挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

時計職人と雪の子

作者:∠PA真理子
アイエルは、時計職人だった。

町の外れに
祖父の代からの工房があり、
彼はそこで物心ついた頃から
父親が仕事をするのを見てきた。

アイエルはゼンマイやねじ回しを
おもちゃ代わりに親しみ、
そして。

12才になる頃には父親より速く
懐中時計を
修理してみせたりもした。

それから5年。
アイエルは亡くなった父の
跡を継ぎ、
時計職人になっていた。

母親については、
生まれて間もなく
亡くしていたからアイエルは、
それから1人きりの
暮らしになったけれど、

それを特に
苦に思うことはなかった。

時計職人とは元々、
1人きりで仕事をするもの
であったから。

けれど。
……
冬のとある日。

アイエルが町の
町長の屋敷を訪れ、
そこの大広間にかかる柱時計の
修理を終えた頃には、
午後8時を過ぎていた。

「もっとこっちに、
町の中に工房を移しては
どうかね。
その方がお客も来やすいだろう。
せっかく腕がいいんだし。」

そう町長から提案されたのに
控えめに、
けれどはっきりと首を横にふり、
アイエルは
工具箱を持って玄関を出た。

また雪が降り出している。
アイエルはマントのえりを
いっそう強くかき合わせた。

(遅くなってしまった。)

アイエルは通りを抜け町の外へ、
自宅を兼ねる工房へ、
いや、
教会へと続く道を急いだ。

そう。
アイエルには日課があった。

アイエルが町長の提案を断り、
工房を町の中に
移さない理由でもある日課。

それは仕事が終わった後に
工房の近く、
同じ町外れにある教会に行き、
そこに飾られた
絵をながめること。

そこに描かれているのは
少女の姿。
天上にあるという王国。
その王のひとり娘の。

美しい少女だった。
長い銀髪に薔薇色の頬と唇。
髪と同じ色のドレスをまとい、
青く大きな目が
まっすぐ前を見つめている。

初めて目にしたのは
とても幼い時だったけれど、
その時から
アイエルは絵を見るたび、

(あの大きな目は、
何を見つめているんだろう。)

そんなことを考えながら
いつまでも近くにいて、
ながめていたいと思うのだった。
……
と。

「何てこと。信じられない。
こんなことになるなんて。」

どこからか小さな声がした。

「誰かいるんですか?」

アイエルは辺りを見渡した。
そこはすでに建物もない町外れ。
雪で白くおおわれた道の上に、
他に人影はない。

と。

「ここよ。」

再び声が聞こえた。

「え?」

「ここだったら。」

アイエルは声のする方、
自分の足元に眼を向けた。
すると。

そこで小さな何かがはねた。

それはマシュマロみたいに
白くて丸いもの。
片手の平におさまりそうなくらい
小さい。
そこにやはり小さくてつぶらな
目と口がついている。

「雪玉が」

(しゃべった。)

「何よ。」

アイエルが
びっくりして言葉をなくすのを、
雪玉は不機嫌そうに見上げた。

「いつまでも見下ろさないで、
無礼だわ。」

「あ。」

アイエルは工具箱をおろすと、
手袋をした手で注意深く
その話す雪玉をすくい上げた。
そして。
自分の目の位置まで持ち上げた。

と。

「息をかけないで。
温かいととけてしまう。」

そう言われて
あわてて顔をよけた。

「で。」

雪玉は続けた。

「あなたの名前は?」

「アイエルです。」

顔をそむけたまま答えた。
そして。
戸惑いながらたずねた。

「君は……何?雪の妖精?」

「そうね。」

雪玉は一瞬、
何か考えるふうにしたけれど
うなずいた。

「そう。私は雪の妖精よ。
ユキノコと呼ぶといいわ。」

そしてポンと、
アイエルの肩の上に飛びうつると
続けた。

「それでねアイエル。
いいところに来たわ。
実はあなたにお願いがあるの。」

と。
……
「虹の橋に行きたい?」

「そうよ。」

アイエルが驚いて
聞き返したのに
ユキノコはうなずき、
そして続けた。

「私はずっと
天の国で暮らしていたの。
でもちょっと間違いがあって、
こうして地上に
落ちてきてしまった。

私は天の国に帰りたいの。
だってこのままだと
春が来て温かくなったら、
体がとけて消えてしまうから。

でもその為には虹の橋を、
地の果てと天の国とをつなぐ橋を
渡らないといけないのよ。」

(天の国。)

