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4話:ウルガラック(後編)
 ◇ ◇ ◇



「あなたは私の命の恩人です。私が時間稼ぎをするので、その間にあなたはできるだけ遠くまで逃げてください。」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 ――命の恩人です
 ――逃げてください

 まさかこの少女は、自分が犠牲になって俺を助けると言っているのだろうか。
 先ほど助けてもらったというただそれだけの理由で、見ず知らずの他人を…。
 少女の目からは本気の色が窺える。
 少なくとも冗談を言っている訳ではないようだ。
 だが少女の言葉を真に受けたとして、この少女にいったい何ができると言うのだろうか。
 時間稼ぎどころか、一瞬で食われてしまうのが落ちだ。
 そもそもいくら命の恩人のためとは言え、その身を擲(なげう)ってまでして俺を助ける理由がどこにある。
 こいつは自分の命を何だと思ってるんだ。
 妹そっくりの顔からそんな言葉が出たことも悪かったのだろう。
 沸きあがる怒りに語調を荒げながらも、かろうじて声を抑えて怒鳴った。

「ふざけるな!!女の子を見捨てて自分一人だけ逃げるなんてできるわけないだろ!!」

 怒りで顔を朱に染めた少女から即座に反論が飛ぶ。

「ふざけてるのはどっちですか!私は魔術師で、あなたはほとんど魔力のない一般人なんです。さきほどの魔物の速度は見たでしょう。あの魔物はウルガラックと言って、危険度B+ランク指定を受けています。武器すら持っていないあなたじゃ私の足手まといにしかならないんです!さぁ!わかったら早く私を降ろして逃げてください!」

 ここにきて、はっと我に返る。
 
 ――魔術師
 ――魔力
 ――魔物
 ――危険度B+ランク指定

 どれもなじみのない言葉。
 自分の今いる場所は異世界であって、元の世界ではない。
 そして世界が違えば文化も違う。
 そんな当たり前のことに今更ながらに気付かされる。
 思えば、この少女と普通に喋れていること自体本来あり得ないことなのだ。
 おそらくイシスが何かしたんだろうということは想像がつくが、それだって俺の理解の範疇を超えている。
 そんな俺に、この世界で何が正しくて何が間違っているのかの区別なんて端(はな)からつくはずないのだ。
 少女の意見を頭越しに突っぱねてしまったことを反省する。
 しかし、だからと言って少女の意見を素直に受け入れるつもりはない。
 この世界の常識がなくとも、少女があの獣――少女の言葉を借りて言うなればウルガラック――の急襲に反応できていなかった様子からして、ウルガラックを相手取るには少女一人では荷が重いのは一目瞭然。
 ならば俺がすることはただ一つ。
 一瞬脳裏に妹との約束の言葉がよぎったが、それは一人の少女を犠牲にしてまで守らなければならないものではないと思い直す。
 そもそも自分にこの妹そっくりの少女を見捨てられるとも思えない。
 とりあえず少女を地面に下ろし、先ほどの反省も踏まえて落ち着き払った面持ちで口を開く。

「もう時間がないからできるだけ手短に言うよ。悪いが君の意見は受け入れられない。俺にはここの常識がないから君の言っていることの意味が良くわからない。でも君が強いらしくて、君から見たら俺が弱いんだってことはなんとなくわかった。それが本当なら君が俺のことを足手まといだと思うのは納得できる。でも君は、俺の死んだ妹に生まれ変わりなんじゃないかってくらいそっくりなんだ。君が俺の妹のはずがないのはわかってる。だけど俺は自分一人助かるぐらいなら、どうあっても君を助けたいんだ。二度と妹が目の前で死ぬ姿なんて見たくない。それにたぶん俺は君が思ってるほど足手まといにはならないはずだ。だからもし俺のことを本当に命の恩人だと思ってくれてるのなら、命の恩人として君にお願いする。君は俺を見捨てて逃げてくれ。それが嫌なら、俺が足手まといになった時に遠慮なくそれを利用して君だけでも助かってくれ。もし君が死んで俺だけ助かったりなんかしたら、俺は一生後悔して死ぬより辛い思いをすることになる。だからお願いだ。」

