暖かい日差しが、心地よい眠気を誘いそうな席だ。案の定、席に着くと、信じられないほどのぽかぽかした陽気で、すぐに眠気が襲ってきた。
 席に着くと、窓際に立って外を眺めていた、長い髪を三つ編みにした女子が話しかけてきた。
「見かけない顔ね。」
 そりゃそうだ。僕は小学校卒業と同時に、父親の転勤で、東京からこの静岡に来たんだから。
「あんたは?」
 うとうとしかけていたところを起こされたので、少し不機嫌な声で聞く。
「私は杉浦奈津。奈津って呼んでくれていいわ。」
 少し不機嫌な僕とは逆に、奈津は機嫌が良さそうだ。
 少し唐突だったが、自己紹介されてしまったので、僕からも自己紹介をする。
崎島来栖(くるす)。東京から引っ越してきたんだ。」
 そう言うと、奈津は
「それで見たことなかったんだ。この中学はほとんど小学校からの持ち上がりだから、みんな顔なじみなのよ。」
と言った。それでみんな顔なじみな会話をしていたのか。
「席も隣なんだし、よろしくね。」
 黒板の座席表には、確かに俺の隣の欄に「杉浦」と名前が書かれている。
 話しているうちに、眠気なんかどっかにいってしまった。奈津はそれくらいよくしゃべる女の子だった。
 そんな日が続き、僕らは一気に仲良くなっていった。奈津は女の子と言うよりも、サバサバした男友達のような感じで付き合える、さっぱりした性格だった。だからと言って、がさつな感じはしない。女子からも男子からも好かれる奴だった。
 
 4月も後半に入ると、部活は全員参加のうちの学校、1年生も部活に仮入部し、練習に参加するようになった。
 僕は男子バレー部に、奈津もマネージャーとして男子バレー部に入部した。
 毎日、マネージャーとして部員の間を駆け回る奈津に、僕はいつの間にか恋心と呼べるものを抱いていたし、時々、奈津の方からも視線を感じることがあった。

 5月、ゴールデンウィークが終わると、学年行事である宿泊訓練が2泊3日で行われた。場所は浜名湖の北にある三ヶ日青年の家。ここでは、集団規律を身につけると同時に、クラスメートとの交流を深めるという目的もある。
 そのため、浜名湖周辺を歩く10キロウォークラリーや肝試し、全員でボートを漕ぐカッターにも乗った。グループは出席番号順で分けられるため、僕は必ずと言っていいほど、奈津と同じグループだった。
 〜♪
 夜、バンガローで布団を敷いて、その上でゴロゴロしていると、携帯が鳴ってメールの着信を告げた。メールは奈津からのものだった。
『テラスに出てみて。星がすごいたくさん見えるよ! 星が降るって、こんな感じなんだろうな。』
 確かに僕たちが住んでいるのは浜松市で、かなり大きい街だから、山の方まで行かないと、あまり星は見えない。街中だと、街頭の光が邪魔になるのだ。特に僕は、今まで東京の真ん中で育ったから、降るような星は見たことがない。
 僕はジャージの上着を羽織って、テラスに出た。通路を挟んで向かいにある女子のバンガローのテラスには、ジャージ姿の奈津がいる。空を見上げると、確かに降るような星空だ。
「どうした?」
「こんなにたくさんの星、見たの初めてだから……。」
 通路を挟んで向かい合って話す。このテラスの柵が邪魔だ。
 奈津は唐突に言った。入学式の日の、あの自己紹介のように。
「私と付き合ってくれない?」
「へ?」
 正直、それしか台詞が出てこなかった。確かに奈津のことは好きだけど、まだ中学1年生だし、付き合うということまでは頭が回らなかった。
「私ね、実は夏休みに引っ越すの。」
 僕の返事を待たずに、奈津が言い出した。
「……。」
 僕は何も言えなかった。奈津が引っ越すだって?
「どこに引っ越す?」
 ようやく出た声は、かすれていた。それでも奈津には届いたらしい。
「ドイツ。お父さんの会社の取引先が、向こうにあって、長期海外派遣なんだって。」
 ドイツだって? 海外じゃないか。僕らは中学生だぞ。ドイツまで行けるか。
 僕の心は決まった。
「よろしく。」
 こうして僕らは付き合うことになった。