アイエルはそう聞いて、
教会の絵の少女を思い出した。
天の国は彼女の国だ。

アイエルはたずねた。

「でも。どうすれば
そこに行けるというんだい?
とても遠そうだけれど。
僕に手伝えることなのかな?」

ユキノコはうなずいた。

「行き方さえわかっていれば
難しくないし、
時間もそれほどかからないわ。

それに出来そうになければ、
手伝いだって頼まない。」

その言葉にアイエルは、
ぎこちなくうなずいた。
ユキノコはにっこり笑った。

「じゃあ行きましょうすぐに。」

「すぐに?」

アイエルはびっくりした。
ユキノコは構わず続けた。

「そう。すぐによ。」

「そんな。」

アイエルは急な話だと戸惑った。
まだ今日は、
教会の少女の絵を見ていない。

ユキノコは更に構わず続けた。

「まずは教会よ。」

「え。」

「教会に行ってちょうだい。」
……
アイエルの工房近く、
同じ町外れにある
茶色いレンガ造りの古い教会。

元々訪れる人は多くないけれど、
加えて夜遅くだからか、
アイエルがその扉を開いた時
中は暗く、
誰もいなかった。

(今日は色々あったけれど、
何とかいつものように来られて
良かった。)

アイエルはそうして、
正面を見上げた。

そこに少女の絵が
飾られていたから。

今では同い年くらいになった、
美しい天の国の王女の絵が。

「その女の子が好きなの?」

不意に
そうユキノコにたずねられて、
アイエルは真っ赤になった。

「そう。」

アイエルの様子を見て、
ユキノコはそっぽを向いた。

「よく知らないくせに。
男の子はみんな、
女の子がきれいなら何でも
いいのよね。」

「そんなことは」

ないよ。

アイエルは言おうとしたけれど、
うまく説明できなくて、
いっそう赤くなってしまった。

「でも。そうね。」

ユキノコはくすりと笑うと、
言った。

「あなたがちゃんと、
私が天の国に帰る手伝いを
してくれたなら、
会わせてあげられるかもね。」

「え。」

本当に?
と思わずたずねたアイエルを、
けれどユキノコはもう構わず、
何かを唱え出した。

それはおそらくは呪文。
耳なれない、
けれどどこか懐かしい
不思議な言葉の。

と。

「さあ『道は開いたわ。』
扉を開けてアイエル。」

そうユキノコに急かされて、
アイエルは教会の扉を開いた。
すると。

さっきまで何もなかった
教会正面の広場に、
さっきまではなかったものが
出現していた。
……
それは門だった。

ガラスと何か、
銀色をした金属でできた門。

と。

その近くに、
何かがうずくまっているのも
見えた。

猫に似たしなやかな体つきの、
でもそれよりも
もっと大きな見慣れぬ動物。

(ライオン?)