 少女は逡巡する様子を見せる。
 けどそれも一秒後には諦めの表情へと変わった。

「わかりました。それがあなたの願いなら私は従います。でも自分の身の安全が保障できる限りは、何が何でもあなたを助けます。それでもいいですか?」

 その表情が妹と重なり、こんな状況にもかかわらず苦笑が漏れる。
 本当に志津香にそっくりだ。
 だからこそ何が何でも助けたい。

「ああ、それでいいよ。ありがとう。」

 その言葉で会話を締め括り、決意を新たにウルガラックと向かい合う。
 少女と会話している間もウルガラックへの警戒を怠ることはなかったが、ウルガラックは唸り声を上げるばかりでいまだこちらへ襲いかかってくる様子はない。
 僥倖に感謝しつつ、ウルガラックと対等に戦うためにも奥の手を使うことにする。
 それは元の世界で通称「気」と呼ばれていたものだ。

 初めて爺さんに「気」について教わった時は半信半疑だった。
 爺さんは基本的に嘘をつかない人だが、体の内には目に見えない力があるのだと突然言われてそれを素直に信じられる訳がない。
 でも今まで爺さんの言葉に従って悪いように事が運んだことはないし、爺さんの年齢を無視した異常な強さの秘密はそこにあるのではないかという半ば確信に満ちた思いも一助(いちじょ)となったのだろう。
 俺は半信半疑ながらも爺さんの言葉に従って、「気」に開花するための修行とやらに励むことにした。
 だがそのどれもが肉体的に何の向上も得られない修行。
 初めこそ真面目に取り組んでいた俺だったが、ひと月もそれが続けばいい加減馬鹿らしくなってくる。
 何かしら目に見える成果があるならまだしも、自分の体に一向に変化は訪れない。
 爺さんも何も言ってこないし、そろそろこっそりサボって別の修行でもしようかと思っていた矢先、その変化は訪れた。

 自分の中に「何か」がある。

 訳もなくそんな感情が浮かび上がるようになったのだ。
 捉え所がないながらも、どこか確信めいたその感情。
 その「何か」が爺さんの言う所の「気」なのだと気づくのに然程時間は掛からなかった。
 それまで見ることさえ叶わなかった「気」の存在に初めて気づいた時の驚きようは、今でも鮮明に思い起こされる。
 たとえ曖昧で、いまだ触れることさえ叶わぬものであろうとも、その存在に気付いたことは大きな進歩へと繋がった。
 その日を境に再び真面目に修行に取り組むようになった俺は、計六か月、すなわち半年もの修行を経てようやく「気」の運用を習得するに到った。
 思えばその日が、人を滅多に褒めることのない爺さんが、初めて俺のことを褒めてくれた瞬間だったのではないだろうか。
 あの時爺さんが浮かべた笑顔もまた、俺にとっては忘れられない思い出の一つだ。

 ウルガラックと向かい合っている今の状況でこんなどうでもいい過去を振り返っている俺は、きっと現実逃避がしたいのだろう。
「気」を使おうと思ったところまでは良かったのだ。
 だがそこで一つの問題が発生した。
 自分の中にあるはずの「気」がいくら感覚を研ぎ澄ましても見つからないのだ。
 その事実も然ることながら、ここに至ってようやくその事実に気付く自分のアホさ加減に呆れてものも言えない。
「気」を運用する感覚は今でも明確に思い出せるので、技術的な問題ではないのだろう。
 もしかしたらこの世界に跳ばされた際に元の世界に置き忘れてきたのかもしれないが、そんなことを今考えても仕方ないし、文句を言った所で現実は何も変わらない。
 本音を言えば、俺の半年を返せと天に向かって叫びたい気分なのだが、少女の前でそんな醜態を晒す訳にもいかない。
 とにかく「気」が使えないとわかった以上、「気」なしで何とかするしかないのだ。
 棒を握る手に自然と力がこもる。
「気」を使わずとも闘うことはできるが、ここ最近は「気」に頼り切りの状態での修行しかしていない。
 普段通りの動きができるかどうか不安だ。
 胸の内でそんな思いを抱いていると、俺の抱いた不安を拭い去るかのように、辺りに澄んだ綺麗な声が響き渡った。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 その声は、隣に立つ少女から発せられたものであった。
 横目に見遣った少女の差し出す手の先に、瞬時に氷の矢が出来上がっていくのを見て、思わず感嘆の吐息を漏らす。
 イシスや少女の言っていた魔術とは、恐らくこれのことだろう。
 氷の矢は、出来上がるや否や真っ直ぐにウルガラックへと放たれた。
 戻した視線の先でウルガラックは難なくそれを避ける。
 横に飛びずさったウルガラックの動作から、直線的な移動以外では十分にその速度を発揮しきれないのかもしれないということを頭の隅に留めつつ、すぐに自分も横に飛びずさる。
 ウルガラックの発する気配から攻撃してくることを読み取ったからだ。
 予想通り、その直後ウルガラックは自分達へと飛びかかってきた。
 少女は俺に遅れながらも反対側へと避け、その動作の途中で再度矢を放つ。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 ちょうど空中にいて、身動きの取れないウルガラックへと見事矢は突き刺さったが、大して効き目がないようだ。
 勢いを落とさずこちら岸へ着地したウルガラックは、俺達を分断する位置に立つ。
 どちらを最初に標的に定めるか逡巡している様子だ。
 少女の方へ向かわせないためにも、出来れば攻撃を加えてこちらに意識を逸らしたいが、「気」の使えない今の俺では攻撃をする際に出来る隙が命取りになりかねない。
 悔しいが、今俺にできるのはウルガラックが攻撃してくるのを待ち構えて、後の先に徹することくらいなのだ。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 ウルガラックがこちらを標的と定めることを願って待ち構えていたが、結局、再び矢を放って攻撃を加えた少女の方へと怒りの矛先が向く。
 ただ見ていることしかできない自分の無力さがもどかしい。
 だが、自分の無力さを嘆いたところでどうしようもないので、一瞬たりともその動きを逃すまいと、ウルガラックへと向ける視線に力を入れる。

