何時からだったのだろう……?
彼女が自然と切々とした雰囲気に至ったのは…
長年冷淡な空気で息を潜めて過ごしていたのに何時の間にか暖かい空気を味わっていた。
心に潜む憎悪が溶けていく。
──そう今、頬につたる降り始めの粉雪のように。
今は、雪の降り積もる冬の季節。
綿のように上から舞う粉雪の周りには杯戸シティホテルが立派に聳える。ホテルの屋上には、雪片が層のように連なっている。”そこ”には、艶麗な女性が一人で”何か”を見据えていた。
冷然と立ち尽くして無機質に携帯を押している麗人はベルモット。指で携帯を打つ事に意図はない。寒さで震える指を自由に動かす事で、安堵感に至る。
不意に透明な息を吐く。胸を撫で下ろしてそのまま携帯に指を置く。
ベルモットは、闇に微かに映る雪に視線を向ける。
歩調を速めて一歩ずつ足を運ぶ。鮮やかに舞い降りる雪片が幾度なく頬に伝う。
凍り付いた雪片の一滴が頬に当たって零れる。使用しているハンカチを手に取って水滴を拭う。
残った水滴の跡が頬を湿らせる。
ベルモットは、再び『その場』を立ち尽くす。慣れた手付きで愛用のタバコの入っているポケットの方へと手を突っ込む。
──『ざく,ざく,ざく』
似た拍子で途切れた音が微かに耳に響く。(誰か、いる………)
ベルモットは皺を寄せて顔をしかめる。
”他は、踏み入れていない筈の『罪跡の場』の近辺で耳障りな雑音がしている。”
その事が附に落ちなくて周辺を掻き回しながら凝視する。
ベルモットの近辺では、雑音といっても粉雪を舞わせる風がなだらかに吹雪いているだけ。
屋上に敷かれた雪の道を踏み入れる軋んだ音は、伝わってくる事は稀にない。 鋭敏なベルモットは、そんな思考を即座に働かせる。
「ベルモット…じゃねーか……」
静寂な雰囲気を打ち消すかのように低い声色で囁く。
全身に黒い衣服を纏った長身の男が,印象付けるように歩調をゆっくりにして前進する。
絨毯のように広く敷かれた深い雪に一歩、二歩と歩き渡る。
「あら、ジンに……ウォッカじゃないの!!」
ひきつっていた眉を戻して柔らかな笑みを浮かべる。整然たる態度に切り替えて、二人の方向へ視線を変える。
「しかし、こんな所で一体何をやっているんですかい?」
後ろで立ち尽くしているウォッカは、口癖のようにその台詞を吐く。
剥がれた壁に背もたれになる。
発言が不可思議なベルモットを警戒する。
ベルモットは何時もように口許を歪ませてゆっくりと開こうとする。
口許を緩めて喉元から声を通す準備を整える。
「A Secret makes a woman woman…女を秘密を着飾って美しくなるのよ…」
得意の台詞を澄んだ声で囁く。妖艶とした雰囲気を印象を付けるかのようにわざと漂わせる。
絶えず笑みを浮かべて数歩動いてジン達の近くに寄る。
整った髪が雪片からの水滴で濡れる。
頬に付いた髪を剥がす動作をして真っ正面に視線を向ける。
「ヘドが出るぜ……」
言葉を吐き捨てた口調で呟く。吸われていたタバコを地面に落とす。
「それより……何でわかったのかしら? 私が此処に来ているって事を…」
「お前がちょっと引っ掛かっている事があると言っていたからな…この前の杯戸シティホテルの事件にもいるかと思っただけだ…オレ達もお前が言っていた”ちょっと引っ掛かっている事がある”と云っていた事を気に留めていたからなぁ…」
いつもと似た低い声色で流暢な語調にして呟く。 ジンは、もう一本タバコを手に取る。
口許を歪ませてライターに火を付ける。宵闇の中、僅かに光が灯る。
「あらそう……確かに引っ掛かった事はあったけどね。恐らく貴方達にとっては、気に留まらない事よ…」
余裕ありげな態度で冷淡に語る。目を瞑って斜め上を見上げる。
その瞬時に額に粉雪が舞う。
付けた水滴が物凄く冷ややかで直接刺激される。
ベルモットは、その冷たさに慣れたのか───目線を下に向けて一辺を見据える。
(罪跡を残した場所…か……ジンはシェリーをこの綺麗な雪の上で殺す事に失敗したわね…ピスコは、薄汚れた暖炉で射殺されたけど…)
前に起きた事件の事柄が記憶の底から甦る。
そして、自分の行動を初心に返って思い浮かべる。
(私の罪は、この粉雪のように消え去る事はないだろうけどね……)
瞼の裏に刻まれた記憶を辿る。 過去を振り返って幾度なく起こした殺戮を思い出す。
手のひらを軽く開ける。
繰り返し地上に舞い散る粉雪をそっと手のひらに熨せる。
粉雪の冷たさが皮膚に伝わったのを確認してから気付かれないように拳を握りしめる。
(確かあの時……)
目を瞑って遥か遠くの過去に至る。