 付き合い始めて1ヶ月半が過ぎようとしていた。僕はその日、奈津を隣町の夏祭りに誘った。
 奈津の家の近くの公園で待ち合わせて、待っているとちらほらと浴衣姿の女性が歩いている。やっぱり、僕らと同じように夏祭りに行くのだろうか。
「お待たせ。」
 そう言われて振り向くと、紺地に白い朝顔の模様が入った浴衣を着て、黄色と赤の合わせの帯を締めていた。いつも三つ編みの髪をアップにして、うっすらと化粧もしているのか、くちびるがほんのりピンク色に色づいている。
「来栖?」
 その姿に不覚にも少しみとれてしまった。
「いや、何でもない。行こうか。」
 隣に立つと、ふわりと清潔なシャンプーの香りがした。遅れたのはこのせいだったのか。その時、ふと奈津に“女”を感じて、どきっとした。
「いやー、すごい人ー。」
 神社に着くと人でごった返していた。空はもう夕暮れがせまってきていて、茜色と紺色のグラデーションができあがっている。紺色の部分には一番星が輝いていたりする。
「ねぇねぇ、金魚すくいだよ。」
 出店と出店の間を歩いていると、奈津が僕のTシャツのすそをひっぱった。結構子供っぽい? さっき不覚にも“女”として意識したのに……。
「あ、トウモロコシー。」
 次から次へと目移りしているらしい。
「おいしそう。」
 そう言えばお腹も空いてきた。トウモロコシを自分の分と2本買ってやると、奈津は目をキラキラさせて、それに威勢よくかぶりついた。……仮でなくても女の子なんだから、もう少しかわいく食べて欲しかった……。
 それから僕らは焼きイカ、焼きそば、リンゴあめなど、よく食べた。一通り食べ終わっただろうか、神社の奥の石段で少し休もうかという話になって、僕らは奥に向かって歩き出した。その時、奈津が僕からつつっと離れて歩き出した。
「?」
 前を向くと、その理由はすぐにわかった。前からクラスメートの柴崎が歩いてきていた。
「奈津。」
 その柴崎が声をかけた。奈津とは二言三言話してすぐに別れて、僕の後ろの方へ歩いていった。
「ごめんね、離れちゃって。」
 柴崎の姿が見えなくなると、奈津は僕の所にもどってきた。
 その姿はあまりにもかわいい。おもわず人混みの中でも抱きしめたくなるくらいだ。
 石段に座ってぼやーっとした暗闇の中、僕らはひとしきり話をした。
「私、高校卒業したら、またここにもどってきたいな。」
「……。」
 僕は何も言わずに次の言葉を待つ。
「来栖の所にもどってきたいの。」
「……その時には、僕には別に付き合っている人がいたとしても?」
 少し意地悪な質問をしてみた。すると奈津は、まっすぐに僕を見て、間髪入れずに言った。
「そのときは彼女から奪うかもね。来栖、覚悟しておいてよ?」
 結構大丈夫そうだ。
 境内に向き直ると、相変わらずすごい混雑ぶり。どこをみても人人人だ。
 ふと僕らの目があった。そして僕らはどちらからともなく顔を近づけ、目を閉じた。
 くちびるが触れるだけのキスだったけど、どのくらいそうしていただろう。ほんの数秒だったのかもしれない。
 くちびるを離すと、奈津は僕の肩に頭をちょこんとのせてきた。
「来栖……。」
「うん?」
 かすれるような声だった。けれど、ふるえているのがわかる。
「もどってくるからね。」
「うん。もどってこいよ。」
 奈津の目には水が溜まっていて、それを人差し指でぬぐってやる。僕らはもう一度、くちびるを合わせた。

 みーんみーん……
 あっという間に夏休みになった。今日は奈津がドイツへ行く日だ。僕は駅まで見送りに出た。
「来栖、私のこと待っててよね?」
 にやっと奈津が笑って言う。そのつもりはないが、もし裏切ろうものなら、後が怖そうだ。
「心配しないで行ってこいよ。手紙もよこせよ? 忙しいから返事は遅くなるかも知れないけど、必ず書くから。」
「うん。」
「奈津、行くわよ。」
 奈津のお母さんが声をかけた。
「はーい。」
 東京行きの新幹線が、あと5分で入ってくる。そろそろ行かないと間に合わなくなる。
「行ってこい。待っててやるから。その代わり、帰って来いよ。」
「うん。じゃ、またね。」
 そう言うと、奈津は背中を見せて、改札をくぐっていった。改札を入った所の階段で一度振り向いて、大きく手を振った。僕も手を振り返す。

 あれから7年の月日が流れた。奈津はどうしているだろう。高校に入ったころから、お互い忙しくなり、手紙も滞りがちで、ここ2、3年は一通も手紙が来ていない。
僕は相変わらず1人で、今は大学生だ。
「いらっしゃいませ。」
 今は喫茶店でバイト中。昼下がり、ガラガラの店内に入ってきた女性客の所へ、水とおしぼりを持っていく。
置いて帰ろうとした時、声をかけられた。
「来栖?」
 名前を呼ばれたせいもあるが、思わずどきっとするくらい、奈津の声に似ていた。
「え?」
「私よ、奈津。戻ってきたの。」
 そう言えばどことなく面影がある。黒かった髪は少し茶色に染められていて、長い髪にはウェーブがかかっているが、確かに奈津だ。
「7年ぶりだな。今バイトだけど、あと30分で終わるんだ。時間あるなら、待っててくれないか?」
「うん。」


久々に中学生を主人公にした小説を書きました。主人公たちが中学生ということで、あまりドロドロしたものは書かなかったつもりです。













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