閑話、コードハンバーグ 反逆のリルーシュ
「……なるほど、そんな事情があったのか」
「はいっス。ようするに、捕まったのは次男の陰謀に巻き込まれただけっス」
「ふざけとるな。シュリをそんなことに巻き込むなんて」
「全くですね」
俺は宿屋の一室で、テグからの報告を受けていた。
質素な部屋で、ベッドは二つしかねぇし暇潰しの道具もねぇ。
隊長格五人が突っ込まれりゃ、手狭だなと感じる部屋。
その宿屋に、俺たちは監禁されていた。
俺たちガングレイブ傭兵団は、領主スーニティに不敬を働いたとして宿屋での謹慎を言い渡された。
その原因は、シュリにある。
途中まで上手くいっていたあの晩餐会。素晴らしい豚の丸焼き料理を出した時に、俺はようやく領地を持てると諸手を上げて喜びたかった、
しかし、シュリはいきなり領主のワイングラスを叩き落とした。
不敬を働いたとしてシュリは投獄され、俺たちは事実関係の確認ができるまで用意された宿屋での謹慎を言い渡された。
当たり前だが、スーニティと俺たち傭兵団の契約は既に終わっている。戦に勝利したときに契約は果たされているのだから。
その場で強硬手段に出てもよかったが、俺は領地が貰えなくなる焦りから判断を迷ってしまった。
そして、部下たちも別の宿屋に閉じ込められ、俺たちはここにすし詰めにされてるわけだ。
「シュリは、見ようによっては領主を救ったわけだ」
そして、俺は宿屋に監禁されてから考えた。
他の隊長たちも、口には出さないがシュリの行動を考えていたと思う。
シュリのせいで、と責める気持ちがあったのは嘘ではない。あんなことをしなければ、今ごろ領地をもらって町作りをしてたはずだし、夢に片足掛けれたはずなのだから。
それを、あんなことをしたもんだから、ややこしいことになって落ちぶれたようになって。
会ったら恨み辛みぶちまけてやりたいと思ってた。
だが、考えても考えても不思議な感情が湧いてくる。恨み言も、湧いては一瞬、浮かんでは消えてしまう。
シュリは、理由も無くあんなことをするようなやつじゃない。
ああ見えて意外と強かなところがある。俺の時も、ニュービストのときも、アルトゥーリアのときも、あいつは知恵と料理の腕で切り抜けてきた。
そんなあいつが、何の考えも気づきもなく不敬を働くとは思えない。
それは、他の隊長格たちも同じだった。
リルは、ハンバーグは嘘をつかないと言った。よくわからん。
クウガは、とりあえずあいつの飯が食いたいと言った。俺もだよ。
アーリウスは、私たちの結婚の祝い、まだですねと言った。その通りだ。
テグは、親友をほっとけないと言った。そうだな。
親友だ。仲間だ。家族だ。
理由なんてそれでいい。
あいつは俺たち幼なじみ五人と肩を並べて歩けるやつだ。
俺にとってシュリは、隣に立って笑える数少ない友人だ。
信じる理由はそれでいい。
そうと決まれば、話は早い。
まず俺たちは、部下たちとの連絡手段構築から始めた。
宿屋の部屋の床板を剥ぎ取り、リルとアーリウスの二人で宿屋の外に通じる穴を作った。
開通したら、テグとクウガが外に出て周囲を警戒する。テグは斥候術で、クウガはその護衛のためだ。
安全を確認したら、テグに頼んで宿屋を巡って部下たちと連絡する。その際、リルが開発した紙を使用。
この紙は、昔シュリが悪戯にと教えてくれたものだ。なんでも果実の汁で紙に文字を書き、後で火で炙ると汁が焼けて文字が浮き出るとかいうものだ。あまりにも幼稚というか簡単すぎるというか、戦には全く使えん類いだが、リルには十二分なインスピレーションを与えたらしい。
それを魔改造して作った特性の暗号紙。たとえ奪われても何が書かれてるのかさっぱりわからんだろう。
それを持ってテグは各所の宿屋を来訪。部下たちとの連絡を取った。
そのときわかったのは、新参者と古参者の違いだ。
新参の部下は、シュリに隠そうともしない怒りを出している。
古参の部下は、シュリを信じて、それどころか仕方ないやつだと笑う。