此処は、FBIの配属地であるアメリカ合衆国。──アメリカと呼ばれる場所
辺りは、何処を見据えても廃墟ばかり。──廃した建物が増加する一方。
そんな中で妖艶な麗女が佇んでいる。
吹き渡る風が冷たく流れる。
哀れな麗人にたいして風音一つたてないで淋しく吹きこんだ。
”必ず殺して成功させる。”
当時、ベルモットの思考にはこの言葉が過った。
足を『目的地』に進めている時,ついついこの殺戮を起こす事を思考は働いてしまう。
若干頬を引き締めさせて眉をひそめた。
──『目的地』に近づく事。 距離を感じるにつれて歯を噛み締める。
”此れも任務”──そんな事を頭の片隅に固めておきながら、罪を犯す場所まで足を運び入れた。
長く美しい指でしなやかにインターホンを押す。
”ピンポーン”と当たり障りの無い音色が,耳に反響する。
一時、突然の音が響いて妙な感覚が直感した。
「はい、どちら様でしょうか………?」ドア越しのベルモットに変わらぬ返事を返す。
自分を殺そうとしている宿敵が訪問するなんて事が予想もたたなかったのか……。
言葉を洩らした人は、ドアノブを慣れた手付きで握りしめてドアを開ける。
そして、帽子で顔を覆っていたベルモットにくぎつけるように視線を向ける。
それにたいしてベルモットは、口許を緩ませながら嘲笑する。
自分の妖しげな印象を付けやすくしようと帽子を深く被る。
「………………………………」
妖しげな雰囲気をわざとらしく示しているベルモットに不審さを感じる。
とてつもなく不可思議なベルモットを目にしたせいなのか………。
それからか喉の先から込みあがってくる最初の言葉が上手く繋がらない。
洩らそうとした言葉が遮られる。
彼女が引き出す圧迫感いや、魔性のオーラのせいか足がすくむ。
それでが不意に足が滑っていく感覚があった。
(こ、この女は一体……………!)
家の主である相手は、突然驚愕する。
手元が僅かに震える。足元は自然と引き下がる。
ベルモットは、再度帽子を深く被って懐から手早く拳銃を取り出す。
何の躊躇い無しにそのまま銃口を差し向ける。
もう撃つばかりの準備を整え余裕的な様子を装って構える。
口許に笑みを浮かべて拳銃を支持する姿が鮮明に映る。 顔に合わない真似を実際に起こしている麗女が焼き付くように映される。
「ち、ちょっと……」
やっとの事で喉の先から発された声を振り絞る。
しかも彼女・ベルモットから発される威圧的な”魔性のオーラ”のせいで知らず知らずに身がすくむ。
”震え”が増してきて溜め込んだ言葉を発するのを遮られる。
「………………………………………」
ベルモットは、何も言葉を漏らさない。
彼女の歪んだ口許が,”なにか”を語っている事を示し付ける。
一滴も冷や汗が零れていない指先。
軽やかに引き金を支持する。
ベルモットの麗しい双眸は,ただひたすらに標的を定める。
標的に向ける銃口が,目の視界に入る。 ──彼の動悸が加速する。
一見平穏そうな雰囲気を示してながらベルモットの微妙な動きに怯えを覚える。
しかしベルモットの動きは一向に変わらぬまま。
引き金の部分を滑らせる事に躊躇せず、そのまま軽く押し上げる。
一瞬乾ききった音が『その場』に響動む。視界が歪み安らかに床に倒れていくシーンが映る。
”『ポタッ、ポタッ……』”
今、鬱陶しく感じさせられる微かな音が、幾度なく流れる。
鮮血が、広がって灯される。
ベルモットは、光景に目をくれずひたすらに嘲笑をする。 そして、座り込んで彼の眼鏡を手に取ってポケットに入れる。
即座に立ち上がってからは、屈託の無い笑みを浮かべて死体を見下ろす。
素早い足音が,一秒一秒時が経つにつれて大きく響く。
足音を立てた少女が,立ち止まり、声を張り上げようとする。
「Who are you………………………?(貴女誰?)」
見知らぬ訪問者に不信感を抱きながら、不意に一言漏らす。 背の低い少女は、顔の角度を斜め上に上げてそのまま暫く凝視する。
暫しの沈黙が続きそうになった瞬間ベルモットが結んだままの口許を開ける。
「A secret makes woman woman………………」
流暢な発音で言葉を繋げる。
彼女の魔性のオーラが流露される。
今の状況を把握していない少女は、首を傾げて立ち尽くす。
ベルモットは、死体の近くにある眼鏡を取り出す。か細い指で眼鏡の先端を支持する。
その何気な行動にたいして不意に言葉を溢す。
「それ、パパの眼鏡……………」
「oh.sorry……(あら、ごめんなさいね)」