アイエルは雪明かりの中、
目をこらした。
以前に本の中で見た、
遠い国の動物に似ている。

ただし色は違う。
うずくまっているそれは、
銀色をしていた。
……
と。

「あいつを殺すわよアイエル。」

ユキノコがささやいた。

「なんだって?」

アイエルはびっくりした。

「静かに。」

ユキノコはとがめた。

「あの門は虹の橋に通じる門よ。そしてあの
銀色のライオンはその門番なの。

あいつはあそこで、
虹の橋をめざす者が来ると
偉そうに、
門を通して良いか悪いかを
決めてるのよ。

すごく邪魔だわ。
だから殺すの。」

「殺すなんて、でも誰が?」

「あなたよ。」

うろたえるアイエルに、
ユキノコは平然と答えた。

「でも大丈夫。簡単よ。
頭の後ろが急所ですぐ死ぬから。

あなたは
あいつの後ろにそっと近付いて、
その四角い金属の武器で
そこをなぐればいいのよ。」

「これは武器じゃないよ。」

アイエルは
工具箱を背中にかばった。

「じゃあ何よ。」

ユキノコはむくれた。

「これには
時計を修理するための
大事な工具が入っているんだ。

僕は時計職人で
時計を作ったり、
修理したりするのが仕事だから。
武器を持って
何かするなんてしたことないよ。

それに邪魔だから殺すなんて、
乱暴だよ。」
……
「わかったわ。」

ユキノコはため息をついた。

「言い方が悪かったわ。
実はあいつは機械じかけなの。」

「え。」

「頭の後ろにボタンがあって、
それを押すと
あいつの全部の機能が止まるの。

殺すというのは違うわね。
元々生きてないんだし。」

「機械じかけ?」

改めて興味を引かれて
アイエルは、
門番だというライオンを見た。

一体どんな仕組みで、
動くんだろうと考えて。

銀色をしているのは、
金属で出来ているからなのか。
……
と。

「虹の橋をめざす者はこれへ。」

ライオンが不意に声を上げた。

「何よ。
気づかれちゃったじゃない。」

ユキノコは体を固くした。
アイエルはユキノコを見た。
そして言った。

「ねえ、ユキノコ。
別に僕達は虹の橋に悪いことを
しにいくわけじゃない。

君が天の国から落ちて
困っていることをきちんと
説明して、
助けてもらえるようにあの門番に
お願いしてみようよ。

大丈夫、あのライオン、
言葉は通じるんだろう?
恐いなら僕が
代わりに話してあげるから。」

「恐くなんてないわ。」

とユキノコは怒った。
けれど。
それ以上はぶつぶつ言うだけで、
アイエルの提案の
反対はしなかった。
だから。

アイエルは
思いきって教会を出た。
……
「門番のライオンさん。
あなたにお願いがあります。」

そう言って前に立つと、
ライオンはアイエルを見た。
ただし門前に
うずくまったまま動かない。

アイエルは続けた。

「どうかこの門を通して下さい。天の国から間違って
落ちてしまった雪の妖精の
ユキノコが、
虹の橋を渡って帰れるように。

でないと春になったら
ユキノコは、
とけて死んでしまうんです。

お願いです、
助けて上げてください。」

「通るがいい。」

「え。」

あっさり許されて、
アイエルは拍子ぬけした。
ライオンは続けた。

「虹の橋を、
天の国を求める者はいつの世も
多くはないが、
最近特に少なくなった。

私は待つ時間ばかり長すぎて、
体が
動かなくなってしまったのだ。
もう
誰が来てもどうせ拒めない。」
……
「そう。
じゃあ行くわよアイエル。」

機嫌の直ったユキノコに
急かされて、
アイエルはライオンに
頭を下げると、
門へと足を踏み出した。
けれど。

「あの。」

アイエルはライオンを
振り返った。
ライオンはアイエルを見た。

アイエルは言った。

「僕は時計職人です。
多少ですが機械の仕掛けを
あつかう仕事をしています。

直す役に立てるかわかりませんが
具合の悪いところを
見せてもらえませんか。」

「よかろう。」

「何を言ってるの。」

ユキノコは怒った。
そして。
アイエルの耳元でささやいた。

「もしも直せたら、
あいつは直ったとたんに私達を
引き裂くかもしれないわよ。」

「もう通る許しは
もらったじゃないか。
それに
力になれるかわからないけど、
このまま
動けないのはかわいそうだよ。」

そう言ってアイエルは
機械のライオンの体を調べた。
持ち物の