なるほど、意外とシュリは長い時間をかけて部下たちと親交を深めていたんだな。それも、きちんと良い方向に。
部下たちの中でテグの部下とリルの部下、弓隊と魔工隊の連携で連絡網と情報網を構築した後、俺たちはいろんな情報を共有した。
まず、シュリは無事。まだ殺されていない。城の地下牢にて監禁中だ
それ以上の情報は入ってこない。よっぽど看守の口が堅いか、意図的に情報を隠されているのかどちらかだ。
第一王子と第二王子の政争が起こっている。シュリの対応についてだ。第一王子は生かす派、第二王子は殺す派だ。おそらく、今回のことに関係しているのだろう。これを乗り切った方は、勢力を伸ばす。かもしれないけど、俺に言わせれば政争とは言えない。意見の食い違い程度だろう。
しかし、この政争に本気で取り組んでいるのは第二王子の方だ。勢力を伸ばし、これを機に跡取りに繰り上がろうとしているのかもしれない。
第一王子は? と聞かれると、こちらも勢力を伸ばして財を貯め込んでいるらしい。
その財を、貧しい人に分け与えているらしいが。
第一王子は民意を得ようと外へ、第二王子は城の部下の支持を得るために内側へ意識が向いているのかもしれない。
それに乗じて、俺は策を練ることにした。
城の争いを流しつつ、民意を第一王子への支持へ向かうようにしつつ。
いざという時のために、シュリの情報を少し流す。
嘘八割本当二割でな!
本当二割はシュリが監禁されているということ。
嘘八割は。
シュリという善人な料理人が、領主の頼みで料理を出したら第二王子がけちをつけて監禁し、自分のために料理を作る奴隷になれと詰め寄り、それを断ってさらに酷い目に遭わされても、料理人としての矜恃を守って誇り高く耐えており、その仲間たちの傭兵団は義を掲げてこれに立ち向かっている。
てな感じのストーリーをちょこちょこと広めた。
民意は反感と第一王子への支持が少し広まっているが、多分シュリが出てきたころには大変なことになっていると思う。責任は取らない。
そして十分に情報網と扇動ができてきた頃、城に潜入して情報を集めていたテグが、シュリと第一王子エクレスの情報を得たというわけだ。
簡単に要約すると。
シュリがワイングラスをたたき落としたのは、細工されたワイングラスで領主の身に危険があったため。
そして細工をしたのは第二王子ギングス。
第一王子エクレスはシュリに、助ける代わりに自分を連れて逃げて欲しいと頼む。
こんな感じだろう。
「しかし、まさか第一王子が女性とはな」
「オイラも驚いたっス。第一王子にしては中性的だなって思ったら、部下の妹だったんスから。会話を聞いたときには耳を疑ったっす。
あと気が緩んでたおかげっスね。報告書も余さず見ることができたっスから」
「おそらくですけど、それだけ秘密裏に情報を渡してたなら、その部下の人は相当自分の密偵術に自信があったんでしょうね。
そうじゃなきゃ、二重間諜なんてできませんから」
「見つかったら確実に殺されるやろうな。第二王子は確実にキレるからな」
だろうな。
そのガーンって男、テグの気配に気づく時点でただ者じゃない。気が緩んでようが張ってようが、こいつの気配殺しは感知できないのが常だ。
シュリが来てから修練を重ね、身につけた斥候術と密偵術。テグの技は達人を超えていた。こいつの情報で助かった戦もある。
なのにそれに気づくとはな。
「シュリの居場所に関しては?」
「城の地下ってのは聞いたとおりだと思うっス。これ、簡単にだけど地図を書いてみたっス」
テグから渡された紙を見れば、シュリの居場所までの経路が書かれていた。
確かに、契約の時や晩餐会の時に城の中は見て回ってるから、これだけの情報があれば十分。
「よし。さて、第一王子エクレスに関してだが。
やつは俺たちの傭兵団に入りたいと言っている。
多分、それは自分の本当の正体が知られていないから、女に戻ればすんなりいくと思ってたんだろう。
だが、バレた以上は別の手を使うかもしれん」