不自然な事を侵したが、そのまま床に倒れた被害者の近くに眼鏡を添える。
「パパ、寝ちゃたのかな……今日は、絵本を読んでくれるって言ったのに…」
無知な子供には、死体を見ても床で寝そべっているようにしか見えない。 還らぬ人となった父親の姿が、幼き少女・ジョディサンミリオン──いや、スターリングの双眸には、眠った人のように見えた。
「じゃあパパが起きるまで、側にいてあげてくれる?(So.will you be with daday until he wakes up? )」
「うん!(Yes!) 」
微笑ましく返事を交わした少女は直ぐに遺体になった父親の方に向かう。
少女の何の気なしの行動を見計らいながら、火を放つ準備を整える。
適当な場所にガソリンをばら蒔いてマッチに火を通す。
そのまま火の付いたマッチを軽々しく地へと落とす。
家に火を放した後に、視界から背けて即座に家から出る。
黒い帽子で深く被り直して速やかに歩く。
家に放した紅蓮の炎が彼女の双眸に鮮明に映る。
振り向いては、紅く染まった炎を一瞥する。 口許を僅かに歪ませながら一歩ずつ行進する。
──廃墟になろうとしている屋敷が遠退いていく。
歩くにつれ豆粒のように小さくなる。
ベルモットは、その時紅蓮の炎を見据えて口許を緩ませていた。
「どうした……? ベルモット!! 」
「……………………………………」
突如、思考内になかった低い声色の囁きが嫌に響く。そして現在を思い出す。 過去に至っていた事が思考内から消え失せる。
幾度なく舞い散る粉雪が頬に伝ってくる感触を思い出して現在を理解する。
一瞬だけ唖然したが、状況を完璧に理解してから妖しげな笑みを交わす。
「別に……何でもないわよ」
トーンをあげて淡々と応答する。
小まめに笑みを浮かべて妖しさを示唆する。
服に付く粉雪を払いのけながら対話を続ける。
(過去なんかを思い出してしまったわね……)
ジンやウオッカに気付かれ無いように穏やかに微笑む。
度々水滴が付けて冷ややかな手のひらを額に寄せる。
(あの少女……何か…私や組織と因果関係がありそうね…)
突然”何かしら”の予感が脳裏に過る。
”何かしら”の予感について探り入れようと思考を働かせる。
怜悧な彼女の思考は、停止する事なく働き続ける。
フェンスの鉄骨を背にして凭れ掛かる。
腕を回してフェンスの外側に下ろす。
「…………………………」
ジンとウオッカは、何処までも”考えのわからない”ベルモットを見据えて疑念を抱く。
読み取れ無い空気を重く感じさせられて言葉を洩らす事が遮られる。
少し離れた距離から無音が、生じられたまま暫しの沈黙が続く。
いつも行動範囲のわからない人物だとは、知っていても”その事”で暫し立ち疼くまった状態では、何処か違和感を感じさせられる。
仲間にも行動範囲の不明なベルモットを無理に急かしても無駄には変わりないが……苛立たし始めたジンが前に進んで”声掛け”をしようとする。
「ベルモット! こんな下らねー所で長居は無用だ……時間の無駄だ…行くぞ!」
いつもと変わらぬ低い声を漏らし,凍り付いた細長い双眸でベルモットを見る。
タバコを一本取り出して吸い付ける。ジンの双眸がさらに濁り出す。ベルモットはジン達の表情を確認してから言葉を付け足す。
「ええ……行きましょう。引っ掛かっていた事も解明したみたいだし……」
”引っ掛かっていたが解明した。”
その発言は、咄嗟にこぼした単なるハッタリ。
この場は流れでベルモットは、ジン達の後を行進する。
脳裏に様々な背景を思い浮かべて。
(sherry……そして、cool guy…いや、シルバーブレット(銀の弾丸)次私が、貴方達に正体を明かす時が、本当の勝負が始まる時ね…)
黎明の時がおとずれる。
ベルモットは、ジン達の罪跡が残った雪を見据えながら歩いて行った。
鮮やかに積もる雪を凝視しては微笑んで。
心構えを固めては、ジン達とともにホテルから退出する。
”自分の犯した殺戮”を深く脳裏に浮かべて。
”次なる戦いに過去の殺戮が刻まれる事を思考内に定めて…。”
(次の任務では過去のあの事件の少女が、現れるかも知れないわね)
予想を立てて構えを取っておく。
そして、ベルモットの鋭い予想は的中した…。
沢山の粉雪が降り注いでいたあの冬の日に回想したある一つの殺戮の出来事。
──それは、月日を経て現実によみがえった。
その時からベルモットとジョディは、宿敵関係で繋がっていた。
そして今も──宿敵のまま。
全ては、雪が降り注いだ日からジョディの存在。そしてコナン達の存在を意識し始めていた。
〜FIN〜 |