工具が使えそうに見える。

「中を見てもいいですか?」

ライオンはうなずいた。

アイエルはドライバーを使って
ライオンの腹部、
表面の銀色の部分を
外して中を見た。
すると。

部品のいくつかに
サビが浮いているのをみとめた。

アイエルは中の仕組みを
よく見て覚えると、
注意深く部品を外した。
そして。

工具箱からやすりを取り出し、
部品のサビを落とした。
それから。

再び注意深く部品を元の通りに
組み立てていく。

「余計なことをして。」

ぶつぶつ文句を言いながらも、
ユキノコもアイエルの肩から
興味深そうに
その作業をながめた。

そして。
……
ライオンは体を起こした。

「ありがとうアイエル。
よくなった。」

「お役に立ててよかったです。」

「お礼に虹の橋の近くまで
運んであげよう。」

「本当ですか?」

アイエルはライオンからの提案に
ユキノコを見た。

ユキノコも驚いた顔をした
けれどうなずいた。

だから。
……
「行くぞ。」

そう言って背中に
アイエルとユキノコを乗せた
機械のライオンは走り出した。

景色は変わらなかったけれど、
門をくぐった際
一瞬輝いたように見えた。

風のように速い。
アイエルの町の通りに入った。

たくさんの家々の明かりが
金の糸のように
後ろに流れていく。

アイエルは目を見張った。
見慣れた町の、
初めて目にする光景。

そして雪原へ出た。
あわてたトナカイの群れを
追い抜いていく。

ユキノコは歓声を上げた。

「きれい。悪くないわ。」

そう言ってユキノコが笑うのに、
アイエルもうなずいた。

やがて。

塩気のある独特の香りと、
規則正しい
水の音がする砂地に着いた。

「私が運べるのはここまで。」

そう言ってアイエルとユキノコを
そこにおろすと、
機械のライオンは走り去った。
……
暗くてよく見えない。
アイエルは
ユキノコにたずねた。

「虹の橋に着いたの?」

「違うわ。たぶん
次の門の場所に着いたのよ。」

「次の門?」

「虹の橋に到るための門は3つ。
陸と海と空にあるの。」

「1つじゃなかったんだ。」

「何よ。私は
はじめから門が1つだけなんて
言ってないでしょ。」

「…うん。確かに。」

「ここは海ね。
来るのは初めてだけど。」

「僕もだよ。」

アイエルはため息をつきながら
改めて辺りを見渡した。

海。暗いから
よく見えなかったんじゃない。
今は本当に冬の夜の
黒一色にぬりつぶされた場所。

足元は砂の浜辺。
塩っぽい独特のこの香りが、
潮の香りなんだろう。

と。

少し離れた波打ち際に、
やはり銀とガラスの門が見えた。
その近くに何かが
うずくまっているのも見える。

魚に似た、でもそれよりも
もっと大きな見慣れぬ動物。

(イルカ?)

アイエルは雪明かりの中、
目をこらした。
以前に本の中で見た、
遠い国の動物に似ている。

ただし色は違う。
うずくまっているそれは、
銀色をしていた。
……
ユキノコは言った。

「あのイルカも
機械仕掛けの門番よ。
今度こそあいつの停止ボタンを
押すのよアイエル。」

「どうして。」

アイエルは言った。

「さっきと同じようにきちんと
事情を説明して、
助けてもらえるようにお願い
しようよ。」

アイエルの提案にユキノコは、
「甘いわ。」「お人好し。」等
やっぱり不満そうに何かぶつぶつ
言ったけれど、
結局反対はしなかった。
だから。

アイエルは門へと歩き出した。
……
「門番のイルカさん。
あなたにお願いがあります。」

そう言って前に立つと、
イルカはアイエルを見た。
ただし門前に
うずくまったまま動かない。

アイエルは続けた。

「どうかこの門を通して下さい。天の国から間違って
落ちてしまった雪の妖精の
ユキノコが、
虹の橋を渡って帰れるように。

でないと春になったら
ユキノコは、
とけて死んでしまうんです。

お願いです、
助けて上げてください。」

「通っていいよ。」

「え。」

あっさり許されて、
アイエルは拍子ぬけした。
イルカは続けた。

「虹の橋を、
天の国を求める者はいつの世も
多くはないけれど、
最近特に少なくなってしまった。
僕は待つ時間ばかり長すぎて、
体が
動かなくなってしまったんだ。
もう
誰が来てもどうせ拒めない。」
……
「そう。
じゃあ行くわよアイエル。」