俺が情報を得て糾弾したとき、スーニティの領主一族に確実に害を及ぼす。
そのときのための保険だろう。舐められたもんだ。
そして、シュリにもこうやって話を持ちかけたんだろう。
傭兵団は助けてやる。その代わり、自分の逃亡を手助けしろ。
歯ぎしりした。卑怯な交渉だからだ。
確かに交渉に卑怯は付きもの。俺だって噂を流して扇動しているからな。
だがシュリは戦えない身の上で、しかも囚われの身。断ることなどできるはずがない。
第一王子まで処刑派に回ればシュリの命はない。
俺は、そんなやつを仲間と認めるわけにはいかない。
「例えば、どんな手や? ガングレイブ」
クウガも腕組みした手に力が入っている。
シュリの現状やエクレスの交渉に、怒りを覚えてるに違いない。
「そうだな。そろそろ第二王子も強硬手段に出てもおかしくない。
なんせ自分の父親を害そうとしたんだ。領主一族としても許される話じゃない。継承権剥奪の可能性もある。
その前に、エクレスはシュリを連れて逃げるんだよ。
情報漏洩に気づいたのはエクレスと部下のガーン。
俺が行動を起こしたとき、一番に避難できるのはその二人だけだ。
シュリさえいれば、あとはあいつの料理の腕でいくらでも逃亡できる。
屋台でも店でも、あいつに料理作らせながら流浪すりゃいいんだからな」
これが俺の中にある“悪い方面”の絵図の一つだ。
シュリの料理の腕は、ここにいる誰もが認める。
正直に言えば、俺たちの団に入らずに店を構えれば繁盛して成功するだろうなと思ったのは一度や二度ではない。
その腕に計算の得意な事務と情報を得るのに特化した部下がいれば、いくらでも屋台を引きながら旅をできる。
つまり、あいつを使って遠くに逃げるわけだ。
「他にも、今のうちに部下を使ってシュリを確保。あいつの身柄でこちらとの交渉テーブルを対等にすることもできるな」
これも“悪い方面”の絵図。
今回の事件の非は明らかにあちらにある。
証拠固めは必要だろうが、それを責められたとき、領主側はただではすまない。
多額の賠償と被害は出る。
領主側が握りつぶし、市井に広まらないようにするのは不可能だ。すでに、俺の部下が世論誘導の下地を作ってるからな。
ここで謝罪だけですまそうものなら、昨今の食糧不足の原因を広めるだけだ。
第二王子は、自分の落ち度を隠すために民を殺すこともある。そして、民が食糧不足になろうが構わず食糧確保をするやつだ。
こんな情報を流し、実際に俺が扇動して行動に移れば、民も黙っちゃいない。不満を爆発させ、城に突撃するかもな。
今でさえ、エクレスの支援でギリギリ理性を保っている現状だが、原因が第二王子にあるならキレるだろうな。
身内の恥で俺たちを巻き込むな、とか。
何にせよ、一度植え付けられた不満の芽は、あとは開花するのを待つだけだ。
それを防ぐために、あちら側に囚われているシュリの身柄を使って交渉するわけで。
『こちらの非を認め謝罪する。その代わり、そちらの部下を無事に帰す』 とな。
明らかにこちらがぶちキレるのは目に見えているが、そうでもしないとダメージが深刻なことになる。
「まだ色々あるが、説明がいるか」
「いらんっス」
怒りを表情に浮かべたテグが、震える声で返した。
「証拠固め、任せてくださいっス。これ以上親友をあんなとこに置いときたくないっス」
「任せた」
「ワイはそのときまで、剣の腕を鈍らさんようにするわ」
「頼むぞ」
「私は……」
テグとクウガの決意をよそに、アーリウスは心配そうな顔でベッドを見た。
「とりあえずリルの看病ですかね」
リルは今、ベットに寝ていた。
壊れていた。
どこを見てるかわからない、上だけに向いた目。
表情が消えた顔。
顔色はやや灰色がかり。
髪の毛に白髪が混じり。
肌はカサついていた。
壊れていた。
リルは、壊れてベッドに寝ていた。
「リルは……どうだ?」
「未だに意識が戻りません」
アーリウスは首を横に振った。
「うわ言を呟くばかりで、反応がありません」
