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この手はきっと届かない
作:沢上澪羽



10.初めての


俺は優月を背負って、夜の街を歩いた。
みんな振り返って俺たちを見たけれど、ちっとも気になんかならなかった。
優月はさっきから黙ったまんまだ。
もしかしたら、眠っているのかもしれない。
そういえば、さっきまで酔いが回ってあんなに頭がぐらぐらしていたはずなのに、今は妙にすっきりしている。

冷たい夜風のせいかもしれない。

少し歩くと、さっきまでの街中の明るさが嘘のように静かな住宅街に入った。

「うそーつき」
眠っていると思っていた優月が突然そんなことを言ったので、驚いて思わず立ち止まる。
「起きてたのかよ」
「起きてたよ」
「いつから?」
「ずっと」
優月は俺の背中で「ふふ」と笑った。
優月の声が、ダイレクトに俺の背中に響く。
心地いいような、くすぐったいような変な気分…。
そういえば、優月と会ってからもう随分経ったけれど、こんな風に優月を背負うことはおろか、触れることも初めてだった。
急に心臓がドキドキとしだす。
バカみたいだ。
中学生じゃないだろう?
「私、一人っ子だよ? 弟はいないんだけどなあ」
優月は俺の背中から降りる気配を見せずに、そう言ってまたくすくすと笑った。
俺は優月が降りようとしないことに妙にほっとしたような、嬉しいような気分で再び歩き出す。
「あの時は、ああ言うのが一番手っ取り早かったでしょ? みんな困ってたみたいだしね」
わざと意地の悪い言い方をしてみる。
「別に困らせるつもりはなかったよ。ただ、もうちょっと飲みたかったんだもん」
背中で大きく息をつくのが分かった。
「…ま、たまにはそんなこともあるかもな」
「うん」
消え入りそうな返事だった。

「弟かあ。確かに圭ちゃんは弟みたいなものかもね」
優月が思い出したようにそう言う。
「…弟じゃねえよ」
「自分で言ったくせに」
確かに自分で言ったことだけれど、それを優月の口から聞かされると、思っていた以上に傷ついている自分がいた。
「でも弟なんかじゃないし」
言葉に感情が入ってしまわないように、十分に注意しながらそう言った。
それから、優月を背負って黙って歩いた。

優月のアパートにはそれから歩いて10分ほどでついた。
そんなに重いわけじゃなかったけれど、さすがに15分近くおんぶなんかしていると、さすがに腕もしびれたし、腰も痛い。
息だって相当上がっている。
でもそれを優月に知られたくはない。
俺は平気なフリで優月を背中からおろした。
優月のいなくなった背中は、夜風に吹かれて、妙に涼しい。
俺の背中から降りた優月が、部屋の鍵を開けるのを確認してから俺は背中を向けた。

「じゃ、ちゃんと寝ろよ。飲み足りないとかって言って、また出てったりすんじゃねーぞ」
ああ、何だか一仕事終えた気分だ。
これで俺も帰ってゆっくり休める。
「圭ちゃん」
「ん?」
振り向くと、優月が玄関から体を半分出して俺を見ている。
「ちょっと上がって行く? コーヒーくらいなら出せるよ」
「上がってくって、優月の部屋に!?」」
思ってもいなかった優月の言葉に、俺は大いに動揺してしまった。
「それ以外どこに上がってくっての? 用事あるならいいけど、ここまでおぶってくれたから疲れたんじゃないかと思って」
「確かに…重かったから」
「圭ちゃん!!」
優月は酔いとは別の赤さで、俺を睨みつけている。
そんな表情は、俺よりも4つも年上とは思えないくらいに、幼くて可愛く見えた。
「俺、コーヒーより麦茶の方がいいな」
「麦茶もあるよ。どうぞ」
優月は玄関を大きく開いて俺を中に入れた。

優月の住んでいるところは兄貴に聞いて知っていたけれど、部屋に上がるのなんて初めてだ。
ああ、そういえば、優月を背負うのも、病院以外のところで二人きりになるのも初めてだ。
もしかしたら今日は物凄くついている日なのかもしれない。

玄関に入ると、柑橘系の爽やかな香りがした。

…ああ、俺、理性保つことできんのかな。










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