機嫌の直ったユキノコに
急かされて、
アイエルはイルカに頭を下げると
門へと足を踏み出した。
けれど。

「あの。」

アイエルはイルカを振り返った。
イルカはアイエルを見た。

アイエルは言った。

「僕は時計職人です。
多少ですが機械の仕掛けを
あつかう仕事をしています。

直す役に立てるかわかりませんが
具合の悪いところを
見せてもらえませんか。」

「いいよ。」

「何を言ってるの。」

ユキノコは怒った。
そして。
アイエルの耳元でささやいた。

「もしも直せたら、
あいつは直ったとたんに私達を
海に引きずりこんで
おぼれさせるかもしれないわ。」

「もう通る許しは
もらったじゃないか。
それに
力になれるかわからないけど、
このまま
動けないのはかわいそうだよ。」

そう言ってアイエルは
機械のイルカの体を調べた。
すると。

イルカのお腹の下の部分に
スクリューがあり、
そこに海草と貝がらが
はさまっているのが見えた。

アイエルは工具箱から
ペンチを取り出し、
海草と貝がらを取ってやった。

「余計なことをして。」

ぶつぶつ文句を言いながらも、
ユキノコもアイエルの肩から
興味深そうに
その作業をながめた。

そして。
……
イルカは体を起こした。

「ありがとうアイエル。
よくなったよ。」

「お役に立ててよかったです。」

「お礼に虹の橋の近くまで
運んであげるよ。」

「本当ですか?」

アイエルはイルカからの提案に
ユキノコを見た。

ユキノコも驚いた顔をした
けれどうなずいた。
ただし。

「濡らさないでちょうだい。」

だけ言って。
……
「行くよ。」

そう言って背中に
アイエルとユキノコを乗せた
機械のイルカは門を目指した。

景色は変わらなかったけれど、
門をくぐった際
一瞬輝いたように見えた。

そのまま海に入った。
とたんに風のように速くなる。

イルカは水面をはねた。
トビウオもはねた。
三角の波が銀色に輝く。

アイエルは目を見張った。
初めて目にする光景。

ユキノコは歓声を上げた。

「きれい。悪くないわ。」

そう言ってユキノコが笑うのに、
アイエルもうなずいた。

やがて。
……
黒いごつごつした
岩だらけの島に着いた。

「僕が運べるのはここまで。」

そう言ってアイエルとユキノコを
そこにおろすと、
機械のイルカは泳ぎ去った。
……
アイエルはユキノコにたずねた。

「ここが最後の門のある場所?」

「そう。空の門ね。」

と。
見上げると島の真ん中にある
岩山の頂に、
やはり銀とガラスの門が見えた。

その近くに何かが
うずくまっているのも見える。

それは
今まで見てきたどんな動物よりも
はるかに
大きな見慣れぬ生き物。

(まさか…竜?)