「そうか……」
俺は、正直呆れて言った。
「そんなにハンバーグが食えんことがショックか」
そう、リルはハンバーグが食べれなくなってから急激に老けた。
最初の数日はまだなんとかなった。この宿屋のマズい飯を食って耐えていた。
しかし、本人が言うところのHPが尽きてきたらしい。よくわからなかった。
そうしてるうちに、立てなくなり、起きられなくなり、こうして力が尽きていた。
時節、うわ言で「じゃかいも……ハンバーグに合うじゃがいもの啓示が……」と言っている。気味悪い。
だが、いい加減このままにしておくわけにはいかない。そろそろ証拠集めと情報整理で本格的に動かなきゃいけない。
シュリを救うための段取りに、リルは必要な存在だ。
さて、そろそろ目覚めてもらおう。
「アーリウス、こいつの看病はいい」
「え? ですが……」
「こいつを目覚めさせる」
俺はリルのベッドに近づくと、囁いた。
「おい、聞こえるか。
シュリを救うための段取りが決まった。行動に移すときだ。
救った暁には、パァーッとシュリの料理でパーティだ」
ピクッとリルの体が動いた。よし、まだ反応がある。
「好きなもん作ってもらって、再会を喜ぼうぜ。
俺はクリームシチューでも作ってもらうかな。腹一杯食ってやる。
クウガ、お前は何を食いたい」
「えっ? ……そうやな、旨い魚料理かの」
「テグは?」
「オイラは何でもいいけど、できるならポトフっスかね。もしくはおでんがいいっス」
「アーリウス、お前はどうだ?」
「もちろん、湯豆腐がいいですね。部下も所望してるでしょう」
それぞれ好物を思い浮かべて、よだれが垂れそうだった。
もちろん、俺もだ。
「お前は寝たまんまだから、腹持ちのいい料理がいいか?
それとも……」
俺は一拍置いて言った。
「ハンバーグがいいか?」
ビクンッ! とリルの体が胎動した。
みるみるうちに肌色が良くなり、急激に髪の色が鮮やかな色に戻っていく。
肌の艶もハリを取り戻していく。生気の無かった瞳に力が宿っていくのが見えた。
「あぁ、寝たきりだとせいぜい粥だな。
シュリのことだから、粥も旨いだろう。
だが、お前はそれでいいのか?
メシマズな宿屋の食事に耐え、今日まで頑張ってきたのは粥のためか? シュリが戻ってきたとき、粥で満足できるのか?
違うだろうが!
肉の香ばしい匂いを嗅ぎながら、ナイフで切り分けたときに溢れる肉汁に夢を抱き、口に運んで感じるシンプルな塩コショウとあっさりソースの共演を夢見てきたんだろうが!」
うん、正直俺も何言ってるのか分かんない。
後ろの三人も冷めた目で俺を見てる。止めてほしい。
「目覚めろリル! 今こそお前は自由になるんだ!」
ドンッ! と強烈な衝撃が響き、部屋の埃が舞い上がった。
「誰かが言った」
立ち込める埃の中、リルは立っていた。
「ハンバーグを食べていいのは、ハンバーグに食われる覚悟のあるやつだけだと」
「ワケわかんないっスよ……?」
テグ、突っ込むな。
「だからリルは制約を受け入れた」
「ハンバーグ食うだけなのにか?」
クウガ、だから突っ込むな。
「『断食ハンバーグ』、リル再誕」
「……」
うん、暖かい目で見るだけでいいんだ、アーリウス。
埃が地面に落ち、視界が開けたそこに、リルは立っていた。
力を取り戻した中毒者が。
「ありがとう、ガングレイブ。
リルは、長い夢を見ていたようだ」
「寝てたからな」
「それも終わり。さぁ、始めよう」
バッ、と手を広げてリルは言った。
「作戦、『牛肉の鎮魂歌』を」
「そんな名前じゃねぇけど。ほらみんな、寸劇が終わったみてぇだから作戦を練るぞ」
こんなやつに付き合っても良いことねぇよ。
待ってろよ、シュリ。
必ず、お前を助けてやる。
ご覧の皆様、閲覧ありがとうございます。
最近、重い話が続いたので笑える話を持ってきました。
そう、あくまでこれは四コマ小説風なのです。
初心に帰ったつもりで書いてみました。
パロディネタは、今後はできる限り控えます。