 脇腹を矢で刺されたウルガラックは、一直線に少女の方へ向かった。
 目で追えないほどではないにしろ、凄まじい速度だ。
 少女が避けられるかどうか不安で仕方なかったが、目に映る光景にほっと胸を撫で下ろす。
 少女は反応速度こそ遅かったが、それを補えるだけの移動速度でなんとかウルガラックの攻撃をかわした。
 先ほども感じたことだが、少女の動きとその移動速度に大きな開きを感じる。
 少女の「ほとんど魔力のない一般人」という言葉の意味するところは、もしかしたらこのことなのかもしれない。
 魔力という力を、「気」と同じように身体能力の強化に割り当てる方法があるのなら、少女の動きにも納得がいくのだ。
 それなら、「ほとんど魔力のない一般人」=「身体能力の強化が覚束ない足手まとい」の図式が成り立ち、少女の言葉にも筋が通る。
 自分にほとんど魔力がないことがわかったのはショックだが、もともとこの世界の人間じゃないのだし、諦めるしかない。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 ウルガラックの攻撃をかわした少女は、体勢を立て直すとすぐさま矢を放った。
 攻撃した直後の隙を狙われたウルガラックは矢を避けられず、その身をよろめかせる。
 ダメージは確実に蓄積されていっているようだ。
 だがここに来てウルガラックの気配に変化が生じた。
 そしてそれはすぐに目に見える変化となって現れた。
 ウルガラックの顎の中で膨らみゆく炎。

『水よ、氷の盾となりて、我が身を守れ』

 その炎が最終的に火の玉となって放たれるのと、少女の呪文に呼応して氷の盾が出来上がるのは、ほぼ同時であった。
 氷の盾にぶつかる火の玉。
 その速度は俺の予想を遥かに上回るもので、もし自分に放たれていたらと思うとゾッとする。
 氷の盾は余程頑丈らしく、その形状を大幅に変えながらもなんとか火の玉の衝撃に耐えきった。
 少女の無事に一安心したのもつかの間、ウルガラックの気配が森へと移る。
 氷が火の玉に溶かされて立ち込めた水蒸気に視界を塞がれた少女は、それに気付いた様子がない。
 水蒸気が晴れ渡って視界を取り戻した少女の動揺がこちらにまで伝わってくる。
 動揺する少女に森からウルガラックが高速で接近する。
 それを見た俺は考える前に叫んでいた。

「左の森からだ!!」

 ガチッ!!