アイエルは雪明かりの中、
目をこらした。

トカゲに似ているけれど
首が長く羽がある。
以前に本の中で見た、
空想の生き物に似ている。

そしてそれは銀色をしていた。
……
ユキノコは言った。

「あの竜も機械仕掛けの門番よ。
凶暴そう。
今度こそあいつの停止ボタンを
押すのよアイエル。」

と。
けれど。

「虹の橋をめざす者はこれへ。」

不意に竜が声を上げた。
雷に似た大きながらがら声。

それを聞いたアイエルは、
首を横に振って
ユキノコに答えた。

「今までと同じように
きちんと事情を説明して、
助けて
もらえるようにお願いしよう。」

アイエルの提案にユキノコは、
やっぱり不満そうにしたけれど、
結局反対はしなかった。
だから。

アイエルは岩山の頂へ、
門へと歩き出した。
……
けれど。
その道のりは前の2つの門に
比べて、
はるかに楽じゃなかった。

黒いごつごつした岩、
おそらく冷えて固まった溶岩
だろう岩の斜面を、
やがて歩けなくなると
アイエルは慎重に登った。
そして。

「そこはだめ、
その右隣の岩をつかんで。」
「そう。
その岩に足をかけていいわ。」
と、
ユキノコがその肩の上で、
安全そうな道筋を指示する。
やがて。

さすがに
疲れをおぼえたアイエルは、
腰をおろせそうな
岩のテラスに着くと、

「ひと休みしよう。」

そう言ってマントの中から
包みを1つ取り出した。

そこには
先ほど町長の屋敷から帰る際、
夕飯にともらった葡萄酒のビンと
サンドイッチが入っていた。

「いらないわ。
食事する必要がないのよ。」

ユキノコは差し出された
サンドイッチを断った。
けれど。
興味津々な様子で
アイエルが食事するのを
ながめた。

「中身はなに?」

「こっちがハムとチーズで、
こっちがジャム。」

「おいしい?」

「うん。
ジャムだけでも味見してみる?」

「そうね。」

ユキノコはすすめられて
ベリーのジャムをなめた。

「おいしい。」

その様子に
アイエルはくすりと笑った。

「何がおかしいのよ。」

ユキノコは怒った。

「ごめん。でも君の体、
ジャムの色に染まったから。」

「うそ。」

ユキノコはピンクに染まった
自分の体に気づくとあわてた。

アイエルは
その様子がおかしくて更に笑い、
ユキノコを怒らせた。

そして。
……
岩山の頂に着いた。

「門番の竜さん。
あなたにお願いがあります。」

そう言って前に立つと、
竜はアイエルを見た。
ただし門前に
うずくまったまま動かない。

アイエルは続けた。

「どうかこの門を通して下さい。天の国から間違って
落ちてしまった雪の妖精の
ユキノコが、
虹の橋を渡って帰れるように。

でないと春になったら
ユキノコは、
とけて死んでしまうんです。

お願いです、
助けて上げてください。」

「通るがいい。」

「え。」

あっさり許されて、
アイエルは拍子ぬけした。
竜は続けた。

「虹の橋を、
天の国を求める者はいつの世も
多くはないが、
最近特に少なくなった。

私は待つ時間ばかり長すぎて、
体が
動かなくなってしまったんだ。
もう
誰が来てもどうせ拒めない。」
……
「そう。
じゃあ行くわよアイエル。」

ユキノコに急かされて、
アイエルは竜に頭を下げると、
門へと足を踏み出した。
けれど。

「あの。」

アイエルは竜を振り返った。
竜はアイエルを見た。

アイエルは言った。

「僕は時計職人です。
多少ですが機械の仕掛けを
あつかう仕事をしています。

直す役に立てるかわかりませんが
具合の悪いところを
見せてもらえませんか。」

「よかろう。」

「また言ってるの。」

ユキノコは怒った。
そして。
アイエルの耳元でささやいた。

「もしも直せたら、
あいつは直ったとたんに
私達を炎の息で焼き殺すわ。
今度こそよ。」

「でも今度ももう
通る許しはもらったじゃないか。
それに
力になれるかわからないけど、
このまま
動けないのはかわいそうだよ。」

そう言ってアイエルは
機械の竜の体を調べた。
すると。

すすけた羽の付け根から
きしんだ音がする。

アイエルはそこを
きれいに掃除すると、
工具箱から油差しを取り出し、
油をさしてやった。

「本当にお人好し。」

ぶつぶつ文句を言いながらも、
ユキノコはアイエルの肩から
興味深そうに
その作業をながめた。

そして。
……
竜は羽を広げた。

「ありがとうアイエル。
よくなったぞ。」

「お役に立ててよかったです。」

「お礼に虹の橋まで
運んでやろう。背中に乗れ。」

「本当ですか?」

アイエルは竜からの提案に
ユキノコを見た。

ユキノコも驚いた顔をした
けれどうなずいた。

だから。
……
「行くぞ。」

そう言って背中に
アイエルとユキノコを乗せた
機械の竜は飛んだ。

景色は変わらなかったけれど、
門をくぐった際
一瞬輝いたように見えた。

風よりも速い。
カモメやウミネコをまたたく間に
飛び越しどんどん上っていく。
やがて。

雲の上に出た。
雪雲がはるか下を飛んでいく。
紺色の空の中、
白くきらめく星々が近い。

アイエルは目を見張った。
初めて目にする光景。

ユキノコは歓声を上げた。

「きれい。悪くないわ。」

そう言ってユキノコが笑うのに、
アイエルもうなずいた。

やがて。
……
崖の上に着いた。

「俺が運べるのはここまで。」

そう言うと
機械の竜は飛び去った。

そこは文字通り地の果てだった。右の端から左の端まで続く
崖の先は何もなく、
はるか下に雲海が見えるのみ。
ただし。

目の前にのみ夜闇の中、
虹色に輝く1本の橋が見えた。

橋は崖からはるか上方に向かって
のびている。
先はかすんで見えない。

(この虹の橋の先に天の国が、
教会の絵に
描かれた王女様がいるんだ。)