 咄嗟に飛び退いた少女の目の前で咬み合わされる顎。
 一瞬でも遅れていたら命はなかっただろう。
 それなのに何もしてやれない自分が歯がゆい。
 だが、俺が少女の近くにいても足手まといにしかならない。
 今は機会を待つしかないのだ。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 自分の目の前を死が通り過ぎる恐怖とは如何ほどのものなのだろう。
 怯えを多分に含んだ声で唱えられた呪文によって放たれた矢は、それでも寸分の狂いもなくウルガラックの体へと突き刺さった。

『水よ、氷の矢となりて、標的を穿て』

 よろめくウルガラックへと今度は幾分落ち着きを取り戻した声で再び矢が放たれる。
 だがそれは、横へ飛びずさったウルガラックに難なく避けられてしまった。
 一瞬で体勢を立て直したウルガラックの視線は、まず初めに少女の方へ向いた後、俺の方へと向けられる。
 ウルガラックの気配から、その行動の意味するところは瞬時に読み取れた。
 とうとうこの機会がやってきたのだ。
 ウルガラックから俺への正面きっての初めての攻勢。
 それは俺にとって最大の危機であると同時に、ウルガラックに攻撃を加える最大のチャンスでもある。
 後の先は極めて不利な闘い方だが、成功すれば攻撃直後の隙を確実に付ける。
 それに俺にはきちんと勝算だってある。
 
「避けてっ!!」

 少女の叫び声が聞こえるが、無用の心配だ。
 一直線に俺へと向かってくるウルガラックの速度は、確かに速い。
 初見では避けるので精一杯だろう。
 だがもう既にその速度は何度となく見させてもらった。
 ぎりぎりまでウルガラックを引き付けてタイミングを窺う。

(――っ!ここだっ!!)

 紙一重でその顎から逃れ、避けた勢いのままに棒を振りぬく。
 狙うは膝。
 いくらでかくても、生物体としての基本構造は狼と一緒。
 ならば関節の脆さという宿命からは逃れられない。
 吸い込まれるようにしてウルガラックの膝へと叩き込まれた一撃は、今までよろめくだけであったウルガラックに初めて膝を突かせた。
 だが、すぐさま追撃を加えるために行った予備動作は、少女の声によって妨げられた。

「そこから離れてください!」

 その言葉とともに少女が詠唱を始める。

『水よ、我が意に沿いて、頭上へ集え』

 少女の掲げた両腕の上に、大量の水がどこからともなく集まっていく。
 何をするつもりか知らないが、ここにいては危険な気がする。
 直接攻撃を加えると、ウルガラックの思わぬ反撃に遭う可能性もあることから、一先ず少女の言葉に従ってウルガラックから距離を取ることにした。

『集いし水よ、氷の矢となりて、分かたれよ』

 森の近くまで下がった頃には、少女の言葉の意味がはっきりとわかった。
 少女の頭上に浮かぶは数多の氷の矢。
 いまだ立ち上がれないウルガラックに矢を避ける術はない。
 これでチェックメイトだ。

『氷の矢よ、氷雨(ひさめ)となりて、標的に降り注げ』

 詠唱の途中、気配の変化を感じ取って視線を移した先では、ウルガラックが顎を開けて火の玉を作り始めていた。
 所詮は無駄な足掻き。
 降り注いだ氷の矢は、そのすべてがウルガラックに突き刺さるはずであった。
 だが突如として起きた爆発に、氷の矢が吹き散らされる。
 何が起きたのか分からなかったが、咄嗟に顔を覆って爆風から身を守る。
 すぐにウルガラックが火の玉を爆発させたのだという考えに至ったが、どうにも解せない。
 あんな爆発を起こせば自分もただじゃ済まないだろうに、なぜそんな愚行を…。
 考えていると、先程と同じ呪文が再び辺りに響き渡る。

『水よ、我が意に沿いて、頭上へ集え』

 ウルガラックを殺しきれなかったと考え、同じ呪文で今度こそ止めを刺そうと思ったのだろう。
 あの爆発でウルガラックも当分は動けないはずだから、判断としては間違っていない。
 だがここで油断して、不用意に隙だらけな体勢を取るべきではなかった。
 晴れ渡った煙から現れたのは、少女へ照準を定めて前傾姿勢を取ったウルガラックの姿。
 魔術の準備段階に入っていた少女はそれを避けられない。
 咄嗟に少女を庇うべく走り寄ろうとするが、彼我の距離は絶望的だ。
 一瞬後に駆けだしたウルガラックの速さは、今まで見たどの速度よりも速い。

 ――もう間に合わない

 すべてがスローモーションで目に映る世界の中、そんな思考が駆け巡った。
 視界に映る少女の顔には諦めの表情が広がっていた。
 それは病に倒れて死にゆく妹が浮かべていた表情と、何から何までそっくりだった。

(俺はまた同じことを繰り返すのか……)

 脳裏に浮かぶ過去の情景。

(今度も助けられずに死なせてしまうのか……)

 何もできずに、ただ死にゆく妹を励ましてやることしかできなかった自分。

(そんなことが……そんなことがあってたまるかっ!!!)