そう思うとアイエルは、
胸が高鳴るのを感じた。
けれど。

「ごめんねアイエル。
王女様を今すぐ
ここに呼ぶことは出来ないの。」

そう言って体を固くした
ユキノコをアイエルは見た。
そして。

「いいよ。」
と、
うなずいた。
そして続けた。

「いいよ。君が
無事に帰れるならそれだけで。
それに。
お陰ですごい冒険も出来たし。」
と。
けれど。

ユキノコは
顔をうつむけたままでいた。
だから。

アイエルは苦笑した。
そして。

「君が嘘を
ついたなんて思ってない。
だから。

元気でユキノコ。
もう落ちたらだめだよ。」
と、
うながした。
すると。

ユキノコはやっと顔を上げた。
そして。

「さよならアイエル。
でも王女様には必ず、
必ずあなたのこと伝えるから。」

そう言ってユキノコは
アイエルの肩からはね、
虹の橋に乗った。
……
と。

「ならぬ。」

天から声が響いた。

「よこしまなエリュシエラ。
お前は天の国を追放された身。
虹の橋を渡ることは許されぬ。」

「お父様。」

ユキノコはさけんだ。
アイエルは呆気にとられた。
ユキノコは続けた。

「私はもう罰を受けました。
こんな体にされて。
それだけではいけないのですか」

天の声は答えた。

「それはお前の本質だ。
冷酷なお前には、
その雪の体こそふさわしい。」

「そんな。」
と。
さけんだユキノコの体の近く、
虹の橋に突然雷が落ちた。

ユキノコは弾かれ、
そして落ちた。
……
「ユキノコ。」

アイエルは崖に向かって走った。
のぞき込むと、
ユキノコはかろうじて途中に
突き出した岩に引っかかっている
のが見えた。

アイエルは崖を降りた。
ユキノコに手を伸ばす。
ユキノコが目を開けた。

「つかまって。」

アイエルはさらに手を伸ばした。

「だめよ。」

ユキノコは叫んだ。

「何してるのアイエル。
あなたも落ちてしまう。」

「でも。」

「落ちたらあの天のお姫様に
会えなくなるわよ。」

「でも。」

アイエルは続けた。

「君を見捨てられない。
友達だもの。」

ユキノコははっとした様子で
アイエルを見上げた。

「私が友達?」

アイエルもはっとした。
けれど続けた。

「勝手にごめん。
でも一緒にここまで旅してきた
仲間じゃないか。だから。」

「つかまって。」

アイエルは更に手を伸ばした。
けれど。

「もういいわ、アイエル。」

ユキノコはささやいた。

「私、体が
とけ始めてしまったから。

これが涙ね。
私、泣いたの初めて。」

ユキノコの声は小さくなった。

「ありがとうアイエル。」

「ユキノコ。」

アイエルはさけんだ。
更に手を伸ばす。

と。
つかんだ岩が崩れ、
アイエルは落ちた。
そして。
……
「大丈夫か。」

雷みたいな竜の声に、
アイエルは目を開けた。

辺りを見渡し、
そして自分の腕の中を見た。
そこには
銀色の長い髪と薔薇色をした頬と
唇の少女がいた。
少女は目を開けた。

「ここは?」

アイエルは答えた。

「門番の竜の背中の上だよ。
助けを
呼んだら来てくれたんだ。」

そして続けた。

「ユキノコ。君が天の国の
王女様だったんだね。」
と。

少女はうなずいた。

「そう。私は
天の国の王女エリュシエラ。
父から
性質が冷酷だととがめられて、
姿を雪玉に変えられ
地上に落とされる罰を受けたの。
そしてあなたに出会った。」

少女は目をそらした。

「あこがれのお姫様が、
思っていたのと
違ってがっかりした?」

「そんなことないよ。」

アイエルは首を横に振り、
そして続けた。

「あの教会の絵にかかれた君。
今までずっとながめているだけ
でも満足だと思っていた。
でも。
今夜短い時間だったけれど、
君と話せてとても楽しかった。

それに君は決して冷酷じゃない、
エリュシエラ。」
……
と。

「涙することを覚えた。
だがそれで救われたと
思わぬことだエリュシエラ。」

再び天から声が響いた。

「人間など雪玉よりは
多少ましな存在というだけ。
しかし。」

天の声は続いた。

「機会をやろう。
愛を学べ、エリュシエラ。」
……
「私、人間になったのね。」

エリュシエラはため息をついた。

「それならもう体が
とける心配はなくなったけれど。
そうね。
この地上の世界も悪くないし。」

エリュシエラはアイエルを
見上げた。

「アイエル、私、
学ばないといけないみたい。」

そして手を差しのべた。

「また手伝ってくれる?」

頬が赤い。
けれどそれは先ほどのジャムの
名残りではないだろう。

大きな目には、
アイエルがうつっていた。
……
「喜んで。」

アイエルは微笑み、
その手を取った。

(終わり)

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