 過去に抱いた感情のすべてが蘇り、一つの感情へと収束していく。
 それはただ純粋に、どこまでも、どこまでも、少女を「助けたい」という気持ち。
 どこまでも強く、どこまでも純粋なその感情は、少年に一つの奇跡をもたらした。

 パキッ

 何かが割れるような音が自分の中から聞こえた瞬間、体の内側から膨大な力が沸き上がる。
 
 次の瞬間。

 浩一は、少女とウルガラックとの間に立ち塞がる形で、少女の目前に現れた……

 ――空間の跳躍。

 それは魔術の域から逸脱した、所謂「魔法」と呼ばれる類の力。
 通常人の身では行使し得ないが故、神の領域に踏み入る力とも呼ばれる「魔法」。
 ならば、なぜ浩一にその「魔法」が使えたのだろうか。
 その主要な要因として、四つの事柄が挙げられる。
 まず第一に、浩一が「魔法」を行使し得る上での最低条件である「魔法を行使するに足るだけの魔力総量」を有していたこと。
 少女を「助けたい」という強い思いに触発されて覚醒した浩一の魔力は、その総量だけを見るならば神に匹敵せんとするものであり、魔力の行使に何ら弊害を生じることはなかった。
 第二に、ミカミとイシスが行使した跳躍の「魔法」(イシスは魔術と評していたが、それは浩一に異世界に置ける魔術という存在を手っ取り早く信じてもらうための方便である)によって、人の身でありながら二度も「魔法」を体験し得たことである。
 その経験は、跳躍の「魔法」という限定された一つの「魔法」に過ぎないものの、「魔法」を発動するプロセスに置いて必要不可欠な「魔法」のイメージを明確に思い描くことを、浩一に可能とさせた。
 第三に、存在そのものの矛盾を抱えていることから生じる副産物である、自分の意志とは関係なく理(ことわり)を無作為に捻じ曲げてしまう力を有していたこと。
 妹を死なせる原因ともなったその力が、今度はその妹そっくりの少女を助ける上での希望となる。
 浩一は知る由(よし)もないだろうが、何とも皮肉な話である。
 そして最後の要因ともなる第四の要因。
 それは、浩一の少女を「助けたい」という強い思い。
 所詮は一人間の抱く感情に過ぎない。
 だがそれを非科学的な精神論として一笑に付すことは出来ない。
 指向性を持たない魔力に、唯一指向性を持たせ得るの存在が「感情」なのである。
 確かに、感情を伴わずに用いた魔力でも魔術を扱うことはできるが、そこに感情が伴うことで、その魔術は思いもよらぬ威力を発揮したり、指向性を持った魔力に補助される形で、本来自分には扱えないはずの魔術の行使も可能となるのである。
 それ以外にも理由を挙げようと思えば限(きり)がないが、何であれ、浩一が「魔法」が使ったという事実に変わりはない。
 だが人の身で「魔法」などという神秘の力を用いれば、当然そこには何らかの代償が生じる。

 跳躍を終えた瞬間、その代償は全身を駆け巡る「痛み」という形で浩一に現れた。
 人としての器が「魔法」の使用に耐えきれず、悲鳴を上げたのである。
 余りの激痛に声も上げられず、だがしかし、浩一は意識を既の所で保っていた。
 少女を「助けたい」という強い思いがあってこそできたことであった。
 徐々に薄れていく意識の中、目前に迫りつつあるウルガラックを見据える。
 いつ意識を失うか分からない今の状況で、少女を抱えて避けるという選択はもうできない。
 
 ――次の一撃ですべてが決まる。
 
 体の内から無限に沸き上がり続ける「気」に似た力を、心のどこかでこれが魔力なのだと認識しながらも、「気」の応用で手に持つ木の棒へと収束させていく。
 そしてウルガラックの顎が自分を咬み砕く寸前、棒を振り抜くと同時に、その一瞬の内に収束できた分だけの魔力を一気にウルガラックへと解き放った。
 本来ウルガラックの首をへし折る目的で放たれたその一撃は、込められた膨大な魔力によって、絶大な威力を発揮した。
 自分の放った「力」がウルガラックを跡形もなく消し飛ばし、その背後の森に破壊の爪痕を残していく光景を最後に、俺の意識は暗闇へと沈んでいった。



 ◇ ◇ ◇
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